toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

政権交代の原点を捨て『巨大企業のレセプター』化した菅総理の蒙昧な冷酷(1/2)

toxandoria2011-01-23



[副 題]「菅総理大臣レセプター(受容体)説」の検証



【プロローグ動画】Caruso (Live). Luciano Pavarotti & Lucio Dalla (HQ)


…Lara FabianのCarusoは【エピローグ動画】にあります/この画像はhttp://guenael.easy4blog.com/categorie-lara-fabian-2027-45_50.htmlより


(プロローグ)


注目すべき『麻原彰晃=レセプター(受容体)』説


作家で映画監督でもある森達也氏は最新の著書『A3/麻原彰晃への新しい視点』(集英社インターナショナル)で「麻原彰晃レセプター説」を書いている。まず森氏は、凶悪な地下鉄サリン事件を引き起こしたオーム真理教の真の危険性を、事件当時はメディアがあれほど大騒ぎしたにもかかわらず、今や殆どの人々がをスッカリ忘れ去っているという我が国の社会一般の空気を憂いる。


次に、その忘れっぽさ(日本人に特有な政治・社会学的な意味での健忘症)とともに、オーム事件の如きマイナーでエポックメイキングな出来事から何らかの教訓を得つつ民主主義社会を少しでも進化させるべきとする信念と精神の柔構造部分を喪失し、かつ意欲的で旺盛な批判意識が欠落したまま、何故か寒々とした蒙昧なポピュリズムの空気だけが世間一般を覆い尽していると嘆く。


かくの如きオーム事件をめぐる軽薄な空気で代表される、この余りにも異様に屈折した日本の社会心理学的な構図(逆説的な事例で言えば、日本の政治世界・司法関係者らの多くは、そして結果的に国民の多くは『小沢の政治とカネ』だけで、ポスト小泉政権後の、ここ数年間の貴重な時間を遣り過ごしている!←toxandoria注記)は、現代日本の混迷(主に、メディアを介した何らかの意図的検察リークで世論が操作され、一定方向に向けた世論が作為的に創られること)と繋がっているのではないかと指摘する。


そして、「麻原彰晃の人物像、事件が起きた原因、オーム事件が世間一般から急速に忘れ去られつつある理由」などを、拘置所内にいる幹部ら、および事件に関係した様々な人物らをルポルタージュ風に緻密に追いかけて出来上がったのがこの労作『A3/麻原彰晃への新しい視点』である。


結果、浮かび上がったのが「麻原彰晃=受容体」という仮説的人物像だ。受容体(レセプター/ receptor)とは、個々の生物体の中で外界や体内から何らかの刺激を受け取り、それを個体維持の情報として有効利用できるよう変換する生理的メカニズムを持つ構造のことで、具体例を挙げれば、網膜、骨格筋の伸びの情報を受け取る筋紡錘、受容体タンパク分子(例えば花粉症の原因となるタンパク分子)などである。


つまり、麻原彰晃は、強固な近・現代的な意味でのデカルト的自我を持つ人間、つまり一人の人格として確固たる「意志を持つ人間」というよりも、一般生物学的な意味での「人間的意志を欠いた個体生理機序レベルの受容体に止まりつつ周辺環境に向け鋭敏に作用する特異な生命体」だという訳だ。そして、より重要な上位次元での判断作用(目的と一定方向への意志と作為を持つ誘導の働き)と現実的な情報収集のワーク(仕事)を担うのが教団幹部らだということになる。


また、麻原彰晃というレセプター的な特異生命体を中心にしつつ、その近傍をめぐる教団幹部たちは、麻原彰晃なるレセプターが、ひたすら生理感覚的に好む妖しげな情報だけでなく、ときには「何らかの実効権力の司令・差配・指示・命令に基づく情報の捏造」に狂奔することになった(オーム事件の場合、彼ら関係者を巧妙に唆しつつ、彼らを思いの儘に動かした実効権力が何であるかは未だに闇のなかであるが・・・)、という訳である。


(関連参考ツイッター情報)


nobuogohara 2011.01.22 07:46
石川氏の「起訴後の再聴取」での検事の不当な発言の録音が証拠提出されことで石川調書が証拠にできなくなる可能性が高いのに加え、大久保調書撤回で、小沢氏事件の立証は崩壊(続く) RT @pi_ro_shi_ki 検察側が大久保さんの供述調書5通を証拠として提出しない方針


hanachancause 2011.01.22 06:27
朝日新聞『国会を台なしにする小沢の姿勢は非論理的』http://p.tl/As3A←逆だ!非論理的なのは記者クラブメディアと空菅でないか?http://p.tl/mrJ7


untitled_skz 2011.01.21 21:54
マスゴミはこのことをほとんと報じないのではないか。 RT @tanakaryusaku: 東京地検西松事件に続き陸山会事件の一角も取り下げた。検察が描いたストーリーは破綻したのである。検察リークをひたすら流し続けた記者クラブメディアの責任はどうなるのだろうか? via Echof


(1)『国民の生活が第一』の原点を捨て去り強欲『巨大企業のレセプター』と化した菅民主党政権の実像


まことに恐るべきことだが、プロローグで見た<麻原彰晃なるレセプターによるカルト教団支配の異様な現象>は、単に「オーム」なる閉鎖的カルト教団レベルの問題にとどまらないようだ。それは、国民主権と日本社会の要諦である真実の在り処などは見向きもせず、もはや形振り構わず「小沢の政治とカネ」なる果てしない虚構に踊り狂い続けるかに見える我が国の検察・司法関連組織(検察審査会、菅民主党政権など)、客観的検証と健全な批判力の不在で殆ど官報広報機関化した主要記者クラブメディア、更に其処で捏造され改竄証拠と似非情報に基づく新聞・テレビに翻弄される儘の日本社会全体の姿にピタリと重なることに、我われは驚かされるからだ。


ここで我われが冷静に見ておかなければならないのは、現在の菅民主党政権が如何なる大きな権力的意志の下で、その異様で不気味なレセプターの働き(作用)をこなしているのかということだ。60年超の長きにおよんだ自民党政権時代の実効権力は、明治期以降の我が国において歴史的な意味で殆ど事実上の伝統と化していた<記者クラブメディアを小間使いとして自在に使いこなす政官財による漆黒の癒着構造>であり、そのことはK.V.ウオルフレンの論文が見事に提示してくれたとおりだ(その詳細については下記◆を参照乞う)。


◆“桜は花に顕るを知る”の心で K.V.ウオルフレン『日本政治再生を巡る権力闘争の謎(1)』を読み解く、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20100331


ところで、現在の菅民主党政権という名の珍妙なギニョール(指使い人形)の真の遣い手は誰か? 見かけ上、それは相変わらず<記者クラブメディアを小間使いとして自在に使いこなす政官財による漆黒の癒着構造>ではあるのだが、今や、その悪のベクトルに方向づけを与える真のエネルギー源は、グローバル経済が進展する世界環境の中で益々国境を越えて怪物化しつつある、米国を中心とする輸出傾斜型の巨大(多国籍)企業群の悪魔的パワーであると見なすべきだろう。


つまり、我が国の歴史的かつ伝統的な経済構造と文化基盤の悉くが、米国政府と、それを後押しする巨大企業群の強い要望に飲み込まれるかのように、この輸出(自由貿易)傾斜型の巨大(多国籍)企業群の捕食ターゲットと化しつつあるのだ。特に、これら米国の巨大多国籍企業群は、「人道的戦争による米国型民主主義の世界への拡大・浸透」と「より一層の貿易自由化の促進(関税ゼロ化政策の拡散)による持続的な世界経済の発展」なる二大イデオロギーの宣教を仕掛けつつ、彼らの意のままに米国政府を手足の如く使いこなそうとしているのだ。


そこで、米ソ冷戦構造時代(大きな物語)の終焉と先進諸国における高齢化や政治腐敗とスキャンダル多発などの状況(ケインズ主義的資本主義の混迷と連動した、伊・ベルルスコーニ現象的・倫理的な意味での民主主義の見かけ上の劣化)の下で、従来の修正資本主義型に依る福祉国家体制は事実上の役割を終えたと見なされるようになった。


その代わり、徹底的な民営化・規制緩和・自由原理主義・自己責任・市場競争経済とトリクルダウン理論(意図的な格差拡大で豊かな社会経済を実現するという考え方)で特徴づけられる新自由主義思想を殆どカルト状態で信奉する米国型市場経済体制(というよりも、それを演出する米国の巨大(多国籍)企業群そのもの)が登場した訳だ。


つまり、ペイリンを広告塔とするティーパーティーの支持を得た共和党中間選挙での復権と対照的なオバマ民主党政権の退潮傾向と歩調を合わせつつ、菅民主党政権(実は、ゾンビか、精々のところギニョール(指使い人形)的な役目が期待されるレセプター)の真の遣い手として、米国の巨大(多国籍)企業群そのものが漆黒の闇の中で存在感を増し始めたという訳だ。無論、そのための効果的な露払い役(オーム事件の教団幹部らの仕事に相当する役割を担う)は、新聞・TVらのメディア・スクラムが垂れ流し続ける「小沢の政治とカネ」の一大連続キャンペーンである。


ところで、菅民主党政権が余りにも唐突に持ち出した「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定/Trans-Pacific Partnership)への参加」の問題が、小泉政権が非常に忠実に対応した「対日年次改革要望書(米国政府による、新自由主義に基づく日本植民地改造プラン)」に代わる全面的(オールラウンド)な日本市場(農業、郵政(郵貯簡保)、金融・保険、医療・介護・福祉、公共事業、日本語(廃止→英語化)など)の完璧な100%の開放要求であることは最早疑う余地がない。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancause 2011.01.21 21:57
RT @hanayuu: 〔ウィキリークス〕〔記事書き起こし〕東京新聞「米が望んだ菅首相?」 | http://bit.ly/g3bNFy


hanachancause 2011.01.20 15:07
日本は開国済み=御意デス!RT @leonardo1498: 中野剛志:TPPはトロイの木馬──関税自主権を失った日本は内側から滅びる (News Spiral): http://bit.ly/fgeffa @hanachanc


hanachancause 2011.01.20 04:50
RT@yurikalin RT@hana菅が隠すTPP米のホンネ⇔農業、郵政(郵貯簡保)、金融・保険、医療・介護・福祉、公共事業、日本語(廃止→英語化)など日本の財産丸ごと欲しい!http://p.tl/ceH


にもかかわらず、目下、主要な記者クラブメディアが、総掛かりで「小沢の政治とカネ」への執拗な追及とともに、このTPP(環太平洋戦略的経済連携協定/Trans-Pacific Partnership)への急ぎの参加を促す論調(急ぎの参加ができなければ日本経済は世界から永遠に取り残されるとの主張)に血道をあげていることは周知のとおりだ。しかし、ここまで露骨でミエミエになれば、記者クラブメディアが、もはや事実上は米国政府代理人としての<鉄砲玉の如き使い走り>であることも殆ど疑う余地はないように思われる。


そして、このような意味で事実上「米国政府代理人としての使い走り」と化した記者クラブメディアの余りにもあからさまで見事な働きぶりは、プロローグで取り上げたオーム真理教事件の教団幹部らが「何らかの実効権力の司令・差配に基づく情報の捏造」に狂奔する姿にピタリと重なることを、我われは、改めてシッカリ注視しておかなければならないだろう。それは、もはや時間の問題ともされる、菅民主党政権の崩壊後(ポスト菅政権の行方)を考える上でも非常に重要なポイントとなるはずだからだ。


ところで、政権交代時に民主党が掲げた「国民の生活が第一」とは一体何であったのか?それは、具体的に言えば、小泉構造改革背信的な政策(米型ネオリベラリズム新自由主義)への急傾斜)の軌道修正ということであったはずだ。


そこで、小泉構造改革背信的な政策(米型ネオリベラリズムへの急傾斜)の具体的な内容と結果を纏めつつ、順不同で列記してみると以下(ア)〜(ク)のとおりになる。たしかに、政府の大小の是非論をともかくとすれば、適切な政府責任と適正な監督下で適切な競争原理が働けば多様な分野で効率が改善される可能性もあったと思われるのだが、このように改めて概観して見ると、小泉構造改革の殆どは失敗であったことが分る。


(ア)盲目的な対米追随と構造改革によって、もはや無効化した自民党ケインズ主義政策、つまり自民党的「大きな政府」の破壊を目指した。しかしながら、一方では「改革の美名」の下で財政赤字を一層拡大した(国債増発、約250兆円)。


(イ)「小さな政府」の実現を目指し、ワシントン・コンセンサス(米国における自由市場原理主義の目標設定)とトリクルダウン理論を信奉する竹中平蔵が旗振り役を務めた。結果的に、隷属的対米関係と悲惨な格差拡大を一層深刻化させた。


(ウ)自由原理主義的な政策実行を最優先しつつ政府(法の執行)の責任を最小にして、無責任な事後規制へ転向した。


(エ)日本国憲法の平和主義と政教分離の原則を蹂躙し、アナクロナショナリズムの流れを国政の中枢に招き入れた(靖国神社への拘り)。また、政治倫理を冒涜し、日本の政治をポルノクラシー化した(TVワイドショー型の芸能・淫猥政治化)


(オ)日本国憲法主権在民と授権規範性を無視・蹂躙し、強引な国会解散劇(事実上のクーデタ)で民主主義政治を暴政化した。


(カ)人的・地縁的繋がり、および信用関係(社会的信頼関係の空気)を破壊した。・・・野放図な土地利用自由化、規制緩和(金融・労働分野、建築基準、および派遣労働拡大など)、日本的経営の破壊(無秩序な雇用流動化、年功序列と終身雇用の縮小、成果主義導入など)


(キ)リバタリアニズム的な方向への司法改革(例えば、米型法人擬制説への過剰傾斜など)を行ったうえ、根本的な観点が非国民主権的であるため、司法全体の整合性が取れなくなりつつある(商法改正と新会社法、労働者派遣法など、および法科大学院新設など法曹人口の拡大、裁判員制度導入、国民審査会法改正ほか)。


(ク)国民主権を無視した「非合理な外交」で世界市民の中で日本国民を孤立化させてしまった(米国自身の反省にもかかわらず日本政府だけがイラク戦争の無謬性をいまだに主張→これは政権交代民主党政権が実現した今も、そのまま放置されている!)。


(ケ)弱者層蔑視政策で日本の教育・医療・福祉の現場環境を著しく劣化・荒廃させた。そのうえ富裕層と企業を減税(あえて粗雑な観点に立った法人減税は輸出特化型・重商主義型の超大企業にはメリットあるが、企業群総体の9割超を占める内需型中小企業には殆ど現実的意義がない)し、一般国民にその負担を押し付ける自己矛盾を犯した。


更に、概観したこれらの内容を経済政策の観点から把握し直して見れば、小泉政権は、聖域なき構造改革を謳いつつ、実は中小企業らを中心とする<内需>を犠牲にして<輸出型巨大企業>を作為的に優遇する政策であったということだ。そのシナリオの流れを経済学者・菊池 英博氏の説明に従って纏めれば以下のとおりになる。


・・・ゼロ金利で円安ドル高へ誘導し輸出し易い環境にしつつ法人税所得税を下げた。しかし、低金利が高齢者ら貧困家計を直撃する一方で、財生悪化のため公共投資地方交付税交付金が削減された。その結果、家計と公共事業に依存する産業(その殆どは中小企業)、地方と非輸出企業が痛めつけられた。この間、日本政府は一部の巨大製造業を後押しして輸出振興を図り、事実上の「重商主義」政策を採った。このため、内需不足が放置されたままとなった。・・・(出典:松原隆一郎『日本経済論/国際競争力という幻想』-NHK出版新書-)


このため、政権交代のときに民主党が掲げた大きな方向付けは、「人間的な絆と社会の信用と信頼の回復」、「崩壊した共同体から放擲され孤独に浮遊する個人への対応」、「国民のために役立つ公共事業と有効な内需拡大策」の三つであった。つまり、この時に民主党が掲げていた<国民の生活が第一>のキャッチフレーズの中身は、個々の人間の一人ひとりを経済価値創造の担い手として大切にして、彼らの積極果敢な働きによって内需を再生・創造・拡大することであったと考えられる。


だから、もしこの考え方を捨てるとすれば、それは、新自由主義に基づく「小泉・竹中構造改革」の<サプライサイド(供給側重視)政策が嵌った合成の誤謬>(既に大企業・対売上人件費率が10%程度であるという現実を無視して更なる数%の人件費節約が結果的に総売上規模&GDP規模を縮小させる結果となった)方向へ再び後戻りすることを意味するのだ。


つまり、今になり改めて冷静に見直せば自ずと分かるのだが、これら民主党政権の当初の方向付けは非常に優れた内容であったので、これこそがアンチ自民党政権(無論、アンチ小泉・竹中でもあった!)として多くの国民層が民主党を熱烈に支持した訳でもあり、これらの方向付けがあってこその歴史的政権交代であったのだ。


しかし、今や、菅民主党政権は、これも周知のとおりだが、この<国民の生活が第一>のキャッチフレーズ(政権交代の原点)を既にキッパリと放擲しており、代わる緊急課題として飛び出してきたのが新自由主義方向へ後ずさりし始めた米国政府が要望する「TPP(環太平洋戦略的経済連携協定/Trans-Pacific Partnership)への参加」問題である。なんという愚かで、蒙昧な方向転換であるのか!


従って、今や民主党・菅政権が目標とするのは、他でもない、あの大失敗であったはずの「小泉政権時代の新自由主義ネオリベラリズム)政策=米国政府(米国の巨大多国籍企業群)が求める、日本の産業・文化・経済価値を総浚い的に捕食したいとする強欲な要求へ応えつつ、更に共同体から放擲され貧困と孤独の中で浮遊する個人(=自殺願望と生活保護申請の予備軍)を量産する、トリクルダウン型・新植民地政策」への復帰ということになるのだ。


ここまで抉って見れば、やはり、菅政権の実像は、日本の一般国民の生活と主権などは眼中になく、ひたすら「対米盲従で買弁的なゾンビ(ひたすら実効権力に操られるままの指使い人形的)政権」である。言い換えれば、菅総理自身は、エピローグで見た「オームの麻原彰晃と同じ受容体(レセプター)」そのものだ、と見立てるの(『菅総理大臣=レセプター』説)が正解だと思われてくる。これは、まことに恐るべきことではないか。


なぜなら、それは、以上のような状況を概観すれば、この時を目指しつつ<闇の実効権力>の命に従い、カルト教団の幹部役として国民洗脳の仕事を立派にかつ効果的に務めてきたのは新聞・TVらの記者クラブメディアと検察等司法関係者だという見たて(推論)が、今や、ほぼ間違いのない現実となって、我われ一般国民の周囲を既に埋め尽くしてしまったことに、今更のように気づかされるからだ(画像はhttp://yohkan.iza.ne.jp/blog/entry/1901359/より)


ところで、このレセプターとしての菅政権(菅総理大臣)を操る<闇の実効権力>の更なる背後に潜むのが「リバタリアニズム的な法人格についての解釈と見なすべき米型法人擬制説」への日本司法&法曹界の歴史的傾斜(これは、終戦後のシャウプ・税制勧告以来の傾向で、小泉政権時代に米型法人擬制説へ急傾斜した)の問題だと思われる。


しかし、ここでは取り上げる余裕がなくなったので、この論点(法人格についての法人擬制説(法人減税の根拠)と法人実在説(法人増税の根拠)のいずれに傾斜するかで、徴税に関わる財務省のスタンスは劇的に代わり得ること、要は、モノは考え方一つだということ!)は、次回、当記事の第二部(2/2)で取り上げることにする。


(エピローグ)


・・・以下は[[民主主義の危機]“民主主義進化論”の象徴「オヴァートンの窓」を偽装する記者クラブ・メディア「買弁ジャーナリズム化」の犯罪、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110106]へのコメント&レスの転載・・・


柴田 2011/01/07 17:46


はじめまして。貴殿とぴっちゃん氏とのやりとりを興味深く拝見ささせていただきました。一点疑問なのですが、オーストリア学派的経済政策を採用するポーランドネオリベラリズムではないというところについてです。アメリカンオーストリアンの旗手であるロスバードはガチガチのリバタリアンで無政府資本主義者であったと記憶しています。この決定的な断絶はどこにあるのでしょうか?


toxandoria 2011/01/07 20:36


柴田 様、コメントありがとうございます。


ポーランド在住のぴっちゃん様も“ポーランド系米国人の中の学者らの中にはガチガチの市場原理主義者が多い”とかの類のことを何処かでおっしゃっていたと思いますので、それは断絶ではなくオヴァートンの窓の中での熾烈な鬩ぎ合いの一角とみなすべきではないか、というのが感想ですが・・・、実際はよく分からないというのが正直なところです。


これから、更に「ご指摘の問題点」については色々と学びつつ考えてゆきたいと思っています。今回の柴田様とtoxandoriaの遣り取りをご覧になれば、ぴっちゃん様から何か参考になる情報が寄せられる可能性もあると思いますので、朗報を期待しつつ、それを待つことにいたしましょうか。


なお、良きにつけ悪しきにつけポーランド系住民が米国社会の知的部分に大きな影響を与えていることは予想以上のものがあるようです。今回の記事で、たまたまポーランド系の学者・作家らの引用が集まってしまいましたが、これは意識してポーランド系の人々を集めたのではなく全くの偶然であり、結果的にそうなってしまっただけです。


さらに、記事では書きませんでしたが、民主主義進化論とオヴァートンの窓との絡みで取り上げた20世紀アメリカを代表する哲学者・論理学者の一人とされるウィラード・ヴァン・オーマン・クワインも、ウイーン学派のカルナップらとともにポーランド論理学のアルフレト・タルスキなどの影響も受けているようです(クワイン自身はオランダ系のようですが・・・)。


柴田 2011/01/09 13:41


レスポンスありがとうございました。私は選択の自由から始まり、デヴィッドフリードマンのアナルコキャピタリズムやロスバードなどのネオオーストリアンに興味を持ちつつ一方で自然権を至上のものとするリバタリアンは結局は経済厚生を害する単なる金持ちの方便に過ぎないのではないかと思い至るようになりました。


また、ポーランドの経済政策は帰結主義リバタリアンでありそれはハイエクとロスバードの断絶にも通じると思います。ポーランド系に知的人口が多いというのは何か示唆的ですね。私もぴっちゃん氏の説明を教授願えることを期待しています。他の記事も大変興味深いのでまた覗かせていただきます。ありがとうございました。


あきつ 2011/01/15 04:04


サラ・バレツキー、さっそく注文しました。教えてくださいまして、ありがとうございました。


toxandoria 2011/01/15 06:09


あきつ さま


いえ、いえコチラこそです。


ブログhttp://p.tl/324gで秋津さまが書かれていた内容と、小生がツイートした『自称市民派(左派)の限界、F.フクヤマ(歴史の終わり=実は現実誤認)を気取りホンワカ労働貴族段階で民主主義の進化を停滞させようとの画策に傾注、彼らは歌(コジューヴ流の承認を求める闘争(人間発生的批判精神))を忘れたカナリヤだ!』http://p.tl/5Ovqが共鳴したようです。


また、同じく秋津さまのブログで書かれていた(自民党某幹部の感想らしいですが・・・)『江田法相が【参院】議長経験者として初めて入閣したことへの批判も相次いだ。国会関係者は「参院の存在意義の低下につながるばかげたことだ」とあきれ顔(自民党某幹部は)だ』も、表記のツイート内容に関わると同時に、日本の議会民主主義を形骸化させつつ、菅政権がスターリン主義ないしはヒトラー政権なみに独裁化した現実を思い知らされます。


<菅政権がスターリン主義ないしはヒトラー政権なみに独裁化した>が言い過ぎだとするなら、菅民主党政権は米ブッシュ政権並みにネオコン化したと見なしても良いと思います。なぜなら、下のような現実(toxandoriaらがツイートした内容の転載)があるからです。


RT @carlkazu: うーんRT@hana 菅が隠すTPP米のホンネ⇔農業、郵政(郵貯簡保)、金融・保険、医療・介護・福祉、公共事業、日本語(廃止→英語化)など日本の財産が丸ごと欲しい!http://p.tl/ceH5 http://yfrog.com/hs88nej posted at 21:10:28 1.14


magosaki_ukeru 前原・ゲーツ会談、13日朝日:ゲーツ氏は「日米同盟はとても健全な状態。次のステップを話し合いたい」。ゲーツ氏昨年普天間で危機感煽る。今”とても健全”。普天間全く変わらず。何故こんな変化、誰か次の答以外あれば提供して。答え簡単、鳩山ー小沢自立志向(対米対中)。菅ー前原隷属姿勢鮮明。http://p.tl/A-hC


@carlkazu 追いうちをかけるように、1/14 付・日経は、TPP推進に備えて「原子力等輸出の企画と価格勝負への準備、武器輸出を含む軍事的存在感の強化、外向き志向のための英語力強化、一層の社会保障予算抑制」など、つまり新自由主義政策傾斜への一層の努力を菅政権に求めてます。 posted at 21:13:08 1.14


@carlkazu 付記:13日、日米両政府は米国とTPPに関する初の正式協議をワシントンで開始(日本から外務・経産・農水代表が参加)した。米国は11月APECでの成果を目論む。 posted at 21:24:27 1.14


つまり、ここで詳説する余裕はありませんが、菅民主党政権は、toxandoriaが注目する『ポーランド・モデラティズム=シュラフタ民主主義の伝統的政治手法≒ヘーゲル&コジューヴ的な意味での民主主義進化論的柔軟さ』をスッカリ見失ったという意味で、また自民党政権時代の一部の冷静な部分からさえも何も学ばぬ、<バカ化であると同時に、全身が総毛立ち、気が動転した一種の狂気的で、国民主権を簡単に弄ぶという意味で非常に危ない政権>と化したようです。


そして、何よりも危ないのは、記者クラブメディア、官僚・司法組織の過半、アカデミズム及び財界人らの多くが健全な批判精神を発揮するどころか、その菅政権の<バカ化と総毛立ちぶり>に便乗しつつあるようにしか見えないことです。


【エピローグ動画】Lara Fabian−Caruso