toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

福島「原発過酷事故」なる世界最悪の環境破壊は三権(政・官・司)・財界・大労組・原子村・御用アカデミズムによる<国民騙しの左右両派に跨る日本的交尾権力形成>の象徴

toxandoria2011-06-17




[参考画像] ブロンツィーノの『愛のアレゴリー

Angiolo Bronzino(1503-1572)「An Allegory - Venus, Cupid」Oil on Wood  Completed  in1545 116.0cm x 146.0cm   National Gallery London 、England


・・・ブロンツィーノ は、ジョルジョ・ヴァザーリ(Giorgio Vasari/1511-1574)らとともにメディチ家の分家筋にあたるトスカーナ大公国のコジモ1世(Cosimo I de' Medici/1519−1574/トスカーナ大公国絶対君主制を確立した人物/現在のウフィッツィ美術館やヴァザーリの回廊などを建設した)の宮廷画家を務めた人物で、博学な知識人でもあった。


・・・そのスケールはやや小ぶりながらも、コジモ1世には神聖ローマ帝国(ハプスブルグ家)のカール5世やフェリペ2世らと同様の精神的に偏ったパラノイア的側面があった。それは、マニエリスム時代(反宗教改革の時代)に特有の擬似宗教(カルト)体験に呪縛されたアンバランスで異様な観念の存在であったということもできる。


・・・言い換えれば、それは「絶対王制時代の権力者」たちに共通する傾向であり、<社会の底辺層や弱者層の人々に対する冷酷で誤ったリアリズム感覚>と<洗練された極上の美意識>の異様な共存(野合、乱交型交尾嗜好)が深い断絶の影を落としていたということだ。もはや、これら権力者たちは多層社会化しつつ近代への一歩を歩み始めた社会的現実を直視する能力を失っていたのである。


・・・ブロンツィーノの『愛のアレゴリー』は、数多くの寓意的図像と洗練されたエロティシズムがモチーフだが、その解釈には様々なものがある。その上、これも、矢張りマニエリスム時代の絵画であり一定の精神的高みと理想を極めた盛期ルネサンス絵画とは異質なものであることが分かる。


・・・また、この頃から、絵画を学術的に解釈する方法として、従来の宗教図像学的なイコノグラフィー (Iconography)に代わり、イコノロジー(Iconology/絵画と社会背景や時代精神を結びつけて解釈する手法)が意識されるようになってきたのであった。


・・・個々の図像の象徴的意味の詳細は省くが、現代におけるイコノロジー理論の大成者であるパノフスキー(Erwin Panofsky/1892-1968)によれば、この絵画は「欺瞞・虚偽・嫉妬・裏切・復讐・背任・背徳」などに囲まれた「権力者が嵌る甘美な悦楽の世界」を「時間と真理」が罰するという倫理的教訓を描いている。しかし、近年の様々な研究によって、それとは異なる解釈が行われるようになってきた。


・・・「真理」の象徴は左上端に描かれた仮面を被った如きプロフィールで、「時間」の象徴は右上端の老人である。中央に描かれた様々な図像は「エロティシズム・ 不倫・近親相姦・野合・嫉妬・倒錯・快楽・陶酔・欺瞞」などを現しており、「時間」がカーテンを引いてこれらの姿を白日の下に暴こうとするが、なぜか、左上端の 「真理」は、それを思い止まらせるような仕草をしている。


・・・つまり、コジモの宮廷(絶対的政治権力)が示してみせる「真理」(または司法権的な意味での正義・公正・正統性)自身が実は曖昧で両義的・野合的・乱交的でパラドキシカルなエロティシズムの罠に嵌っていたということを意味する。従って、これは当時の第一級の知識人でもあった画家ブロンツィーノが、堕落的・頽廃的な宮廷生活への強く厳しい批判を密かに仕込んだ絵画であったという訳だ。


【プロローグ動画】反「原発」の歌(詩)としても聴くことができるバルバラ作『ゲッティンゲン』


Barbara−Goettingen


Lara Fabian - Gottingen – Live


(関連参考ツイッター情報)


hide19692005@machi0308 @bronks4215 @kosumosu0906ay8@koichihn @owljii @shigex_yokohama @yurikalin @hanachancause ご相談。放射能という言葉を放射能毒とした印象をお聞かせ下さい。 via Keitai Web 2011.06.17 08:34 hanachancause


@hide19692005 放射能デカルト的リアリズムで些か他人事的距離感があるのに対し放射能毒は生身である我われ一般国民・市民の皮膚ないしは内臓感覚(アフォーダンス的リアリズム感http://bit.ly/frTrVM)へ強くアピールできて効果的だと思います。 via ついっぷる/twipple2011.06.17 09:32 hanachancause


・・・以下はhttp://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-1524.htmlより転載・・・


・・・toxandoriaさんが「破格の情熱と理性、それに“はんなり”とした麗しさ(誠意が感じられるホスピタリティ)」と表現するララ・ファビアンのこの歌もエモーションがありますが、ここから先は原作者に敬意を表しましょう。


・・・このオリジナルは、1930年生まれのフランスのバルバラ(Barbara)という伝説的女性歌手が1964年に書いた歌。ドイツはゲッティンゲンの大学の劇場に招かれて、そこでの暖かい歓迎に感動して滞在を1週間延ばし、劇場の庭で書いたこの歌を最後の晩に発表したというエピソードがあります。


・・・ゲッティンゲンの若者との交流で幸福を感じたであろう彼女が彼らへの感謝のためにこの歌を書いたときに、彼女は何を思い出したでしょうか。ユダヤ人とロシア人を両親に1930年に生まれ、ナチスドイツのユダヤ人狩りを逃れて戦争の時代の中を転々と引越しを繰り返した彼女ですから、子ども時代の辛い思い出が脳裏をよぎったと想像されます。(このあたり、フランス語版Wikipediaを参考に書いています。)


・・・そう思って聴くと、この歌がどれほど深い思慮と芸術的感受性によって書かれたかがわかるのです。この歌は彼女にとって、ナチス・ドイツのもとでの辛かった子ども時代との和解の歌だったと想像しますが、それがフランスとドイツの間の和解と反戦の意味合いを持つことになったのだと思います。


【プロローグ画像】映画『100000万年後の安全』
・・・公式HPはコチラ⇒http://www.uplink.co.jp/100000/


100,000年後の安全』 予告編(動画)


・・・以下の映画案内はhttp://bizmakoto.jp/makoto/articles/1105/13/news100.htmlより転載・・・


・・・『100,000年後の安全』のテーマは、原子力発電所そのものではなく、そこから生まれる廃棄物と、その処理問題だ。原子力発電所で電気を作ると、必ずゴミとして高レベル放射性廃棄物が生まれる。このゴミが生物に無害になるまでは、10万年(!)もの時間を要するという。


・・・「この危険なゴミをどうするか?」は、世界中の原子力発電所に共通する問題だが、高レベル放射性廃棄物の最終処分場の建設に世界で初めて着手したのがフィンランドだ。固い岩をくりぬき「オンカロ」という地下都市のような永久地層処理場を建設。22世紀に放射性廃棄物でいっぱいになったらオンカロを完全封鎖するという。


・・・『100,000年後の安全』は、このオンカロを美しい映像で詳しく紹介していくドキュメンタリーだ。施設で働く人たち、原子力の専門家などが代わる代わる登場し、観客は原子力発電所についての知識を自然に得ることができる。


・・・ストーリーが進む中で、観客は盲点のような難問を突きつけられる。それは、「オンカロが危険な施設であるということを、どうやって10万年後まで我々の子孫に伝えるか?」という、ある意味哲学的な問いだ。10万年といえば、これまでの人類の歴史よりも長い時間だ。今の言語は使われていないだろう。絵なら通じるのだろうか。「近寄るな」と書いたら、何かお宝があると思って、返って掘り返したくならないだろうか?


・・・注意深く見ていけば、映画の語り部であるマイケル・マドセン監督が原発に批判的なことは分かるだろう。しかし『100,000年後の安全』は、原発推進派も反対派も学ぶところが多い希有な映画だ。


1 世界最悪の環境破壊「嘘つきのパラドクス型・原発蟻地獄」に嵌った日本で、いま本格的に「緑の党」が芽ぐみ、胎動しつつある


<注記>「嘘つきのパラドクス型・原発蟻地獄」については、関連する内容として下記◆も参照乞う。


◆「大連立(大政翼賛)、原発一穴主義、TPP」必要論(買弁特権層・経団連・メディア合作)に潜む「ウソ吐き原子村パラドクス」の罠、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110610


・・・以下は、ドイツ緑の党の日本での本格的な活動開始に関わる情報の一環として「まるがけ日記」さん(http://ameblo.jp/marugake/entry-10924670769.html)の記事から部分転載させて頂く内容。・・・


ドイツ緑の党国会議員らが、「緑の未来(Green JAPAN、http://www.greens.gr.jp/)の働きかけで2011年5月14日― 21日に日本を訪問した。これは、原子力政策のスポークス・パーソンのジルビア氏から日本語で出された報告書の一部である。


『重大な原発事故の影響に対してどんな政府であっても十分に対応しきれないだろう、日本の原発についての偽情報政策は日本特有の問題ではなく原発の問題なのだ』ジルヴィア・コッティング=ウール


日本訪問記 2011年5月14日― 21日


日本の「みどりの未来(Greens Japan)」の招きを受けて、私は 5月15日から20日まで福島県各地ならびに30km圏内、危険に晒されている浜岡原発のある静岡県、東京、大阪、京都の各都市を訪問した。想定可能な原発事故の中で最も重大な事故となった福島第一原発事故から2ヶ月後に、こうして私は原発事故の経験が日本社会に変化をもたらしたかどうか、もたらしたとしたら、どのような変化であったか、現地において自分の目で確かめる機会を得たのだった。


今回の視察旅行での私の使命は、どうすれば脱原発とエネルギー政策転換が可能かを提示することであり、またその際、ドイツにおける市民運動ならびに緑の党の役割について説明し、日本国内での市民運動環境政党結成への動きを応援することであった。


6日間にわたる日程は極めて密度の濃いもので、各地で開催されたシンポジウムでの講演、各地の市民運動みどりの未来のメンバーとのミーティング、被災者、ボランティア、行政担当者との意見交換、諸施設の見学、放射線量測定、インタビューなどを行なった。


日本にはこれまでデモをするという文化がなかった。自分たちの関心事のために通りに出て、要求を声に出し、政府を批判するということは、日本人のメンタリティーには馴染まないことなのだ。だから福島原発事故の後に1万 5000人が参加してデモが行なわれたことは、この国にとって小さな革命だった。市民運動の最初の兆しが現れたのだ。


原発事故の経験と、政府による虚偽の情報が人々を政治行動に向かわせたのである。こうした動きはこれまでのところ全国的とは言い難い規模ではあるものの、日本社会の中で何かが動き出している。人々にとって、それまで盲目的に信頼し、それなくしては生きていけないと思い込んでいた高度技術への信頼が突然失われたことも大きな衝撃だった。


日本は従来、その(膨大な)電力需要の26%を原発によってまかなって来た。 25%は石炭、28%はガス、11%弱が石油、そして 7.8%が水力による発電である。その他の再生可能エネルギーはこれまでのところほとんど利用されていない。


電力需要は数十年来継続的に拡大してきている。日本には地震の危険のない場所はないので、 54基の原子炉は全て多かれ少なかれ強い地震の危険のある場所に建っている。最大級原発事故を受けて、地殻変動によって特に大きな危険に晒されている浜岡原子力発電所では以前から稼働停止中の原子炉を含む5基の原子炉の稼働が停止された。


これによって供給されなくなった原発の電力は、石油火力発電所を復旧させることで代替供給されている。エネルギーの効率的利用はこれまで日本では話題にされてこなかった。節減の潜在的可能性は一見しただけでも目につく。太陽、風力、水力、開拓可能な地熱、今後開発すべき波浪エネルギー技術の利用のための海岸など、日本はエネルギー政策転換のためのあらゆる可能性を自然から恵まれている。その上、ハイテクならびに研究拠点として全ての技術上・学術研究上の前提条件を備えている。日本は浜岡を出発点に脱原発に着手すべきではないだろうか。


みどりの未来」が今回の視察旅行を企画したのは、脱原発およびエネルギー政策転換、市民運動の結成と緑の党設立への支持を呼びかけるためだった。この目的は滞在中の一週間でかなり成功したが、ドイツ緑の党によるコンタクトと支援は引き続き継続し、拡大してゆかなければならない。


福島の最大級原発事故から、私はドイツにとっての教訓を二つ導き出した。一つは、日本のようなハイテクの国が自然災害の力から自国の原子力発電所を守ることができないのなら、どの国も自国の原発のリスクを深刻に受け止めなければならないということである。


二つ目の教訓は、日本の政治責任者との対話を通じて、また市民が情報の不足を盛んに訴えるのを聞いて私も初めて気づいたことだが、重大な原発事故の影響に対してどんな政府であっても十分に対応しきれないだろうということだ。日本の偽情報政策は、日本特有の問題ではなく原発の問題なのである。


ジルヴィア・コッティング=ウール
2011年5月・・・この続きは、http://ameblo.jp/marugake/entry-10924670769.htmlへ・・・


(関連ツイッター情報)


RT @n_plus: RT @adachirikiya: ・・ドイツ緑の党連邦議員院内総務ユルゲン・トリティーン氏来日、今日の昼は「みどりの未来」 正副事務局長とMTG、夜は独大使公邸でレセプション。・・・日本にみどりの党を作る動き着々。 via ついっぷる/twipple 2011.06.17 05:37 hanachancause


MasayaKoriyamaドイツの再生可能エネルギー法がどの程度迅速かつ確実に実施されているのか、風力発電施設建設への反対運動にはどう対応するのかと質問が出された@marugake 『ドイツ緑の党 国会議員ジルビアさん福島・浜岡原発視察の報告書』 #genpatsu via web2011.06.17 00:27 hanachancause


【QT】脱原発は世界的流れ、反原発のドイツ野党、90年連合・緑の党幹事長トリッティン元環境相が16日「日本は今後新たな原発建設はできないだろ」と述べ再生可能エネルギー利用促進求めた。 #genpatsu via ついっぷる/twipple 2011.06.17 05:43


chunichi_kunta【日本で新規建設「不可能」 脱原発は世界的流れ】反原発を掲げるドイツ野党、90年連合・緑の党幹事長のトリッティン元環境相が16日、「日本は今後、新たな原発の建設はできないだろう」と述べ再生可能エネルギーの利用促進を求めた。 #genpatsu via web 2011.06.16 19:46 hanachancause 


m_rosbach今来日しているドイツ緑の党ユルゲン•トリティーン氏は物事の本質をズバリと突く発言で有名な政治家。ゲッティンゲン市出身で1998年から2005年まで環境大臣でした。 via Twitter for iPhone 2011.06.17 02:53 hanachancause


RT @takamir: @hinemo @G__G_ ドイツの緑の党の話が出てました。緑の党作ったのはアーティストのヨーゼフ・ボイス・・。wikiチェックしたら書いてませんけど。ヨーゼフ・ボイスは第2次世界大戦で戦闘機乗りで撃墜され山で生死をさまよい生還し作家になり緑の党を作った via ついっぷる/twipple 2011.06.17 05:38 hanachancause


2 野合・交尾型パラドクス社会下で深刻化する日本型民主主義の赤字(EU型革新意志の不在)


2−1 日本で根本的に欠落するEU型「民主主義の赤字」の概念


EU欧州連合)では、民主主義社会における、このような永遠の難題(自己矛盾的にパラドクス化する民主主義のあり方)の悪化度について診断方法が工夫されている。それが「民主主義の赤字」という名でガバナンスの観点から民主主義のあり方をチェックする考え方だ。


元々、「民主主義の赤字」とは、EUの加盟国が国家主権の一部をEUに委譲することになるため、国内議会の立法権の一部がEU立法によって毀損される部分が生まれるという認識に由来する。しかし、現在では、その概念が拡張しており、次のような内容(まことに逆説的で皮肉な結果ではあるが、自由化・民主化の進捗が一般市民サイドへもたらす過剰なマイナス現象の意味)で使われている。


(1)資本主義の一つの発展方向としての新自由主義思想による金融資本の暴走・凶暴化 → 戦争・テロリズムの危機拡大の根本原因化


(2)コナトウス(世襲)型・寄生型・野合交尾型政治家の増大 → 政治の芸能・娯楽化、政治のお笑い劇場化&TVショー化


(3)三権(政・官・司)・財界・大労組・学界などパワーエリート層の倫理観の喪失・・・日本の「原発パラドクス型蟻地獄」は、この病巣が悪性腫瘍(ガン)化したもの


(4)国民一般における政治的無関心層や無党派層の拡大


(5)福祉・医療関連出費の拡大による恒常的な国家財政等の赤字拡大


(6)国民主権意識の喪失と選挙権を安易に放棄する傾向の拡大


(7)ジャーナリズムとしての批判力(ペンの力)の弱体化傾向(マスゴミ化)の亢進


(8)大所得格差、非正規雇用数、自殺者数、青少年犯罪件数、ニート等の増加


(9)地球環境、地域環境、地域経済の崩壊傾向が拡大


(10)その他(隠れ肥満者数、薬物中毒者数、セクハラ・レイプ事件発生数、暴力・苛めなど学校・職場環境の劣化傾向、凶悪犯罪の低年齢化傾向、離婚数の拡大、凶悪殺人や暴力事件の多発etc)


以上から、これらの中で(1)〜(4)が最も原義に近いという意味で政治体制ガバナンスにかかわる問題であることは容易に理解できるだろう。しかし残念ながら我が日本では、これら(1)〜(10)の悉くが殆ど他人事と軽く看做される傾向が未だに続いている。


2−2 原発が一向に政治争点化せぬため「脱原発の世界潮流」から益々乖離する原発過酷事故の当事者たる日本の悲惨とその背景


2−2−1 グランド・エピソード(経済学第二の危機の出現)


これほど過酷な原発事故(福島第一原発事故)が起こり、東日本全域のみならず今や日本列島全体が放射能汚染の脅威に晒されているにも拘わらず、日本政治の中枢では原発問題が主要な政治問題の争点となる気配がない。それどころか、「超党派地下原発議連」なる動きが急に浮上して、益々、これからも日本は原発推進を堅持せんとする動向が強まっているようにさえ見え始めている。日本経団連等の財界人、地方首長、地域住民などからは停止中・原発の早期再開を求める声が聴こえ、あるいは原発新設の要求の声すらが聴こえてくる。


(関連ツイッター情報)


hanachancause 2011.06.18 18:38
海江田氏が原発の運転再開を急ぐ深〜い訳はコチラ⇒http://bit.ly/mOill6⇔【QT】NHK 海江田経産相 原発運転再開を要請  http://bit.ly/jZoEz8 VT: http://twitvideo.jp/05otF via twitvideo


しかも、福島第一原発の過酷事故の終息は先が見えず一層深刻化しつつあるうえに、そもそも想定外の大津波電源喪失が起こる以前に、既に大地震そのものによって原発の主要構造部の中枢機能が破損・破壊されていたことが明らかとなり、今や地震大国たる日本列島で原発利用そのものの非合理性と巨大リスクが露呈している。が、それにも拘わらず、反原発脱原発の国民意思がドイツ・イタリア・スイス・フランスほど大きく盛り上がる気配がないように見えるのは何故なのか?未だに身の回りで、「反原発」を主張する途端にアンタはサヨクだアカだと「白い眼」で見られるような空気が漂っているのは何故か?


その意味を読み解くには、些か面倒な作業であるが世界と日本の政治・経済史を少し遡って概観する必要がある。実は、菅民主党内閣が昨秋ごろから急に喚きだした「消費税上げ、法人減税、TPP開国」(米国の対日“社会・文化・経済についての追い剥ぎ・強盗・レイプ強要”に匹敵する、強引な“TPP開国”要求の受け入れへの傾斜)の問題は、実は、<国の現行税制が一定水準以上の消費性向が低い高額所得層に異様なほど優しく、消費性向が高い中間下位〜低位所得層に及ぶ多数派一般国民層に対して非常に厳しい徴税制度となっている=菅政権による貧困ビジネス型日本経済の設計>という現実と奥深い部分で繋がっているのだ。


ここで言う<菅政権による貧困ビジネス型日本経済の設計>とは、菅政権の中枢を牛耳る<極左一派、米国型新自由主義(右派リバタリアン)かぶれのアカデミズム(学者)一派、官界(特に財務省経産省と司法官僚)、財界&大労組「連合(日本労働組合総連合会)」などが、歴史も伝統文化も国民主権も民主主義もクソ喰らえで、ひたすら仲間内既得権益の保守目的だけで野合的に癒着した「ビザール政治権力(bizarre/奇妙で頽廃的な政治権力)」化していること>を指す。


このような悪しき傾向を推し進めた背景には、1970年代に入った頃から資本主義経済が深刻なジレンマに突入していたという事情がある。宇沢弘文著『社会的共通資本』(岩波新書)によれば、20世紀における経済学史には「第一の危機」と「第二の危機」というプロセスがある。「第一の危機」は1930年代の大恐慌を契機とするものであり、当時の新古典派理論は理論と現実の両面で、その信頼性が殆ど失われた。しかし、この経済学の「第一の危機」はケインズ理論によって解決された。が、それから約半世紀経った1970年代に、世界の資本主義は再び大きな混乱に嵌り、その不均衡と不安定はケインズ理論から有効性を奪ってしまった。これが経済学の「第二の危機」である。


その経緯を少し具体的に見ると、世界の資本主義は1960年代の半ば頃から不安定化し始め市場の不均衡が一般化していたが、その直接の契機はべトナム戦争の泥沼化がもたらすインフレーション・失業増・国際収支悪化という米国経済のトリレンマであった。そして、この傾向は世界の主要な資本主義経済へ波及したため、いわゆるケインズ(オリジナル・ケインズ)主義的な財政・金郵政策は再び有効性を失ったと見なされることになった。


そして、1973年に起こった<石油危機>がこの経済学の「第二の危機」を決定的なステージ(宇沢弘文氏によれば不可逆的ステージ)へ追いやることになった。これは今からみれば真に不幸なことであったと思われるが、その後の世界の主流経済学が(特に米国の擬ケインズ主義≒新古典派マネタリズムなどから高度な金融工学技術の開発・利用へ)進む道は、ケインズ・サーカス(詳細参照→下記記事★)のジョーン・ロビンソンらの意図と全く異なるものとなってしまった。


★2011-02-07toxandoriaの日記、「財務省の論理」に洗脳されポピュリズム扇動で日本滅亡への先棒を担ぐ記者クラブメディアの無責任、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110207


その決定的ステージとは、1970〜1980年代の半ば頃まで主に米国で進められた主流経済学の新たな研究方向で、それは反オリジナル・ケインズ主義的なものであり、端的に言ってしまえば既述の<擬ケインズ主義(ケインズ主義の一派を騙る擬装ケインズ主義)>と呼ばれるものであった。そして、その典型が<新自由主義(自由市場原理主義トリクルダウン理論マネタリズム、サプライサイド経済、合理的期待形成仮説など)>である。


ところで、実は、そもそものオリジナル・ケインズ主義が重視したのは、市場の合理的期待についての抽象的で過剰な推論・シミュレーション型の論理ではなく、むしろ地域社会・自然風土などとの歴史・環境的な繋がりや、それらがもたらす地域個性的な、言い換えれば、それは数学的論理や科学的推論では十分に掬い切れない、ある意味で非常に人間臭くメゾスコピック(mesoscopic/中間規模)なる存在論的な(関連参照→下記◆)経済要素の因果的繋がりということであった。


◆2008-08-13toxandoriaの日記、「触知型崇高美」への無理解で「擬装右翼の暴政」に凌辱される日本国民、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080813


しかし、米国の主流経済学が生み出した擬装ケインズ主義(≒新自由主義市場原理主義トリクルダウン理論マネタリズム、サプライサイド経済、合理的期待形成仮説など)は、市場における生産手段の私有制の徹底と自由原理主義的な資源配分メカニズムが持つメリットを最大限に評価しつつ、それを最大限に活用しようとするものであった。


それらの中でも、特に注視すべきはトリクルダウン理論(意図的に格差拡大を煽ることによって経済の持続的発展(上から下に滴り落ちる経済価値の拡大)を促すという特異な考え方=これは、小泉・竹中改革劇場の中核シナリオを支える理論でもあった)であり、その最大の弊害こそが、金融市場原理主義(高度な金融工学技術の成果)の暴走が巨大な破壊力を見せつけた、あのリーマンショックによる世界金融恐慌であったのだ(関連参照→下記記事▼)。


▼2011-03-02toxandoriaの日記、 国民・国庫ヒーヒー、大企業・高額所得層ウハウハの財界・財務省・マスコミ仕掛の舞台で踊るカラ菅内閣貧困ビジネス的断末魔、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110302


このような意味での市場原理主義的(トリクルダウン理論的)な経済政策への過剰な傾斜は、1970年代の後半頃から世界的に顕著となるが、例えば、それは米国のレーガン政権、英国のサッチャー政権、日本の中曽根政権(→その完成期は小泉政権)では「新保守主義、民営化活力の利用、労働力の流動化(労働力のマリアビリティ/malleability)」なるキャッチフレーズの下で強力に押し進められることとなった。


そして、この「新保守主義」(新自由主義市場原理主義トリクルダウン理論)の強力な推進力となる出来事が<1973年の石油危機⇒対資源・エネルギー枯渇危機意識、地球環境意識の萌芽>と<経済学の第二の危機⇒その解決策としての米国における偽ケインズ主義の誕生>であることは、一般に余り意識されていないようだ。しかも、実は、原発の本格的な世界的普及・導入も、ほぼこの様な手段による「経済学の“第二の危機”のブレーク・スル―期」にほぼ重なることを我われは明確に自覚すべきだと思われる。


2−2−2 スモール・エピソード(現在の『嘘つきのパラドクス型原発蟻地獄』に繋がる日本国内の余りにもオゾマシキ特殊事情)


この辺りの事情を日本政治・経済の実情に沿って、もう少しミクロに観察して見たい。このため、下記記事★から関連部分を一部だけ引用させて頂くこととする。


原発「世論」は、1990年を境に原発推進へ/原発は、資本の利益低下の延命策、http://tamitoya.web.fc2.com/diayr-2011-4-1.html


・・・・・ここから、引用が始まり・・・・・


・・・http://tamitoya.web.fc2.com/diayr-2011-4-1.htmlより


・1978年の米スリーマイル島原発事故や1979年の敦賀原発放射能漏れ事故以降、原発反対の「世論」は高まったが、1990年を境に、原発賛成の「世論」が増加し、原発反対は、1995年の「もんじゅ事故」や1999年「東海村事故」が続いても低下し続けて、今回大震災直後の3月19日世論調査でも、原発賛成は56%!?


1980年代、日立・東芝原発メーカーが率いる電機連合原発推進の電力総連は、原発反対の総評社会党ブロックの国労全逓自治労日教組原発容認を飲まなければ労線統一はできないと主張。<江田五月菅直人らの社民連社会党から離脱し原発容認政策>を展開。


・1954年、アメリカの後押しを受けて、原子力予算を確保した中曽根康弘は、1982年、首相になると、レーガン政権の後押しを受けて、「新日米原子力協定」を締結。日本の核武装を心配する米議会の反発で協定批准は難航したが、1987年に発効。原発核燃料サイクル開発の体制を整え、これ以降、原発建設は加速。


・一方、1970年代以来、行き詰まりを見せた資本主義の生き残り策として、米レーガン、英サッチャーが、“民営化が唯一の武器”の「新自由主義政策」。それにならい、中曽根政権は、原発反対の旗頭の「国労をつぶすため」と明言し、国鉄分割民営化を実施。


国労、引き続いて総評、社会党が解体。動労千葉などが闘い続ける中、一方で、「原発推進賛成」の「連合」が発足した。


・1994年以降「就職氷河期」、1995年日経連「労働者の9割は非正規」を提言、ワーキングプア1千万人超。


・戦後日本の資本の増減(利益)率は1980年以降ずっと減少している(下の図)。そのなかで、原発については、1990年代、欧米資本が「なんだ、軽水炉はすごく儲かるんじゃないか」と見直し、原発耐用年数を長期化。それを受け、昨年、福島原発も稼働延長を決定。


・・・http://tamitoya.web.fc2.com/diayr-2011-4-1.htmlより


・そして、「地球温暖化対策としての原発推進」の“うそ”が進められた。2008年洞爺湖サミットでは、唯一の成果として「地球温暖化対策として原子力エネルギーの活用」と宣言。昨年は、自民党から政権交代した民主党政権が「新成長戦略」の柱として、インドへ日本の“原発技術”を官民一体で売り込みつつ、<一層の原発活用>を日本経済成長の旗印として高々と掲げた。


・一方、賃金は1998年がピークだが、労働分配率は1975年にピークをうっていた(下の図)。そして、1985年に国鉄分割民営化と派遣労働者法成立。JALの民営化は1987年。今はそこから始まっている。


・・・http://tamitoya.web.fc2.com/diayr-2011-4-1.htmlより


アメリカでも、1976年にカーター大統領が非痛な表情で「成長の行き詰まり」をテレビで国民に訴え、1981年にレーガン大統領が就任し、民営化を開始。


・・・・・ここで、引用は終わり・・・・・


つまり、このような流れを概観して理解できるのは、原発の積極的導入は、その過大なリスクへの慎重な配慮よりも、先ず「経済学第二の危機=隘路に嵌った公正資本主義の困難な課題」をブレーク・スル―するための重宝な方便とみなされたということで、それは、同じく、そのブレーク・スル―の方策として期待された新自由主義と歩調をほぼ一つにするものであった。無論、例えばEU電力自由市場の如く、資本主義が自由市場を介する効率的活動で大きなメリットを得るのは当然であり、ここで問題視するのは、それが教条的なまで原理主義化した場合のこと、いわゆる市場原理主義の暴走のことである。


2−2−3 善良な日本国民はアンチ公正資本主義的な「独占的電力供給体制」(=三権(政・官・司)・財界・大労組・原子村・御用アカデミズム・御用メディアらの野合権力)に騙されている


ともかくも、以上のことから演繹的に観察されるのは「善良な日本国民がアンチ公正資本主義的な独占的電力供給体制(日本政府・経産省・電力会社・原子村・御用メディアらの野合権力)に根底から騙され続けてきた」のではないかということだ。つまり、それは、「経済学第二の危機」をブレーク・スル―するための重宝な方便の可能性を期待された「原発市場原理主義」が、格差拡大(トリクルダウン)効果を謳う巨大グローバル資本側によって狡猾に利用されてきたということだ。


しかし、特に欧州では、例えばオランダ・モデル(1982年11月、オランダでは「ワッセナー合意」と呼ばれる労使間合意が結ばれた、つまり政府代表の首相、経営代表、労働団体幹部らが一堂に会し、これら三者によって相互の立場・権利の尊重とともに付加価値創造の努力と痛みの分かち合い(公正な分配)の理念に基づく協約が結ばれた//参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070723)の如く、何らかの形で政・財・労による公正な話し合いの場を設定しつつ資本主義の限界と労使関係の課題をブレーク・スル―するために対等な対話努力を続けてきたといえる。


然るに、我が日本では、既に見た通りのことだが、1980年代に労働界の主導権を握った日立・東芝原発メーカーが牛耳る電機連合原発推進の電力総連が、原発反対の総評社会党ブロックの国労全逓自治労日教組に対し原発容認を飲まなければ労働戦線統一はできないと主張したが、このとき<江田五月菅直人らの社民連メンバーが社会党から離脱し原発容認政策>を展開し始めたのであった。従って、この流れに繋がる「連合」を支持母体とする民主党が、初めから<原発推進派であり、原子村を中核とする労使野合型の電力業界による経済界・労働界の独占支配体制>を容認する立場であるのは当然であった。


しかも、問題はそのレベルに止まらず、実は当時の与党政権を担った自民党原発推進派も、この原子村を中核とする労使野合型の交尾関係の仲間であった。というよりも、そもそもの主導権は自民党支配の「原子村中心型野合・交尾のおぞましいほどの爛れた関係」であったが、そこには初めから民主党原発推進派)と、その支持母体である「連合」(この連合自身が原発推進の旗を掲げてきた!)もヒッソリと乱交・交尾仲間として加わっていたと言う方が正しい。ともかくも、このように非公正で一般国民を徹底的に騙す形での、世界に例を見ない日本型の『三権(政・官・司)・財界・大労組・御用アカデミズム&御用メディアによる<国民騙しの左右両派に跨る日本的交尾権力形成>』こそが、現代日本の政治的混迷の元凶であったのだ。


もし福島第一原発事故が起こらなければ、かくの如き日本の「野合・交尾型の異常に爛れた非公正な政治・経済関係」は表面化せずに、更なる闇の中でのお楽しみを長時間におよび続けられるはずであったのだろうが、いずれにせよ、このように余りにも「異常で変態的とも言える野合・交尾の関係」が原発リスクを更に高めることによって、一気に日本列島全体へ壊滅的ダメージを与える規模の原発の大暴走(大破壊現象)が勃発するのは、最早時間の問題であったのかも知れない。


ところで、酷く驚かされるのは、縦割り官僚組織の下請機関の立場に甘んじてきたメディアだけでなく、司法(裁判所・裁判官)までもが、この<国民騙しの左右両派に跨る日本的交尾権力形成>に加わっていたことだ。例えば、その危険性が今も厳しく指摘されている高速増殖炉もんじゅ(福井県)の設置認可をめぐる訴訟で、2003年の名古屋高裁金沢支部の判決は「国の安全審査に見過ごせぬ誤りや欠陥がある」として地裁判決を取り消し原告勝訴の判断を下した。ところが、その後の国側の控訴に基づく最高裁判決では、「国の安全審査に見過ごせぬ誤りや欠陥がある」との地裁判決を全否定し、原告側の逆転敗訴となった。


このことについて、金沢地裁で「もんじゅ原発差し止め判決」を下した元裁判官・井戸謙一氏の、次のような驚くべき証言(・・・)がある(出典:2011.6.2朝日)」この事例を見ただけでも、ドイツと日本の司法の質的な落差は歴然としている。


・・・志賀原発訴訟でも北陸電力が危険性を小さく見積もろうとしたことを感じた。それは、うるさいゾ、国(安全保安院など)のいう通りやってるのに何が問題か!という感じだった。原子力に限らず、国策に反する判決は日本では多くない。国への配慮に止まらず、多くの裁判官は真面目だが、世論も意識している。だから、国民の大多数が「原発を受け入れている段階(仮に原子村に騙されていたとしても?)」で、危険だから止めろという判決を出すにはかなりの勇気が必要だった(つまり、原子村の息がかかった権力と世相一般の流れに身を任せる他なかったというコトなのだ!)。・・・


また、<国民騙しの左右両派に跨る日本的交尾権力形成>に加わりつつ官庁の御用機関化してきたメディアも未だに国民を騙すことに必死のように見える。例えば、一般の善良な日本国民は、「日本はEUと異なり電力自由化ができる地政学的環境ではなく、また、EU電力自由化の前提は原発であるので、ドイツとイタリアはフランスから一方的に原発電力を輸入していることになり、ドイツは自分勝手でズルイ国だ」とのプロパガンダにコロッと騙されてしまう。


が、ここでは先ず「EU電力自由化の前提が原発」だということがウソである。実は、電力源は何でも良く、EUの自由電力市場全体で電力を増やすことさえできれば、欧州各国間でスパゲッティ型の相互取引が増えるという仕組みなのだ。しかも、ドイツは今まで電力輸出国であり、原発を止めても輸入増は5〜10%との試算もあり、自然エネルギーの代替が可能であると見込まれている。また、イタリアも電力輸入は10数パーセントが現況なので同じく自然エネルギーの代替は可能であるようだ。


更なる「原発推進派とメディア」のウソは、恰もフランスから原発で発電した電力だけをドイツとイタリアが一方的にフランスから輸入しているというイメージを煽っていることだ。8割が原発で発電した電力とされるフランスといえども、総発電能力比で見れば原発は60%未満であり、EU指令の自然エネルギー枠20%へも接近中である。従って、この種の報道を未だに修正しないNHKもコノ点でウソメディアだと断じてよいだろう。


だから、いま日本で急ぐべきはEU電力市場の自由化(但し、電力の公益性維持のため一定のEU指令による規制あり)に匹敵する効果をもたらすとされる、送発電分離(送電線国有化)、送電会社による自然エネルギー発電買取制度などを一刻も早く実現することだ(関連参照⇒https://twitter.com/#!/hanachancause/status/81065624473833472


一方、ドイツとイタリアがフランスから高い電力を買わされているというウソも相変わらず蔓延っているようだ。そもそも原発は発電量の自在なコントロールが不可能なのでフランスの原発電力が余剰である時に他国は安く買っている。それが自由市場取引ということだ。高い原発電力を押つけ的にフランスから買わされるなら電力自由市場取引の意味はない訳で、そんなことは、独占で高く買わせ続けたいと思う欲深な原発推進派の願望に過ぎない。


因みに、今の日本のように<独占原発・電力企業による総括原価(マークアップ)方式による電気料金設定が資本主義・共産主義両経済イデオロギーの行詰まりを打開するため編み出された擬装アイデア>であるとの観点からすれば、仮に原発事故が起きた時でさえも、賠償含みの総費用を適当に混ぜこぜにしたうえ、それをオンできれば、いくらでも電力値上げ部分へ転嫁できると言うことになる。見方にもよるが、この<独占原発・電力企業の総括原価(マークアップ)方式、つまり資本主義・共産主義両経済イデオロギーの行詰まりを打開するため編み出された擬装アイデア>は、ヒトラー政権の<ナチスイデオロギー基づく無限生存権拡大なるファシズム的狂想>に似ているとも言えるようだ。


従って、目下注目すべきはポーランド原発計画(いまは原発保有ゼロだが、旧ソ連原発導入計画⇒EU型導入へ切替えた)の動向であろう。ポーランドナチス・ドイツソ連共産党政権による重圧の狭間で過酷・辛酸を舐めたことは周知のとおりで、エネルギー政策に独特の困難を抱えるポーランド(参照⇒http://www.jaif.or.jp/ja/news/2010/poland-report100702.pdfhttp://www.jetro.go.jp/jfile/report/07000256/poland_saiseikano.pdf)だが、福島第一原発事故の影響が及びつつあり、EU原発導入について「国民投票」の可能性が出てきた。https://twitter.com/#!/hanachancause/status/80932726236131328 また、ポーランド人にとってはチェルノブイリに怯えた記憶も新しい。


フランスと歴史的な繋がりというか良い意味での相互影響の歴史が長く深いこともあり、様々な意味でこの7月からEU議長国を務めるポーランドにとっては、これからが正念場である。興味深いのは、ポーランドが今も<公正資本主義、市場原理主義なる二つのイデオロギーの行き詰まりを突破するためアカデミックな議論を真剣に闘わせている国>でもあることだ。同じく原発推進を意識せざるを得ない国とはいいながら、その公正で潔癖とさえいえる政治意識レベルという点では日本と大きな違いがある。これを欧州の田舎者、ポーランド人故の非効率だと揶揄する向きもあるようだが、いまの日本の悲惨な政治混迷と比べたとき、果たしてそんなことが言えるのだろうか?


だから、フランスにおける反原発の拡がりの動向が肝要なのだが<直近のフランスにおける国民意識調査では反原発が80%に達している>ことを、何故か日本の各メディアは積極的に報じようとしないようだ。これを最初に取り上げたNHKも<フランスでも反原発が80%に達している>ことを意識的にヘッドラインから外していた。そして、驚くべきことに、わざわざ「原発推進か否かは賛否両論だ」とのコメントまで添えていたのだ。一体NHKは何を恐れているのだろうか?


ともかくも、このように概観すると、やはり<独占原発・電力企業の総括原価(マークアップ)方式は資本主義と共産主義、両経済イデオロギーの行き詰まりを突破するために左派と右派が禁断の垣根を超えて交尾した野合・談合の悪知恵であり、EU電力市場自由化は、このような談合的擬装経済(真の格差拡大を放置するインチキ&擬装資本主義)の悪巧みへ走る傾向を破壊しようとする意欲的挑戦>であることが実感される。


しかし、我が国ではEUの如く<この原発真理教的な擬装資本主義政策(関連参照、下記◆)の破壊へ果敢に挑戦して分かち合い型の福祉社会実現と健全な資本主義発展の理想を志向する>どころか、 仙谷・岡田ら(先に見たとおり元々は原発推進派である菅は、一応、二股膏薬のどっちつかずの態度を採り続けているが、与野党の双方の原発推進派から内ゲバ的な総攻撃を浴びている)と自民原発派・財務・経産・電力の野合(旧社会党系分派労組「連合」・財界・官僚らが交尾・乱交する国民騙し劇(資本・共産両経済イデオロギーの行詰まり突破の誤魔化し、ふまじめな御用アカデミズムの堕落)のアンコールが延々と行われていることは嘆かわしい限りである


◆実は誰も分かってない原発のコスト(中西清隆)http://eco.nikkeibp.co.jp/article/report/20110608/106639/?P=1


(関連ツイッター情報)


日本復興ビジョンでこそ、菅総理は仲間内利益・仲間利権(大労組、財界、政界・官僚らによる原発推進基軸交尾グループ)への裏切りを怖れず「脱原発」を据えるべきだった、現況の日本政治「大混迷&低劣化」の元凶はコノ1点にある!⇒【QT】福島県検討委−復興ビジョンに「脱原発」(6/15朝日) via ついっぷる/twipple 2011.06.15 20:31 hanachancause


なお、このおぞましき<日本型政治・経済乱交劇>の主人公らの中で最凶(最強?)の仕掛け人は誰かといえば、それは当然ながら財務省であり、その手法は配下の国税庁が持つ査察権による<乱交仲間たちへの税務面からの脅迫的威圧>ということになる。が、この問題については又の機会に触れることとする。


(エピローグ)超党派地下原発議連に隠された意図とは?


・・・[toxandoriaの日記/「大連立(大政翼賛)、原発一穴主義、TPP」必要論(買弁特権層・経団連・メディア合作)に潜む「ウソ吐き原子村パラドクス」の罠、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110610]へのコメント&レスの転載・・・


もえおじ 2011/06/15 22:36


ドイツ、スイスに続いて、(まだ原発を持っていない)イタリアでも国としての脱原発政策が決定しましたね。 これらの国は、第二次大戦の敗戦国である日本と同じく「戦争にこりた」国々であり、核兵器保有しない選択をしています。 (スイスは、ナチスに政治的に屈した状況にあった。)


実は、原子力政策には原発保有して原子力技術を獲得すれば、核兵器を製造することが容易になるという側面があります。 ⇒ ウラン235の(ウラン238に対する)高度濃縮を行なえばウラン型原爆の原料になり、使用済核燃料を再処理してプルトニウムを取り出せば、プルトニウム型原爆の原料になる。


そして、原発保有する日本以外の全ての非核国は、実際には、いざという時の核兵器製造技術の獲得を念頭に置いています。つまり、有事の際には、核抑止力のために核兵器保有する政治的意図があり、ウラン型原発保有すれば核兵器製造が容易になるという側面を意識しているのです。


その意味で、日本が脱原発に進まないのは、暗に核抑止力のための核兵器保有の可能性を残しておくという政治的陰謀が隠されている疑いがあります。これは、日本が米国の核戦略に組み込まれていることも意味しています。厳密に言えば、憲法第九条の戦争放棄を堅持するためには、日本は脱原発を選択して核とは完全に縁を切るべきなのです。


toxandoria 2011/06/16 20:31


もえおじ さま、コメントありがとうございます。


ウランを使う原発(原子炉)が核抑止力ツールとしての軍事戦略的な意味付けが「通奏低音」となっていることは間違いなさそうですネ。


以前にトリウム型原子炉について調べていたとき、米国の差しガネもあったようですが、土光敏夫氏のトリウム型原子炉の採用についての強い進言を、当時の中曽根康弘・首相が徹底的に無視したとか、何処かで読んだような気がします。


(関連ツイッター情報)


2011.06.11 06:01 hanachancause
その答えは、ウソつき原子村を育てた悪徳ゾンビ老人(中曽根。与謝野)らが真犯人ですhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110610⇒【QT】東電だけ悪者にするのは無責任では?日本人全体に責任があるのでは?との小学6年生に大人は何と答える


それに怪しいのは・・・・独・伊・仏ほどではないにせよ、国民一般の反原発の意識が高まりつつあるように見える、いま、この時に、この日本で急浮上した超党派の「地下式原発議連」は特に怪しいと思っています。


限りなく、この「通奏低音」を死守すべきとの「自称、日本パトリオット愛国者)」たち(彼らが真の愛国者であることは甚だ疑わしい!むしろ、日本の壊国者、殺国民者ではないか?)の強い意志の現れではないかと思います(参照乞う、下記ツイッター情報)。


hanachancause 2011.6.9
原子村老人(中曽根・与謝野ら)が放つ愛国パシリことアナクロで有毒な原発ゾンビの眷族たち!⇒【QT】覚えとく。これが超党派の地下原発議連、石破 茂、古賀誠中川秀直西岡武夫渡辺喜美平沼赳夫鳩山由紀夫羽田孜、森嘉朗、安倍晋三谷垣禎一亀井静香渡部恒三https://twitter.com/#!/okikano/status/78227977950855168


hanachancause 2011.6.16
善良な日本国民は御用メディアに騙されている!コンピュータ監視法と原発推進(民・国・自・たちあがれ等超党派地下原発議連)に共通する、プルトニウム原発による抑止型潜在核戦力保持への強力な意志! ⇒ 【QT】コンピュータ監視法の採決を許さない!
http://alt-movements.org/no_more_capitalism/modules/no_more_cap_blog/details.php?bid=118


最近、某ゼネコンの技術者が「地下式原発」が土木工学的にもナンセンスであることを内部告発のような形で実名でレポートした情報をネット上で見かけました。


が、おそらく当議連の目的は、現実的な実現性よりも、日本は核抑止力としての原発は是が非でも手放さないぞとの、内外向けの強いアピールの発信という目的もあるのではないか、と思っています。


(関連ツイッター情報)


御意 !RT @hirochiyan太平洋戦争時と同じや! RT @hanachancause:【n/QT】http://bit.ly/jz6ZeU国民主権不在ニッポン/ 独「国民意思との闘いで力尽きたので放射能汚染原発は止める」 伊「同じく敗北を認めたので原発は止める」 日本「実は、抑止戦目的のプルトニウムが必要なので全国民が放射能玉砕(放射能毒浴びて全滅)でも原発止めないゾ、国民は竹槍で原発放射能を護れ!」
2011.06.16 20:17 hanachancause



(参考資料)


<来栖宥子★午後のアダージォ
http://blog.goo.ne.jp/kanayame_47/e/95b13cc5bc9fd01ab64c5cbe37e385ec>より転載


◆不信任騒動渦中に発足「地下原発推進議連」/超党派 反菅/企業と族議員、生き残りを模索 011-06-16 | 地震/原発


「地下原発」推進 反菅ズラリ 不信任騒動渦中に議連発足 特報 中日新聞2011/06/16Thu.


 深刻な大震災や福島第一原発事故のさなかに国民をあきれさせた菅直人内閣の不信任騒動。その渦中の5月31日、超党派による「地下式原子力発電所政策推進議連」が発足した。「脱原発」の逆風が吹きつける原発を臨海部の山の地下に造って進めようという動きだ。だが、主要メンバーをみると、「菅降ろし」を画策してきた首相経験者も名を連ねる。地下原発議連の狙いとは。(佐藤圭、篠ケ瀬祐司)
 

本紙が入手した地下原発議連の名簿には、民主、自民、公明、みんな、国民新、たちあがれ日本新党改革の各党と無所属の計49人が並ぶ。反原発を掲げる共産、社民両党以外の主要政党が顔をそろえた。


 会長は、たちあがれ日本代表で元経済産業相平沼赳夫氏。顧問は、民主党鳩山由紀夫前首相、羽田孜元首相、石井一副代表、渡辺恒三最高顧問、自民党からは谷垣禎一総裁、森喜朗元首相、国民新党亀井静香代表らの9人。


 初会合は5月31日、衆院第一議員会館の地下1階会議室で開かれ、平沼、森、石井の各氏ら約20人が出席した。今月末にも2回目の会合を予定しているという。


 原発を地下に造るという発想は、突如浮上したわけではない。自民党三木武夫政権の1975年、資源エネルギー庁で研究が始まった。


 当時から反原発運動などで地上での新規立地は難航していた。地上式では建設が難しい臨海部の急峻な未利用地まで選択の幅を広げるのが狙いだった。81年には、同庁の検討委員会が「技術的、経済的にも可能」とする報告書をまとめた。


 しかし、電力会社は「原発は危険だから地下に造ると思われる」「地上立地の妨げになる」との理由で消極的な姿勢を崩さなかった。これに不満を持った平沼氏ら自民党有志が91年、党内に「地下原子力発電所研究議員懇談会」を結成したものの、電力会社の協力を取り付けることはできなかった。


 今回の地下原発議連は、福島第一原発事故で地上での新規立地や増設はおろか、既存原発の存続も危うくなる中、かつての自民党の懇談会メンバーを中心に、与野党原発推進派が結集した恰好だ。


*倒閣拠点? 超党派で集結


 地下原発議連は、発足のタイミングから、不信任騒動との関連が取りざたされた。与野党原発推進派が、原子力政策の見直しに傾斜した菅直人首相を引きずり降ろそうとしたのではないか。「原発推進大連立」の拠点が地下原発議連ではないか・・・・と。


実際、谷垣、安倍、鳩山の各氏は「菅降ろし」の急先鋒。顧問以外のメンバーを見ると、不信任賛成に動いた民主党小沢一郎元代表に近い西岡武夫参院議長、山岡賢次副代表、松木謙公衆院議員(民主党除名)らが入っている。


 事務局長を努める自民党の山本拓衆院議院は、「原発銀座」と呼ばれる福井県選出だ。山本氏は「菅降ろし」を視野に入れた動きとの見方について「特に意識はしなかったが、メンバーを見ると、不信任に賛成しそうな人ばかりだった。昔の仲間が集まれば、大連立の話もするかもしれない」と含みを持たせる。


欧米で稼働例「地震津波に強い?」


そもそも地下原発とはどのようなものなのか。←(臨海部の地下式原発




↑ (地下式原発のイメージ図=公益社団法人土木学会原子力土木委員会の1996年の資料から)


 地下原発議連の資料によると、全地下式の場合、臨海部の山の地下空洞に、原子炉やタービン発電機など主要施設を配置し、そこに取水・放水トンネルやケーブルトンネルがつながっている。


 原子炉が設置される空洞は幅33㍍、高さ82㍍と巨大なものを想定。既存の地下揚水発電所などの空洞よりも25㍍ほど高いが、岩盤をコンクリートなどで補強すれば十分掘削は可能だとしている。


 なぜ地下に原発を造ろうとするのか。


 山本拓氏は「地下は地震津波に強い」と利点を挙げる。「地表に比べて地下の揺れは小さい。福島第一原発も地下式にしていれば津波をかぶって電源を喪失することもなかったはずだ」


 事故時の放射能対策でも、地下式は優れているという。議連資料では、土が30㍍かぶった原発(出力百万キロワット)で炉心を冷やす一次冷却水が失われる事故を想定。試算の結果、地表に出る放射性ヨウ素は、地上式の十万分の一になるとしている。「(岩盤などで)放射能を封じ込めていくのが地下原発だ」と山本氏は説明する。


 建設費についても「かつては地下の方が地上より2割ほど高いといわれたが、今は建設コストも安くなっている」。地下に設けることで、原発を狙ったテロ対策にもなるという。


 ただ、福島原発の事故が収束しない中での議論。「今は電力会社も資源エネルギー庁も、既存の原発をどうするかで手いっぱい。原発の新規立地を進めるなら地下も必要。今すぐどうこう(建設)ではなく、選択肢の一つとして地下原発の基準をつくておく」。山本氏は「将来への備え」を強調した。


 地下原発は、実験炉や商業炉など閉鎖を含め欧米で6基の稼動例があるが、広がっていない。


 地下原発の動きに対し、NPO法人「原子力資料情報室」の伴英幸共同代表は「放射性核廃棄物をどう処理するかという問題は、地下でもクリアできない」と指摘。


NPO「衝撃力こもり危険」


 安全性にも疑問を投げかける。「内部で爆発があった場合、衝撃力が内にこもる。圧力容器や格納容器が無事でも配管が壊れれば、大きな事故につながりかねない。そうなれば地上式より作業員が近寄りにくくなる」と、かえって危険な状態になるとみる。


 津波の影響は受けないのか。「冷却が必要だから、原発は水から離れられない。地下式にしてもどこかで海とつながっており、津波の影響を受ける可能性は残る」


 放射能の封じ込めについても「数十㍍の土がかぶっていたとしても、放射能は地上に抜けていくだろう」と、効果は限定的だと予測する。


 再浮上してきた地下原発。「原子力に携わっている企業と『族議員』とが生き残り策を探っているようにしか見えない」と、伴氏は手厳しい。


 地下原発議連の狙いについて、政治評論家の浅川博忠氏は「中心メンバーらは、地下原発を入り口にして、憲法選挙制度の改正、政界再編なども視野に入れているのではないか」と分析している。


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《ちらつく原発タブー》 不信任案否決されたが、「菅降ろし」なぜ起きた2011-06-03 | 地震/原発 中日新聞 【特報(佐藤圭、小国智裕)2011/6/3Fri.】より抜粋 転写


*政策転換がきっかけに


 今回の「不信任案政局」を振り返ると、菅首相原子力政策の見直しに傾斜するのと呼応するように、自民、公明両党、民主党内の反菅勢力の動きが激化していったことが分かる。


 首相は5月6日、中部電力浜岡原発の原子炉をいったん停止するよう要請。同月18日には、電力会社の発電、送電部門の分離を検討する考えを表明した。


 さらに事故の原因を調べる政府の「事故調査・検証委員会」を設置することを5月24日に決定。翌25日には外遊先のパリで、太陽光や風力など自然エネルギーの総電力に占める割合を2010年代の早期に20%へと拡大する方針も打ち出した。(略)


*旧態依然権力の影 ← やはり、日本は欧州の脱原発と逆向きに過半の国民を騙しつつ『原発放射能を抱え込む形での極右化』へ向かう可能性が高まっている?



 実際、自民党石原伸晃幹事長は6月2日、不信任案への賛成討論で「電力の安定供給の見通しもないまま、発送電の分離を検討」「日本の電力の3割が原発によって賄われているのに、科学的検証もないままやみくもに原発を止めた」と攻撃。菅降ろしの最大理由の一つが原発問題にあることを“告白”した。


 民主党内でも、小沢一郎元代表周辺が5月の大型連休後、不信任案可決に向けた党内の署名集めなど多数派工作をスタートさせた。5月24日には、小沢氏と、菅首相を支持してきた渡部恒三最高顧問が「合同誕生会」を開催。渡部氏は、自民党時代から地元福島で原発を推進してきた人物だ。


 日本経団連の米倉会長はこの間、首相の足を引っ張り続けた。浜岡停止要請は「思考の過程がブラックボックス」、発送電分離は「(原発事故の)賠償問題に絡んで出てきた議論で動機が不純」、自然エネルギーの拡大には「目的だけが独り歩きする」との発言を続けるという具合だ。


 金子勝慶応大教授は、福島第1原発の事故について「財界中枢の東京電力、これにベッタリの経済産業省、長年政権を担当してきた自公という旧態依然とした権力が引き起こした大惨事だ」と指摘する。


 金子氏は「不信任案政局」の背景をこう推測する。


 「管首相は人気取りかもしれないが、自公や財界がいちばん手を突っ込まれたくないところに手を突っ込んだ。自公は事故の原因が自分たちにあることが明らかになってしまうと焦った。それを小沢氏があおったのではないか」


*政権不手際に矮小化?


 戦後政治史を振り返ると、自民党原発の関係は深い。


 1954年、当時若手衆院議員だった中曽根康弘元首相が、「原子力の平和利用」うたい、原子力開発の関連予算を初めて提出、成立させた。保守合同自民党が誕生した55年には、原子力基本法が成立。その後の自民党原発推進政策につながっていった。


 74年には田中角栄内閣の下で、原発などの立地を促す目的で、自治体に交付金を支出する電源三法交付金制度がつくられ、各地に原子炉を建設する原動力となる。


*今も続く電力会社の蜜月関係


 自民党と電力会社の蜜月関係は今も続く。


 自民党政治資金団体国民政治協会」の2009年分の政治資金収支報告書を見てみると、9電力会社の会長、社長ら役員が個人献金をしている。


 東電の勝俣会長と清水正孝社長は、それぞれ30万円。東北電力の高橋宏明会長は20万円、海輪誠社長は15万円。中国電力の福田督会長と山下隆社長はそれぞれ38万円を献金している。


 会長、社長以外でも、東電では、6人の副社長全員が12〜24万円を、9人の常務のうち7人が献金していた。


・98年から昨年まで自民党参院議員を務めた加納時男氏は元東電副社長。党整調副会長などとしてエネルギー政策を担当し、原発推進の旗振り役を務めた。


 民主党の小沢元代表も、東電とは縁が深い。← 民主党自身(支持母体「連合」などとの関わり)と原子村等との関係の深さについては当記事の本論部分で既述のとおり。


 東電の社長、会長を務めた故平岩外四氏は、90年ら94年ま財界トップの旧経団連会長。90年、当時自民党幹事長だった小沢氏は、日米の草の根交流を目的として「ジョン万次郎の会」を設立したが、この際、平岩氏の大きな支援があったとされる。


 「ジョン万次郎の会」は、財団法人「ジョン万次郎ホイットフィールド記念 国際草の根交流センター」に名を変えたが、今でも小沢氏が会長で、東電の勝俣会長は顧問の1人に名を連ねている。「原発事故は神様の仕業としか説明できない」などと東電擁護の発言をしている与謝野薫経済財政相も、現在は大臣就任のため休職扱いだが、副会長に就いていた。与謝野氏は政界入り前に日本原子力発電の社員だった経歴もある。


 一方、電力会社の労働組合である電力総連は、民主党を支援している。労働組合とはいえ労使一体で、エネルギーの安定供給や地球温暖化対策などを理由に、原発推進を掲げてきた。原発で働いている組合員もいる。


 また電力総連は、連合加盟の有力労組であり、民主党の政策に大きな影響を及ぼしてきた。


 組織内議員も出していて、小林正夫参院議員は東京電力労組の出身。藤原正司参院議員は関西電力労組の出身だ。


 つまり、エネルギー政策の見直しを打ち出した菅首相は、これだけの勢力を敵に回した可能性がある。 ← 当記事の趣旨と全く同じ見方!


 結局、菅首相は「死に体」となり、発送電分離再生可能エネルギー拡大への道筋は不透明になった。


 「フクシマ」を招いた原子力政策の問題点もうやむやになってしまうのか。すべてを「菅政権の不手際」と矮小化させるシナリオが進行しているようにみえる。


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アメリカの足の裏を舐めないと存続できない日本/米主導で原子力発電/発電用濃縮ウランの大半は米から輸入2011-05-30 | 地震/原発


「目くらまし」を見抜けぬ愚民国家


田中良紹の「国会探検」2011年5月17日 18:07


 浜岡原発の停止要請は「目くらまし」だと前回書いた。ところがそれを「原子力政策の転換」と受け止める「おめでたい」論調が多いので呆れる。あのやり方はこの国の官僚が国民を支配するために使ってきた常套手段そのもので、見抜けなければ愚民と言うしかない。
 

福島原発の深刻な事故は国民の反原発感情を揺さぶり、今後のエネルギー政策に大きな影響を与える事が予想された。そうした時に支配者が考える事は世論を無視して強行突破することではない。いかにも原子力政策を転換するように見せかけながら、実際には変更の幅を極力変えないようにすることである。そのため「浜岡原発」が利用された。


 官僚が「目くらまし」に使うトリックの道具は数字である。今回は「87%」という数字が使われた。「地震が起きる確立が87%」と言われると、感情でしか物事を考えない人達は「大変だ」と恐怖心が先に立つ。それでまともな思考が出来なくなる。支配する側はそれを狙っている。


 福島原発事故地震の確率が0.1%の所で起きた。論理的に考えれば地震の確率と事故とはストレートに結びつかない。どこの原発も事故は起こる可能性がある。それをそう考えさせないために支配者は「87%」に目を向けさせ、愚民はそれに乗せられる。


 「87%」を問題にするなら、そもそもそんなところに原発を建設した事が間違いである。運転を停止しても地震が来れば放射能事故は起こる可能性があり、速やかに「廃炉」にするというのが論理的である。ところが菅総理が言った事は「安全策を講じるまでの運転停止」だった。それは「浜岡原発を継続する」と宣言したに等しい。


 なぜなら安全のために投資をしたら、投資をした後で「廃炉」という選択肢はありえないからである。防潮堤の建設などには2年ほどの時間がかかるらしいから、運転再開を決めるのは自分ではない別の人間で「俺の責任にはならない」という計算も菅総理には働いたかもしれない。


 それを本人が「歴史の評価」とか大見得を切るからチャンチャラおかしくなる。菅総理は「停止要請」によって浜岡原発の継続を宣言し、それ以外の場所にある原発事故の危険性から目をそらさせたのである。そう言われると困るから、「原子力計画をいったん白紙にする」と付け加えた。しかし「白紙」というのは「変更」ではない。自分は「白紙」にし、別の人間が極力「変更」しない形の計画にしてくれれば良いのである。


 それをニュースキャスターが「菅総理原発の見直しに踏み込んだ」とか言っているから「おめでたい」。「何年までに原発の割合を何%減らす」とか、再生エネルギーの開発計画を発表した時に言うべき事を、論理的に考えれば考えるほど「原発を継続する」と言っている時に言うのだから始末が悪い。


 福島原発事故の教訓は「絶対の安全はない」と言うことである。どんなに想定しても想定外の事は起こる。どんなに安全対策をしても破られる事はある。だから最悪を考えて備えをしなければならない。ところが政府は「原発の安全性」を強調するあまり、不測の事態への対応をして来なかった。


 原発メルトダウンを知りながら、住民のパニックを恐れて発表したのは事故から2ヶ月以上も経ってからである。発表していれば対応できていた事ができなかった。その被害者は周辺住民である。放射能による健康被害が現れるのは5年から10年先の事だから、これも菅政権にとっては「俺の責任ではない」と言う事になるのだろうか。


 日本が原発を54基持っているという事は、54個の核爆弾を持っているに等しい。つまり核戦争に備える思考と準備が必要なのである。敵は自然の猛威かもしれないし、テロ攻撃かもしれない。日本にミサイルで原爆を投下しなくとも、テロリストは小型スーツケースの原爆を都心で爆発させる事も出来るし、また海岸に建てられた原子力発電所を襲えば原爆投下と同様の効果が得られる。


 ところがそうした備えがない事を今回の事故は示してくれた。警視庁の放水車や消防庁の放水車が出動するのを見て私は不思議でならなかった。核戦争に備えた自衛隊の部隊はいないのかと思った。こんな事では政治は国民も国土も守る事が出来ない。いちいちアメリカを頼らなければならなくなる。


 考えてみれば日本のエネルギー自給率は4%に過ぎず、すべてはアメリカ頼みである。かつては国内の石炭に頼っていたのを1960年代に政府は無理矢理石炭産業を潰し、アメリカの石油メジャーが牛耳る中東の石油に切り替えた。ところが遠い中東の石油に頼りすぎる危険性が指摘されると、これもアメリカの主導で原子力発電を導入した。発電用濃縮ウランの大半はアメリカから輸入されている。
 

普天間やTPP問題で分かるようにアメリカの足の裏を舐めないと存続できない菅政権は、原発見直しのフリは出来ても「転換」は簡単には出来ないのである。


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