toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

野田政権「原発一極経済」の心臓部(日米原子力協定なる呪縛構造の頂点)に棲む日本司法官僚らの買弁的欲望の摘出

toxandoria2012-01-27



<注記>当内容は、下記◆の続編(2/2)に代わるもの(一部分)として書いた記事である。


◆[希望のトポス]「民主・自民・財界・大労組等の野合が日本国民を犯しゴリ押す原発推進」へのオルタナティブ批判、「みどりの党」創設への期待(1/2)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111205


【画像】ティントレット『ヴァルカヌスに見つかったマルスとビーナス』

・・・Tintoretto(1518-1594)「Vulcanus Takes Mars and Venus Unawares」1550 Oil on canvas, 135 x 198 cm Alte Pinakothek 、 Munich


この絵画は、ミュンヘンのアルテ・ピナコテーク(http://www.pinakothek.de/alte-pinakothek/)にある、ヴェネチア派の巨匠ティントレット(Tintoretto/1518-1594)の名画である。


この絵のテーマは、アポロ(光明・医術・音楽・予言を司る理知的な神)に情報を与えられたヴァルカヌス(大神ゼウスの子でローマ神話の“火の神”/噴火山、ヴァルカン半島の語源)が妻ビーナスの不倫(お相手はローマ神話の屈強な“軍神マルス”で、間抜けにも右奥のベットの下端から兜の頭が見えている)の濡れ場に踏み込んだ瞬間の描写(伝承ではヴァルカヌスが二人の不倫の現場に罠を仕掛けたとも・・・)。


そして、この絵についてのアカデミックかつオーソドックスな美術史上の解釈は「天網恢恢疎にして失わず」(天の網は広大で、その網の目は大まかでヌケているかのようだが、実際は何一つ取りこぼすことはないノダ・・・)、つまり妻たる女性たちの不貞への戒め(=一人の夫を愛する貞節の愛こそがすべてに勝つ)ということになっている。


ところが、このようなアカデミズムの解釈に対し現代フランスの美術史家ダニエル・アラス(Daniel Arasse/1944-2003/ヨーロッパで著名なイタリア・ルネサンスを専門とする美術史家/関連参照⇒ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110610)は異を唱える。著書『なにも見ていない』(宮下志朗・訳、白水社刊、原著:Daniel Arasse『On n'y voit rien、Descriptions』、Publisher Denoel、2000)の中で、彼は次のようなことを述べている。


・・・この絵のヴァルカヌスのしぐさと目つきは、道徳の勧めなどよりも、むしろアレティーノ(Pietro Aretino/1492-1556/イタリアの風刺文学者、劇作家、艶本作者)の卑猥さを連想させる。ヴァルカヌスは自分が何を探しにきたのかすっかり忘れている。ヴァルカヌスには、妻のソレしか見えなくなっている(例えば、日本原子村の村民にとってのカネの如く)。このことは、ベルリンにあるティントレットの下絵で明々白々だ(参照⇒右、画像)。だから、その次の瞬間に何が起こるかを知りたければ、ヴァルカヌスの背後にある大きな鏡を見れば済む。この絵は定説のような教訓の押し付けではなく、実は風刺的でコミカルな、或いはパラドキシカルな作品なのだ。つまり、その意は「貞節の愛がすべてに勝つ」ではなく、「“情念・妄想・欲望的”な愛(政治・司法なども含めた凡ゆる権力に潜むファスケス(参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090907)への欲望/暴力的支配意思)は“省察・理知・静観的”な愛”に必ず勝つ」という「人間世界のリアリズム」(=Political Correctness/仮にそれが武力を伴うものであれ、政治権力が保証する正統性が全てに勝つ(たとえ、それが欲望のもたらす卑猥な妄想であったとしても)という冷厳な現実/だからファスケス権力の暴走を監視する工夫こそが民主主義の要だという逆説)を描いているのだ。・・・


そして、まことに残念ながら、日本国民はこのダニエル・アラスが指摘する逆説の真理を見落とすか、あるいは呑気に見捨ててきたのだ。そこで暴走したのが<日米原子力協定なる呪縛構造の頂点に棲む日本司法官僚らの原子村と共鳴した買弁的欲望>ということだ。


1 野田政権「原発一極経済」の心臓部(日米原子力協定なる呪縛構造の頂点)に棲む日本司法官僚の買弁的(植民地悪徳商人型)腐敗構造


・・・最高裁と検察が結託すれば、誰でも塀の中に落ちるが中曽根は落ちそうで結局は落ちなかった。伊方原発訴訟、小沢問題、東電OL殺人事件を結ぶ買弁型日本司法の点と線・・・


ドイツ・レーゲンスブルク、春の風景ア・ラ:カルト





・・・以上の画像&動画は記事内容とは無関係、単なる気分転換。


・・・以下は、フェイスブック・ノートhttp://www.facebook.com/note.php?note_id=139382002845764で仮纏めにした内容を補正・加筆して転載するものである・・・


日本の裁判所は、“裁判員制度の時代に入った”(2009.5.21〜)と喧伝されてきたにもかかわらず、事実上は、相変わらず裁判長・裁判官が序列上の高い場所に座っており、そのヒエラルキーの最上段には最高裁判所法務省(法務官僚組織/その頂上が最高裁事務総局)がデンと威圧的に鎮座している。特に、最高裁判所大法廷は、配下の地方最高裁判所地方裁判所等のヒラメ判事と一般国民に対して、絶対優越的な大殿堂であり、絶対不可侵の奥の院の威容を誇っている(画像はhttp://www.city.yokohama.lg.jp/keizai/koyo/kinpuku/meister/member/031osawa.htmlより)。


一方、<日本の原発発展史>を概観すると、<1978米スリーマイル島原発事故、1979敦賀原発放射能漏れ事故のあとに原発反対の世論は一時的に高まり、1986年のチェルノブイリ原発事故で大きな緊張感が走った>ものの、1990年を境に<原発賛成の世論>が再び増加し、我が国で必死に叫ばれた<原発反対の声は1995年のもんじゅ事故や1999年の東海村事故が起きても低下>し続けた。


これは、広報・広告費と政界工作費合計min.3千億円(年平均)という破格の巨額資金を誇る「電事連電気事業連合会)」および、夫々が並べて数百億円規模の「巨額宣伝・広報費を操る電力各社」による“対全国民洗脳活動”の賜物であった。しかも、各電力会社の宣伝・工作費等を含めれば1年間で約5千億円にも及ぶと見做すべき巨額工作資金が湯水の如く蕩尽され、安定電力供給のための総括原価方式なる屁理屈によって、それがソックリ電気料金へオンされていたらしいから驚く。これでは、全ての日本国民が、電力会社からすれば“ネギを背負った鴨”に見えたとしても不思議ではない。しかも、この不可解な構造へ異を唱えようとする記者は身辺調査などで威嚇を受けた(出典:志村嘉一郎著『東電帝国』)。


因みに、些か古い話になるが、テレビ朝日に対する放送法第一条二号を人質にした当時の政府側からの明らかな圧力(椿局長事件)、あるいは地デジ「アナアナ変換」を巡る既得権益保守のための、一般国民の本当の利益を徹底的に無視した政・官・TVメディア界の野合的な裏取引なども想起される。そして、甚だ残念なことながら、このように不明朗なジャーナリズムの闇が放置されてきたこと自体が、我が国の悪しき伝統のようにすら思えてくる。


直近に起きたばかりの、「1/18ストレステスト意見聴取会問題」(委員11人中の4人だけで「妥当」評価を強引に決定し、しかも其の中の3人は、そのストレステストで評価を受ける側の大飯原発3・4号機を製造したメーカーと利益相反の立場(金銭授受の関係)にあるという不自然さ!)に対する記者クラブメディアの不可解な姿勢(一方的に、意見聴取会の視聴に参加した市民代表が会議室へ暴走・乱入したと報じた問題/詳細は下記◆を参照乞う)の裏側にも同様の悪しき空気(日本のメディアが権力の走狗として政治権力側に靡く傾向)が流れていた。


IAEA型植民地統治シナリオを展開する東電&政府(野田・原発一極経済推進型増税政権)の飽くなき傲慢の暴走、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20120120


(関連情報)


報道の自由度” ランクに変化(NHKhttp://nhk.jp/N3zp6WKT ←日本は東日本大震災福島第一原発の事故の際に過剰に報道が規制されたとして11位から22位に順位を落とした。と、いうより記者クラブメディアは積極的に迎合したんじゃないか?
hanachancause2012.01.26 10:12


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「核燃サイクルは国策で揺るぎなく進める」――新大綱策定会議で電事連・八木会長 ― オルタナhttp://www.alterna.co.jp/8167 ←まさに人でなしのゾンビ、国策を誇示する背後には司法・財務との癒着、3千億円超のマネー(しかも、それは電気料金へオンされたので全国民が“鴨ネギ”状態で騙されてきた!)でメディア&政界を動かした自負がある!hanachancause2012.01.26 18:57


汚染焼却灰「福島を分断することは許されない、これは記念品だ」福島・塙町長が東電に手渡す http://www.kahoku.co.jp/news/2012/01/20120126t61013.htm ←まさに、そのとおり、この<過酷な破壊>を前にしたとき、完全に正当化され得る立場なぞあり得ないノダ! hanachancause2012.01.26 19:30・・・


ところで、1980年代に<日立・東芝三菱重工原発メーカーが率いる電機連合原発推進の電力総連>が<原発反対の総評・社会党ブロックの国労全逓自治労日教組>に原発容認を飲まなければ労働戦線の統一はできないと主張し、<江田五月菅直人社民連メンバーが社会党から離脱し原発容認政策>を展開し始めた。


1970年代いらい行き詰まりを見せたグローバル資本主義の生き残り策として、米レーガン、英サッチャーの両政権が相次いでハードな民営化を唯一の武器とする「新自由主義政策」に取り組み始めた。それに倣った中曽根政権は<原発反対の旗頭>である「国労を潰す」と明言して国鉄分割民営化に踏み切った。無論、民営化の全てが悪なのではなく、過剰に民営化へ突っ走り、福祉ガバナンス意識が薄れたことが問題であったということだ。


やがて、中曽根康弘の戦略は見事に功を奏し、まず国労が、続いて総評が、遂には社会党が解体し始めた。そして、その一連の奔流の中から「経済発展・経済成長のための強力な原発推進」を明言する<労働貴族層の中核>としての「連合(日本労働組合総連合会)」が発足した。


当然ながら、この連合に加盟する「全国電力関連産業労働組合総連合」が日本の原発推進の要であり、彼らは、今でも電力・電機系財界人らとともにポスト・フクシマ3.11における原発政策の推進力であり、経団連等の日本財界の主流派は彼ら原子村の一環勢力に牛耳じられており、民主・自民両党(政界)への強力な原発ロビー・パワーでもあることは言うまでもない(関連参照→脱原発は困る」電力労組、民主議員に組織的な陳情http://www.asahi.com/national/update/1201/TKY201111300881.html)。


(関連情報)


地震津波で破滅的状況になった福島第一原発について、その過酷事故直後に「千年に1度の津波に耐えたのは素晴らしい、一刻も早く原発再稼働を!」と、まるでジャバ・ザ・ハットの如く強欲な口調で能弁に語ったのは日本財界のトップ経団連米倉会長だった。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111016/p1 hanachancause2012.01.25 20:27


東電、15年3月期に黒字化=経常損益で、金融機関に提示、原発再稼働が前提http://www.jiji.com/jc/c?g=ind_30&k=2012012600146 ←十分な事故&賠償への対応のため「原発分離国有化」が筋なのに<あくまでも原発再稼働>が前提となってる不可解!東電・政府・銀行共謀による<悪質な偽装改革狙いの対国民脅迫戦術>ではないか?hanachancause 2012.01.26 10:18


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以上から見えてくるのは、先ず<政官財労の野合で誕生した日本の原発は、それが大きな反対運動の拡大を防ぎ本格的増設へ向かい驀進し始めた頃から、中曽根康弘と読売新聞らが隠し通してきた野合的繋がりという汚辱に塗れた尻尾を引きずってきた>ということである。


また、<たまたまフクシマ3.11原発過酷事故が発生した直後の大混乱にリアルに関わることになった前首相・菅直人(原子村→福島3.11経験→脱・縮原発へ傾斜?)が多方面から毀誉褒貶の嵐に吹き曝されるのは、コトの良し悪しは別とすれば、ある意味で、それこそが歴史の悪戯かも知れぬというシニカルな現実>も見えてくるのだ。


この種の殆ど前代未聞の大惨事では、その混沌の最中の慎重な観察から客観的な真実が見えてくる可能性があるので、主観的好悪の感情と先入観ならびに凡ゆる想定を脳裏から外して、慎重かつ客観的にその混沌を凝視すべきなのかも知れない。それこそ、あのカール・ポラニーの暗黙知、あるいはフランスの社会哲学者レヴィ・ブリュール(Lucien Levy-Bruhl/1857-1939/前論理的思考様式存在の立証を試みつつ、異文化研究に新機軸を開いた)の影響を受けたマイケル・ポラニーの『動的・選択的統合』(dynamo-objective coupling/参照、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090516)からの真実の発見ということかも知れぬ。


ともかくも、1/23の『電力需給:政府今夏試算「6%余裕」伏せる 再生エネ除外、「不足」のみ公表 - 毎日 http://bit.ly/z7WM02 ←コレだから、政府・原子村・電事連・東電らの言うことは信用できない!http://www.facebook.com/photo.php?fbid=138826866234611&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1』なる事実が、実は<菅直人の直属で経産官僚から独立して実態を調査していた特命部隊で、政府内の事情に詳しい飯田哲也が「Bチーム」と呼んでいた民間メンバー集団>が計算していたものだという指摘があることは注視すべきだ(参照⇒世に倦む日々/水力で原発を代替させよ/ 火力の燃料コストは不要だ、http://critic5.exblog.jp/17668880/


また、このブログの筆者は、<政府発表(2011.7.29)で示された予測に対して、自家発電(埋蔵電力)の供給量を不当かつ姑息に過小評価し、供給量の全体を小さく見積もっている>と2011.8.1の同ブログ記事『世に倦む日々』で批判していたのである。この事実についても、我われは瞠目すべきであろう。


(関連情報)


・・・「経産省電事連・東電・財界らが主張する電力不足の嘘」
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20120123より部分再掲・・・


日本の電力は、現行でも火力全体のシェア50%を占めるLNG火力の稼働率を86%にすれば、原発ゼロでもやれるし、工夫次第でお釣りが来る!(円居総一:エネルギー大転換の経済学) hanachancause 2012.01.22 16:52


あの経産省・節電要請の背景は<原発再稼働>がなければ代替火力コストが膨大となり関連燃料費が膨大で毎年3兆円以上の負担増になるということだった。だが、経産省は、未だにその計算を具体的に説明しない。hanachancause 2012.01.22 16:52


これは火力の全てが石油燃料で、現在の電力9社の火力稼働率40%を前提として試算したと見られる。そうでなければ、原発代替との年間3兆円以上の負担差(負担増)は考えられない(円居総一:エネルギー大転換の経済学)。 hanachancause 2012.01.22 16:52


電事連・試算の稼働率と発電単価(2009)を使って電源別発電割合に当て嵌め試算すると、政府(経産省)の試算は、現在の火力が全て石油火力であるとして計算したことが推測される(円居総一:エネルギー大転換の経済学)。hanachancause 2012.01.22 16:53


今や火力の主流はLNG(液化天然ガス)と石炭で、石油火力はシェア1割程度に過ぎない。しかも、火力で今やシェア約5割を占めるLNGは資源供給が安定的に拡大しており価格高騰の可能性も小さい(円居総一:エネルギー大転換の経済学)。 hanachancause 2012.01.22 17:01


結局、全原発停止時の火力代替費用を試算すると全国で5千億円程の負担増に過ぎない。それどころか現行の低い火力稼働率40%を原発と同じ60〜70%にすれば逆にLNG主流の火力の方が安くなる!(円居総一:エネルギー大転換の経済学) hanachancause 2012.01.22 17:03


・・・


一方、話題は大きく変わるが・・・、あの不毛極まりない「小沢裁判」に関わる「検察審査会」の問題(その根本には、日本の戦争への反省不徹底の象徴と言える「天皇認証官」としての特権と同時に対米隷従(米核戦略の一環としての日本の偽装国策たる原子力政策(対米隷属的な日米原子力協定に基づく)そのものへの盲従)による自らの身分保証強化という意味での日本司法の買弁的構造の頂点たる最高裁事務総局が、それを恣意的に操っている疑義がある)である。


(関連情報)


(再掲)「核燃サイクルは国策で揺るぎなく進める」――新大綱策定会議で電事連・八木会長 ― オルタナhttp://www.alterna.co.jp/8167 ←まさに人でなしのゾンビ、国策を誇示する背後には司法・財務との癒着、3千億円超のマネー(電気料金へオン!)でメディア&政界を動かした自負がある!hanachancause2012.01.26 18:57


原子力平和利用が、実は<CIA核戦略への追随と日米原子力協定による濃縮ウラン輸入義務(実績:米シェア73%)>という恐るべき現実に気がついたため!⇒吉永小百合さん「原発なくなって」 原爆詩朗読会で発言 http://t.asahi.com/3f1k hanachancause2012.01.27 04:35


FELT2008民の声以上に、日米原子力協定、これをどうにかしない限り日本の原子力行政ってのは根本的にどーにもならんと思う。新規原発を作る事が米国に金を払う仕組み(GE型等の設計に関する権利)になってる。米国内に作れない代わりに日本国内に作らせてるのだから #sokotoko @tim1134 2012.01.19 07:17hanachancauseがリツイート


liberto3『1988年の日米原子力協定付属書4は六ケ所村商業用再処理施設や高速増殖炉もんじゅなどを列挙/米国自身は技術的に未完成だとして再処理施設の運転は行っていないにもかかわらず一連の施設建設への同意=日本を「実験場」とすることを意味』 http://www.jcp.or.jp/akahata/html/senden/2011_genpatsu/index06.html 2012.01.27 02:21hanachancauseがリツイート


新大綱策定会議/電事連・八木会長「核燃サイクルは国策で揺るぎなく進める!」の傲慢発言http://www.alterna.co.jp/8167は日米原子力協定による「国策原子力平和利用」が、事実上、米国原子村の命令で、それへ日本の司法および原子村等の実効権力が盲従するという恐るべき現実を意味する。 hanachancause2012.01.27 04:46


全同感! RT @kimurakinntarou: @hanachancause 電事連、八木会長、こいつらこそ国賊だ。アメリカの言いなりになって決めた国策だから、お前らは黙ってやってればいいのだってか。ふざけるな。いつまでもそれが通ると思ってるのか。 via ついっぷる/twipple
2012.01.27 04:52


米原子力協定/原発の源流と日米関係(3)米のウラン義務付け:「逆立ち」のスタート、http://blog.goo.ne.jp/kin_chan0701/e/0c57d6e5bf48d3c101140a6581205fba


・・・2018年7月16日で期限が一応終了するが、協定の有効期限は30年で自動延長。濃縮ウランは、米国からの輸入に100%頼っていた当初に比べれば、フランスやイギリスなど輸入先の拡大が図られてきたものの、今でも7割が米国からの輸入。日本の「核燃料サイクル」で、高速増殖炉もんじゅ)やプルサーマルが取り組まれているが、肝心の米国でさえ技術的未完成を理由に行っていない。つまり日本は超危険な「実験場」となっている。この協定の経緯では自民党の責任が大きいが、当協定が変わらぬ限り、政権交代であろうが何であろうが、日米関係の基本はこの日米原子力協定(1968〜、新協定1988〜)に縛られる。従って、今回の<福島第一原発過酷事故を契機とする国民意思の脱原発への高揚>が立ち消えにでもなれば、再び日本国民は超危険な「核の実験場」の上で、全国民の生命を<原発利用による経済発展=今、野田民主党政権が押しすすめつつある原発一極経済型増税政策>なる狂気の大義へ賭けながら生き続けざるを得ないことになる(toxandoriaによる意訳的解釈)。


・・・


この最高裁事務総局の問題の大きな矛盾・疑義の根本については、だいぶ以前からブロガー「一市民」氏が熱心に追及してきたことは承知しているが、ここにきて、急速に<原発裁判と小沢関連裁判に共通する日本司法の病理=買弁的司法構造の頂点が最高裁事務総局であるという恐るべき現実>という只1点に、その疑念の核心が収斂してきたように思われる。


無論、それは<だから、小沢氏が無罪になる>ということではない。現実は、その逆の(絶対に、小沢氏は有罪判決とされる!)可能性の方が高いのではないか。だからこそ、その司法の病理は深刻である。なお、原発裁判の不条理は、科学・技術的真理よりも“原発推進賛成の世間の空気(実は、それは原子村と政・財・労・官・学・メディアの野合が政治力とカネを使って力づくで吹かせた風だったのだが・・・)に配慮した”とされる「伊方原発訴訟の最高裁上告棄却1992.10」に典型的に現れている(参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20110918)。


(関連情報)


殆どの実務法曹家が<有罪証拠ないから無罪しかないと言う小沢判決>、マスコミ関係者は国民
の空気に囚われざるを得ぬ裁判官は推認有罪すると内心で危惧、此は世間の空気で絶対安全を判断してきた原発裁判の不条理と同類の日本司法の病理である。Cf.https://twitter.com/#!/tsuji_megumu/status/160540233958555648 hanachancause2012.01.22 14:34


iwakamiyasumi読みます RT @4219take: @iwakamiyasumi ブログ読んで下さい。(買弁的腐敗構造の頂点たる)最高裁事務総局と財務省が日本を意のまま動かしている。メディアは口をつぐんだまま。【最高裁判事、裁判官枠6名のうち5名が"元最高裁事務総局エリート"】
http://civilopinions.main.jp/2012/01/12665.html  2012.01.26 11:40hanachancauseがリツイート


最高裁事務総局が「イカサマ自在の審査員クジ引きソフト」に血税6,000万円!しかも小沢検審直前の開発!、http://civilopinions.main.jp/2012/01/1216000.html


1月19日ゲンダイ記事「小沢強制起訴"黒幕"は最高裁事務総局、>http://civilopinions.main.jp/2012/01/119.html


・・・


いずれにせよ、深刻化するばかりの我が国の<原発問題と検察審査会>をめぐる不条理の根本には、自ら引き起こした戦争に対する反省が不徹底であったために、その弱みを一方的に突かれる形で米国の覇権力へ靡く以外の選択肢が目に入らず、遂には、日本国民の生命財産(国民主権の実在)を悉く蕩尽し尽くしても米国の覇権力へ盲従しつつ自らが属する司法官僚組織の正統性を保守するという、まことに非民主主義的な司法権力の暴走へ走り「買弁司法権力化、買弁司法構造化」したというのが、<日本司法の深刻な病理の真相>ではないかと考えられる。


これこそが、フクシマ3.11原発過酷事故の観察で<真っ先に脱原発できたドイツ>と<その事故の当事者でありながら、脱原発の決定どころかその真逆で、善良かつ従順な一般国民をウソの上塗りで騙すまでして、再び原発推進へアクセルを踏み出そうとする、まさに狂気のごとき日本(野田民主党政権)の原発推進原発一極経済型増税への暴走>との違いをもたらす根本原因(時の政府の守護霊として、隷米型買弁構造の奥の院に鎮座する最高裁財務省そして原子村なる三大超法規的支配権力)ではないかと思われる。


(関連情報)


登石郁朗氏は札付きの裁判長  過去に手がけた裁判にも批判の声、
http://blog.goo.ne.jp/ysnfd/e/311767ed52394dfa41d29ab4b28b94d4


裁判官訴追委員及びその予備員の任期は、衆議院議員又は参議院議員としての任期による。委員会構成=http://bit.ly/aEqdZM Cf.ミスター推認コト登石裁判長に突きつけられた弾劾裁判請求状http://gendai.net/articles/view/syakai/134680 hanachancause2012.01.24 18:29


東電/原発再稼働で黒字化、値上げも条件(東京新聞)、http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012012690135408.html← 懲りない東電だ、もっとも「原発分離国有化」を躊躇して中途半端で偽装的賠償&再建計画を構想した政府が、一般国民ともどもに、東電から舐められているともいえる。hanachancause2012.01.26 18:32


原発一極経済下での)消費税増税目的で比例代議員定数80削減で日本民主主義は終わる!http://blog.goo.ne.jp/raymiyatake/e/a378c4a110f185bf95b18219be4aad7a←国民の無知・無関心の自業自得だが世界一高給少数議員による専横政治化し批判的な少数政党消滅が必定、メディア・民主・自民が交尾む詐欺政治手法の典型! hanachancause2012.01.26 11:49


強欲原発一極経済型&アンチ・オランダモデルの悪循環 RT@HEAT2009 国が社保障財源を社会・年金保険料増額に求めると事業主と従業員折半負担が増え企業重負担。が、その財源を消費税に求めると消費者負担増となるので経団連は消費増税を歓迎。で、消費増税の一方で法人税減税を求める。 hanachancause2012.01.26 04:58


消費増税で思考停止に陥った野田政権http://blogos.com/article/30095/←資産売却&一部民営化等での一気財政健全化は「天下り肥満矯正」と「ネットvsグロス財政赤字額論」に決着をつける。メディアの悪乗りで野田は原発一極経済型増税論に狂い、ホワイトアウトに嵌り選択眼喪失! hanachancause2012.01.25 14:38


東電値上げ“鉄鋼業界に影響”(NHK) http://nhk.jp/N3zo6VwQ ←<ウソの電力不足http://www.facebook.com/photo.php?fbid=138826866234611&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1>を前提にした原発再稼働への脅迫的援護射撃!hanachancause2012.01.25 18:11


【注視!】急速に『原発推進=全国民の生命・財産消滅リスク拡大』へ回帰しつつある危機的事態への質問状、「原発再稼動問題と六ヶ所再処理試験再開の対政府交渉1/26」←内閣総理大臣 野田 佳彦 様、http://www.facebook.com/note.php?note_id=140026499447981


六ヶ所村東海村再処理工場に関する 要 望 書(三陸の海を放射能から守る岩手の会 ほか)、
http://www.facebook.com/note.php?note_id=140692162714748


・・・


因みに、原発より地熱発電が有望とのレポートを書いたとされるエリート東電OLが殺されたという、あの<1997年3月に起こった不可解な東電OL殺人事件>(被害者の父も東電幹部で反原発であったとされる・・・この父親の顛末も不可解・・・)で「日本の地熱発電推進が止まった」という指摘があることも見逃すわけには行かないだろう。


同じ1997年の4月には「新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法」(参照、下記◆1)が成立しているが、そこではそれまで国庫補助対象だった地熱発電が外されたという事実がある。そもそも、地熱はエネルギー資源に恵まれないわが国にとって純国産の再生可能エネルギー資源として有望視されていたにもかかわらずである。


◆新エネルギー利用等の促進に関する特別措置法(平成九年四月十八日法律第三十七号)http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H09/H09HO037.html


周知のとおり、被告人のネパール人男性ゴビンダ・プラサド・マイナリ氏は冤罪の可能性が非常に高くなっているが、一方で、状況証拠の積み上げだけで起訴した検察が、ここにきて意地(or意固地?)になっているとの噂も聴こえてくる。この事件には、原発関連だけでなく今の日本で噴出している数々の異常な問題の縮図であるような空気が漂っている。それだけに、これも小沢事件と同じく、逆に強行に封印されてしまうのではとの危うさが感じられる(東電OL殺人事件の委細状況については、下記★を参照乞う)。


★冤罪:反原発電OL殺人事件、http://wajuntei.dtiblog.com/?i&no=1389


<注記>「国策原発」の保証人を務める 日本司法官僚の犯罪性という角度から抉った下記記事も関連として参照乞う。


国民主権三権分立)を無視し核・放射能拡散ゾンビ「国策原発」の保証人を務める“お白洲型” 日本司法官僚の犯罪(1/2、国内編)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111016


国民主権三権分立)を無視し核・放射能拡散ゾンビ「国策原発」の保証人を務める“お白洲型” 日本司法官僚の犯罪(2/2、原発輸出編)、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20111106



2 そして、日本では「フクシマ3.11原発過酷事故」など何のその、与野党の別を問わず時計の針が今や<原発再稼働&推進>へ巻き戻されつつある


・・・以下は、フェイスブック・ノートhttp://www.facebook.com/note.php?note_id=139712842812680で仮纏めにした内容を補正・加筆して転載するものである・・・


・・・民・自の抵抗勢力(民=電力総連、メーカー労組など大労組系勢力から逆ねじ喰わされた野田政権、自=通産省出身の細田、そして石原ら)が逆襲を開始した。


・・・周知のとおり「与党民主党、野田政権」は、今や明らかに原発推進へ大きく舵を切りつつある(下記◆、参照乞う)。・・・


◆只野 親父 首相“決断する政治を共に”NHK http://www3.nhk.or.jp/news/html/20120124/k10015493001000.html ←野団さん!IAEA(米国・原子村エージェント)を喜ばすために日本の全国民の命を危機に曝す<強力な原発推進(原発一極経済型・増税政策)の決断>は止めてくれ! hanachancause2012.01.24 16:58


◆東電「電気料金値上」と野田政権「原発一極型経済ゴリ押し目増税」のウソと筋違いhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20120123


経産省電事連・東電・財界が主張する電力不足の嘘と交尾(つる)み国民を騙すマスメディアと野田民主党阿呆政権
http://www.facebook.com/note.php?note_id=138269306290367


◆【SPEEDI国民は見捨てられた】東京新聞http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2012012102000033.html原発の寿命を自在に伸縮したり、拙速で再稼働認めたり、国民を守る気が政府に欠けてる。←欠けてるどころか、ヤラセ・ストレステストと原発ゾンビ財界の言いなりで国民の命を手玉に取りつつ蕩尽する殆ど阿呆同然化!http://www.facebook.com/photo.php?fbid=137936476323650&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1


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(以下は、毎日新聞1月24日付「この国と原発:第4部・抜け出せない構図/3エネルギー政策転換、民・自、抵抗勢力が逆襲」
http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/archive/news/20120124ddm002040100000c.htmlより、部分転載)


<注記>この毎日新聞のシリーズ記事は気合が入っており、本来あるべきマスメディアの姿への本格復帰を期待させるものとなっている。


tkatsumi06j【永久保存版】毎日新聞の総力特集『この国と原発』全アーカイブ - 毎日jp(毎日新聞) http://mainichi.jp/select/weathernews/20110311/konokunitogenpatsu/archive/ 2012.01.27 05:08hanachancauseがリツイート


民主党内で強まる原発推進への流れ)


電力会社の労組などが加盟する「電力総連」(組合員22万人)は選挙で民主党を支援し、原発推進を求めてきた。


東電労組出身の小林正夫参院議員が改選を迎えた10年、政治団体「電力総連政治活動委員会」は選挙準備に2650万円を投入した。


小林氏は「どこに行っても総連が地元を知る案内役をつけてくれた」。民主党比例代表候補で4番目の20万7000票を獲得し、再選を果たした。


民主党は96年の結成当初は、原発に慎重な姿勢だった。


だが、自民党出身者や電力総連の支援を受ける旧民社党系議員が合流し、原発容認姿勢を強める。


政権交代後の10年には、30年までに原発14基以上を増設するなどとした「エネルギー基本計画」を閣議決定


菅氏は脱原発に転換したが、党内では再び、原発容認の声が強まろうとしている。


「エネルギー供給体制をどうするかも踏まえ、短期、中期、長期の観点で考えていかなければならない」。昨年10月、党の「エネルギープロジェクトチーム(PT)」の初会合で、座長を務める日立製作所労組出身の大畠章宏衆院議員は、当面の電力確保のために原発利用も議論する意向を示唆した。


PTメンバーの一人は「元原発プラント技術者の大畠さんが座長に就いた時点で、脱原発志向のPTではなくなったのかもしれない」とつぶやいた。


(最大野党、自民党内でも強まる原発推進への流れ)


1955年の結党以来、電力業界とともに原発を推進してきた自民党は、昨年7月に「総合エネルギー政策特命委員会」を設置してエネルギー政策の見直しを始めた。


しかし、ここにきて、脱原発河野太郎議員が頑張る「最大野党である自民党」でも脱原発の声は急速に後退しつつある。


初めは、原子力政策と関わりが少なかった山本一太参院議員を委員長に起用(河野太郎議員らが協力)して、谷垣禎一総裁も「どこに問題があったのか総括しなくてはならない」と意欲を見せた。


だが、「世論が落ち着くまで結論を急ぐ必要はない」とする旧通産省出身の細田博之官房長官原発推進派の意見が目立つようになり、すぐブレーキがかかる。


昨年8月に予定した中間報告の取りまとめは今年6月ごろに先延ばしされた。


今年に入って幹部からは「原発をやめる選択肢はない」(石原伸晃幹事長)などの発言が相次ぐ。


今年の党運動方針の原案には、定期検査で停止中の原発について、安全確保が前提としながらも「再稼働が必要」との表現が盛り込まれた。


山本氏が「特命委の議論が終わっていない。喉元過ぎれば熱さ忘れるでは良くない」と訴えて「検討」の2文字が追加されたが、脱原発を目指す自民党議員の一人は嘆く。


(参考) 日本の現況と雲泥の差がある、ドイツ司法制度の特徴


・・・過去記事、『ドイツ・日本司法の比較論考、「日本司法の失われた50年」の成果こそが(検察庁大阪地検)特捜部崩壊の原因、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20101002』から部分転載・・・


(序 論)


“過去に目を閉ざす者は現在にも(そして未来にも)盲目になる” リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー


・・・司法の在り方について、日本とドイツに違いをもたらした原因を大きく括るならば、それは「憲法の役割」(政治権力に対する授権規範性の問題)についての認識の違いということがある。日本国憲法の定めにより最高裁判所には違憲立法審査権が与えられているが、残念ながら、現代の日本では、その機能が全く形骸化しており、そのことについての国民一般の危機感もまことに希薄である。


・・言い換えれば、ドイツと日本の司法の根本的違いは、「日本と異なり、立法と行政に対するチェック機能をドイツの司法が十分に果たしている」という点にある。例えば、ドイツでは日本とは比較にならぬほど多くの違憲判決が出ており、その背景にはドイツ連邦憲法裁判所が年間で約5千件(平均)の違憲判断裁判を処理しているという実績がある。


・・・つまり、現代ドイツの裁判官は、“裁判という典型的な動的・選択的統合(dynamo-objective coupling)のトポス(厳しい司法判断のプロセス)で漸く確保でき得る真実・真理・事実(=民主主義の未知の地平を守り抜くという意味で新たに発見され得る公共の知見を含む)の保全と維持に自らの地位と才能を全力投入すべきことを十分理解しているという点で、彼らは“本来あるべき公務員中の公務員であること”を自覚している”と言える。


・・・従って、ドイツでは以下(1)、(2)は起こり得ない。どの国でも法解釈に一定幅が生ずる(バイアス加圧)ことはあり得ても、わが国の大阪特捜部で生じた証拠の改竄や捏造などの違法行為はあり得ない。これは、まるで悪意に満ちた魔女裁判だ。


(1)裁判所の対検察下請機関化 (2)検察による証拠の改竄・捏造


(本 論)


ドイツの裁判制度の現況/1960年代・司法改革の成果としての・・・、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090521より部分転載


●ドイツと日本の司法の根本的違いは、「日本と異なり、立法と行政に対するチェック機能をドイツの司法が十分に果たしている」という点にある。例えば、ドイツでは日本とは比較にならぬほど多くの違憲判決が出ており、その背景にはドイツ連邦憲法裁判所が年間で約5千件(平均)の違憲判断裁判を処理しているという実績がある。


●これに対して、日本の最高裁判所(司法官僚組織のトップ構造部分)は違憲判断のケースを極力避けるという方針を基本としているため、ドイツに比べ違憲判断裁判の件数が極端に少ない。(というか、それは殆ど無いに等しい!)それどころか、国民一般の意識の中には、「違憲判断」に対する一種の鈍感さのような空気が定着してしまっている。つまり、無知・無関心状態の放置!


●また、ドイツと日本では、このような言わば“司法文化”の基盤を支える法学教育についての考え方が大きく違っている。ドイツでは充実した内容の法学教育が高校で行われており、中学でも法廷見学等が積極的に行われている。裁判官も、これらの子供たちへの法学教育に関心を向けており、裁判官によるボランティア授業も行われている。


●ドイツの参審制(国民の義務であり名誉でもある“名誉職裁判官制度”)では、その参審員(名誉職裁判官)は市民の諸階層(労働団体経営者団体・教育関連団体など)からの推薦で登録名簿が作られ、その中から選任される。ドイツの“名誉職裁判官制度”は刑事裁判だけでなく、社会保険・医療分野などを管掌する社会裁判所が取り扱う裁判でも行われており、この場合の参審員は専門知識分野での経験が重視される“専門裁判員”の役割を負うこととなり、一般国民の司法参加の意義とは少し異なるものとなる。


●ともかくも、このような部分を垣間見ただけでも、精密な予審制を採り入れたフランスの司法・裁判制度とは異なる形で、ドイツの司法・裁判のあり方の根本にも“ドイツの司法は凡ゆる側面で市民の人権と結びつくべきだ”という<持続的に民主主義を保全するという強い意志>が存在していることが分かる。一方、日本の司法には、凡ゆる側面で“市民の人権と切れた”、あるいは“それを切れさせようとする”<司法官僚組織至上主義の原則>による、政治権力にとって最も使い勝手が良い「上位下達型の司法のあり方を押し付けるという強い意志が存在している」ことが分かる。


●一方、現代ドイツの「司法・裁判制度」が、このような形で「持続的に民主主義を保全する強い意志」を持つことになったプロセスでは、「1960年代におけるドイツ司法改革」が画期的な役割を果たしており、第二次世界大戦後のドイツで、まだ司法分野にナチス協力者が残存していることへの危機感(=ナチス時代に“自分は何もしなかった”と主張する、民主主義の保全について消極的な裁判官の排除と、凡ゆる形で司法民主化を持続的に改善することの必要性についてのドイツ国民の自覚)がその直接的な契機となった。


●まず、ドイツが着手した司法改革は「司法と市民の垣根を取り払う」ことであり、その具体策として「裁判所建造物の内部・内装構造の手直し=裁判長席を頂点とする雛壇型構造を廃してフラットにし、傍聴席との間にある柵を廃止した」ということである。それだけでなく、ドイツの裁判所は、鉄道駅・スーパーマーケット・商店街など、つまり、できる限り市民生活の日常の近くに隣接するという配慮が施された。一方、日本の裁判所は、この“裁判員制度の時代に入った”(2009.5.21〜)と喧伝するにもかかわらず、相変わらず裁判長・裁判官が序列上の高い場所に座っており、そのヒエラルキーの最上段には最高裁判所法務省(法務官僚)がデンと居座っている。


●また、現代ドイツの裁判官は、“裁判という典型的な動的・選択的統合(dynamo-objective coupling)のトポス(厳しい司法判断のプロセス)で漸く確保でき得る真実・真理・事実(=民主主義の未知の地平を守り抜くという意味で新たに発見され得る公共の知見を含む)の保全と維持に自らの地位と才能を全力投入すべきことを十分理解しているという点で、彼らは“公務員中の公務員であること”を自覚している”と言える。


●実は、日本の1960年代における司法でもドイツに似た状況が生まれるかに見えたが、最高裁判所による青年法律家協会所属の裁判官の再任拒否などが切欠となり状況が変わった。つまり、それ以降の日本はドイツと全く反対の道を歩んでしまった。それどころか、ドイツはシュレーダー前首相のような学生運動の委員長であったような逸材を「新たなドイツ社会の建設」のためにドイツに包摂する道を選択した。


●そして、おおよそ、この頃のドイツでは「過去に目を閉ざす者は現在にも(そして未来にも)盲目になる」という、あの余りにも名高いリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー(Richard Karl Freiherr von Weizsaecker/1920− /参照 →
http://www.bea.hi-ho.ne.jp/good-luck/book/kakoni.html)の演説が評価されていた(現在も、評価されている!)。


●このような意味で、日本とドイツに違いをもたらした原因を大きく括るならば、それは「憲法の役割」(政治権力に対する授権規範性の問題)についての認識の違いということがある。すでに触れたとおり、日本国憲法の定めにより最高裁判所には違憲立法審査権が与えられているが、残念ながら、現代の日本では、その機能が全く形骸化しており、そのことについての国民一般の危機感もまことに希薄である。


●一方、「ドイツ基本法・第20条3項」(参照 → Grundgesetz feur die Bundesrepublik
Deutschland、http://www.fitweb.or.jp/~nkgw/dgg/)には『行政権と裁判権は制定法(Gesets)とRecht(人権・正義)に服する』と規定されており、政治権力と官僚機構から全く独立した立場にあるドイツの司法・裁判所・裁判官は、この立場で市民の権利の保護のため自由に仕事をしており、しかも、このような現実(事実)についての理解がドイツ社会(=全ドイツ国民)の共通認識となっている。


●ここでは、内閣官房法務省最高裁判所財務省総務省等、霞が関を頂点とする堅牢な官僚機構の重い蓋を被る日本社会における裁判官の立場(それは官僚組織の中での持ち駒の一つに過ぎず、出世・昇進・転勤など身分処遇上への懸念から絶えず最高裁判所・事務総局の顔色を窺わざるをえない立場)と、ドイツの裁判官の立ち位置との決定的な違いが明瞭に確認される。


●更に敷衍するなら、1960年代以降の日本は、ドイツを初めとする欧州諸国と全く逆の方向を歩んでしまったことが、上で見た<ドイツと日本の司法のあり方にみられるような典型的な民主主義の質の違い>をもたらした。具体的にいえば、それは、司法の隷米従属化、民主主義の偽装化(国民主権の軽視)、政治のアナクロ右傾&左右野合化、司法の反動化、司法・検察官僚を頂点とする官僚組織の中央集権化、アナクロ教育管理の強化ということであり、そして、これらの悪しき動向を後押ししたのが、官房機密費汚染や記者クラブ制度などで飼いならされ実効権力の御用機関化、つまり実効権力の走狗と化したメディア一般の堕落と退廃ということである。


<参考>


以上のドイツ司法・裁判制度の現状について、下記を資料として参照した。


▼1960年代ドイツの司法改革の行方、http://www.lec-jp.com/h-bunka/item/v6/tokusyu2/03c.html


▼日本法哲学会公開シンポジウム:司法改革の理念的基礎、http://wwwsoc.nii.ac.jp/jalp/j/JudiciaryReform.pdf


▼各国の参審制度、http://www.kantei.go.jp/jp/singi/sihou/kentoukai/saibanin/dai13/13siryou2-2.pdf


▼日本とドイツにおける違憲審査制度の比較、http://www.cit.nihon-u.ac.jp/kenkyu/kouennkai/41kai/step4/8_kyouyou/8-003.pdf


(エピローグ)


かつて、司法・検察官僚を頂点とする官僚組織のトップに立つ漆間官房副長官(=“裁判員制度”推進プロジェクトの内閣における事実上のトップでもあった)が息のかかった関係記者クラブ・メンバーへ“今回の捜査は自民党へは及ばぬ”と発言した問題が「小沢・西松建設政治資金事件の紛れもない裏シナリオ」であった可能性について、このような日本民主主義の劣化の流れと照らして再検討されるべきかも知れない。


なぜなら、あの“余りにも不可解な漆間発言”が、実は新たなドナウ(参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20090521)ならぬ、新たな民主化への流れの中から、その流れを推す“一本の厄介な太い骨(その骨も原発マネーに些か被曝はしていたようだが・・・)を抜く作業”であったと思われるからだ。