toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

国民主権(三権分立)を無視し核・放射能拡散ゾンビ「国策原発」の保証人を務める“お白洲型” 日本司法官僚の犯罪(続、原発輸出編)2/2

toxandoria2011-11-06




【抜粋−1】


・・・[3−2「国策原発の保証人を務める“お白洲型”日本司法官僚」と「野田政権の原発・二枚舌国際ショー」の相乗効果によって高まる、天文学的な巨額国民負担発生の可能性]より・・・


原子力ルネッサンス>について『原発不都合な真実http://www.47news.jp/47topics/e/220023.php』が興味深い指摘をしている。それによると、米国ではオバマ大統領がいくら旗を振っても、原発立地地域の住民らによる反原発意識が高まっていることもあり、最早、リアル・ビジネス世界では政策効果への厳格な評価から天然ガスや再生エネルギーへ関心が移っているので誰も原発を相手にしていない。相変わらず原発が積極推進されようとしているのは先進国では日・仏の如き<上意下達型で効率無視(既得権益重視)の国策原発>か、中国・ベトナム・インド・トルコ・ヨルダンなど高度成長を焦る発展途上国だけだ。


だから、話はアベコベなのであって、フクシマ3.11原発過酷事故で原発が制御不能に陥る危険性と原発政策の誤りを実証的に経験した日本が先ず率先してやるべきは、<IAEA国際原子力機関/米国クリプトクラシーの代理機関)の核非拡散目的の核平和利用の手段である<原子力ルネサンスなる非効率で傲慢な詭弁に忠実な原発政策>なるアナクロ・ハイリスク政策を一刻も早く捨てる決断をすることだ。


その前提となるのが、真摯な深い反省に基づくフクシマ3.11原発過酷事故についての厳格な検証、およびその過酷な放射能汚染などに対する事故対応経験についての正確な情報を内外へ向けて積極的に発信し続けるとともに、一方で天然ガスや再生エネルギーの活用方向へ経済再生の軸足を急いで移すことだ。故に、野田政権が形振り構わず<国内老朽原発の再稼働と原発輸出>に向かって猪突猛進する現在の民主党政権の政策方向性は決定的な誤りなのだ。


【抜粋−2】


・・・[≪参考資料≫シンポジウム「脱原発から廃炉への道筋−『福島』の再生に向けて/プロローグ」(11/3、於・福島市日弁連公害環境委員会・原子力部会主催)の概要報告]より・・・


まず、いかに原発が大きな危険をもたらすか理解してほしい。そしてエネルギーはかならず自然から得るものであり、廃棄物を自然に戻すものである。


しかし、原子力については廃棄の方法が全く整っていない。にもかかわらず稼動されている。原発に限らず日本では、1960年以来、それぞれの地域がモノカルチャー的役割を担わされている。東京中心に「ここは原発」「ここは○○」といった単作型の産業となり、複合型の産業という観点からすれば弱弱しい産業になっている。


中心市街地の空洞化(シャッター通り化)は、周辺農業に展望がないことから大型店の誘致に走っていることが大きな要因。同じことが国土全体に現れているのが原発の立地。産業を複合的に豊かにするのではなく、ある種の迷惑料が払われている(一部の既得権益側の利益を守るため原発マネーのばら撒きが行われている←toxandoria補足)状況で、これは国土政策全体の問題である。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancause 2011.11.06 08:32
これは氷山の一角、全国の原発立地自治体は原発マネーに感電して”全身総シビレ&涎ダラ〜リ”の状態!⇒電力2社から計157億円青森・東通村、使途明かさず http://t.asahi.com/4iha


hanachancause 2011.11.06 17:15
これも氷山の一角!電力会社は原発立地自治体を巨額の原発マネーでシビレさせ思う儘に操縦し各自治体から自立心を奪うとともに、そのツケを我々が知らぬ間に遣り放題で電気料金へ転嫁してきた!⇒原発集中県・福井に電力会社から匿名寄付502億円 J-CAST http://www.j-cast.com/tv/2011/11/04112147.html


【参考動画】Lara Fabian- Broken Vow


・・・以上、参考動画・参考画像以外は1/2より再録・・・


2 野田政権が騙る「優秀な日本原発」のアキレス腱(四つのウソ/絶対安全、環境保全、経済効率、本源的堅牢性)


2−1 原発についての“あからさま”な三つのウソ(絶対安全・環境保全・経済効率)


(フクシマ3.11過酷原発事故が実証した原発は絶対安全のウソ)


原子力委員会原子力基本法(1955年12月成立)に基づき国の原子力政策を計画的に行うことを目的とする/初代委員長=正力松太郎)について、鈴木達治郎・同委員会委員長代理(常勤/元財団法人電力中央研究所研究参事)は次のような挨拶のコトバを述べている
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/iin/suzuki.htm)。


・・・グローバル化がすすむ世界の中で、核廃絶及び平和利用と核不拡散の両立を目指した新しい原子力の在り方を考えて行きます。また、国内では納得と信頼を得られるよう、あらゆるステークホルダーと誠意ある対話ができる原子力委員会を目指します。・・・


●ここで鈴木氏がいう<核廃絶及び平和利用と核不拡散の両立>とは、IAEA国際原子力機関/米国が肝煎り&スポンサーの原発推進機関)が掲げる<原発という名のビジネス戦術核を世界へ拡散させるための詭弁>の言い換えにすぎないことは明らかで、これがチェルノブイリのほとぼりが冷めた頃合を見計らって打ち出された<原子力ルネサンス>の真意である。


●また、鈴木氏は「2010.7.2講演会、原子力の新たな国際戦略
http://www.aec.go.jp/jicst/NC/about/kettei/100702.pdf」の中で、<原子力外交/産業支援のポイント>について、国の役割も含め次のようなレジュメ■を纏めている。


・・・・・


■成長戦略の中で、原子力輸出も位置づけられる


○温暖化対策、エネルギー政策としても、原子力拡大を国が支援することに意義がある


■政府が積極的に原子力産業の国際展開を支援


○資源外交、輸出金融支援(米国市場で実施)
○アジアなど、新規導入国への支援には3S(security、safeguards、safety)が重要
○損害賠償など、国際規範とすべき条件の整備
○システム輸出ニーズに対応/電力業界など他の産業との連携も重要:「国際原子力会社」設立へ


・・・・・


●ここで打ち出された原発推進戦略が「原子村、原子力業界、原子力関連・財界および同・関連大労組勢力」、つまり原発型実効権力(左右両派によって形成された野合・交尾権力)側の<自己利益型の総意>を代弁することは言うまでもなかろう。


●しかし、その中の新規導入国への支援の最重要な要と見るべき<3S=security、safeguards、safety>、つまり<日本原発の絶対安全神話の根幹>がフクシマ3.11過酷原発事故で崩壊したことは明らかだ。


●それにも拘らず、日本政府・東電および財界・原発関連メーカーなどが、日本原発の<3S=日本原発の絶対安全神話の根幹>がフクシマ3.11過酷原発事故で完膚なきまで崩壊したことへの真摯かつ十分な反省もないままに、しかも内外向けの被害関連対応についての正確なライブ情報発信を誤魔化しつつ政府自らが原発輸出のセールス・プロモーションに奔走する有様では、それは野田民主党政権の呆れるほどの無責任根性の現れ以外の何物でもなかろう。


(関連参考ツイッター情報)


sf_ph_mania 2011.10.29 23:03
「科学の政治化」という言葉があります。日本ではまだ一般化していません。 英語のWikipediaを見ると「政治利得のために科学を操作すること」あります。 原発はまさに「科学の政治化」の典型例です。これにはメリットがありません。http://en.wikipedia.org/wiki/Politicization_of_science


hanachancause @sf_ph_mania 2011.10.31 11:14
「科学の政治化」の弊害!同感デス。同期・相対的な人文・社会の劣化があると思います。原発一極へ走る「1%VS99%」の日本型クレプトクラシー(Kleptocracy/強奪政治経済)化はソノ典型に見えます。


sf_ph_mania科学の政治化 RT @hanachancause 2011.11.01 19:35
同感コメントありがとうございます。政治化すると、既得利権となり絶対に変えません。これで科学に進歩はとまります。原発は巨大科学である故、政治力が必要でしたが、安全面等は、日本固有のリスクを冷静に分析しそれに応じた対策が必要でした。


原発環境保全に貢献するというウソ)


原発推進派の主張で明らかなウソの一つに「原発の推進が地球温暖化対策に欠かせない」ということがある。無論、これは日本だけのことではなく、世界的にも原発推進の重要な根拠とされており、今もこの主張に対する“信仰”は消えていない。


●既に見た、原子力委員会の根本的主張である<原子力外交/産業支援のポイント>でも、この<原発環境保全に貢献する>というウソは重要な論拠の一つに使われている。


●それは、日本の原子力委員会の主張の究極目標に「国際原子力会社」設立が謳われていることからも明らかだが、米国が肝煎りのIAEA国際原子力機関)の詭弁による<平和核拡散ビジネス戦略>の最終ターゲットが、実は「世界のオキュパイ・デモが槍玉にあげる1%VS99%型のネオ植民地型資本主義」の実行、言い換えれば、それは「クレプトクラシー(kleptocracy/本来の資本主義が決定的に堕落した強奪資本主義」の実現であることを意味する。


●そこで、このクレプトクラシーの醜悪な実像(本性)をカムフラージュする必要があるため、一般の人々の倫理観と正義感に出来得るかぎり訴え易い「地球温暖化対策には原発の推進が絶対に欠かせない」という物語が原発推進派の<きれいで重宝な道具>とされてきた訳だ。


●無論、フィンランドポーランドなど、他の途上国(トルコ、ヨルダン、ベトナム、インド、中国ほか)に比べ相対的に民度と倫理観が高い国々の市民層の中にも、この一見魅力的な<美しいフレーズ>への信仰を捨てきれない人々は未だまだ多く存在しており、それは日本国内でも同じことだ(民主党温室効果ガス削減のための原発推進政策への信仰が未だに捨てきれない人々の存在!)。


●しかし、今や、この論点については中立的で科学的な角度から様々な優れた反証が数多く出ているのは周知のとおりだ。従って、ここでは最も核心的と思われる傍証データを一つだけ示しておくことにする。


●下記の二つのグラフから次の(1)、(2)が分かる(参考にした出典:織田徹治『原発は温暖化対策に役立たない』(http://www.47news.jp/47topics/e/218274.php)。


(1)2000年以降、東北電力女川原発3号機、東通原発1号機など新しい原発が運転開始して徐々に電力供給に対する原発の比率が高くなったにも拘らず、日本の二酸化炭素の排出量増加に歯止めがかからなかった。


(2)同じこの時期に二酸化炭素の排出量を大きく減らしたのは、ドイツ・デンマークスウェーデンなどであり、これらの国々は原発の新設に頼らずに温暖化対策に取り組んだ。





●グラフの8ケ国で原発建設を強力に進めた唯一の国である日本だけが、その排出量を目立って増やしてきたので、日本の原発頼り政策は失敗だったことになる。


●逆に、排出量を大きく減らした3カ国に共通する政策は、炭素税・エネルギー税の導入、地産地消&分散型電力供給を実現するための電力自由化の促進、再生エネルギー導入への強力な支援、厳格な省エネの義務づけ、コージェネレーション(熱電併給)など様々な原発以外の工夫である。


●しかも、これら3カ国は二酸化炭素排出量を減らしながらシッカリ経済成長を続けてきたが、原発エンジン型経済へ急傾斜した日本は経済成長が横這いの中で、電力消費量・二酸化炭素排出量・格差拡大だけを目立たせてきた。


●このことは、<原発型実効権力サイドが差配する日本の原発政策(原発エンジン型経済への急傾斜)が、総括原価方式なる罠を仕掛けつつ独占電力会社体制を悪用して、必然的に格差が拡大する非効率な搾取型・地方植民地化型の資本主義経済(日本型の偽装資本主義経済)を深化させてきた結果だと見なすことができよう。


(関連ツイッター情報)


hanachancause 2011.11.04 15:59
秘密の原発マネー!ここまでして日本の国土(地方自治&地域経済)をトコトン疲弊させたいのか?尤も、電事連の広報&政界工作費は3千億円だったから、これはハシタ金か〜!⇒原発地元に匿名寄付500億円 
福井、大半は電力業界か
http://paper.li/takapapacom/fav?utm_source=subscription&utm_medium=email&utm_campaign=paper_sub


原発の経済効率性のウソ)


●今でも原子力発電の安価への信頼は根強く、例えばフィンランドポーランドなどが原発新設を計画あるいは推進する根拠には二酸化炭素削減の環境問題への対応の他に、原発は「安価」とされる、この価格要素(経済効率性)の評価が高い。


●ところで、電気料金トータルの国際比較なるデータがブログや書物などで様々に語られているが、これは、ななか厄介な問題だ。国ごとに計算方法が異なること、各国の政策の変遷があるので単純な時系列比較が無意味になる場合があること、それに電源ごとの稼働率などパラメータが複雑なので我田引水の比較が可能となることもあるからだ。


●よく引き合いに出される日本独特の「総括原価方式」(参照⇒
http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=3935260)に全ての責任を負わせることも、この種の比較上で間違いを犯すおそれがある。ただ、この方式は電力会社が自由勝手に価格を操作することを可能にするという意味で異様な悪法(電気&ガス事業法で規定)に支えられた仕組みだ。


●要は、<原子力の発電単価が他の発電単価と比べて高いか安いかの比較>、<それに加えて総括原価方式の電気代計算が電気代トータルへ如何に不埒な作用を及ぼす可能性があるか>という、この二点を客観的に分けて考えることが重要だ。


●その意味で、下記(*)の本が非常に優れた分析を行っているので、この本から要点と結論だけを抽出しておく。無論、その内容を論理的・実証的に検証しつつ理解するためのスペースを費やすことは不可能なので、関心がある向きは是非とも、この良書を読んで頂きたい。


*円居総一(日本大学国際関係学部教授)著『原発に頼らなくても日本は成長できる/エネルギー大転換の経済学』(ダイヤモンド社)1,500円+税


●国の原子力委員会の小委員会が10月25日に発表した<損害賠償など原発事故に伴うリスクを考慮した発電コストの上昇分は1kw時当たり0.1〜1円(0.0046円〜max1.2円の中間)に過ぎないとする試算http://sankei.jp.msn.com/life/news/111025/trd11102511230009-n1.htm>は、その根拠が疑わしいうえ、これに今後の膨大な除染費用や損害賠償額を加えれば原子力の経済有意性を強調するのは到底むりと思われるので、ともかくも原発利用ありきにしたいという思惑を前提とする強弁に過ぎないと考えられる。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancause 2011.10.25 04:54:06
朴勝俊:原発の過酷事故に伴う被害額試算の援用では総額min70~max140兆円が予想される
https://twitter.com/#!/hanachancause/status/126172409102475265、従って、事故に伴う発電コスト約1円強増(根拠=被害総額3.9兆円)は国民を小ばかにし過ぎ!⇒発電コスト、最大1.2円増=原発事故への備えで/原子力委員会 http://www.asahi.com/politics/jiji/JJT201110250102.html


・・・・・以下、その要点と結論・・・・・


OECDモデルによる資源エネルギー庁の発電単価試算(1992/kwh)では、火力10円(稼働率41%)、原子力9円(稼働率78%)であった。バックエンド処理(核燃料サイクル放射性廃棄物処理等)費用は一定条件下ながら含まれており、耐用年数は火力15年、原発16年と想定された。


◆同じモデルで、CASA(http://www.bnet.jp/casa/)が1989~98のバックエンド処理費用なしで電源別単価を試算したところ、火力9.28円、原子力8.71円となったが、同処理費用を勘案すると火力9.31円、原子力10.26~10.55円で原子力が高かった。


◆より新しい電事連による財務諸表ベースの試算(2002年度を含む3年間平均)では、火力10.0円、原子力8.3円となる。しかし、ここではフクシマの例のごとく財務上の減価償却が現実には40年という長期設定が多いため(しかも、原発耐用年数16年→40年へ延長可とした根拠は、ナント東電提供資金による東大工原子炉工学科の冠(ヤラセ?)研究の結果らしい!)、原子力の発電単価は安くなる傾向がある。


◆そして、決定的(原子力にとって致命的)なのは、火力と原子力原発)で稼働率が同じレベルで想定されていないということだ。火力の設備稼働率が低ければ、規模の経済性は働かないので採算性が大幅に低下して、単位当たりの火力の生産コストが大きく上昇するのは当然だ。


原発稼働率が高いのは技術的危険性から点検休止の時を除いて運転継続の必要があるからだが、果たしてそれだけのことであるかは十分に検証の必要がある。電事連試算でも、火力稼働率原子力と同程度の80%とした場合の試算(参考数値)では、火力7.3円、原子力8.3円と逆転することが示されている。


◆今夏の政府(経産省)・東電の節電要請では、現在点検休止中の原発が再開できなければ来年以降も電力不足となり、それを火力で代替すれば約3兆円のコスト高になると警告を発したが、なぜか経産省はその根拠を説明していない。


◆しかも、政府・経産省が国民向け警告の根拠としたこの議論は、今や火力の主流がLNG(液化天然ガス/世界中で400年以上も使えるほどの埋蔵量が確認されている⇒石井彰著『脱原発天然ガス発電へ』―アスキー新書―)へ移り石油燃料発電は1割程度のシエアに過ぎないという、世界の一次エネルギー市場の現実からも、かけ離れている。


◆先の電事連稼働率と発電単価を使って2009年の電源別発電割合に当て嵌めて試算すると(このプロセス記述は省略)、現在点検休止中の原発が再開できない場合の火力による代替費用は5000億円弱の負担率に過ぎなくなる。


◆しかも、原子力と火力の稼働率を同程度の80%とすれば、火力の方が逆に安くなってしまう。従って、政府・経産省試算による<国民向け3兆円負担増の警告>は、火力の稼働率を30〜40%程度に抑えつつ、その火力がすべて石油火力であるとして算出した、原発推進派へ過剰に配慮した結果ではないかと考えられる。


2−2 原発の本源的堅牢性(地震動による原発破壊可能性ゼロ)なる決定的ウソ


原発の本源的堅牢性の問題は極めて専門的な内容となるので、一素人の立場で詳細かつ具体的に論ずることは困難だ。しかし、フクシマ3.11過酷原発事故によりある程度の身近な影響を受ける可能性がある地域の住民であるゆえ、そして、そのような恐怖の最中に身を置かされた専門外の一般人であるからこそ、<原発の本源的堅牢性(地震動による原発破壊可能性ゼロ)>には大いなる疑いを持たざるを得ない。


●また、これは未だ伝聞情報のレベルであるが、ドイツが脱原発に踏み切った科学技術的理由には、下記の二点(a、b)が不可能と判断したことがあるようだ。例えばオンカロの地下最終処分場でbをクリアしたかに見えるフィンランドと雖も、もし過半のフィンランド国民がaの問題を深刻視するようになれば脱原発へ転じる可能性ほ十分あると思われる。そして、その結果はポーランドなどへも大きな影響を与えることになるはずだ。その意味で、フクシマ3.11過酷原発事故の<原発の本源的堅牢性の問題>については徹底的で公正な検証が重要となる。


a 原発の本源的堅牢性(原子炉圧力容器等の中性子脆性および応力劣化、つまり脆性遷移温度関連の中性子照射脆化等(予測不能な材料劣化)を克服する技術)の確保


b 高レベル放射性廃棄物の埋設処分・最終処理場の確保(または核燃料サイクルの完成)


●そこで、井野博満・東京大学名誉教授(金属材料物性)の記事『進行する原発の老朽化―原子炉圧力容器の照射脆化を中心にhttp://chikyuza.net/modules/news1/article.php?storyid=1035』などを参照しつつ、一素人なりに、問題(toxandoriaに大いなる疑問と不安を与えるポイント)と思われる点を列挙しておく。


●フクシマ3.11過酷原発事故は、想定外の大津波が深刻な電源喪失の原因となったことは事実だが、その直前に巨大地震動でaに関わる「原子炉圧力容器等で中性子脆性あるいは応力劣化した個所(ヒビ割れなどの部位)」が深刻なダメージを受けて崩壊または破断した可能性は否定できないし、その可能性を全否定する、あるいは意図的にそれを無視しようとする日本政府・東電らの態度は科学的といえない。


●このような傾向は<専門性の壁>といえるが、その<専門性の壁>の問題は下記の伊方原発訴訟を巡る一連の流れ*(過酷事故による深刻な放射能漏れの可能性が争点となった、地元住民を原告とする伊方発電所1号機の原子炉設置許可取り消しを求めた約20年近くに及ぶ訴訟/日本で最初にして最後となった原発をめぐる科学裁判/これ以降、同種の科学裁判としての原発訴訟は一件も起こされていない!)の中でリアルに観察することができる。


*『伊方原発訴訟の最高裁上告棄却/日本初の原発をめぐる科学裁判』→これ以降は原発事故が放任され事故隠しが多発するようになった、挙句に1992.10以降には原発の絶対安全神話が定着することとなり、今回のフクシマ過酷原発事故へのプロセスが加速した、http://tweet.next-nex.info/detail.php?s=145157


この裁判の上告・結審(1992.10.26、最高裁)の判決文(一部)を採録すると次のとおり(・・・〜〜か・・・)である(出典、http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65765962.html)。


・・・原子炉設置許可は各専門分野の学識経験者などを擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の合理的判断にゆだねる趣旨と解するのが相当である。(従って)周辺住民が原子炉設置を告知されたり、意見を述べる機会がなかったことは、法による適正手続きを定めた憲法違反とはいえない。・・・


●この結審の直前に原告弁護団側から出された<チェルノブイリ事故で起きたメルトダウンと同等の事故の日本における可能性>についての質問に対し、国側が「専門家の知見によれば日本ではチェルノブイリ型のメルトダウン事故は想定外だ」と述べるに留まった。にも関わらず、なぜか、十分に審議は尽くされたとして裁判長が、突然、結審を急いだことが明らかにされており、この点もが非常に不可解だ。


●結局、これは、科学的知見を持つ専門家が想定外とする内容はそもそも裁判に馴染まぬので、その判断の是非は棚上げにして、ともかくも<原子力の専門家(井野博満によれば、やみくもの原発推進派の専門家)がお墨付きを与えた国策たる日本の原発建設に国民は須らく黙従すべきであり、そのことは憲法違反にならぬ>とする、民主主義国家の名にあるまじき恐るべきほど前近代的な裁判(結審)であった。


●現実的には、原子炉圧力容器等あるいは各種配管の劣化やヒビ割れが全原発において拡大しているという一部専門家らの厳しい指摘もある中で、原発再稼働のための<ストレス・テストによる公正で客観的な評価>は非常に困難を極めるのではないかと思われる。


●また、これは素人の立場であればこその見解だが、それがどれほど科学的であると主張されたとしても、あくまでも机上の想定(論理、推論、一種のゲーム)であるシミュレーションで現実に物的劣化(中性子照射脆化等)が進行中の全原発の<リアルなリスク>についての検証が完璧にできるとは考えられない。


原発推進派あるいは原子村一派のこのような態度は、本来の科学的立場にあるまじき致命的な<論理(シミュレーション)と現実因果(必然的に未知で偶然なetwasが加わる実在現象)の一元的混同=人間ならぬゾンビ的思考回路>である。


●つまり、それは人間が住めなくなる日本でも地球でも構わぬとする、無限の強欲の象徴たるゾンビの世界を志向する新種の狂気であり、哲学者・永井均氏が定義するピンゾと一般生物の中間的存在である人間から見れば決定的なウソ(虚構)であり、アナルコ・キャピタリズム(1%VS99%の無政府資本主義≒白い黒板/国家も会社も国民・市民・町民・村民も顧客も、ついには人間も存在しない強欲ゾンビだけが跋扈する資本主義)と同じ類の論理矛盾であり、詐欺に等しい似非科学である。


(関連参考情報)


■[政府・東京電力福島第一原発事故報告批判]原子力資料情報室:議員勉強会&記者レクチャー/政府・東京電力はなぜ地震の可能性を排除するのか、10.26/13:00〜衆議院第2議員会館第1会議室、http://www.ustream.tv/channel/cnic-news


■毎日JP:<この国と原発>第3部・過小評価体質/4 耐用年数「限りなく」2011年11月1日 http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/life/20111101ddm002040111000c.htmlより転載


「老朽」と呼ばぬ理屈


 「そちらの質問で初めて知りました」。10年12月、金属材料に詳しい井野博満・東京大名誉教授は、経済産業省原子力安全・保安院の課長補佐の回答にあっけにとられた。


 質問したのは、九州電力玄海原発1号機(佐賀県玄海町、75年運転開始)の老朽化を巡る問題。九電が1号機の圧力容器について、09年時点の状況を分析したところ、炉心からの中性子を浴びることで材質がどの程度もろくなったかを示す「脆性遷移(ぜいせいせんい)温度」が「98度」と国内最高を記録し、未知の領域に入った。この数値が高いと、事故時に圧力容器が損傷する恐れがある。93年時点の56度から一気に跳ね上がり、九電内では「こんなに高いなんて」と驚きの声が上がったという。


 原発の老朽化対策は新品への交換が原則だが、圧力容器は交換が難しい。九電は「(国も認める)規定で評価した結果、損傷が起きる状態まではかなり余裕がある」と説明する。だが、規定が示す損傷の予測式は、定められた条件下での試算でしかなく、井野名誉教授は「前提条件を変えたり、別の式で評価すると、それほど余裕はない」と話す。


 そもそも予測式自体が改定を重ねている段階で、確定した式ではない。長谷川雅幸・東北大名誉教授(原子炉材料学)は「規定に十分な実績があるとはいえない。予想外の温度は何かの兆候かもしれない。慎重に対応すべきだ」と指摘する。


 こうした「老朽化」を日本の原発関係者は「高経年化」と呼ぶ。「必要に応じて設備などを取り換えており、理論上、原発は限りなく寿命を延ばせる。老朽化することはない」(原子力安全基盤機構の資料)との理屈だ。


 国内で原発建設が始まった60〜70年代ごろ、主要機器の耐用年数は30〜40年と想定されていた。だが、原発の新増設が難しくなってきた90年代後半、通商産業省資源エネルギー庁(当時)は、60年運転も視野に長寿命化へかじを切る。30年目を迎える原発は国に運転継続の認可を申請し、その後は10年ごとに申請する仕組みだ。


 今、運転30年を超えた原発は福島第1原発の全6基を含め19基に上り、うち日本原子力発電敦賀原発1号機など3基は40年を超えている。これまでの原発の歴史は「想定外」の連続だった。圧力容器内の隔壁や蒸気発生器など、設計時に交換を想定していなかった重要機器で、取り換えが必要になったケースは枚挙にいとまがない。


 今、注目されている課題の一つは、原発1基で総延長2000キロにも及ぶ電気ケーブルだ。絶縁体がもろくなって断線すれば、原発を制御できなくなる。全ケーブルの確認は不可能で、細いケーブルは現場で調べる方法すら確立していない。


 原子力資料情報室の上澤千尋さんは「ボロボロだが何とか生き延びさせるという発想は、老朽化を軽視している」と批判する。


 野田佳彦首相は就任会見で「寿命がきた原発廃炉にする」と明言した。だが「寿命」の定義は定かでない。現在、関西電力美浜原発2号機が40年超の、四国電力伊方原発2号機が30年超の認可を求め、保安院の審査を受けている。


3 三権分立を無視し国策原発の保証人を務める“お白洲型”日本司法官僚の国際犯罪的な無責任


3−1 「禁反言の法理」と「信義誠実の原則」が国際法・国際関係の基本


●これまでの日本の原子力の輸出政策をめぐる概観から、民主党・野田政権の「国際法(国際関係)の基本」無視がもたらし得る「巨額国民負担」の恐れ(日本司法の底なしの無責任感覚と、その当事者意識放棄の計り知れぬほどの罪の重さ)ということが浮上する。


●そもそも、国際法の根本には「禁反言の法理」と「信義誠実の原則」がある。禁反言の法理とは、「一方の自己の言動(表示)に従って他方がその事実を信用し、他方がそれを前提として行動(地位、利害関係を変更)した場合に、一方がそれと矛盾した事実を主張することを禁ぜられる」という原則的法理である。


●これを分かりやすく言えば、「自分が嫌なこと、自分がやったら被害や痛い目に合うような可能性があることを、自分がやってみたら大丈夫だったと相手へ信じ込ませて、それを相手へやらせてはならない」ということだ。また、信義誠実の原則とは、この原則的ルールを必ず100%の誠意をもって実行する原則と考えればよい。だから、これらの原則は国内の人間関係でも、当然の(法理というより常識程度の)ことである。


●従って、この国際法の根本である禁反言の法理と信義誠実の原則によれば、<フクシマ3.11過酷原発事故(大津波による電源喪失だけでなく地震動による直接的な原発破壊の疑いが非常に濃い)を起こす前からの国策原発の方針>をそのまま踏襲して、各原発メーカーを後押しする形で、放射能被害などが拡大中のうえ事故検証に不十分なまま、日本政府が今までどおりに<原発輸出>をトップセールスするのは可能なのか?という疑問が出てくる。


●もし、日本政府が、大津波による電源喪失だけでなく地震動による原発破壊の疑いが非常に濃いという疑念そのものを十分検証する作業を放置して、あるいは敢えてその疑いを無視しつつ今までどおりに<原発輸出>をプロモートしているならば、それは明らかに禁反言の法理と信義誠実の原則に抵触する(反する)行為となるのではないか?


●しかも、一方で日本の原発はどうも信用ならず危なっかしいので日本国内では菅政権の方針を踏襲しつつ「脱原発依存」政策を採るという野田政権の分かりにくい態度(今や、到底それは本気とは思えないが!)は、二重に国際法の原則を無視していることにはならないか?無論、このような野田内閣の煮え切らぬ態度は日本国民に対しても禁反言の法理と信義誠実の原則を犯していることになる。


●更に問題なのは、既述の<『伊方原発訴訟の最高裁上告棄却/日本初の原発をめぐる科学裁判』/これ以降は原発事故が放任され事故隠しが多発するようになった挙句1992.10以降に原発の絶対安全神話が定着して今回のフクシマ原発過酷事故への歩みが加速した、http://tweet.next-nex.info/detail.php?s=145157>が大前提となっているため、日本の司法官僚(裁判所)は、敢えてフクシマ3.11過酷原発事故への容喙(司法判断)を避けているのではないか?という疑いがあることだ。


●つまり、この疑いからすれば、これは真におそるべきことだが、自身がフクシマ3.11過酷原発事故への容喙(司法判断)を敢えて避けることで、<日本の司法官僚(裁判所)は、日本政府の国際犯罪(欠陥原発を絶対に安全だと偽って輸出・販売する国家詐欺)に積極加担している>ことになるということだ。


●逆にいえば、日本政府・原子村・経産省・東電らが<フクシマ3.11過酷原発事故について原子炉圧力容器等の中性子脆性および応力劣化の可能性、つまり脆性遷移温度関連の中性子照射脆化等(予測不能な材料劣化)>を頑として認めないのは、やはり原発輸出が、国際法上の禁反言の法理と信義誠実の原則に抵触して都合が悪くなるから、つまり原発輸出を可とする口実(大津波による電源喪失で過酷事故になったという説明の唯一の正当性)が消えてしまうからではないか?


●しかも、もし万が一にも日本が輸出する原発がその輸出先の国で<原子炉圧力容器等の中性子脆性および応力劣化、つまり脆性遷移温度関連の中性子照射脆化等(予測不能な材料劣化)>などの問題で過酷な事故を起こせば、いかに国策とはいえ、それに過去の国内裁判でお墨付きを与え続けてきた日本の司法(日本の司法官僚たる裁判所が、国策を口実に国の責任についての司法判断から逃避し続けてきたことは既述のとおり)が、国際法上の理解から、当然のこととして原発製造メーカー、日本政府らと共犯関係にあると見なされることになるだろう。


3−2「国策原発の保証人を務める“お白洲型”日本司法官僚」と「野田政権の原発・二枚舌国際ショー」の相乗効果によって高まる、天文学的な巨額国民負担発生の可能性


●前回記事(http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111016)から当記事へ続けて、「国策原発の保証人を務める“お白洲型”日本司法官僚(裁判所)」と「野田政権の原発・二枚舌国際ショー」の責任共有部分についての検証を試みてきた訳だが、結局は日本の政治権力と司法権力がそれぞれ果てしなく無責任化してきたこと、そして、現在の野田政権も全くこのことについて無自覚・無反省である(あるいは、それを知りつつ意図的に無視しつつ国民を、騙している)ということのようだ。


●この<司法官僚と政治権力が結託することによる無責任の発生>という事象は、何も原発政策だけに限ることではないのだが、特に、フクシマ3.11過酷原発事故の大いなる教訓は、<原発は、一旦、その事故が過酷化すれば人間による制御が利かなくなる恐ろしいプラントだ>ということ、そして、もう一回、同程度の原発過酷事故が日本の何処かで起きれば、必ず<激烈な放射能汚染の拡大によって日本列島に日本国民が住めなくなる>という現実を教えられたことだ。


●厄介なのは、日本司法と日本政府の相変わらずの無責任な態度に加えて、<今こそ原発技術で世界トップクラスの日本が原発輸出に積極的に踏み出さなければ、稚拙な各国の原発輸出が拡大して、却って世界中に危険な核リスクが拡大し、地球が危機に襲われることになる>という、いわゆる欧米および日本の原発輸出論者、原子村らを中核として形成されたクリプトクラシー(原発&投機一極型の盗賊・搾取政治経済/IAEAおよび投機金融システムの信奉勢力が形成した傲慢実効権力)ら強欲集団の言い分がメディア(日本では、過半のメディア自身がその支配下にある)で持て囃されていることだ。しかし、今や世界中の国民・市民はこの甚だしい根本的欺瞞に気づき始めているのだ。


●<原子力ルネッサンス>について『原発不都合な真実(1)http://www.47news.jp/47topics/e/220023.php』が興味深い指摘をしている。それによると、米国ではオバマ大統領がいくら旗を振っても、原発立地地域の住民らによる反原発意識が高まっていることもあり、最早、リアル・ビジネス世界では政策効果への厳格な評価から天然ガスや再生エネルギーへ関心が移っているので誰もが原発を殆ど相手にしていない。相変わらず原発が積極推進されようとしているのは先進国では日・仏の如き<上意下達型で効率無視(既得権益重視)の国策原発>か、中国・ベトナム・インド・トルコ・ヨルダンなど高度成長を焦る発展途上国だけだ。


●だから、話はアベコベなのであって、フクシマ3.11原発過酷事故で原発が制御不能に陥る危険性と原発政策の誤りを実証的に経験した日本が先ず率先してやるべきは、<IAEA国際原子力機関/米国クリプトクラシーの代理機関)の核非拡散目的の核平和利用の手段である<原子力ルネサンスなる非効率かつ傲慢で詭弁に忠実な原発政策>なるアナクロ・ハイリスク政策を一刻も早く捨てる決断をすることだ。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancause 2011.11.05 22:43
底なしアリ地獄スタイル国民負担の開始!⇒東電へ賠償支援9000億円、政府が認可
http://www.afpbb.com/article/politics/2838921/8029117


hanachancause 2011.11.05 22:40
今や時代遅れのアナクロで非効率な融資だ!⇒大手3行、九電に8百億円融資 政投銀は11月 - 47NEWS http://www.47news.jp/CN/201110/CN2011102101000659.html


●その前提となるのが、真摯な深い反省に基づくフクシマ3.11原発過酷事故についての厳格な検証、およびその過酷な放射能汚染などに対する事故対応経験についての正確な情報を内外へ向けて積極的に発信し続けるとともに、一方で天然ガスや再生エネルギーの活用方向へ経済再生の軸足を急いで移すことだ。故に、野田政権が形振り構わず<国内老朽原発の再稼働と原発輸出>に向かって猪突猛進する現在の民主党政権の政策方向性は決定的な誤りなのだ。


●我われ一般の日本国民は、フクシマ3.11原発過酷事故が今も日々に新たな国民への残酷な犠牲を要求しつつあるからこそ、「核非拡散目的の核平和利用の手段である原子力ルネサンスIAEAの基本理念)/平和を戦争で実現するという詭弁と同値の偽平和宣言」の欺瞞性と、「原発の国内への配置が、事実上の国内への原爆の大量配置である」という恐るべき現実に早く気づくべきなのだ。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancause 2011.11.05 07:12
日本政府が疑わぬ?<IAEA国際原子力機関)の詭弁>の本性!⇒原発と原爆はおなじもの・・橋爪文氏 http://paper.li/blues_boys_tune?utm_source=subscription&utm_medium=email&utm_campaign=paper_sub


hanachancause @hanachancause 2011.11.05 09:3
原子力の新たな戦略」http://bit.ly/rYweA1原子力委員会・鈴木委員長代(元電事連中研参与)が語るには09年時点で435基の原発が世界で稼働中、更に建設・計画中は189基。これら全てが事実上は原爆に相当すると思うとゾッとする。


●そして、そのIAEAの決定的な誤謬理念に対峙し得る<脱原発理念の必要性>を、既に脱宣言を発したドイツ・スイス・ベルギー・イタリアなどと共に世界へ向けて真剣に発信すると同時に、エネルギー政策についてのオルタナティブ(過渡期への優れた対応技術としての高効率石炭火力やLNG火力、コンバインドサイクル、再生エネルギーなど)を積極的に提言し、かつそれを率先実行することこそが日本・野田政権の責務ではないのか。


●しかし、かくの如き根本理念部分についての根底からの反省を棚上げにして、このまま日本政府が原発輸出へ突き進めば、未だに見通せぬフクシマ3.11原発過酷事故の被害額の更なる拡大と相俟って、原発輸出政策そのもの(投融資責任、カントリーリスク無視など)に関わり、必ずやフクシマ3.11原発過酷事故に輪を掛けるような原発事故発生による巨大被害額が国外の原発輸出先で発生することになるだろう。


●それこそが、まさに「国策原発の保証人を務める“お白洲型”日本司法官僚」と「野田政権の原発・二枚舌国際ショー」の相乗効果がもたらす<恐るべきマイナス成果>ということである。しかも、これは、ビジネス契約上は原発管理が当事国の自己責任なので日本に無関係であるどころか、国際法上の法理からすれば、必ずや巨額賠償の請求がトップセールスをやってきた日本政府へ突き付けられるはずだ。


●それこそが<“お白洲型”日本司法官僚がお墨付きを与え続けてきた日本の原発技術がもたらす、もう一つの恐ろしい近未来の現実>なのだ。そして、今度も天文学的な巨額賠償金をムリヤリ支払わされるのが余りにも善良であり続ける一般の日本国民であることは言うまでもない。


(関連参考ツイッター情報)


hanachancause 2011.10.18 14:47:01
朴勝俊:原子力発電所の過酷事故に伴う巨大な被害額の試算http://www.lib.kobe-u.ac.jp/repository/00055987.pdfの援用では、フクシマ3.11過酷原発事故の被害総額が総額70〜140兆円と予想される(円居総一/エネルギー大転換の経済学)、コレだけで済む訳はない! ⇒ <東電>原発事故で国に7千億円の資金援助申請へhttp://mainichi.jp/select/biz/news/20111018k0000e020028000c.html


●より厳密に考えれば、原発のリスクには<原発の本源的堅牢性(単に地震動で原発破壊の可能性が高まるということだけでなく、原子炉圧力容器等の中性子脆性および応力劣化、つまり脆性遷移温度関連の中性子照射脆化等(予測不能な材料劣化)の問題>と<実効権力保守の視点から詭弁型の絶対安全神話に国民全体が安住してしまうリスク>の二つがある。


●このように考えれば、後者についてもあり得ることだが、特に前者(原発の本源的堅牢性(単に地震動で原発破壊の可能性が高まるということだけでなく、原子炉圧力容器等の中性子脆性および応力劣化、つまり脆性遷移温度関連の中性子照射脆化等(予測不能な材料劣化))の問題は、原発自体の本源的リスクなので全世界的に共通する問題と見なすべきだ。


●それに、後者(実効権力保守の視点から詭弁型の絶対安全神話に全国民が安住してしまうリスク)も、それが政治権力の特権的あるいは金銭的腐敗と結びつきやすいという意味では世界共通のリスクと見なすべきだろう。


●特に我が国の場合は、日本に特有の<“お白洲型”司法官僚組織>という問題がフクシマ3.11原発過酷事故を重傷化させてしまった。この観点から見れば、特に日本の場合は国内だけで脱原発を実現するのはなかなか困難であるだろう。また、仮に、日本だけで脱原発が実現できたとしても真に脱原発をしたことにはならない。まさに原発がもたらす危機を消滅させることは、全世界の問題であり人類共通の問題なのだから。


(関連重要発言)


欧州エコロジー緑の党2012年仏大統領選挙・候補者、エヴァ・ジョリー ⇒ 『フクシマは全世界の人類にとって歴史的責任の問題だという認識こそが肝要、だから脱原発は世界中で連帯すべきだ』http://onaironaironair.wordpress.com/2011/10/25/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E6%96%B0%E8%81%9E%E3%81%8C%E4%BC%9D%E3%81%88%E3%82%8B%E3%82%A8%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%AA%E3%83%BC%E6%B0%8F%E6%9D%A5%E6%97%A5%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC/


ドイツ連邦議会議員(ドイツ緑の党/同盟90)ジルヴィア・コッティング=ウール ⇒ 『重大な原発事故の影響に対してどんな政府であっても十分に対応しきれないだろう、日本政府の原発についての偽情報政策は必ずしも日本特有の問題ではなく(日本は特に酷いが!←toxandoria補記)、原発に付き纏う本源的問題なのだ』http://ro119.com/archive/yokohama.cool.ne.jp/imashu/sylvia-kotting-uhl.htm


・・・・・


<注記>日本司法官僚「の“お白洲型”の実像については下記▼を参照乞う。


国民主権三権分立)を無視し核・放射能拡散ゾンビ「国策原発」の保証人を務める“お白洲型” 日本司法官僚の犯罪(国内編)http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111016


≪参考資料≫


■シンポジウム「脱原発から廃炉への道筋−『福島』の再生に向けて」(11/3、於・福島市日弁連公害環境委員会・原子力部会主催)の概要報告・・・[みどりの未来ML][05711] より転載・・・みどりの未来HP、http://www.greens.gr.jp/


ML投稿者:弁護士 笠原一浩(日弁連公害環境委副委員長、みどりの未来運営委員)、http://www.law-midori.com/


(プロローグ)


コーディネーターの岩淵弁護士は、金沢在住ということもあり、わが福井県敦賀市長の悲しい発言、「原発交付金が財政を支え、また原子力は雇用を支える地域産業」(朝日新聞オピニオン欄)を指摘して、鈴木氏に、いかにこうした自治体を説得するか質問してくれました。


鈴木氏は次のとおり答えました。


まず、いかに原発が大きな危険をもたらすか理解してほしい。そしてエネルギーはかならず自然から得るものであり、廃棄物を自然に戻すものである。


しかし、原子力については廃棄の方法が全く整っていない。にもかかわらず稼動されている。原発に限らず日本では、1960年以来、それぞれの地域がモノカルチャー的役割を担わされている。東京中心に「ここは原発」「ここは○○」といった単作型の産業となり、複合型の産業という観点からすれば弱弱しい産業になっている。


中心市街地の空洞化(シャッター通り化)は、周辺農業に展望がないことから大型店の誘致に走っていることが大きな要因。同じことが国土全体に現れているのが原発の立地。産業を複合的に豊かにするのではなく、ある種の迷惑料が払われている(一部の既得権益側の利益を守るため原発マネーのばら撒きが行われている←toxandoria補足)状況で、これは国土政策全体の問題である。


・・・・・


1 はじめに 


11月3日、日弁連は公害環境委員会・原子力部会が中心となって、福島市においてシンポジウム「脱原発から廃炉への道筋−『福島』の再生に向けて」を開催しました。


皆さんご存知のとおり、福島県においては福島第一原発事故によって、何万人もの人々が故郷を離れて避難することを余儀なくされました。県内においては、放射性物質によって広範な地域が汚染され、子どもたちまで、従来の厚生労働省基準(年間1msv)をはるかに上回る放射能を受け続けています。


そこで日弁連は、このような事態を二度と引き起こさないよう、福島から全国に向けて被害の実態、そして脱原発への道筋を訴えることにしました。


2 特別報告


 まず、福島県弁護士会・菅野会長から特別報告「福島県弁護士会の取り組みについて」。 福島弁護士会のHPのバナーをクリックすると、脱原発に関する同会の意見表明を見ることができます。事故以前の意見表明は以下のとおりです。
 ・・・1998年定期総会で「エネルギー政策に関する決議」。これは、プルサーマルの受け入れが問題となっていた時期で、「福島県は、安全性が完全に確認されない限り、その受け入れをしないこと」「日本のエネルギー政策の転換を求め、これ以上福島県原子力発電所が増設されることに反対する」ことを決議しました。翌年、福島県が条件付とはいえ受け入れた際には県に「再考等要請書」を提出しました。2002年に東電により炉心障壁のひび割れが隠蔽された際にも意見を表明しました。


 そして、震災発生後、同会は以下のとおりきわめて精力的な活動を行いました。


3月14日に弁護士会として震災復興対策本部を設置し、21日には早くも「廃炉含めた可及的速やかなる実効的な措置を求める会長声明」を発しました。25日には同本部内に放射能問題プロジェクトチームを設置しました。29日には震災に関する電話相談を開始しました。


 原発に関する会内の組織は以下のとおりです。まず総会(全会員148名。震災後7名減少した)理事会14名、災害対策本部29名、救済支援センター(原子力損害賠償紛争解決センターに対する和解仲介の申立代理人となる弁護士の紹介等)への登録122名、その運営委員会15名、原子力発電所事故対策プロジェクトチーム15名、自然エネルギー推進検討プロジェクトチーム8名。


 4月12日原発問題について東北弁連決議案を出すことを理事会で決定。21日「原子力損害賠償紛争審査会の審議において福島県民の意見が十分に反映されるよう求める会長声明」、25日「福島県民、とりわけ子どもたちの安全・安心な未来を確保するよう求める会長声明(除染検討等を求めるもの)」。


原子力災害に関する電話・面接の相談件数は4月が全県で96、5月が202、6月205、7月234、8月211、9月344、10月384と月を追って増えています。同会では県内を6ブロックに分け、140箇所において巡回相談を行いました(会津では新潟弁護士会の協力も求める)。


 5月11日「被災者の債務救済に関する会長声明」および「児童生徒等の被曝を極力回避・抑制すべく、幼稚園、保育園および小中学校の屋外活動実施について慎重な判断を求める緊急要望書」を提出。30日「福島第一原子力発電所事故により避難している福島県民に対する偏見や差別、とりわけ県外に避難している子どもたちに対する偏見や差別をなくすよう十分な施策を求める会長声明」および「放射性物質が付着した廃棄物の適正処理を求める会長声明」


 6月6日「生活保護制度における義捐金等の収入認定について適正な取扱いを求める会長声明」、21日「福島第一原子力発電所事故を早急に収束させ、住民の安全を確保し原状回復をするとともに、原子力政策を転換し、被災地域を自然エネルギー推進の先進的地域とすることを求める会長声明」


 7月1日、震災・原発相談窓口を設置、8日東北弁連決議「福島第一原子力発電所事故を早急に収束させ、住民の安全を確保し原状回復をするとともに、原子力政策を転換し、被災地域を自然エネルギー推進の先進的地域とすることを求める決議」


8月10日「原子力損害賠償紛争解決センターにおける和解仲介手続を全国各地、県内各地で実施することを求める会長声明」、20日原子力発電所を廃止し、自然エネルギーへの転換を求める決議」等
9月1日、福島県弁護士会・事故被害者救済支援センター受付開始(9・10月で全県304件)、2日、和解仲介手続きを各地で実施するよう求める要望書を文科省に提出、28日個人版私的整理ガイドライン運営委員会との意見交換会、29日私的整理ガイドラインについて日弁連との合同検討会、30日「子どもたちの内部被曝を可能な限り提言する措置を求める会長声明」


10月12日福島弁護士会自然エネルギー推進検討プロジェクトチーム発足、12日学習会「公害問題としての原発事故を考える」開催。


3 パネルディスカッション 1


 続いて、パネルディスカッションの前半「除染・健康被害等の問題について」。パネリストは以下の方々です。


 青山貞一・東京都市大学教授。
 阪上武・福島老朽原発を考える会(フクロウの会)代表。
 小島延夫・日弁連公害環境委員。


 まず青山氏は、科学者として県内各地の放射能を測定してきたことや、モニタリング体制、除染体制構築の必要性について話しました。


 地域における放射線量の影響要因としては(1)発生源の強度、(2)気象条件(風向・風速、大気安定度、降雨)、(3)地形条件(山・谷・建造物など)、(4)測定条件(地表面粗度、測定する高さ等)があります。本件において、(1)については言うまでもありません。(2)について青山氏は3次元シミュレーションを駆使して、3月15日に南西に向かう風が吹き、一気に東京方面に広がったこと、更に同日には風の向きが複雑に変化し、その都度、郡山市方面、次いで福島市方面の放射線量が上昇したこと等を詳細に説明しました。また、3月15日に各地の放射線量が上がった後、いったん下がりましたが、雨が降った直後の3月21日・22日には東京方面等においてもまた上昇しました。


 青山氏は6月18日から20日にかけ、埼玉・千葉・茨城・福島の各県において放射線量の測定をしました。放射線量は、固定測定、移動測定(自動車運転中)のいずれにおいても地上から1mで測定し、固定測定では高さ5cmでも測定しました(とりわけ児童の行動様式からすれば、そのような低いところの測定も重要です)。福島市での測定では、1mの高さでは平均1.75マイクロシーベルト/時でしたが、5cmの高さでは平均3.40マイクロシーベルト/時となっています。福島県二本松市(福島と郡山の間)のある家では、1mの高さでは5マイクロシーベルト/時程度でしたが、地表では20マイクロシーベルト/時を超えた例もありました。


 福島大学金谷川キャンパス(福島市)における放射線外部被曝を積算したところ、1ヶ月後で5ミリシーベルトで、その後次第に放射線量が減少しますが、25年間で100ミリシーベルトを超えてしまいます(ちなみに厚生労働省基準は年間1ミリシーベルト)。これが飯館村になると1ヶ月後で80ミリシーベルト/年の水準にあり、年間1ミリシーベルト/年になるまで50年たつと言われています。


 阪上氏は県内住民の健康被害リスクについて話しました。


 福島市渡利地区において子ども10人から尿を採取したところ、セシウム134と137が1回目の検査(5月19−21日)では全員から検出され、2回目の検査(7月23−25日)においてもセシウム134は7人、セシウム137は8人から検出されました。10名中9名が尿中セシウム減少ですが、減少した9名は全員避難しています。福島にとどまった子は10%も尿中セシウムが増加してしまいました。
 そうすると、サンプルが少ないものの、少なくとも上記の調査は予防のため内部被曝検査が必要であり、また内部被爆低減のためには避難が重要ということを示しています。チェルノブイリの事例と比較すると、福島でも子どもたちの膀胱炎が生じる危険があります。


 続いて阪上氏は、福島県の「県民健康管理調査」の目的が「不安解消」となっており、不安の根源である被曝量低減についてあまり触れていない倒錯を批判するとともに、甲状腺がん以外の様々な疾病にも対応することを求めました。


また福島市渡利地区は飯館村に連なる山沿いにあり、市内でも特に放射線量が高い地域で、所によっては山から放射性物質が下りてくることにより、現在でも放射線量が増え続けています。阪上氏は最後に子どもや妊婦が日々被曝していることを指摘しました。


 小島氏も、除染の必要性を指摘し、とりわけ子どもの生活圏等については早急に実施することを求めました。放置すると放射性物質が土壌深く浸透し、数年後には樹木や果樹にも影響が生じてきます。
その上で除染には限界があることも指摘しました。線量の高いところでは、除染しても容易に線量が下がりません。また、除染で表土を剥ぎ取る際は、放射性物質に汚染された大量の廃棄物が生じます。イタイイタイ病では30年かけて10平方キロの土地を除染しました。今回は、年間20msv以上の土地に限っても800平方キロに達します。そして山地部だと、草を刈り、表土を剥ぎ取ることによる災害発生の危険も生じます。更に、作業員が放射能に汚染される問題も無視できません。


また、健康調査を福島県民健康調査(内容も不十分)に限り、他の調査を認めないことは学問の自由からも問題があると指摘しました。


続いて、今後なすべき課題が述べられました。


青山氏は、民主的な政策立案の前提として、まず情報公開を行うことを求めました。また、PPP(汚染者負担原則)を無視し、東京電力の負担を軽視し安易に国民負担とすることは、損害の公平な負担とはいえないと述べました。


次に阪上氏は、県民健康調査は被曝量低減を目的とするものとし、また「自主的に」避難した人にも、残留した人にも、十分な賠償がなされることを求めました。そして、除染の名の下に住民を高線量地域に閉じ込める、つまり除染を今後していく、又は「一応」除染したことを理由に住民を賠償等のないまま高線量地域に住まわせることがないよう求めました。


小島氏は、「平成26年3月末までに一応の除染をした」と称して、避難区域を解除してその地域(に住んでいる人や、そこから避難した人)では損害賠償を認めない、という事態を招かないことを求め、また安全性の確保を第一に考えることを求めました。


 最後に、コーディネーターの秋元弁護士は、避難区域からの避難のみならず、「自主」避難等についても損害賠償することを求めました。


4 パネルディスカッション 2


 そして、パネルディスカッションの後半「脱原発・エネルギー問題について」。パネリストは以下の方々です。


 飯田哲也NPO法人「環境エネルギー政策研究所」所長。
 鈴木浩・福島大学名誉教授。
 青木秀樹日弁連公害環境委員会副委員長。


 まず飯田氏は、脱原発へ向けた社会的政治的課題について述べました。


 今回の原発事故は世界史的規模に上るとともに、日本においては明治維新、第二次大戦終結と並ぶ第三の変革期を呼び起こし、社会の構造も動かしつつあります。


この地震は、日本社会における情報不公開、学者の無責任を明らかにしました。地震当日に首相官邸には、既に「メルトダウンかもしれない」という東電のデータが送られていましたが、5月になるまで公表されませんでした。数十億もかけた高価なシステムSPEEDIは活用されることなく、放射性物質の拡散データが公表されないことは、福島県民を実際には危険な地域に避難させました。余談ですが、しばしば御用学者と言われる斑目氏は地震の前日まで「水素爆発は絶対に起きない」と言いつづけていました。しかし未だに斑目氏は再稼動を検討するポジションにいます。


これらは究極的には政治の責任です。政権交代で多少顔ぶれは変わりましたが、古い権力は未だに退場していません。


そして、福島を再生可能エネルギーで再建するには、植民地型のシステム、従来の中央集権のシステムであってはならない。地域の資源によって発展しなければならない。


 続いて鈴木氏は、原発推進を可能にしてきた地方の構造的問題・脱原発での福島復興について次のように話しました。


 鈴木氏はたまたま3月11日、飯田氏の、原発立地自治体の財政事情について書かれた論文を読んでいました。経済的に苦しい自治体が電源三法による交付金のため原発を求めてしまう構図です。これは全国的に展開されたことですが、とりわけ福島県は、明治以来首都圏のエネルギー基地としての役目を担ってきました。明治には水力。その後はいわき市に代表される炭鉱。オイルショック後は原子力への傾斜。一種のモノカルチャー経済となり、原子力がある種の産業となってその他の産業を育成することができなくなってしまいました。


現在、事故により57,000人が今も県外に避難し、その数は未だに増え続けています。これらの人々(や放射線量の高い地域に今も居住する人々)が棄民になりかねない。いかにそれを防ぐため政策を作るか、それを考えて「福島県復興ビジョン」を策定しました。


まず私たちは、福島県の地域に内在する産業経済を建て直していきたい。地域循環型の経済を作らないと私たちは立ち直れない。次に、再生可能エネルギーを定着させる。これには地域の製造業など様々な資源を活用し、大企業の技術だけでない再生可能エネルギーで雇用につなげていきたい。3番目は、原発事故が地域のコミュニティさえも奪い続けていることから、新しいコミュニティ、新しい自治体を作ることを国や県の協力も得ながら進めていきたい。


そして青木氏は、日弁連脱原発の取り組みについて報告しました。


脱原発日弁連が一貫して表明していました。その根拠は、今回の事故で明らかになったように空間的にも時間的にも対処できないほど甚大な被害があること、運転時にも危険があること、更に運転することによって継続的に廃棄物、高レベル放射性廃棄物が生じ、その処分方法が決まっていないことです。


更に、原発の推進を図る政府は、プルトニウムを抽出してそれを燃料として再生産する「夢のような」高速増殖炉の話をしてきましたが、その実験炉であるもんじゅは運転の目処が全く立たない状況です。


一方において、原発は常に事故が起きています。その都度意見を述べて「もう原発はやめよう」と言ってきたのが日弁連です。1976年から1983年の人権大会では「国および企業は現に稼働中の原子力施設の運転及び原子力施設建設の中止を含む根本的な再検討を可及的速やかに行うべきである」と決議しました。


その後チェルノブイリやスリーマイルの事故が起こりましたが、推進側は「日本とは原子炉の方が違うので日本ではこのような事故は起きない」と述べてきました。しかし、日本でももんじゅのナトリウム漏洩事故や東海村の再処理工場爆発事故がおき、1998年の日弁連定期総会では原子力に関するエネルギー政策の転換を改めて求め、2000年の人権大会では段階的とはいえ脱原発社会を目指すことを決議しました。


ところがその後、推進の根拠として「地球温暖化防止」が出てきました。また、以前からですが「電力不足をどうする」という指摘もあります。日弁連はそれらの意見も踏まえ、研究を重ねてきました。とりわけ2007年の中越沖地震ではそれまでの耐震設計指針では捕らえ切れなかった地震が発生した等、今回と類似した問題について意見書を出しました。


しかし、残念ながら今回の事故が起こってしまいました。


そこで今回の地震後、日弁連では原子力の段階的廃止を更に詳細にして(1)新増設を止め、再処理工場、高速増殖炉等は直ちに廃止する、(2)福島第一及び第二、大地震が発生されることが予見されるもの、運転開始後30年以上経過したものは直ちに廃止する、と意見を述べました。
今後は、これまで出した意見を実現すべく動いていきたいと思います。


続いて、電力需給論(原発を止めて電力は足りるか)について飯田氏は次のように述べました。


そもそも、需給論にかかわらず原発そのものが極めて危険であり、需要が仮にあったとしてもなお原発は合理化されない。また、現実問題として原発がなくても電力供給に支障はないことはデータ上明らかである。現に、この夏は問題なかった。しかも、今回の減らし方はかなり無理に節電させたものであるが、ピーク時間の電力料金を値上げする、ピーク時間に大口需要家を減らしてもらうよう契約する、小規模水力などの分散型発電を活用する、などの賢い方法を取れば、今回より更に無理なく需要をコントロールできる。


ここで、会場に来ていた南相馬市桜井市長から、再生可能エネルギーに向けた同市の状況の紹介がありました。


当市ではまだ3万人が避難を余儀なくされています。また、東京電力にも国にも頼ることなく、私たち市民により除染が大々的に行われています。我々がなぜ自らやらなければならないのか腹立たしいが、市の再興のためにはやらざるを得ない。


私は自治体としては最初に脱原発を言ったが、これは言わざるを得なかった。地震によって私たちの生活が180度変化した。当市は近隣自治体で最も多くの人口を抱えるが、7万人のうち一時は6万人が避難し、未だに3万人が避難し続け、1万人以上が住民票を移転したという事情から考えれば、原発から脱却することを考えざるを得ない。広大な農地が利用できなくなったが、こうした土地を新たな形で利用できたらと考えている。


続いてコーディネーターの岩淵弁護士は、金沢在住ということもあり、わが福井県敦賀市長の悲しい発言、「原発交付金が財政を支え、また原子力は雇用を支える地域産業」(朝日新聞オピニオン欄)を指摘して、鈴木氏に、いかにこうした自治体を説得するか質問してくれました。


鈴木氏は次のとおり答えました。まず、いかに原発が大きな危険をもたらすか理解してほしい。そしてエネルギーはかならず自然から得るものであり、廃棄物を自然に戻すものである。しかし、原子力については廃棄の方法が全く整っていない。にもかかわらず稼動されている。原発に限らず日本では、1960年以来、それぞれの地域がモノカルチャー的役割を担わされている。東京中心に「ここは原発」「ここは○○」といった単作型の産業となり、複合型の産業という観点からすれば弱弱しい産業になっている。中心市街地の空洞化は、周辺農業に展望がないことから大型店の誘致に走っていることが大きな要因。同じことが国土全体に現れているのが原発の立地。産業を複合的に豊かにするのではなく、ある種の迷惑料が払われている(一部の既得権益側の利益を守るため原発マネーのばら撒きが行われている←toxandoria補足)状況で、これは国土政策全体の問題である。


続いて飯田氏もまた、原発立地に伴う交付金が地域経済を歪めている状況について指摘しました。
3・11以来、日本社会はその底流において、原発に象徴される大規模プロジェクトに依存した経済社会から、大きく変わろうとしています。そして、その変革の鍵となるのが、日本最大の原発立地地域である福井県です。この点、福井県「のみ」で日本全体を変えられないことは明らかですが、福井県「なし」で日本の変革がありえないこともまた明らかです。


このシンポを機に、これまで以上に全国の方々と共に、脱原発とは人々の生命と安全を守るのはもとより、日本経済の構造そのものを変えていくことだと自覚して活動していきたいと思います。