toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

ドイツ・日本司法の比較論考、「日本司法の失われた50年」の成果こそが(検察庁、大阪地検)特捜部崩壊の原因

toxandoria2010-10-02



【プロローグ画像】ダンツィヒ港入口、ヴェステルプラッテ辺りの風景


ヴェステルプラッテ辺り(撮影、2010.7.18)


ヴェステルプラッテ・ポーランド守備隊の要塞跡に立つ記念碑(撮影、2010.7.18)


ポーランド回廊とダンツィヒ港の位置図(ウイキメディアより)


ヴェステルプラッテ半島(ポーランドへ譲渡された孤立地域)の模型図(ウイキメディアより)


・・・ナチス・ドイツ軍の戦艦シュレスヴィヒ・ホルシュタインは1939年9月1日(現地時間4時45分)に宣戦布告なしにポーランドのヴェステルプラッテ守備隊に砲撃を加え、これが第二次世界大戦の端緒となった「ナチス・ドイツポーランド侵入」の嚆矢である。


・・・建前上の国際連盟監視下の自由都市ダンツィヒ(メジャーなプロイセン系ドイツ人、つまりチュートン人がポーランド人・ユダヤ人らと共存する、建前上の自由都市国家)には既にナチスの細胞が深く浸透しており「ポーランド回廊」経由の兵站作業もままならぬ状態であった。


・・・しかし、ポーランド守備隊(一個中隊約200名)は軽火器と機関銃で善戦し、2600名を投入したドイツ軍(200〜300名が戦死)は大きな反撃で予想外の人的損害を受けた。


・・・が、最終的にヴェステルプラッテ守備隊は、多くの死傷者をだし、食料・水・武器・医薬品などの補給が枯渇し、9月7日に降伏した。


(プロローグ)関連ツイッター情報


nobuogohara今回の犯人隠避による逮捕はかなり無理があるように思う。最大のポイントは大坪・佐賀と前田とのやり取り、あの場面で、本当に前田が故意に改竄したと大坪に正直に言うだろうか。前田の逮捕事実は懲役2年以下の証拠隠滅と著しく軽い。それだけで済めば御の字、最高検に迎合する動機は十分ある(続く)
2010.10.01 23:18 hanachancauseがリツイート


iwakamiyasumi最高検の罪は、誰が取り調べ、訴追するんでしょうかね? 刑法、刑訴法の想定外? RT @nobuogohara: 村木氏公判で、大阪地検に、「苦し紛れ」のストーリーで有罪論告を行うことを許可した最高検に、二人を逮捕する資格があるのか。
2010.10.01 23:34 hanachancauseがリツイート


iwakamiyasumiああ、なるほど。執行猶予もつくし、と。RT @nobuogohara 前田の逮捕事実は懲役2年以下の証拠隠滅と著しく軽い。それだけで済めば御の字、最高検に迎合する動機は十分。(続く)
2010.10.01 23:45 hanachancauseがリツイート


nobuogohara今回の犯人隠避罪による二人の逮捕には、検察部内からも相当な反発があるのではないか、無理筋の逮捕だということが明らかになってくると、検察内部が内乱状態になりかねない。当事者である最高検の捜査チームが今回の事件の捜査を行うこと自体の問題が露呈したと言うべき。
2010.10.01 23:46hanachancauseがリツイート


kamitoriやっぱり森田健作には甘かった検察審査会(まるこ姫の独り言)http://p.tl/KVOb 審査内容を説明する方の意図いかんで、どのような結論にも導くことができる、この審査会は恐ろしい制度だ。 (earspの日記) http://p.tl/K12j via Tween
2010.10.02 19:03hanachancauseがリツイート


kamitori日経には検察関係者声として「大阪特捜部は解体、東京特捜部は可視化導入」という独自の相場観が披露されている。大林検事総長に対する伊藤鉄男最高検グループの権力闘争になっている。検事総長の責任を問うのは良いが当時の樋渡総長であるべきだ。 http://p.tl/P4uh
2010.10.02 19:09 hanachancauseがリツイート


osamu9912検察トップは証拠不備な状態にも拘わらず、なぜ村木さんの逮捕を執行させたか、何が逮捕に踏み切らせたか?何が前田をして犯罪に手をつけさせたか=>小泉政権による検察裏金疑惑のもみ消し、お返しとしての民主政権阻止、石井、小沢両氏失脚の虚構をどうしても完遂する必要あり、これが検察暴走の真相 via web
2010.10.02 19:18 hanachancauseがリツイート


igabin検察改竄事件、報道姿勢や政府関係者の話では、この事件だけに絞って検証しようとしている。 そうじゃなくて、同じ手法で、過去に何百件も冤罪事件を作ってきたという次元に話が進まない。 これがトカゲの尻尾きりなのだ。 他の事件に飛び火するのを、かなり恐れているのだろう。 via web
2010.10.02 19:21 hanachancauseがリツイート


osamu9912
特捜部は悪の温床、彼等が悪を懲らしめる?悪は悪をはびこらせる。悪は己の出世、検察組織、検察特権(逮捕+起訴)を死守する為、無実の人を貶め入れる=>三井氏、検察裏金を告発しようとして直前に別件逮捕小泉政権への恩返し(検察裏金もみ消し)としての石井、小沢氏の失脚を狙った検察の虚構等
2010.10.02 19:20hanachancauseがリツイート


masaki_kito
検事総長に道義的責任があるのは当然ですが、前検事総長には嫌疑すらあることも強調されるべきです。RT @crusing21 次は検事総長の責任問題でしょうが、特捜部の解体を含めて、特捜部のあり方を根本的に見直さないといけないと思います。http://bit.ly/cImUUx
2010.10.02 05:24 hanachancauseがリツイート


yoniumuhibi
記事にも書きましたが、そもそも村木厚子逮捕のゴーサインは最高検が出したものなのですよ。その容疑が出鱈目で、本件が政治目的の謀略であることは、当時の最高検の幹部こそが承知していた問題なのです。初めに本省局長の逮捕ありき。「8人の検事」って一体誰と誰なのですか。名前を言って下さいよ。
2010.10.01 23:26 hanachancauseがリツイート


nobuogohara
(続き)真実を解明するための捜査の手順としては、まったくおかしい。前田の行為は、懲役10年以下と重い特別公務員職権乱用に当たる可能性が強い。重い罪で逮捕して観念させた上での供述であれば信用性が高いが、現状では信用性には疑問がある。 via web
2010.10.01 23:25hanachancauseがリツイート


hanachancause
2010.10.02 19:08
続【QT/ヒトラー型軍靴の幻聴2】小沢起訴見送った大林検事総長を引きずり下ろす検察内部の権力闘争化、GHQ指令ルーツで米国に盾付く政治家を嵌め司法裁判を睥睨してきた検察ファッショ、機密費汚染マスゴミも検察ファッショの共犯者。http://bit.ly/cx2YbW


hanachancause2010.10.02 19:08
【QT/ヒトラー型軍靴の幻聴1】現実の否定&捏造まで驕る検察は裁判を睥睨する重篤ブリキの太鼓病(ファシズム)患者】「村木の無罪判決」と「検察の証拠改竄」を併せると02年三井元公安部長(元検察幹部、検察裏ガネ追求中)逮捕の事件に突き当たる。http://bit.ly/bY7rsC


(序 論)


“過去に目を閉ざす者は現在にも(そして未来にも)盲目になる” リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー


・・・司法の在り方について、日本とドイツに違いをもたらした原因を大きく括るならば、それは「憲法の役割」(政治権力に対する授権規範性の問題)についての認識の違いということがある。日本国憲法の定めにより最高裁判所には違憲立法審査権が与えられているが、残念ながら、現代の日本では、その機能が全く形骸化しており、そのことについての国民一般の危機感もまことに希薄である。


・・・言い換えれば、ドイツと日本の司法の根本的違いは、「日本と異なり、立法と行政に対するチェック機能をドイツの司法が十分に果たしている」という点にある。例えば、ドイツでは日本とは比較にならぬほど多くの違憲判決が出ており、その背景にはドイツ連邦憲法裁判所が年間で約5千件(平均)の違憲判断裁判を処理しているという実績がある。


・・・つまり、現代ドイツの裁判官は、“裁判という典型的な動的・選択的統合(dynamo-objective coupling)のトポス(厳しい司法判断のプロセス)で漸く確保でき得る真実・真理・事実(=民主主義の未知の地平を守り抜くという意味で新たに発見され得る公共の知見を含む)の保全と維持に自らの地位と才能を全力投入すべきことを十分理解しているという点で、彼らは“公務員中の公務員であること”を自覚している”と言える。


・・・従って、ドイツでは以下(1)、(2)は起こり得ない。どの国でも法解釈に一定幅が生ずる(バイアス加圧)ことはあり得ても、わが国の大阪特捜部で生じた証拠の改竄や捏造などの違法行為はあり得ない。これは、まるで悪意に満ちた魔女裁判だ。


(1)裁判所の検察下請機関化 (2)検察による証拠の改竄・捏造


・・・以下、詳細は本論で・・・


(本 論)


ドイツの裁判制度の現況/1960年代・司法改革の成果としての・・・http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090521より部分転載


●ドイツと日本の司法の根本的違いは、「日本と異なり、立法と行政に対するチェック機能をドイツの司法が十分に果たしている」という点にある。例えば、ドイツでは日本とは比較にならぬほど多くの違憲判決が出ており、その背景にはドイツ連邦憲法裁判所が年間で約5千件(平均)違憲判断裁判を処理しているという実績がある。


●これに対して、日本の最高裁判所(司法官僚組織のトップ構造部分)違憲判断のケースを極力避けるという方針を基本としているため、ドイツに比べ違憲判断裁判の件数が極端に少ない。(というか、それは殆ど無いに等しい!)それどころか、国民一般の意識の中には、「違憲判断」に対する一種の鈍感さのような空気が定着してしまっている。


●また、ドイツと日本では、このような言わば“司法文化”の基盤を支える法学教育についての考え方が大きく違っている。ドイツでは充実した内容の法学教育が高校で行われており、中学でも法廷見学等が積極的に行われている。裁判官も、これらの子供たちへの法学教育に関心を向けており、裁判官によるボランティア授業も行われている。


●ドイツの参審制(国民の義務であり名誉でもある“名誉職裁判官制度”)では、その参審員(名誉職裁判官)は市民の諸階層労働団体経営者団体・教育関連団体など)からの推薦で登録名簿が作られ、その中から選任される。ドイツの“名誉職裁判官制度”は刑事裁判だけでなく、社会保険・医療分野などを管掌する社会裁判所が取り扱う裁判でも行われており、この場合の参審員は専門知識分野での経験が重視される“専門裁判員”の役割を負うこととなり、一般国民の司法参加の意義とは少し異なるものとなる。


●ともかくも、このような部分を垣間見ただけでも、精密な予審制を採り入れたフランスの司法・裁判制度とは異なる形で、ドイツの司法・裁判のあり方の根本にも“ドイツの司法は凡ゆる側面で市民の人権と結びつくべきだ”という「持続的に民主主義を保全する強い意志」が存在していることが分かる。一方、日本の司法には、凡ゆる側面で“市民の人権と切れた”、あるいは“それを切れさせようとする”「司法官僚組織至上主義の原則」による、政治権力にとって最も使い勝手が良い「上位下達型の司法のあり方を押し付けるという強い意志が存在している」ことが分かる。


●一方、現代ドイツの「司法・裁判制度」が、このような形で「持続的に民主主義を保全する強い意志」を持つことになったプロセスでは、「1960年代におけるドイツ司法改革」が画期的な役割を果たしており、第二次世界大戦後のドイツで、まだ司法分野にナチス協力者が残存していることへの危機感(=ナチス時代に“自分は何もしなかった”と主張する、民主主義の保全について消極的な裁判官の排除と、凡ゆる形で司法民主化を持続的に改善することの必要性についてのドイツ国民の自覚)がその直接的な契機となった。


●まず、ドイツが着手した司法改革は「司法と市民の垣根を取り払う」ことであり、その具体策として「裁判所建造物の内部・内装構造の手直し=裁判長席を頂点とする雛壇型構造を廃してフラットにし、傍聴席との間にある柵を廃止した」ということである。それだけでなく、ドイツの裁判所は、鉄道駅・スーパーマーケット・商店街など、つまり、できる限り市民生活の日常の近くに隣接するという配慮が施された。一方、日本の裁判所は、この“裁判員制度の時代に入った”(2009.5.21〜)と喧伝するにもかかわらず、相変わらず裁判長・裁判官が序列上の高い場所に座っており、そのヒエラルキーの最上段には最高裁判所法務省(法務官僚)がデンと居座っている。


●また、現代ドイツの裁判官は、“裁判という典型的な動的・選択的統合(dynamo-objective coupling)のトポス(厳しい司法判断のプロセス)で漸く確保でき得る真実・真理・事実(=民主主義の未知の地平を守り抜くという意味で新たに発見され得る公共の知見を含む)の保全と維持に自らの地位と才能を全力投入すべきことを十分理解しているという点で、彼らは“公務員中の公務員であること”を自覚している”と言える。


●実は、日本の1960年代における司法でもドイツに似た状況が生まれるかに見えたが、最高裁判所による青年法律家協会所属の裁判官の再任拒否などが切欠となり状況が変わった。つまり、それ以降の日本はドイツと全く反対の道を歩んでしまった。それどころか、ドイツはシュレーダー前首相のような学生運動の委員長であったような逸材を「新たなドイツ社会の建設」のためにドイツに包摂する道を選択した。そして、おおよそ、この頃のドイツでは「過去に目を閉ざす者は現在にも(そして未来にも)盲目になる」という、あの余りにも名高いリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー(Richard Karl Freiherr von Weizsaecker/1920− /参照 → http://www.bea.hi-ho.ne.jp/good-luck/book/kakoni.htmlの演説が評価されていた(現在も、評価されている!)


●このような意味で、日本とドイツに違いをもたらした原因を大きく括るならば、それは「憲法の役割」(政治権力に対する授権規範性の問題)についての認識の違いということがある。すでに触れたとおり、日本国憲法の定めにより最高裁判所には違憲立法審査権が与えられているが、残念ながら、現代の日本では、その機能が全く形骸化しており、そのことについての国民一般の危機感もまことに希薄である。


●一方、「ドイツ基本法・第20条3項」(参照 → Grundgesetz feur die Bundesrepublik Deutschland、http://www.fitweb.or.jp/~nkgw/dgg/には『行政権と裁判権は制定法(Gesets)とRecht(人権・正義)に服する』と規定されており、政治権力と官僚機構から全く独立した立場にあるドイツの司法・裁判所・裁判官は、この立場で市民の権利の保護のため自由に仕事をしており、しかも、このような現実(事実)についての理解がドイツ社会(=全ドイツ国民)の共通認識となっている。ここでは、内閣官房法務省最高裁判所財務省総務省等、霞が関を頂点とする堅牢な官僚機構の重い蓋を被る日本社会における裁判官の立場(それは官僚組織の中での持ち駒の一つに過ぎず、出世・昇進・転勤など身分処遇上への懸念から絶えず最高裁判所の顔色を窺わざるをえない立場)と、ドイツの裁判官の立ち位置との決定的な違いが明瞭に確認される。


●更に敷衍するなら、1960年代以降の日本は、ドイツを初めとする欧州諸国と全く逆の方向を歩んでしまったことが、上で見た<ドイツと日本の司法のあり方にみられるような典型的な民主主義の質の違い>をもたらした。具体的にいえば、それは民主主義の偽装化、政治の右傾化、司法の反動化、司法・検察官僚を頂点とする官僚組織の強化、アナクロ方向への教育管理の強化ということであり、そして、これらの悪しき動向を後押ししたのが、官房機密費汚染や記者クラブ制度などで飼いならされ実効権力の御用機関化したメディア一般の堕落と退廃ということである。


<参考>


以上のドイツ司法・裁判制度の現状について、下記を資料として参照した


▼1960年代ドイツの司法改革の行方、http://www.lec-jp.com/h-bunka/item/v6/tokusyu2/03c.html


▼日本法哲学会公開シンポジウム:司法改革の理念的基礎、http://wwwsoc.nii.ac.jp/jalp/j/JudiciaryReform.pdf


▼各国の参審制度、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/saibanin/dai13/13siryou2-2.pdf


▼日本とドイツにおける違憲審査制度の比較、http://www.cit.nihon-u.ac.jp/kenkyu/kouennkai/41kai/step4/8_kyouyou/8-003.pdf


(エピローグ)


かつて、司法・検察官僚を頂点とする官僚組織のトップに立つ漆間官房副長官(=“裁判員制度”推進プロジェクトの内閣における事実上のトップでもあった)が息のかかった関係記者クラブ・メンバーへ“今回の捜査は自民党へは及ばぬ”と発言した問題が「小沢・西松建設政治資金事件の紛れもない裏シナリオ」であった可能性について、このような日本民主主義の劣化の流れと照らして再検討されるべきかも知れない。


なぜなら、あの“余りにも不可解な漆間発言”が、実は新たなドナウ(参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090521)ならぬ、新たな民主化への流れの中から、その流れを推す“一本の厄介な太い骨を抜く作業”であったと思われるからだ。