toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

竹内外務次官(当時)が、いま最高裁判所裁判官をつとめている意味=日本司法と行政官僚の癒着

toxandoria2010-09-08



<注記>


右上の画像は『ポーランドの高校歴史教科書/現代史』(明石書店)の著者アンジェイ・ガルリツキ氏(元ワルシャワ大学教授、歴史家)


(プロローグ)


hanachancause 2010.09.04 20:02
やましいことない・審査会は素人、小沢・闘争宣言へ法曹界が批判、
http://www.asahi.com/politics/update/0903/TKY201009030576.html←ならば審査会メンバー選任プロセスの公正(可視)化が必須!、また検察・裁判所の裏金隠蔽事案を“批判ナシで善し”と逃げまくる日本国・司法の公正原理の法学説的根拠は何処にあるかを述べよ!


hanachancause 2010.09.04 00:19
一般国民の主権尊重ならぬ主権者たる神格天皇との距離の近さをのみひたすら競い合う超時代錯誤的な官僚型支配原理へ対抗可能なのは演繹論理へ傾斜した良質の理念型精神(エトス)と帰納論理の効果的な協働である。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100901 続く→


hanachancause 2010.09.04 00:19
続き→それは<人間(国民主権)のために役立つ一種の合理性の精神>であり、恰もそれは良質の哲学が要素還元主義の「科学の限界」を補う柔構造で安全な人間的アーキテクチャになり得るのに喩えることが可能だ。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100901


(本 論)


今や民主党代表に「小沢or菅」のいずれが選ばれるかなどというレベルを遥かに超えた、まことに由々しき<日本司法(裁判官・検察官)と行政官僚の癒着>がその正体(実像)を現した。


つまり、それは『日本は三権分立だから行政と司法は無関係だと思っている善良かつ素朴な日本国民が多いなかで、実は裁判官・検察官・行政官には人事交流があり、彼らは日常のコンタクトも行っており、この日本の司法と行政が実は一体化している』という恐るべき姿こそが紛れもなく“民主主義国家を謳う日本”の実像だということだ。


・・・以下は[点描ポーランドの風景/ポズナン編、2010.7(ポーランドから衆愚政治に踊る日本への手紙)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100901]へのコメント&レスの転載。


・・・・・


toxandoria 2010/09/08 17:52 2010年9月01日 10:11:53: FMdMRKf5Fwより転載


民主主義の基本は、少数者(意見)の尊重にあり、その制度的保障は<「司法」の独立>にあると理解しています。


が、現状は全く逆の方向(“実効権力に支配された”多数意見が正しい)になっていることに、日夜忸怩たる思いにかられています。


毎年8月になると、「戦争体験を風化させない」式の「行事」が行われてきましたが、ここでも、今現在世界各地で戦争が行われていることには、ほとんど結びついていない(触れようとしない)のでは、「歴史」を知る意味は無いように思っています。


「教育(学習)とは受験勉強」という社会の当然の(仕組まれた)帰結ではないでしょうか?そこでは、自分の言葉とか意見は無意味なわけですから w.o


toxandoria 2010/09/08 18:04


ありがとうございます。


>毎年8月になると、「戦争体験を風化させない」式の「行事」が行われてきましたが、ここでも、今現在世界各地で戦争が行われていることには、ほとんど結びついていない(触れようとしない)のでは、「歴史」を知る意味は無いように思っています。


やはり、日本は現代的意味での民主主義の劣化が進んでいると思います。より良い民主主義を保持しながら、日々に少しずつでもその改善傾向を持続させるには受験勉強型の“念仏民主主義=民主主義のお題目だけを唱える民主主義”ではダメだと思います。


例えば、ポーランドの<シュラフタ民主主義の伝統>のような“歴史的意味での民主主義の理想”が現代の民主主義をも十分補完し得ることを知るべきですが、日本のメディアあるいはアカデミズムの主流が全くこの種の問題意識を重視する姿勢を放擲してしまった(あるいは、そのことへの感受性を失ってしまった)ことが問題です。


そのため、相変わらず、日本社会では小泉・竹中流市場原理主義(弱肉強食型の机上の空論)の分霊が、例えば「アナルコキャピタリズム(無政府資本主義)、http://bit.ly/cbONHm」あるいは「ホロコースト否認論」のような新興カルトの形でトートロジーを繰り返しながら、次々と日本社会に出没し徘徊しています。


また、神格天皇の臣下たる証が“その神格天皇との距離の近さ如何ということに絶対価値を置く戦前型認証官モデルを実効権力の頂点(=司法(裁判官・検察官)官僚)である”とする中央官僚組織が政界と国民全般へ隠然と威圧感を与え続けています。


このような日本の実像を思う中で、アンジェイ・ガルリツキ著、渡辺克義・他監訳『ポーランドの高校歴史教科書/現代史』(明石書店)で理解できたのですが、今もドイツとポーランドの間で<歴史教科書対話>の努力が熱心に継続中であることを知り感銘しました。


toxandoria 2010/09/08 18:16


(参考)


http://news.www.infoseek.co.jp/topics/society/n_muneo_suzuki__20100908_4/story/gankou_4996747/より転載


>「民主主義の基本は、少数者(意見)の尊重にあり、その制度的保障は「司法」の独立にある」


・・・ということ(民主国家における司法の中立性)に全く逆行する出来事=【佐藤優の眼光紙背】なぜ最高裁はこのタイミング(9/8)で鈴木宗男衆議院議員 の上告を棄却したか?


9月8日午後、7日付で最高裁判所第一小法廷が鈴木宗男衆議院外務委員長(新党大地代表)の上告を棄却した。鈴木氏の弁護人は異議を申し立てる意向を表明しているが、過去の例でこの種の異議が認められたことはない。近く懲役2年の実刑が確定し、鈴木氏は刑務所に収監される。


最高裁判所は最高政治裁判所でもある。それは、2002年に鈴木宗男追放キャンペーンの中心に立った竹内行夫外務事務次官(当時)が現在、最高裁判所裁判官をつとめている事実からも明白だ。所属する小法廷が異なるなどということは、本質的問題でない。司法試験にも合格していないので、法曹資格ももたず、かつ極めて政治的動きをする人物を行政機関である外務省から受けいれている最高裁判所という組織自体が、「司法権の独立」という名目からかけ離れた組織だということを筆者は指摘しているのだ。


このタイミングで最高裁判所の司法官僚が鈴木氏の上告棄却を決定したことは、きわめて合理的だ。それには2つの理由がある。


第1の理由は、9月10日に大阪地方裁判所で行われる村木厚子厚生労働省局長の裁刑事判で、無罪判決が予想されているからだ。そうなれば特捜検察は正義の味方であるという神話が裁判所によって覆される。当然、世論の特捜検察の取り調べに対する疑念と批判がかつてなく強まる。そうなると、「国策捜査」によって事件が作られたという鈴木氏の主張を完全に無視することができなくなる。


第2の理由は9月14日の民主党代表選挙で小沢一郎前幹事長が当選する可能性があるからだ。最高裁判所の司法官僚にとっては、これも頭痛の種だ。小沢氏は鈴木氏の政治的能力を高く評価している。そもそも鈴木氏を衆議院外務委員長に抜擢したのは小沢氏だ。小沢政権になれば鈴木氏が政府の要職に就くなど、政治的影響力が高まるのは必至だ。そうすれば排除が困難になる。


この結果にいちばん喜んでいるのは外務官僚だ。鈴木氏が収監されることにより外交機密費(報償費)の不正使用や、外交秘密文書の破棄に対する責任を追及する政治家がいなくなると外務官僚はほっとしている。しかし安心するのはまだ早い。鈴木氏は小沢氏に外務官僚に関するヤバイ情報をすべて引き継いでいるはずだからだ。


いずれにせよ、今回、最高裁判所が鈴木氏の上告を棄却したことは、普通の国民の目には見えにくいが、「誰が日本国家を支配するか」を巡って、資格試験に合格したエリート官僚と国民によって選ばれた国会議員の間で展開されている熾烈な権力闘争を反映したものだ。(2010年9月8日脱稿)


・・・追加転載、http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100909-00000031-sph-sociより・・・


◆宗男被告収監へ、民主代表選真っ最中「政治的な判断が絡まっているのかなと」


北海道開発庁長官などに在任中、計1100万円のわいろを受け取ったとして受託収賄などの罪に問われた新党大地代表で衆院議員の鈴木宗男被告(62)の上告に対し、最高裁第1小法廷は8日までに棄却する決定をした。被告は異議を申し立てる意向だが、実刑が確定すれば議員を失職、収監される。民主党代表選で小沢一郎前幹事長を支援しているだけに、関係者からは「タイミングが意図的」と選挙への影響を指摘する声が出た。


無罪主張は、はねのけられた。実刑判決が確定すると国会法などに基づき、議員職を失う。事件から約8年、当時「疑惑の総合商社」といわれた宗男議員は、バッジを失い塀の中に収監される見通しとなった。


最高裁金築誠志裁判長は、今回の決定理由で、北海道開発局発注工事をめぐる受託収賄罪のみ言及し「職員に対する指導の形を借りた働き掛けは金銭を対価に行われ、北海道開発庁長官の職務に密接な関係がある」と判断。受託収賄罪の成立に必要な職務権限がないとの弁護側主張を退けた。


1、2審判決は懲役2年、追徴金1100万円。被告側は期限内の今週中に異議を申し立てる予定だが決定が覆る可能性はほとんどなく、確定と同時に失職、1〜3か月後に収監される。


決定を受けた宗男被告は8日夕、都内の国会議員会館で、弁護士とともに会見を開いた。これまで同様、無罪を主張すると「(検察の)密室での取り調べ、一方的な作文による調書、その調書を金科玉条のごとく採用する裁判のあり方、裁判所の真の公正公平はどこにあるか」と声を強めて批判し、「いかなる環境にあろうが、検察権力と戦っていきます」。改めて“宣戦布告”した。


民主党代表選が佳境にあるタイミング。自分と同じように、政治とカネの問題がクローズアップされる小沢氏を支援している中での最高裁決定で、選挙戦への影響を指摘する声も上がる。「政治的な判断、さまざまなことが絡まっているのかなと…」と被告本人も主張した。


家族のことにも触れ、「犯罪者の家族と言われることは申し訳ない」と、涙で声を詰まらせた宗男被告。220日間の未決勾留(こうりゅう)期間を差し引いても、出所は早くて1年後となる。


さらに、刑期を終えて5年間は、規定で議員に立候補できない。今後の政治活動については「国民が決めることだが、死ぬまで(議員)バッジがあろうがなかろうが、経験を若い人に生かしてもらえる生活をしていきたい」と発言した。議員返り咲きを目指すにしても、すべての“おつとめ”を終えれば70歳近い。6年間待っていてくれる支持者がどれだけいるのか、状況は厳しい。


【エピローグ画像】Yuko Kawai CHOPIN Etude in C minor Op.10 No.12
・・・河合優子は、名実ともに日本を代表するショパンスペシャリスト。愛知県岡崎市出身、ポーランド永住権を得て、現在ワルシャワを本拠地に活躍中。→http://www.concert.co.jp/artist/kawai/profile.html