toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

フクシマが象徴する「原子力政策=国家スキャンダル(国家犯罪)」についての論考、「放射能を必要以上に怖れる母親らは真正カルトなのか?

toxandoria2011-09-03




【参考動画】Die Folgen von Fukushima ドイツTV 福島原発、その後(日本語字幕


1 人間が辿りつく過酷な地獄の極みを描いた恐るべきゴヤ芸術の真髄、それは現代日本の<狂気の原発一穴型擬装資本主義>に通底する異常な男性原理の暴走


<注記>原発一穴擬装資本主義とは?


原発一穴擬装資本主義はtoxandoriaの造語(逆説的比喩/元々は倫理上などで価値がある言葉を作為的に相手側へ与えることで、逆に相手側への批判の意味を強める手法)である。しかし、時折、下品だとの、やや誤解的なお叱りを受けることがあるので、ここで意図する点を説明しておく。


・・・周知のとおり、そもそも一穴主義とは「配偶者以外の女性とは一切セックスしないという原理主義的かつ強迫観念的な貞操意識の一種」である。


・・・が、まさか流石に原発とセックスしたいと願う超変態野郎はいない筈なので(ヒョットすると地下原発議連や原子村辺りには、こんな珍ゾンビが棲むかも知れぬが未検証!)、ここでの意は全く異なる。


・・・本来、持続的に一定の経済成長を図るには「多様なインフラやエネルギー資源・関連資材等」を、そのための手段として自由闊達に選択できる筈である。


・・・にも拘わらず、特に我が国には、敢えて原発原子力エネルギー利用)を文化・文明社会の宿命的な必須機能と見なし、それを社会的共通資本(唯一の理想的エネルギー調達手段)として崇め奉るべきだと信ずる輩が多数存在する。


・・・故に、原発推進派並びに原子村シンパたる政治・経済学者らの原発への異常な病的執着ぶり、その余りの変態ぶり、そのカルト同然の恐るべき超倒錯ぶりを原発一穴擬装資本主義と揶揄した訳である。


【画像1】ゴヤ『わが子を食らうサチュルヌス』
Francisco Jose de Goya y Lucientes(1746-1823)『Saturn Devouring One of His Chirdren』 c. 1820-23  Oil on canvas  146 x 83 cm  Museo del Prado Madrid


・・・原子村の住民たちよ、自民・民主両党の殆どを占める原発推進派の議員先生や御用学者の方々よ、経団連ら経済・財界のボスたちよ、東京電力を始め電力各社のやんごとなき方々と同労働貴族階層の諸氏よ、貴方たちは“わが子を喰らう目的で子を成したのだろうか?そして、さらに問う『もはや貴方々の自画像が、このゴヤの恐るべき【画像2】『わが子を食らうサチュルヌス』と化していることに気づかないのだろうか?』と。


・・・ゴヤ表現主義の頂点とされる、この作品は『聾(おし)の家』と呼ばれるマドリード郊外マンサナレス河畔にゴヤが所有する別荘に描かれていた作品だ。ギリシア神話によれば、サチュルヌス(いわば原子力発電の如き先端科学技術知の象徴)は父の天空神ウラノス大自然の象徴)を襲い、その地位を守るために5人のわが子を喰らったとされる。


・・・自己破滅に対する恐怖から狂気に取り憑かれ、神話のとおりに丸呑みするのではなく、ゴヤは、敢えて、自らの子に頭からムシャぶりつき、それを齧り味わいつつ食い殺す残忍なカニバリズムの凶行をリアルにおぞましく描いた。


・・・しかも、この原画ではサチュルヌスの股間の一物が巨大に勃起していた(倒錯的異常男性原理の象徴)が修復時に消されたとされる。まさに、狂気の超男性原理(マゾヒズムカニバリズム的な原発一穴擬装資本主義)へ急傾斜した人間社会が辿りつく過酷な地獄の極みを描いたとも見なせる恐るべき絵画である。


【画像2】ゴヤマドリード、1808年5月3日』
Francisco Jose de Goya y Lucientes(1746-1828)「The Third of May、1808」 1814 Oil on canvas 266 x 345 cm Museo del Prado 、Madrid


ゴヤ(Francisco Jose de Goya y Lucientes/1746-1828))は、ディエーゴ・ベラスケス(Diego de Silva y Velasquez,/1599-1660/17世紀スペイン・バロックの巨匠) とムリーリョ(Bartolome Esteban Perez Murillo/1617-1682/同じく17世紀スペイン・バロックの巨匠)以後のスペインで最も優れた画家だ。


ドイツ出身のアントン・メングス(Anton Raphael Mengs/1728-1779/ドイツ新古典主義の画家、カルロス3世の宮廷画家)の指導を受けながら、ゴヤは王室タピスリー工場で下絵を描いていたが、やがて彼は1789年にカルロス4世の宮廷画家となる。


長命であったゴヤの作風は多様に変遷するが、その最も大きな特徴は<緻密な観察と堅牢な構図、明快で強い写実的筆致、多様で豊かな色彩感覚(特に、このゴヤの色彩は後のマネを介し印象派へ大きな影響を与えた)>といえるだろう。そして、ゴヤ自身は、<わが師は偉大なる自然とベラスケスとレンブラントである>と語ったとされる。


ゴヤは、カルロス4世の信が厚く絵画技術に優れた宮廷画家ではあったが、それだけではない。ゴヤには「人間社会の悪の告発者」(権力者の利己的な心の物象化としての《人間の驕りの姿》を凝視する視点)という側面がある。特に、6年に及ぶ「対仏独立戦争」(1808-1814)と、その後のスペイン国内の大混乱(革新と反動、王権と繋がるカトリック教会自身の変容の繰り返し)は、そのような意味で多くのモティーフをゴヤに与えることになった。


そして、【画像3】『マドリード、1808年5月3日』は、このスペイン国内の大混乱期に描かれた絵画を代表する傑作とされており、戦争が終わった1814年に、ゴヤ自身がスペイン政府に対し“フランスの暴君ナポレオンに対抗するスペイン国民の英雄的場面を描かせて欲しい”と願い出て描いたものとされている。


ところで、『マドリード、1808年5月3日』はスペインがナポレオン軍の兵力に威圧される場面だが、そのフランス軍の兵士たちの姿は、まるで権力者の命令に忠実に従うため「前頭葉を切り取るロボトミー術で重大かつ不可逆的な副作用を蒙った悲惨な人間」(然しながら、彼らはロボットならず心の在り処と信じられる脳の部位を公権力によって摘出された生身の人間たちであった!)のような姿に描かれている。


一方、左中央で仁王立ちの白シャツ姿で肩幅が広い男は土に足がついたスペイン市民か農民の代表のように描かれている。しかも、それだけではなく彼の大きく広げた両手の掌には十字架の上で死んだキリストと同じ釘穴が開いており、その精神性の高貴さ、そして強い自律意思の持ち主であるという意味に於いて、彼は、決してロボトミー術で重大かつ不可逆な副作用を蒙った悲惨な受身の人間ではないことがわかる。


2 映画『宮廷画家ゴヤは見た』が暴く、驕れる心の物象化たるアンシャンレジーム(既得共謀権力)のカルト的酷薄


【画像3】映画『宮廷画家ゴヤは見た


(イネス、ナタリー・ポートマン


(ロレンソ神父、ハビエル・バルデム


・・・これらの画像は公式HP: http://www.beltek.co.jp/goyasghosts/より


Goya's Ghosts - Trailer


2−1 映画『宮廷画家ゴヤは見た』の歴史的背景


18世紀スペインの啓蒙君主と呼ばれるカルロス3世(Carlos3/1716-1788)の下で、その側近エスキラーチェ公爵(Motin de Esquilache/シチリア人)が断行した農政改革が失敗し、マドリード市民らによる「エスキラーチェ暴動」(1766)が起こり、この暴動は地方へと波及した。それは恰も現代日本原発推進派の如くに隠然たる凶暴集団と化していたスペイン・アンシャンレジーム(実効共謀権力)への幅広い国民的抵抗運動の時代であった。


今まで、この暴動は既得権益を守ろうとするためエスキラーチェ改革への抵抗勢力視された一部の反動貴族とイエズス会が民衆を煽動したため起きたと解釈されてきた。しかし、近年の研究により、これはスペイン版・アンシャンレジーム(より広義の野合交尾型実効共謀権力)への幅広い抵抗運動であることが歴史学的に実証されつつある。


また、カルロス3世は、「国王教権主義」(ローマ教皇の影響力をスペインから排除しようとする、言い換えればスペイン国王の政治権力をローマ教皇の宗教的権威(教権)に対し優越させる考え方)を押し通すため、18世紀スペインの野合交尾型実効共謀権力側が、スペイン国王によるカトリック教会支配を拒否しローマ教皇へ忠誠を誓う「イエズス会http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn2/9848/m0u/」へ「エスキラーチェ暴動」の濡れ衣を着せようと画策した節がある。


いずれにせよ、このような形で複雑に政治と宗教が格闘する中、強大な宗教権力の復権を画策する18世紀後半のスペイン・カトリック教会内では、その頃には殆んど機能しなくなっていた「異端審問」を復活させようとする動きが芽生えていた。その後、フランス革命勃発(1789)を契機に、スペインで復活した「近世の異端審問」は一層強化されることとなり、それが廃止されるのは仏のナポレオンによる支配が始まる1808年であった。


2−2 映画『宮廷画家ゴヤは見た』が放射能汚染の拡大に怯える現代日本へ示唆すること、それは健全なジャーナリズムの必要性


チェコ出身のミロス・フォアマン監督(Milos Forman→ http://www.allcinema.net/prog/show_p.php?num_p=3429)の映画『ゴヤは見た』は、「カルロス4世(位1788-1808)〜フランス革命(1789)〜フェルナンド7世(Fernando7/位1808)〜ナポレオンのスペイン制圧〜フェルナンド7世(復帰・反動/位1813-1833)」の時代を舞台としている。


そして、この精緻な時代考証に拘る映画『ゴヤは見た』は、「18世紀後半〜19世紀初頭」のスペイン社会の空気を濃密なイベリア風の映像で見事に描き切っている。また、この映画で、壮大な心の芸術家ゴヤを演じるのは、身長が193cmもあるスウェーデンの名優(舞台俳優)ステラン・スカルスガルド(Stellan Skarsgard)だ(画像はhttp://secretlabyrinths.blogspot.com/2010/01/goyas-ghosts.htmlより)。


この映画は、ある裕福な商人の「美しい娘イネス」の薄幸の生きざまと人間としての愛の実存的な意味(それは醜悪な実効共謀権力の傲慢な欲望と驕れる心の物象化としての人間存在の対極にあるもの)を描いている。


<ある酒場へ連れて行かれた折、たまたま彼女が豚肉を口にしなかったという場面>についての些細でいい加減な第三者の目撃証言(仕掛けられた密告)によって、イネスはスペイン・カトリック教会から「フダイサンテ(judaizante/隠れユダヤ教徒)」の疑惑をかけられ「異端審問」を受ける羽目となる。そして、彼女は野蛮で残酷な「裸体で宙吊りにされる拷問」に耐えかね「実は、自分はユダヤ教徒だ」と嘘の告白をし、投獄されてしまう。


しかし、このイネスとロレンソ神父(実は、ロレンソこそスペイン・カトリック教会の権威回復のため、このサディスティックな「異端審問」の復活を画策した人物であったのだが・・・)の二人は、彼らの観察者としてのゴヤも絡む運命的な人間関係の悪戯から、恋の虜となってしまい、薄幸のイネスは囚われの牢獄内で可愛い女の子(ラストシーンの近くで見られる成長後はナタリー・ポートマンの二役)を生み落す。


カルロス4世の宮廷画家ゴヤは、このイネスとロレンソ神父の肖像画を描いていた立場から彼らの悲劇をつぶさに目撃することとなる。やがて、「フランス革命の勃発(1789)」を境にスペイン・アンシャンレジームは一応崩壊するが、その反動の荒波も、ひとしお激しくなり、イネスとロレンソ神父の二人は余りにも過酷な政治権力闘争の論理の中へ飲み込まれて行く。


アンシャンレジーム(時の共謀実効権力)側にイネスとの関係を知られたこともあり、大革命直後のフランスへ亡命していたロレンソ神父は、フランス革命政府のスペインにおける統治代理人の立場となりスペインへ舞い戻って来る。しかし、それもつかの間の出来事で、やがてロレンソはスペイン反動政府(フェルナンド7世の復帰/位1813-1833))の刃で斬首される。そして、これを知ったイネスはもはや絶対に修復不能な狂気の世界へと突き落とされる・・・。


映画の終幕は、道端で偶然拾い上げた見知らぬ(筈の)赤ん坊をひしと胸に抱きしめ、今や動かぬ屍と化して荷車で運ばれる愛人ロレンソの手をシッカリと強く握り締めながら、画面上の消失点へ向かって、ひたすら、とても幸せそうに歩き続ける薄幸のイネスの余りにもやつれた姿をカメラがロングショットで追うシーンとなる。


やがて、このイネスの余りにも哀れな後姿を追いながら歩き続ける<悲劇>の観察者としてのゴヤ自身 (この頃、既にゴヤは難病に襲われており、両耳の聴力が完全に失われていた・・・)の後ろ姿を追うロングショットにも、我われ映画の鑑賞者が心の奥底から不思議な共感と感動を覚えるのは何故か? 


それは、<激しく地殻変動する社会、残虐な戦争、非情と狂気に満ちた殺戮世界、原理主義化した政治・宗教がらみの権力闘争、理想と平和を求める筈であった市民革命が過激化し残虐な流血の海へと流れる果てしない倒錯の連続>・・・、これらあらゆる<悪徳>の彼方に<ナイーブな本物の人間実存の愛>を我われが天才芸術家ゴヤの眼を通して凝視したからに他ならない。


なお、<実効共謀権力側のカルト的な悪徳に身を置く主人公としての重要な役割>と<人間の実存=イネスとの真実の愛>の狭間で両義的な深い苦悩を滲ませるロレンソ神父を演じたハビエル・バルデム(Javier Bardem)の存在感は、この映画の中で欠かせない要素となっている。


ともかくも、そのような意味で、この映画はミロス・フォアマン監督が「スペイン・アンシャンレジーム(実効共謀権力)側の利己心と驕りが物象化した酷薄なカルトのイメージ(現代日本で言えば、カルトと見なすべきレベルまで特異化・倒錯化した原発絶対安全神話が引き起こした福島第一原発過酷事故の恐怖のイメージ/関連で下記<注記>◆を参照)と美しい人間実存という二つの次元を凝視し続けた偉大な芸術家ゴヤの強靭な心(約250年以上前のピーテル・ブリューゲルにも通底するジャーナリズム精神のルーツ/関連参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110808)」を見事に映像化した作品である。


また、その余りにも薄幸な人生ながらフラジャイルでナイーブな真実の美しさ(本来あるべき人間実存のリアリズム)を演じ切ったナタリー・ポートマンNatalie Portman)の演技は見事だ(このNatalie Portmanの画像は、http://pds.exblog.jp/pds/1/200906/12/50/a0089450_23402955.jpgより)。


(関連参考ツイッター情報・・・脱原発報道で動揺する朝日新聞と健全なジャーナリズム精神を堅持する東京新聞の落差


hanachancause【QT】社説の原発依存からの脱却{7/13の大社説}と安全デマ学者への贈賞がどう整合する?武富士裏金問題と同様(日本対がん協会理事長は朝日を普通の新聞にするとして企業寄路線を進め、武富士広告費問題で引責辞任した朝日元社長の箱島氏)http://bit.ly/rjzhsN via ついっぷる/twipple2011.09.02 11:24


hanachancause 真っ当なメディア感覚! RT @leonardo1498: 東京新聞社説「脱原発は後退ではなく進化である。」http://t.co/sllUzVD posted at 2011.9.1 10:59:02


hanachancause 禿同!RT @maru_maru_aco: 東京新聞、真っ当な新聞ですね。取材姿勢も取材者も、そして購読者も誠実そう。スポンサーの企業イメージ・商品も良くなりますね。首都圏の人はもっとこういう新聞を買えばいいのに。適正価格ですし。「新聞シフト」は意識シフト。節約シフト。 via ついっぷる/twipple2011.09.02 11:12


<注記>◆リスクコミュニケーションのフランスでも原子村(原発カルト)が形成され、秘密主義が横行してきた


…リスクコミュニケーション(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070801)を重視してきたフランスでも、秘密主義の原子村が存在しており、原発のゴミ(核廃棄物)処理の問題は完全に行き詰まっている。つまり原子力は持続可能なエネルギーなどではなく、ウランは有限である上に(だから再処理MOX燃料なる、これも解決不能で超危険な迷路へ首を突っ込んだ!日本の六ヶ所・もんじゅアポリアは、この難題が重症化した状態)解決不能廃棄物処理問題の露呈で、今やフランスでも原発原子力平和利用)は一種のカルトだとの認識が深まりつつある(元・フランス環境相、ユリーヌ・ルパージュ)。出典:『終わらない悪夢2』(NHKBS世界のドキュメンタリーhttp://www.youtube.com/watch?v=gVmd-47SsKE&feature=related


…フランスの原子エネルギー政策は政治家ではなく理工系高等教育機関(主にINSTN(国立原子力科学技術学院http://www-instn.cea.fr/、ここは大学やグランゼコールを出てから進む教育機関)卒のエリート技術官僚が取り組みを進めてきたため政治家は殆ど関与せず、彼ら政治家たちの原発についての知識は貧弱だ。どこの国でも同じ傾向だが、フランスの原発は殆ど秘密主義で進められ、国民は偽りの情報を与えられてきた。従って、これは本当の民主主義とはいえない(エネルギー・原子力問題アナリスト、マイケル・シュナイダー)。出典:同上


3 バスタード・ケインジアニズムの欠陥を隠蔽する実効共謀権力の非科学性


<注記>バスタード・ケインジアニズム(Bastard Keynesianism)


・・・ヒックスのIS-LM分析(ケインズ有効需要の理論を単純化して示したもの、http://note.masm.jp/IS-LM%CA%AC%C0%CF/)に始まる、均衡分析に極端に偏った、俗にアメリカン・ケインジアニズム(アメリカ式ケインズ経済学)と揶揄されるケインズ経済学の特異な理解の仕方のことで、現代の日米経済学では主流派となっている。Bastardは“ニセモノの、インチキの”の意。詳細はコチラへ⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110207


・・・・・・・・・


アメリカの社会心理学者ジョージ・ケリング(G.L.Kelling)が提唱した“割れ窓理論”という考え方(参照 → http://www.uchidak.com/research/InfosecPsychology.pdf)がある。それは、建物の割れた窓ガラスが放置されていると、管理人がいないと思われ延いては凶悪犯罪が多発することになるという考え方だ。そして、1990年代のニューヨークでは落書きを「割れ窓」に見立てた上で徹底的に取り締まったところ犯罪が急減したとされる。


別に言えば、これは目に見える軽微な犯罪の兆候や誘引と思われる目撃情報を「犯罪の発芽」と見なし、それらが芽のうちに摘み取ってしまうという考え方である。しかし、このニューヨークの事例については、その後の景気回復による失業率改善や人工中絶合法化など主に内生的な社会的現実との相関の方が強いのではないかとの疑問が提示されている。


それはともかくとして、この“割れ窓理論”の発想が、18世紀のスペイン(アンシャンレジーム=野合共謀型実効権力支配下)で復活した“異端審問”の発想と微妙に重なることに注目すべきだ。つまり「割れ窓理論」が先鋭化し、そこへ巧妙な“密告制度”が加われば、そのような社会では「異端審問」による異分子の早期“摘発、囲い込み、そして殲滅”という、徹底した「社会的排除(social exclusion)」が常識とされるようになる筈だ。


そして、「3.11福島第1原発過酷事故」以前において日本政府・原子村・電力会社あるいは司法までもが<反(脱)原発運動に対して採ってきた有効な戦術>が、まさに、この徹底した「社会的排除(social exclusion)」という狡猾な手管であった。それは、受けが良いポピュリズム扇動で過半の国民を味方に付けることであり、言い換えれば、それは過半の国民を洗脳するための広報活動を重視することであった。


このため、各電力会社は「電事連」(地域独占を誇る全国10電力会社の連合会)へ全国10電力会社の総売り上げ(約15兆円)の2%に相当する約3千億円を拠出することを定め、それに+アルファを加えた金額、つまり、ほぼ原発1基の建設費用に相当する3千〜4千億円を「広報・政界工作費等」として有効に活用してきたのである。しかも、驚くべきことだが、その内の約2千億円は宣伝・広告料等の名目で主要メディアへ提供されてきたのである(出典:別冊宝島原発の深い闇−宝島社、志村嘉一郎著:東電帝国、その失敗の本質)。


この『東電帝国』(文春新書/著者・志村嘉一郎氏、元朝日新聞記者、電力・記者クラブ担当)によると、電力・記者クラブ経団連会館ビル内にあり経団連との関係が深く、また当然ながら電事連・広報部とも繋がっていた。一方、東電総務部は政治献金を握りつつ各紙の政治記者から政界情報を熱心に収集していた。また、志村氏は、東電に不利となるような言動をしようとしたとき、CIA並の調査活動能力を誇る東電側から調査対象とされ、自分が身辺調査された経験をしている。


(関連参考ツイッター情報)


@nekoyamabunraku 電事連と電力各社は、毎年、ほぼ原発1基分に相当する広報&政界工作マネー(少なくとも約3千〜4千億円)をバラマキ続けたことになり、そのうち約2千億円はメディアへ流れた?(原発の深い闇−宝島社、志村嘉一郎・東電帝国)無論、最大スポンサーは東電! via ついっぷる/twipple2011.09.01 15:00


ある程度以上の現代的なメディア・ツールが発達した社会では、<権力側にとり不都合な情報の拡大を事前に抑制する>という割れ窓理論(異端審問)的な権力側の活動は、より合理的に行われる。例えば、その典型が東独時代のシュタージ(国家保安省/関連参照、下記▼)の如く密告・検閲・盗聴・尾行・ヤラセなど凡ゆる違法手段を駆使して一般市民の私生活(閨房での会話などまで)の監視が実行されることになる。そして、早くもそれは現代日本資源エネルギー庁によるメディア・ツイッターらの監視http://www.excite.co.jp/News/net_clm/20110715/Ncn_2011_07_post-778.htmlというオゾマシイ行為となって実効されつつある。


▼ドイツ映画『善き人のためのソナタ』、http://moviepad.jugem.jp/?eid=75


このような観点から翻ると、世界唯一の被爆国である筈の我が日本で、原発(その実態が原爆所有と同意であることが福島第一原発過酷事故で証明されたことは周知のとおり)がなし崩しに54基になるまで増設された背景には、世界核戦略の一環にしたいという米国・CIA側の意向に沿いつつ巧みな言論統制が敷かれてきた疑いが非常に濃くなる訳だ(関連参照、下記▲)。


ヒロシマの黒い太陽2、http://www.dailymotion.com/video/xkefdw_yyyyyyyyy2_tech
…《マンハッタン(原爆開発)計画⇒原子力平和利用⇒フクシマ第一原発過酷事故》に一貫して流れる《核エネルギー安全神話なる似非科学原発推進派政治家・原子村・御用学者らのカルト信仰》なるオゾマシキ狂想の背景に潜む言論統制の流れ。


しかも、人の心に巣食う一種のポピュリズム的心情を煽りつつ「ルビンの杯」http://www.geocities.jp/sakushiart/zutozi1.htmの反転を誘導するが如き「異端審問」では、告発者(密告者)が秘密にされることが前提であるため怨恨・敵討ちを意図した濡れ衣や報奨金目当てなど「権力者・利害関係者等の利己主義の暴走」が多発したとされており、権力サイドの作為的な操作による擬装告発(密告)もあったとされる。この辺りは、我が国の実効権力が拘り続ける「共謀罪」の危険性を連想させる。また、異端審問が人種的な意味での“血の純潔”を重視したことはナチスの倒錯的犯罪を連想させて不気味である。


更に敷衍するならば、机上の空論的なバスタード・ケインジアニズム(インチキ経済学!)の暴走と見なすべき米国型グローバル金融市場原理主義の失敗(金融大パニック)の根本が「過剰な利己主義経済への傾斜=米国流自由原理主義の誤謬」(http://www.business-i.jp/news/bb-page/news/200810250062a.nwc)にあったことを改めて想起すべきである。そして、今こそ我われ日本国民は、個々の自律的人間の実存的な生き様という多様性がもたらすエネルギーを真正面から受け止めつつ互いに分かち合い助け合いながら持続的成長を図るという意味で内発的な経済の再構築へ積極的に取り組むことの重要性を自覚すべきなのだ。


ところで、野田新首相は1日午前に民主党最大の支援組織「連合」を訪ねたあと「経団連」ら経済3団体を相次いで表敬訪問した。そして「間断なくシッカリ経済対策を実行していきたい」と述べる野田新首相に対し経団連・米倉会長は相好を崩して「国の危機的な状況の中で官民一体でやっていかないといけない。経団連としても全面的に協力したい」と応じた(情報源:
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110901-00000056-jij-pol)。


しかし、この野田新首相の初仕事は見事なほど今後の民主党政権の動向を具体的に予期させるものとなった。福島第1原発事故対応への配慮からだろうが流石に電力・原発業界との表面的な接触は避けたが、「連合」と「経団連」といえば、彼らは明らかに<原発、法人減税、消費税値上げ、TPP>の強力推進を求める立場であるからだ。その「連合」の中枢に深く根を張るのがホンネでは原発推進の「電力総連」で、「経団連」が同会館内にあるメディアセンター(電力・記者クラブ)と深く繋がることは周知のとおりだ。


分り易く言えば、二股膏薬あるいは両睨みに徹して中途半端な態度に終始してきた菅政権から脱原発的な要素を差し引いた「擬装優柔不断政権」であることが明らかだ。言ってしまえば、“原発再開&推進、政財界・労働貴族界との野合・交尾というサポーターの再確認でワークわく、一般国民は皆で放射能喰らってポポポーン”という訳である。これでは、米倉経団連会長が相好を崩して「全面協力したい」と言うのは当然だ。


また、周知のとおり、増税論に拘り続ける野田新首相が財務省の傀儡であることも明らかだ。国家のカネを握る権限から官僚中の官僚の立場を誇り、国税庁の査察権などで政財官界へ絶対的睨みを利かす財務省だが、このエリートたちが真の経済を理解しているどうかは疑わしい。むしろ、その本性は敗戦後のシャウプ税制の流れに嵌った儘で買弁&対米隷属型の経済・財政・税制を国民へ押し付ける一方で、徹底的な保身と組織防衛に勤しむという反国民的な本心が垣間見える。


例えば、民主主義社会における<徴税の公平性>とは、納税義務がある人々から平等に税金を徴収する<応能負担>と、所得水準が高い人と低い人の経済格差を一定範囲内で縮小する<所得の再分配機能>ということにある。このため、貧富の格差を一切配慮せず一律に税率をかける(しかも、全歳入に占める消費税の割合2割強は、既に現行でも欧州諸国並み)、わが国のような消費税の不合理なありかたについて、富岡幸雄氏(大蔵事務官、国税査察官を経た租税学者、中央大学名誉教授)は次のように語る(出典:背信の税制-講談社文庫-)


・・・人間は生きるため常に物やサービスを消費する。これに税金をかける消費税は、いわば<人間それ自体に税金をかける人頭税>の如きものだ。だから、旧来の政・官・財の癒着構造による利益誘導型政治がもたらした矛盾とツケを温存するため導入された日本型の一律消費税(食料品などについてキメ細かく例外措置を講ずる欧州型付加価値税とは別もの)の税率は最低限に抑えるべきだ。そして、やはり<徴税の基本は累進型の所得税>とすべきである。・・・


つまり、このような日本財務省(旧大蔵省いらい)の伝統的立場では<戦後日本の主流アカデミズム経済学と経済・財政運営が対米隷属的なバスタード・ケインジアニズム(既述のとおりインチキ経済学!)に染まってきた>などという根本的反省は微塵もあり得ないのだ。それどころか、福島第一原発過酷事故で福島県民のみならず殆どの日本国民が原発事故と放射能汚染拡大に恐れおののくなかで、相も変わらずバスタード・ケインジアニズム推進のエンジンとするべく、カルト同然の原発政策(原発再開、原発推進原発輸出)の本格化を期す野田新首相を操ろうとしている訳だ(関連で下記記事◆を参照乞う)。


◆国民・国庫ヒーヒー、大企業・高額所得層ウハウハの財界・財務省・マスコミ仕掛の舞台で踊るカラ菅内閣貧困ビジネス的断末魔、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110302


(関連ツイッター情報)


hanachancause東電の公式見解<原発事故=東電ビジネスの範疇、放射能汚染対応=自治体&国の責任>http://bit.ly/nrrUOp =福島第1原発事故が「国家が私企業の利益に服従する姿、国家が利潤の論理で動かされる姿を劇的に暴いた」(ルモンド紙)http://bit.ly/oOFmvv via ついっぷる/twipple2011.09.02 10:32


4 政府と東電へ国民はもっと怒るべき、それはフクシマが日本国民だけが知らぬ日本原子力政策なる「国民騙し国家スキャンダル(犯罪)」の悲しい成果だから


最後に、表題に掲げた『原発推進派・御用学者・御用メディアらがのたまう如く「放射能を必要以上に怖れる母親らは真正カルト(エセ科学信者)なのか?』の論点について考えることとする。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancauseならば、只のオッサン(toxandoria)もカルト? ( ̄w ̄)Ψ RT @uppekk: RT放射能汚染を過剰に心配する母親その他を「エセ科学に洗脳されたカルト」と見なす江川紹子氏の論からすればドイツTVもhttp://twitter.com/#!/hanachancause/status/109044722076626944も、欧州の緑の党もカルトになる!posted at 2011.9.1 10:20:49


hanachancauseオウム真理教批判の大御所・江川紹子氏が実は緑の党の類をカルトと決めつける原発カルト(似非科学信者)らしい?というから驚き!まさに日本は原発曼荼羅華(マンダラゲ)・カルト国家!⇒放射能を必要以上に怖がることは「エセ科学」なのか?院長の独り言http://t.co/9Oosgzw posted at 2011.8.30 19:01:41


【画像4】曼荼羅華(マンダラゲ/別称キチガイナスビ)


・・・(曼荼羅華の原義は、仏の出現の時に天から降るとされる白い花のこと)ベラドンナハシリドコロなどと同様にアトロピンを含んでおり、過去には鎮痙薬として使用された。世界初の全身麻酔手術に成功した江戸時代の医学者、華岡青洲が精製した麻酔薬が本種を主成分としていたことから日本麻酔科学会のシンボルマークに本種の花が採用されている。


・・・薬用植物ではあるが、反面、毒性も著しく強く、「キチガイナスビ」といった、毒性があることを示す別名を持つ。近年ではオウム真理教が「ダツラの技法」と称して信者を洗脳、自白させるための薬物原料に本種を用いたため、園芸名の「ダチュラ」にもマイナスイメージが付いた。このため、近年ではエンジェルズ・トランペットの名で園芸店で販売されている場合が多い(以上、画像および文章はウイキペディアより部分転載)。


・・・・・・・・・・


チェルノブイリと異なり日本の原発は絶対安全だとする<非常に大きなウソ臭さに>に大いなる疑問を抱き東電を辞めて(たらしく?)、今は内科医院を開業する方のブログ「院長の独り言」が興味深い記事(下記★)を書いた。それによるとジャーナリスト江川紹子氏が、<子供たちへの放射能汚染を過剰に恐れる母親らはエセ科学に騙され易く、グリーンピース(欧州グリーンピースは、1950〜1968年代に海洋へ大量に不法投棄された核廃棄物の問題を暴いた実績がある/ http://www.youtube.com/watch?v=SteP6jHO1x0)や緑の党(ドイツ)に代表される類の諸集団は洗脳カルトと見なすべき可能性が大きいとする新聞記事を書いたようだ。


放射能を必要以上に怖がることは「エセ科学」=カルト宗教-新聞論説から、
http://onodekita.sblo.jp/article/47604135.html


江川紹子氏が件(くだん)の新聞記事の中で<コノ>ことをストレートに書いた訳ではないようだが、よく読んでみると、たしかにブログ「院長の独り言」氏が分析するとおりで、その文脈と表現では<子供たちへの放射能汚染を過剰に恐れる母親らはエセ科学に騙され易く、グリーンピース緑の党(ドイツ)に代表される類の諸集団(過剰に放射能汚染のリスクを語り拡げ、かつ煽る輩の集まり)は洗脳カルト一派と見なすべきだ>と主張していると理解されても何ら不思議ではない。少なくとも、そのように読み取る人々が過半以上になる恐れがある書き方の文章となっている。


江川紹子氏が自ら原発推進派であると断言したかどうかについてtoxandoriaは承知していないが、かねてから地球温暖化問題に非常に熱心であったこと、アル・ゴアの『不都合な真実』を高く評価してきたということがあるようなので、おそらく江川紹子氏は原子力平和利用に一定の理解と好感を持ってきたのではないかと思われる。


翻ってみれば、これは識者であるか否かに限る問題ではないが、人間一般の大きな弱点の一つは自らが正しいと確信してきたことについては、自ら積極的に、それを間違いだったとは、なかなか認めたがらないものなのだ。ましてや、それが知識人・専門家あるいは先生と呼ばれるような方々の場合は問題がより深刻化することは想像に難くないだろう。


しかしながら、この江川紹子氏の新聞記事問題についてなのだが・・・このケースでは、江川氏はできるだけ早く、その意図するところを分り易く読者らへ説明するなりした方が良いと思われる。


高名なジャーナリストである江川紹子氏の影響力には大きなものがあるので、問題を放置すれば、表記のツイートの如き観点からの批判(あるいは誤解)が拡がるだけでなく(事実、ツイッターでは拡大中だが・・・)、本気で「緑の党」や「グリーンピース」あるいは「放射能を必要以上に怖がる輩」はエセ科学信者(真正カルト)なのだと思い込む人々が増える可能性があり、非常に有害な社会的影響をもたらす恐れがある。それは、甚だ残念なことではあるが、フクシマ原発事故の過酷な現実を目前にしてさえも、放射能原発がもたらすリスクについての、ごく普通の一般の人々の受け取り方はそのようなものであるからだ。


あるいは、それが江川紹子氏の本意に反する誤解だとしても、仮に当新聞記事の文章に関する江川氏への批判が高まれば、「脱原発論者=精神異常(適応障害、異端)」論の香山リカ女史http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110707の二の舞になることすらが考えられる。


ところで、ここで長々と江川紹子氏の新聞記事の問題を取り上げたのは、これ以上深く彼女を批判したり、あるいは彼女に対する熱烈な支持の理由を述べたりする意図があるためではない。それは、漸く我が国でも胎動し始めた「緑の党」を創設しようとする動きに対して、この江川紹子氏を巡る悩ましい問題がある重要なヒントを与えていると思われるからだ。


そして、いうまでもなく、「緑の党」を創設する当面の大きな目的は、一刻も早く、我が国で「脱原発の方向性」を政治(国会)の場で現実的にシッカリと具体化(立法化)させ、それを実現するということにある。従って、日本版「緑の党」を創設し、広く国民一般にその役割を理解してもらうためには、このような観点の中(ごく普通の一般の人々は、残念なことながら、ルビンの杯の白黒の反転が絶えず交錯する如く瞬時で変わり易く、他方、洗脳的な効果でドグマ化した観念を変更するのは非常に困難だと言う厳しい現実)から適切な課題を抽出・整理して、先ず最も有効な理念と戦略(アクション・プログラム)の構築を急ぐべきだと思われる。


ともかくも、「脱原発」の理由を、「原発推進派」または「どうでも良い派」の立場の人々に対し、あるいは未だに良くフクシマ事故の意味が分らず右往左往する多数派の人々に対して、分り易く、合理的に、かつ十分説得的に説明し納得してもらうのは並大抵のことではない。無論、既に「脱原発」を決意するか、あるいは支持する人々にとっても、正しく、客観的に、新しい科学的知見と関連する情報を学び、理解し続けることは非常に有意義であり、むしろ必須のことである。


それは、江川紹子氏の新聞記事の事例に現れているように、たとえどんなに立派な人であっても、人間という存在は誰でも、自分が疑いもなく確信してきた事柄を他人の説得で簡単に変更することに強く抵抗を感じるものであるからだ。おそらく、江川氏と雖も原発を巡る従前の認識と現実のズレとのジレンマ、ないしは専門ジャーナリスト故の一種の自己撞着がもたらす葛藤が、あの新聞記事で非常に分り難い文章となって現れたのではないか。しかし、それでは読者らを含めた他人に正しく真意が伝わる筈がないのだ。


ましてや、原子力平和利用(原発)の如く、戦後日本の民主主義の歴史的な展開とともに、学校教育現場、凡ゆる社会活動の現場、出版活動、ジャーナリズム・・・と様々な日常情報の一部として我われ自身の中に深く自然に染み込んでしまった問題(無論、それは洗脳の賜物だが・・・)を客観的に再批判すること、つまり「脱原発」が絶対に必要な訳を多くの人々に正しく理解してもらうのが非常に厄介なのは当然のことであるだろう。ましてや、客観・公正であると我われが信じてきた筈の主要メディアを介して、50年以上もの長きにわたり、日本国民が、原発に関して殆ど一方的な被洗脳の立場に置かれてきたことを思えば尚更である。


それにしても、まことに不可解なのは、原子力平和利用(原発)の大義を擁護するために最も科学的であるべき筈の日本政府・原発族議員占拠型国会・経産省電事連・各電力会社ら原発推進派の中枢機構が、敢えて「原発マネー・パワー」(電源三法交付金、核燃料税、原発関連市町村税、電事連・広報&政界工作費、電力各社・広報&政界工作費ほか多様かつ悪辣に工夫された毒饅頭)を非常に有効に活かすとともに「社会的排除ポピュリズム扇動による国民の洗脳」という最も非人道的で悪辣で魔術的とさえ言える<非科学的手段を最大の武器としてきた>ことである。


つまり、此処には<最も科学的である筈の原子村の非科学性の問題>がハッキリと自己矛盾的に露見しているのだ。その意味で、日本原子村は、決して第三者性が十分に担保された科学者を中心とする客観・冷静な集団などではなく、まさに、それは内に籠った真正カルト教団そのものであったということになる。


そして、これは真に驚くべくことなのだが、我われ日本国民が如何に巧妙に日本政府と原発推進派たる日本の原発権力(野合共謀実効権力)によって誑かされてきたかということを真っ先に暴いたのは海外メディアであった。つまり、「国内メディアを巻き込んだ国家スキャンダル(国家犯罪)」がもたらした日本国民の悲惨(=フクシマ原発事故)の責任の所在を冷静かつ客観的立場から暴いたのが、実は海外の目線(海外メディアの沈着な報道)であったのだ。そして、我われは、その「国内メディアを巻き込んだ国家スキャンダル(国家犯罪)」によって、今も見事に騙され続けているのだ。


そこには、<日本政府によって情報統制された国内メディア>と<本来のジャーナリズム精神を失わず自由かつ客観的に報道する海外メディア>との間に歴然と存在する内外情報格差の問題も露呈している。つまり、3.11フクシマ以降の<自由かつ客観的に報道する姿勢を貫く海外メディア>は、<日本原子村の非科学性の問題とフクシマの責任の所在>を国外からの目線で日本国民へ知らせようと必死で活動してきたことになるのだ。


日本の主要メディアも(一部には原発権力・野合共謀実効権力側からの執拗な反動工作の圧力で再び妙な動きを見せるメディアもあるが/参照下記▼2)、ここにきて冷静で客観的な報道も見られるようになってきた(参考事例、参照下記▼1)が、残念ながら時すでに遅しの感は免れない状況となっている。


▼1福島第1原発:炉心予測、官邸活用せず 保安院管理ずさん、
・・・保安院は2日、東日本大震災当日、東京電力福島第1原発1〜3号機で全電源喪失などを想定し炉心溶融などを予測した「緊急時対策支援システム(ERSS)」の解析結果を、約半年たって公表した。2、3号機の予測は官邸に送信したが活用されず、1号機は送信もしていなかった。保安院の情報管理のずさんさが問われそうだ。(毎日)、http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110903k0000m040137000c.html


▼2【QT】フクシマ放射能汚染に大甘の山下俊一センセに「朝日がん大賞」
・・・朝日新聞社の「怪挙」に唖然(情報さらに追加)薔薇、または陽だまりの猫、http://blog.goo.ne.jp/harumi-s_2005/e/40706954ebebb2c94e03424fbfede1f6


つまり、菅⇒野田への民主党内での政権移行の狙いは、突きつめれば、「フクシマの原因となった、メディアをも巻き込んだ国家スキャンダル」の犯罪的空気のベント(臭い消し)以外の何物でもないと思われるからだ。そして、野田政権の誕生で、最も喜んでいるのが経団連・連合・東電だとされる。しかし、これが真に空恐ろしい日本の現実なのだ。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancauseとにかく原発動かしたいノダ!⇒【野田新政権】首相「原発再稼働へ態勢作りに取り組む」 - MSNhttp://sankei.jp.msn.com/politics/news/110902/plc11090217380037-n1.htm via Tweet Button2011.09.03 16:19


hanachancause原子村と経団連を喜ばすウラン型護摩すり戦術の開始!⇒野田首相が官邸初会見 原発再稼働に「前向き」 (1/2) : J-CASThttp://www.j-cast.com/2011/09/02106194.html via Tweet Button 2011.09.03 16:16


hanachancause善良な国民は「国家スキャンダル」の犯罪的空気のベント(臭い消し)に見事に協力させられた⇒野田内閣支持62%、小沢処分解除反対77%  MSNhttp://sankei.jp.msn.com/politics/news/110903/plc11090316100018-n1.htm via Tweet Button2011.09.03 18:14


因みに、<本来のジャーナリズム精神を失わず自由かつ客観的に報道する海外メディア>の具体的事例を少し見ておくと、以下のようなもの(英・ガーディアン、独・シュピーゲル)がある(英・ガーディアンの出典は大沼安史『世界が見た福島原発災害』-緑風出版


(ウイキリークスと海外メディアの暴露で日本政府&原子村同衾の寝姿が世界中へ丸見え)


ウイキリークスが約25万件の米国務省機密電を開示し始めたのは2010.11.28からだが、英・ガーディアン、仏・ルモンド、独・シュピーゲル、スペイン・エルバイスなどが連携して、この機密電を引用する暴露報道を開始した。そして、ガーディアンは、「自民党河野太郎衆議院銀が2008.10.21に来日した米政府当局者(エネルギー・経済担当)との夕食会の席で行った発言内容を国務省へ報告したこと」をフクシマ直後の2011.3.14にスクープで世界へ流した。


周知のとおり、自民党河野太郎衆議院銀は、フクシマの破局的状況を睨みながら、政治家としての良心と政治生命を賭けて「脱原発活動」を本格的に開始した人物である。そして、フクシマが起こる2年半も前に、既に、河野氏は日本の原発原子力政策に関する懸念を、米政府に対して率直に伝えていたのだ。


ここで河野氏が話した日本原発の余りにも酷く危険な実情に、流石の米国政府(そもそもマンハッタン計画の流れで原発推進を日本へ強制したのは米国だが・・・)も驚愕し、大いに危惧していた節がある。ともかくも、その要約の一部分を以下に転載する。


『日本の河野太郎衆議院議員は2008年10月21日、来日した米政府の当局者(エネルギー・経済担当)との夕食会の席で、特に核の再処理におけるコスト、安全面の問題を取り上げ、日本の原子力業界に対する強い反対を表明した。河野太郎・議員は、また、“日本の官僚、電力会社が時代遅れの原子力エネルギー戦略を続け、代替エネルギーの開発を抑圧し、国会議員や国民に情報を隠し続けている”と厳しく批判した。』


『また、河野太郎衆議院議員は、とくに核燃料再処理について、コストや運転の安全面、事故防止の問題をもとに日本の原子力業界に強い反対を表明した。河野氏は、日本の電力会社が原子力エネルギーに関するコストと安全の問題を隠蔽する一方、核燃料処理を<ウラニウムのリサイクル>として日本国民にうまく売り込んでいると、批判した。』


(海外からの日本原発批判のとどめとなったシュピーゲルの批判)


これは、先に引用した河野太郎衆議院議員が指摘していることだが、原子村と日本メディアの共謀という真におぞましい現実がある(出典:同上、大沼氏の著書)。


それによると、フクシマ以前のことだが、ある日本のテレビ局が原発問題をテーマに河野氏へのインタビューを主軸とする三部構成の番組づくりを企画した。ところが、電力会社が、テレビ局との広範な契約を打ち切る(電事連の広報&政界工作予算3千億円のことか?)と威嚇したため、この企画は、河野氏への一回目のインタビューが終わったところで急に中止された。


他方、2011.5.23シュピーゲルの記事『原子力国家』http://uesugitakashi.com/?p=917は、このような世界の人々向けキャンペーン記事のとどめとなった。そのため、今や、日本メディアと原子村が共謀した国民騙しという<日本原発を巡る恥ずべき現実>は世界中の人々の知るところとなっており、<日本メディアの画策で頭を隠し(日本国内向け)、海外メディアの客観報道で尻を隠さず(世界中の人々向け)>という真に無様な状態となっている。だからこそ、国家の主権者たる日本国民は、もっと怒りの声を上げるべきなのだ。


結局、今の日本は、例えば【画像4】で取り上げた曼荼羅華(別称キチガイナスビ)の如き激烈な両睨み効果を持つ毒草(原子力平和利用なる詭弁)の特異な猛毒成分が異常に効き過ぎて「原発型国家スキャンダル」という名の全く未知のタイプの癌を患った状態といえるだろう。


しかも、この原発国家スキャンダルという名の癌は、我われ自身の骨肉の隅々まで転移してるので始末が悪い。その治療には自然治癒力を高める免疫細胞(反・脱原発派)を増やすことが必須だが、そこで特にこの状態の日本でこそ「緑の党」の役割が必要(かつ重要)ということになる。が、この論点については次の機会としたい(「緑の党」についての関連内容は一部・既述)。


参考まで、2011.5.23シュピーゲルの記事『原子力国家』の抄録を以下に転載しておく(一部へ補足注記)。なお、これは、筆者が表記の全邦訳http://uesugitakashi.com/?p=917と英訳版http://uesugitakashi.com/?category_name=englishを対比しつつ、かなり強引に纏めたものなので原文の趣旨を忠実に伝えるものとはなっていない可能性があることをお断りしておく。


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脱原発を主張する自民党河野太郎衆議院銀は、「大震災最大の教訓」を学ばぬ日本原子村(原発推進派)をカルトと断じている。しかも、非常に驚くべきことだが福島第一原発では、地震の振動だけで(14mの津波が襲う前に)導管(配管)の幾つかが既に破損していたのだ。


福島第一原発事故の危機管理責任者が未だに不明瞭(総理大臣、東電、保安院のピンポン状態)のまま、Too big to failなる呪文を唱える日本政府は430億ユーロ(約4.7兆円)の巨額支援で東電破産を救済した。


しかも、東電の公式見解が<原発事故=東電ビジネスの範疇、放射能汚染対応=自治体&国の責任>とうのだから驚く(toxandoria補足注記、参照、http://www.youtube.com/watch?v=XRp1rW8imKs)。


また、福島第一原発事故は「国家が私企業の利益に服従する姿、国家が利潤の論理で動かされる姿を劇的に暴いた」 、それが政治不信の増幅を招いたと指摘された。(toxandoria補足注記、9.1ルモンド社説)


東電は世界で4番目の電力会社(社員5.2万人、売上約4兆円)だ。第二次世界大戦前に日本の全電力会社は事実上国有化されたが、事実上それは全国に10カ所の独占電力会社ができたということだった。今は建前上、これら10社は私企業だが、地方での独占体制はそのままだ。


経産省は、全電力会社を自らの政策実行機関と見なし各社は見返りに利益保証を受けた。首都圏4.5千万人へ電力供給する東電の威力は至る所で見られ、例えば研究機関やマスコミは東電からカネを受け取ってきた。


フクシマ後の瓦礫化は原発だけのことではなく、今や日本原子力のシステム(原子村そのもの)が揺らぎつつある。この余りにも閉鎖的な村に所属するのは東電原子力部・約3千人、経産省担当官僚、御用学者、政治家、および全労など大労組(toxandoria補足注記)らであり、マスメディアもそのメンバー組織の一つだ。


日本国民は、ずっと彼ら原子村の住民から洗脳を受けてきた。彼ら原子村の人々は、みな仲間意識が非常に強く、その多くはエリートの東大出身者であり、彼らは東電に就職するか東電を監視する(はずの!)原子力担当官庁に就職したのである。


原子力産業と担当官庁は政界とも癒着してきた。東電幹部らは自民党の有力献金者であり、電力総連(労連の中枢的存在)は民主党を支援している。だから、これまでは、自民・民衆どちらの政党も原子力を批判できるはずがなかったのだ。


かつて、『原子力帝国』(現代教養文庫)の中で、著者ロベルト・ユンクは、ドイツの原発企業の放水車・警棒・有刺鉄線に身を晒すことになるドイツ国民(デモ参加者)が「監視国家の到来」を予見する場面を描いていた。


ユンクが書いたことはドイツでは起こらなかったが、日本における反原発運動などの現場で実証されてしまった。特にみんなが一緒であることを善しとする日本では電力会社・関連産業・政党・学者・メディアが一体となって反民主主義的な「不可侵の聖域=原子村」を創ったのだ。


原子村内での談合が原発事故を助長した。専門家から成る委員会が想定した最高5.7mの津波は見事に裏切られたが、その35人のメンバーの殆どが電力会社元社員か電力会社が出資するシンク・タンクに従事する人間たちであった。


過半のマスコミは原発スポンサーで潤っていたので彼らも談合メンバーの一部だ。原子力資料室・山口幸夫氏は、公共メディアは福島第一原発事が起こったことにはマスコミも共同責任があると言う。自然災害が事故の第一次誘因だが、その最悪シナリオの内容は日本人が作ったのだ。


絶えず地震に悩まされる日本は、原子力利用に最も不適な国であるにも拘わらず福島第一原発事故後も相変わらず続行される原発増設計画は不可解だ。それは、日本が世界で三番目に多い原発を稼働させる条件下にはない筈だからだ。


功名心に焦る産業大国・日本はオイルショックに怯え、以降は電力の半分を原発で賄う計画が無反省に続けられてきた。日本の政治家たちは自らの経済成長の全てを原子力に結び付けてしまった(toxandoria補足注記:これが原発一穴擬装資本主義)。


エネルギー輸入依存の回避の夢に目が眩んだ日本はプルトニウムに手を付けた。消費量以上の燃料を生む高速増殖炉は日本を魅惑してしまった。(toxandoria補足注記注:3号炉プルトニウム福島原発放射能被害深刻化の核心と判明しつつある)


世界が高リスクのプルトニウム高速増殖炉から撤退する中で、日本はもんじゅと世界一値段が高い六ヶ所再処理工場(1.5兆円)を造ったが両者は稼働目途が立っていない。(toxandoria補足注記:その実現がドンドン先送りの高速増殖炉もんじゅは最短でも営業炉稼働まで150〜200年先となった!)


しかし、河野太郎氏は同意見の仲間を見つけるのに苦労中である。未だに日本では、原子力に批判的意見を持つと、科学・ジャーナリズム・政治・学者等の世界では、その人間のキャリアが終わることを意味するからだ。(toxandoria補足注記:日本の原発がカルトである所以)


電力会社の影響は研究の現場にも及び、東電は凡ゆる学界、協会、シンク・タンク、委員会らへ巨額資金の援助を行ってきた。特に東大・原子力工学系の学者で東電を批判する学者が誰一人いないことは、この手法が成功であったことを示している。


電力会社は巨額資金でイメージ作りに励んだ。短絡的な原発批判者は絶対に出世不能であり、無論、教授になることはできないし、重要委員会のメンバーにもなれない、と河野太郎氏は語る。(toxandoria補足注記:電事連の広報宣伝・政界工作費は3千億円+αの青天井!)


でも、時には、この馴れ合い委員会に一瞬の疑問が生ずる時もあった。例えば、5年前に地震学者の石橋克彦氏が原発安全規制を見直す委員会から辞任した時がそうだ。委員会メンバー19人のうち11人が電力会社系委員会のメンバーであった。結論の出し方が、どれも非科学的だと石橋克彦氏は嘆いた。


原発に関する技術標準を基本的に改善せぬ限り、大地震に襲われた時の日本は大きな原発事故に遭う可能性が高いと、その時、既に石橋克彦氏は警告していたのだ。


しかし、日本メディア界では、この種の警告は絶対に表に出ない。東電が潤沢な巨額の原発マネーをマスメディアへ注ぎ込んでイメージ作りに余念がないからだ。(toxandoria補足・注記:電事連の広報・宣伝・政治工作費は3千億円+αの青天井!東電の同費用は数百億円規模!)


東電はTBS.News23、フジ“めざましテレビ”、TV朝日・報道ステーションのスポンサーだ。各メディアは原発の大きなお零れに預かっている訳だ。(toxandoria補足・注記:電事連の広報・宣伝・政治工作費3千億円+αの青天井! 東電の同費用は数百億円規模!)


東電はジャーナリストらへ豪華旅行でご機嫌取りも行う。3.11フクシマの当日、東電・勝俣会長はメディア人ら一行と中国の豪華ホテルに宿泊していた(toxandoria補足・注記:愛華訪中団Cf. http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110808)。


原子村にとり、原発へ反抗的市民は邪魔だったのだ。だから、日本では原発支持は善いことだと皆が思うような社会構造が意識的に作られてきた、だから公正な検査官、批判的ジャーナリスト、原発へ反抗的・批判的な市民らは邪魔ものだった、と河野太郎氏は語る。


最大のスキャンダルが社員の内部告発で明るみに出た。1989年、日系米国人でGE社員スガオカ・ケイ氏が福島第一1号炉検査で蒸気乾燥装置が180°ねじれて取付けられていたのに気づき、上司へ報告し指示を待った。


驚いたことにGEのスガオカ氏の上司は、その装置の取付けミスで亀裂が見える箇所を検査ビデオから消去するよう命じた。そして、同氏がビデオからソレを消去する作業を東電の社員二人が見ていた事実をスガオカ氏は明かした。


このことを文書化し保管していたスガオカ氏は、1998年にGEを解雇された。そこで報復のため、2000年6月28日に、スガオカ氏は自分が見た内容・事実を手紙に書き、日本の原発監督官庁である保安院へ、その手紙を送った。


スガオカ氏の告発は日本側を震撼させた。やがて東電が安全点検報告を組織的に改竄したことが明らかとなり、東電の南直哉社長と幹部4人が辞任へ追い込まれ2003年に日本政府は東電の全17基の原発を一時的に停止させた。


この事故隠しスキャンダルで東電の南直哉元社長と幹部4人が辞任に追い込まれた訳だが、その後、南直哉・東電元社長はフジHD監査役に天下った(toxandoria補足・注記)。


この東電の南直哉元社長といえば、かつて電力擁護派の自民党国会議員らと連携しつつ<送発電分離>の動きに率先して反対し、現代先進国では珍しい、「電力会社の地域独占体制」の維持に大いに"貢献"した人物だ(toxandoria補足・注記)。


札ビラでメディアの横っ面を張り倒す東電の仕事は今も健在で、それがフジHD監査役に天下った南直哉東電元社長の新年度(2011)の留任人事だ。ここには東電からの天下り受入れの見返りに莫大な広告費を頂くというフジ側の狙いが透けている(toxandoria補足・注記)。


東電内部からも真面目な複数の社員が安全性に関する疑問を保安院へ報告したことが明らかとなった。しかし、監督官庁である保安院がやったのは、なんとコレら東電内部の密告者たちの名前を東電側上層部へバラす(伝える)ことだった。


2002〜2006年、東電内部の人間21名が佐藤元福島県知事へ助言を求めてきたので、同知事の部下が、その21名の苦情を聴取・記録し、それらを纏めて原子力安全保安院へ渡した。


それでも何も起こらず、保安院は誰も東電を検査しようとしなかった、と佐藤元福島県知事は話す。また、佐藤氏は「本来なら保安院がやるべきことを福島県がやったのだから、諸悪の根源は東電よりも保安院にこそある」と語る。


経済産業省文科省監督官庁・電力会社は利害で深く癒着してきた。今も、経産省には日本原発を中進国へ売り付ける目的がある。監督官庁保安院は、原発産業への監査の仕事を忘れソノ推進の仕事を手伝ってきた訳だ。


監査もそれに従っていい加減だったと話すのは原子力技術エンジニア飯田哲也氏だ。かつて核廃棄物用キャニスターを造った飯田氏だが「未だ20代初めの若造だったのですが、僕がしたことは何の検査もなしでパスした」と語る。


もう20年も前のことだが・・・検査官が近づくと、ある作業員が会図を送る、すると作業員の一人がヒビから漏れがある熱交換機を綺麗にふき取って姿を消す。検査官はそれを全て見ながら見なかった振りをした、と飯田氏は語る。


電力産業界と諸官庁の癒着は余りに伝説的で「天下り」という独自の名が付いている。「天から下る」という表現は、官僚が各省庁でのこれまでのキャリアを終えて、電力会社の高給天下りの地位に就くことを指す。


例えば、東電副社長の座は何十年ものあいだ天下り官僚の指定席だ。石原武夫は通産事務次官のとき「原子力政策コーディネータ」で知られた人物だ。彼は1962年に東電へ移り取締役⇒副社長になった。


1980年、資源エネルギー庁長官・増田実は東電へ移り同じコースを辿った。1990年と1999年には別の官僚が同パターンだった。4月に共産党の議員が「これは指定席か」と聞くと、政府は「その言い換えで結構だ」と答えた。あからさまなモノだ!(toxandoria補足・注記)


原発の現場労働者の殆どは、下請会社や孫請会社の日雇いや出向社員だ。東電は特殊技術者の派遣すらなく、それは全て日立・東芝あるいはGE社のような製造会社から派遣されてくるのだ。


東電技術者の無能(無脳?)と傲慢…これらエキスパートは東電幹部らが原子炉を殆ど理解してないことを知っている。福島原発の下請けで働く某氏はこう語る。『東電社員は、たまに命令を下しにくる役人と同じです』


GEを解雇されたスガオカ氏が隠蔽を告発した時、東電は社内分析で欠陥を知りつつ自らの原子力知識を過信した。だから、自らの安全は確保しているという信念(カルト信仰?/toxandoria補足・注記)に従って、当該問題を報告しなかったのだ。


そして、東電も保安院もこのことから何の教訓も得なかった。福島第一の老朽原子炉の10年延長でも、あのスキャンダルから何も学ばなかった。そればかりか爾後は定期検査間隔が13⇒16カ月へ延長されたのだ。


『これが、スキャンダルを通して東電が学んだ結論なのです』と皮肉るのは、グリーン・アクションの反原発運動家アイリーン・美穂子・スミス氏だ。その結論とは<基準を新しく設置し、最終的には検査を間引きすること>だ。


東電スポークスマンに、これまで反原発運動家の提案受け入れたことあるかどうかを聞いてみると「質問の意味が分りませ〜ん(アンタ〜!ナニカ〜(▼□▼#)モンクアンノヵ〜?/toxandoria補足・注記)」という驚くべき答えが返ってきた。ヾ(。`Д´。)ノ彡


これが原発の敵の扱い方?・・・ポスト3.11フクシマ原発事故でも反原発風のジャーナリストらを煙に巻くつもりらしく、東電はいかにも正確そうに見えるデータを彼らに与える。しかし、しばしば、これらのデータは後で間違いであったことが分るのだ。
ヾ(。`Д´。)ノ彡


データに関し東電は能弁だが「責任」というテーマはシッカリ避けて通る。天下り、政治献金、研究費用の肩代わりだって?これら複雑なテーマの質問に対して東電は同じ答え「ノ―コメント」を繰り返す。


上杉隆氏は、東電は悪印象の報道に対し神経質だと言う。同氏は既存メディアのジャーナリストは各省庁の宣伝マンだったと思っている。そしてフクシマ原発事故のあと、東電のロビーに詰めた上杉氏は原子炉で起こってることを必死で知ろうとした。

3.15午後1時、上杉氏はTBSテレビで放射能は3号基から出てるらしいとほぼ自明のことを話した。直後、彼はTBSの上司から番組降板を伝えられた。TBSのスポークスマンは、東電からの圧力は否定しているが・・・


上杉氏は、そのTBSスポークスマンの説明を信じていない。それは別の似たケース(東電の過敏すぎる反応)が「朝日ニュースター」でも起こっていたからだ。


上杉氏が「朝日ニュースター」で原発に批判的ゲストを招待しようとしたところ、途端に当番組スポンサーである「電事連」が番組提供を中止したのだ(電事連の広報&政治工作費=3千億円+α青天井!を想起せよ!/toxandoria補足・注記)。


しかし。放送局側は、「電事連」のスポンサー中止は既定路線だと言う。また、東電スポークスマンも、東電が上杉氏のようなジャーナリストに圧力をかけることなど、あり得ないと語った。


そのころ日本政府は、国民の徒な不安を煽ってはならぬとの理由で「間違った情報はネットから外すように」とネット・プロバイダーに求め始めていた。


不都合な事実を暴露し報道する者は制裁を受ける?・・・「まったくエジプトや中国より酷い」と上杉氏は語る。<公共の秩序と倫理を脅かすものは全て削除せよ(不安を煽ってはならぬ?/toxandoria補足・注記)>との日本政府の指示なのだ。


原発産業がどのように反原発論者を扱ってきたかについて、原発批判を行ってきたロベルト・ユンク氏は自著のなかで一章を割いている。この章のタイトルはこうだ。「委縮させられてきた者たち」


萎縮させられたのは東電不正行為を内部告発した東電内の真面目な社員らであり、そのような都合の悪い話を報道した上杉氏のようなフリー・ジャーナリストらだ(一方、東電・南元社長の如く原発関連隠蔽の責任者がメディアへ天下っている/toxandoria補足・注記)。


福島県知事の佐藤栄作久氏も、その犠牲者と思われる。彼は、原発を抱える他県の知事と連帯して原発を批判的に見る連携のための枢軸を創ろうとした。


佐藤栄作久氏は、世界中から原子力の専門家を福島へ招待し、日本の新しいエネルギー政策を考えようとした。しかし、彼のキャリアは2006年に、突然、幕を閉じた。


突如、佐藤栄作久氏は収賄罪で逮捕され有罪判決を言い渡されたのだ。二審の東京高裁では減刑となったものの、有罪は変えられなかった。今、彼は無罪を求め最高裁で闘争中である。


元検事(郷原氏)が語るには、佐藤栄作久氏の弟は土地売買で何ら収益を上げていない。のみならず、その後に佐藤氏取調の担当検事(前田)は、別件の高級官僚・村木氏の捜査で証拠改竄を行い懲役18カ月の有罪判決を受けた。


佐藤栄作久氏のような批判者でなければ、どこの誰が福島のような原発大事故の責任者を突きとめられるのか。また、あの菅総理は、まがりなりにも監督官庁解体・電力会社地方独占廃止・エネ政策根本見直しを表明したが・・・。


しかし、凡ゆる事故の度の対処と同じ結果になるだろうと、グリーン・アクションのアイリーン・美穂子・スミス氏は危惧する。なぜなら、調査目的の委員会は出来るだろうが、日本では、そこにいつもと同じ人間が座っているからだ。