toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

あやふや「原発ゼロ」で政府が覆い隠す安全保障の実像は日米軍産原子村複合体が仕組む反生命的な「生政治権力」の罠

toxandoria2012-09-27




コートダジュールの風景(2012.7)・・・当記事の内容とは無関係。


Lara Fabian – Quedate


目次:


(プロローグ)日本国民の生命(日常)を脅かす「生政治権力」(日米軍産原子村複合体)の残酷


1 日本政治アポリア化の真因は過半を超える国会議員らが原子村に隷従し自らの家計維持を国民の生活に優先させる買弁野合なる無責任(『生政治権力』の反生命的部分への過剰傾斜)
1−1 今も原子力安全神話で国民の生命を過剰に簒奪し脅かす方向へ走り続ける日本政治のバイオポリテクス化
1−2 原子村に這いつくばる国会議員らが自らの家計維持を国民の生活に優先させる買弁野合政治の無責任


2 フクシマ3.11が切り裂き摘出した「国策原発なる日本版9.11」の実像とは?
2−1 3.11と9.11に通底する「実効権力の中枢に宿るファスケス(生命簒奪型の残忍な暴力性)の野放図な開放による社会の戦場化」
2−2 暗黙の相互補完的意志が仕掛ける原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略の浮上


3 国家主権・地域自治主権を無視したマクロ・エンクロージャー戦略の反人間性と日本政府が取り組むべき真の役割
3−1 国家主権・地域自治主権を無視した原発安全保障型マクロ・エンクロージャー戦略の反人間性
3−2 日米原子力協定(原子力安全保障)の呪縛を解きドイツとともに反生命的ファスケス(残忍な自然の暴力性)の無限開放(原発利用)に日本が歯止を掛けることの重要性


・・・


(プロローグ)日本国民の生命(日常)を脅かす「生政治権力」(日米軍産原子村複合体)の残酷


(参考情報)「エネルギー・原発ゼロ」については<参考文書/革新的エネルギー政策>に書かれてある意味不明の上っ面(=2030年代に原発に依存しない社会を目指し、あらゆる政策資源を投入して、グリーンエネルギーへのシフトと経済成長の確保を両立させるモデルを率先して世界に提示していく/恐るべきほど“あっけらかん”として壮大な野田式原発ゼロの大ウソ・シナリオ)をなぞっただけで相変わらずフラフラ&ブレブレ!⇒野田首相、国連演説で“領土問題は国際法に従い平和的解決”NHK http://nhk.jp/N43m6QRD hanachancausevia Tweet Button2012.09.27 06:12


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原発事故への大きな不安が深く影を落としながらも一向に明確な争点とならない日本の不可解な政治状況についてNHKら主要メディアやその筋のプロが色々したり顔で報道・解説してくれるものの、どうも今ひとつシックリ納まらず妙に気持ちが悪いという、あの異様な隔靴掻痒感の正体とは何か?これが、当ブログ記事を書く動機である。


別に言えば、それは<国民の日常生活と生命全般を支える生態環境系を根底から脅かす民自公らが野合・交尾した現代日本の「生政治権力」>の核心は何かという疑問、また<野田民主党・自公の野合政権>と<大阪“偽装”維新なる無辜の国民を騙しつつ目先のカネを強奪する花見経済の意図だけがミエミエの悪徳振り込め詐欺師型窃盗集団>らの傲慢かつ白々しい“子供おとな”的な態度(幼少の帝国づくり?)に対する根本的疑問でもある。


(関連情報)


経済のイロハも歴史も民主主義も国民主権(授権規範)の意味も分からぬ只のアナクロ狂人&詐欺師・窃盗団の群れ!⇒維新の会、遺産全額徴収も検討「国家元首天皇」明記 - 47N http://urx.nu/23RU hanachancause2012.09.25 16:26


幼少の帝国志望、経済のイロハも知らぬ狂児集団なので当然、驚くに非ず!⇒「日本維新」支持率が急落「新報道2001」世論調査 - http://urx.nu/248C hanachancause 2012.09.26 04:03


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また、朝日新聞9/25(ワシントン発)の記事は、野田政権の新エネ原発ゼロ政策(閣議決定ナシで只の参考文書化!)にさえ米国が反対する理由として、中国などが日本に比べ核技術拡散防止に取り組まなくなる可能性があるからだとしているが(米国・IAEA主導の核不拡散自体が実は潜在核武装戦略であるにも拘らず!)、果たしてそうなのか?この点も甚だ疑問である。


ともかくも、これらの状況は明らかに<J.J.ルソーが言う国民の一般意思>とかけ離れたものである。ハッキリ言えば、それはフクシマ3.11の過酷な現実と殆どの日本国民一般の原発事故への困惑、不安、怒りから目を逸らし、国会法・議員規則など既定ルールだけを盾にしつつ第一義の根本責任を負うべき国会議員・高級官僚・御用学者・財界人らが自らの日々の生計をやり繰りするための日ゼニ稼ぎだけに汲々とする花見酒経済に縋り付き、かつ非理念型の買弁野合政権(内外原子村等の実効権力に隷従するピンハネ政権)を礼賛する無責任ということである。


これこそ、非情のアポリア(aporia/『二つの相反する可能性』に同時に直面する論理閉塞の状態。そこでは計算論理的解を得るのは困難なので、例えばドイツの脱原発決定の如く倫理・人道的方向へのメタ次元的なブレークスルーで新たな活路を求める他はない)に嵌った日本の政治・経済の真相ではないのか?


(関連情報)


閣議決定したとのウソ強弁で野田総理が日本国民を騙した<ゼロ原発閣議回避>の背景に潜むのは、米国益(実は米国政治のカネへ大きな影響力がある日米産軍原子力複合体の利益)の下に日本国民の生命リスクを位置付ける酷薄な<生政治>を現状維持させよとの米国からの要求。http://urx.nu/22sX hanachancause2012.09.22 06:32(画像は、http://urx.nu/248Bより)


wroji「原発ゼロ回避」と認識=米倉経団連会長http://urx.nu/23HG原発ゼロあいまい閣議決定 骨抜きのおそれ」=「革新的エネルギー・環境戦略を踏まえて、関係自治体や国際社会などと責任ある議論を行い、国民の理解を得つつ、柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する」http://urx.nu/23HF via twittbot.net2012.09.25 05:29hanachancauseがリツイート


<反省意見も>で<おまけ的にオジャラケ>する問題か?フクシマを深く反省する脱原発ではないのか?本気でないことがバレバレ!⇒自民党総裁原発推進に反省意見も NHK http://nhk.jp/N43i6Noo hanachancause 2012.09.23 07:10


beyondakiこれではほとんど、自民党(フクシマ原発事故、財政困難状況、超格差拡大の犯人!)の別動隊と変わらないではないか。★「日本維新の会:東京所長に近江屋氏起用 元自民事務局次長」http://urx.nu/22RD 維新側は政権党運営の実務に精通した近江屋氏の実績に着目。国会や中央省庁、財界との折衝などができる人材だと判断。 via Tweet Button2012.09.22 23:57hanachancauseがリツイート


隷米(&自民党別動隊)“偽装”極右(ファシズム)体制の完成が狙い?⇒uprisejapan怖いですね 代表に事実上の拒否権を与え権限を強化する狙い。橋下代表に「拒否権」付与…権限強化http://urx.nu/22Rs ヒトラー独裁の完成〜全権委任法成立の謎http://urx.nu/22Rt
hanachancause2012.09.23 06:51b k


1 日本政治アポリア化の真因は過半を超える国会議員らが原子村に隷従し自らの家計維持を国民の生活に優先させる買弁野合なる無責任(『生政治権力』の反生命的部分への過剰傾斜)


1−1 今も原子力安全神話で国民の生命を過剰に簒奪し脅かす方向へ走り続ける日本政治のバイオポリテクス化


フランス・ポストモダンの哲学者ミシェル・フーコーMichel Foucault /1926 − 1984)が「生権力(せい‐けんりょく/bio-pouvoir、bio-power)」という政治哲学の概念を提起したことは良く知られている。一般に、近代以前の政治権力は権力側からの統制・ルールに従わない国民は殺す(=逆に言えば、従うならば放置し、放免する)というものだった(画像はhttp://urx.nu/240Sより)。


一方、現代の政治状況においては、例えば今の日・米でその典型が観察されるのだが・・・、一般に、「軍産・原子村複合体」(軍産複合体+内外原子村連合)の如く或る隠された強力な実効権力と癒着・野合する(補助金・宣伝広報費・キックバックなどの多様な裏ガネを介して)形で目前のリアルな政治権力が成立するという特徴が見られる。


そして、フーコーは、20世紀末〜21世紀初頭において此の実効権力支配型への急傾斜と併行する形で、更に、より重要な性質的変化が、言い換えれば、<過剰な反人間的・反生命的(“非”・・・ならず!!)な『生権力』へ向かう決定的変質>が起こりつつあることを予見したと考えられる。


そもそも政治権力には、「国民の生命を十分に涵養し日常生活を繁栄させる純生産的な役割(付加価値創造・分配を支援する.殖産興業国家、福祉国家)」と、「同じ国民の生命をひたすら資本利益と国庫(税収)増加、そして日ゼニ稼ぎのためのツール(道具)とみなす弱肉強食型搾取(1%派への過剰分配、現在における新自由主義政策、市場原理主義カルト傾向がその典型)システムの深化促進」という二律背反でヤヌス神(ローマ神話の出入り口、扉の神)的な機能があり、いずれに傾斜するかは政治理念しだいになるとフーコーは言う(画像はウイキメディアより)。


つまり、後者「国民の生命をひたすら付加価値(資本利益・国庫税収)増加のためのツール(道具)とみなす弱肉強食型の搾取(現在における新自由主義政策、市場原理主義カルト傾向がその典型)の深化」が、「生政治権力/バイオポリティクス」化ということになる。いわば、現代政治の大きな特徴は、「生権力」の二つの側面のうち、国民の生命をひたすら1%派のための付加価値(資本利益・国庫税収)増加と、理念不在の<その日暮らしの日ゼニ稼ぎ>のためのツール(道具)とみなす「生政治権力/バイオポリティクス」の方向へ過剰傾斜させてきた(小泉・竹中がソレで、橋下・安部らがB層向けに再びソレを“維新”だと強弁中!)と見なすことが可能な訳である。


因みに、「生政治」の現代的意味について、言い換えれば其の<より現実的な理解>の必要性について、米本昌平著『バイオポリティクス』(中公新書)は、「国民の生命」に関わる極めて深刻な諸問題はバイオポリティクス(biopolitics/生命−政治学、生物−政治学 )の概念で捉えることができると述べている。また、池田光穂著『医療人類学辞典http://urx.nu/231s』によると、厳密に見れば、この『バイオポリティクス』には4つの用語法がある。


(1) 後期フーコーによる、アナトモ・ポリティーク(foucault anatomo-politique/権力構造を客観的に解体し、腑分けする意味での解剖政治学)の術語としてのバイオポリティクス(上で述べた、単なる付加価値創造の道具としての人口・生命管理の政治学


(2) 政治学的現象を説明する際に社会生物学や進化生物学の理論を援用して議論する用語としてのバイオポリティクス


(3) ヴァンダナ・シヴァ(Vandana Shiva/1952− /インドの哲学者、環境活動家)が提唱する先進国の多国籍企業開発途上国の住民や地域住民が持つ「豊かな生物多様性」をさまざまな技術や法的手段を行使して搾取するバイオパイラシー(biopiracy/先進諸国ないしは実効権力による生物資源への盗賊行為、ネオ植民地主義)を正当化させる、グローバルな政治的枠組みを示す言葉としてのバイオポリティクス


(4) 先端医療やバイオ技術を行使する政策用語としてのバイオポリティクス


この分類からすると、今の日本で特に懸念されるのは(1)、(3)、(4)の深化・亢進・過激化であることが分かる。例えば、そこには、超高齢化社会における医療・福祉のビジネ道具化の問題、多発する薬害・臓器移植や遺伝子操作に関する問題、あるいは<暗黙の相互補完的意志が仕掛ける、そして米日中に跨る原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略>が操作する戦争と平和の問題など、人権・ヒューマニズム生命倫理などの価値観を十分に視野に入れながら、より慎重に対応すべき深刻な政治課題が山積している(なお、筆者の私見では『教育問題』もバイオポリティクスの範疇に入る)。


1−2 原子村に這いつくばる国会議員らが自らの家計維持を国民の生活に優先させる買弁野合政治の無責任


ところで、我が国における政治権力の基盤たる国会議員等の選挙では一定の組織票によって実際の選挙をする前から当選が確定する傾向が強くなってきたことが観察される。カネと地盤を継ぐ世襲型政治基盤、労働組合、企業・業界等の関連利益団体、宗教団体、カルト系集団などが組織票の母胎となる訳だが、組織票は、その強い利益共同体的団結力によって或る程度の見込み得票数が計算できるうえ、一般の浮動票と異なり締め付け効果も効くため棄権が少なく安定している。


なお、余談ながら、わが国の代表民主主義(それを支える選挙制度)には、<対英米比で異常に高額すぎる供託金>の問題が深い影を落としており、これも日本独特の実効権力の存在を可能ならしめるという意味で既得権益を保守する一種の悪しき基盤となっている。


ともかくも、このため実効権力側としては敢えて一般の低投票率と未組織票・浮動票の棄権を期待することになる。また、主要マスコミによる投票率動向等の頻繁で詳細なアンケートor出口調査結果の発表は、いわゆる「バンドワゴン効果(多数派を占める浮動票がマスコミ調査で勝ち馬とされた候補者へ乗る(投票する)傾向が強くなるという心理的効果)」をもたらすため、必然的に、原子村などの組織力の強い政党や候補者が有利となる」ことから、主要マスメディアと実効権力側がカネと利権を介し癒着する傾向が強まることとなる(主要メディアに流された巨額の原子力マネーが日本原発安全神話を拡大・強化してきたことは周知のとおり)。


(関連情報)


2012-07-20toxandoriaの日記/「不埒な原子力規制委員会・人事(案)」と「エネ・環ヤラセ意見聴取会」の非道、其れを殆ど無批判で評価する堕落マスメディアhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20120720


・・・


このような意味での由々しき現実を背景として、事実上、我が国では日本政府の政治権力を実効支配する「市場原理主義カルト財界(特に、多国籍化した強欲資本家層、原発系メーカー・原発系金融機関経営者層)」、「マルクス主義的労働者階層を自負しつつ特権階級化している労働貴族層(特に、自らは左派を標榜する電力会社・原発メーカー系の高給労働者層)」、「高給を食むTV・新聞等の主要マスメディア」の三者は明らかに野合・交尾しており、特に「主要マスメディア」は<政官財労学>を中核とする我が国の実効「政治権力」層を強力に支援する第一線の広報・宣伝マンとしての役割を担っている。


つまり、フーコーが言う「生権力」の概念を敷衍して理解すると、ひたすら「我われ一般国民の生命を、付加価値(資本利益と国庫税収)増加のツール(道具)」と見なす「国策原発一極型資本主義」なる、<米中による暗黙の相互補完的意志が仕掛ける、そして米日中に跨る原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略(関連参照、下記★)>に取り込まれた実効「生政治権力」支配体制下の日常こそが、我々が住む日本社会の実像であり、フクシマ3.11による過酷な現実の暴露にも拘らず、その恐るべきほど危機的で非情なマインドコントロールは<一向に解消することが出来ないアポリアの悲劇>を現代の日本国民へ突き付けている。


★暗黙の相互補完的意志が仕掛ける、そして米日中に跨る原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略に取り込まれ買弁内政型の右傾化へ進む日本?⇒米が中国に“尖閣日米安保内”と(条約上の義務を直接)説明http://urx.nu/233g 


★一般国民の “脱原発” 多数派への変化で<過激国民殲滅機関化>する原子村】“原発ゼロは
簡単に言えぬ、それは「安全保障が絡む」から”(野田首相http://t.co/OuPXIbOg 
hanachancauseposted06:12:022012年09月09日


★2012-05-11 toxandoriaの日記/格差・財政赤字の是正方向で大統領再選を狙う米国オバマの葛藤、新自由主義が仕掛ける二つの誘惑(原発&軍需マネー、新ドル政策)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20120511


閣議決定したとのウソ強弁で野田が日本国民を騙した<ゼロ原発閣議回避>の背景に潜むのは、米国益(実は米国政治のカネへ影響力がある米日産軍原子力複合体の利益)の下に日本国民の生命リスクを位置付ける酷薄な<生政治>を現状維持させよとの米国からの要求。
http://urx.nu/2343


2 フクシマ3.11が切り裂き摘出した「国策原発なる日本版9.11」の実像とは?


2−1 3.11と9.11に通底する「実効権力の中枢に宿るファスケス(生命簒奪型の残忍な暴力性)の野放図な開放による社会の戦場化」


<2011. 3.11フクシマ原発過酷事故>と<2001.9.11NY同時多発テロ>の両方に<11のゾロ目数字>が付いたのは単なる偶然であるが、これら二つの悲惨な大災禍が全く無関係な出来事だと見なすとすれば、それは些か表層的で軽薄だとの誹りを免れないであるだろう。


無論、この二つの余りにも悲劇的な大災禍が完全に一致するという意味ではなく、夫々が測り知れぬ恐るべき地獄の深淵のごく一部に過ぎぬからこそ、我われは両者に通ずる戦場の残虐な真相を感じ取ることが可能になると見るべきであろう。


そこで、先ず「予期せぬ大地震と大津波が引き金となったフクシマ3.11国策原発過酷事故」が、実は「原子力平和利用なる偽装大義」下における自然と政治権力に潜む二つのファスケス(過酷な暴力的本性)の野合がもたらす「天文学的数字のスケールで地球全体の生命環境を根こそぎにする可能性が非常に大きい悲惨な戦場」だという現実に注目しなければならない。


つまり、「ウソで塗り固めた如何にも本物然とした完成品の人体像」よりも「未完の余韻が残る正直な表現のトルソー」の方が強く印象に残り、目に見えぬ部分についての真実(その善し悪しは別として)が鑑賞者や観察者へより深く伝わるという、いわゆる<感性のトルソー効果/参照⇒http://urx.nu/23j3>が此の二つの真に悲惨な出来事でも作用すると考えられるからだ(画像『アフロディーテ像(カピトリーノ・タイプ)のトルソ、ラツィオ(イタリア)、2世紀』は、http://urx.nu/249dより)。


<2011. 3.11フクシマ原発過酷事故>と<2001.9.11NY同時多発テロ>の両者の背後には、「日米軍産原子力複合体」を先導役とする超格差拡大政策(1%派Vs99%派への意図的分断)を持続的経済発展のエンジンと見なす<壮大な花見酒経済の罠/参照⇒http://urx.nu/23jy>に墜ちた非公正資本主義(バスタード・ケインジアニスム)」の恐るべき錯誤が潜んでいると考えられる。


そして、フクシマ3.11を換喩的に表現すれば、それは、原発一極型経済という過剰市場原理がもたらす非公正経済戦争の日常化(異常社会経済現象の日常化)を覆い隠す分厚いヴェールを<フクシマ3.11>が切り裂いたため、それまで巧妙に隠蔽されてきた「日米軍産原子力複合体側が仕掛ける超格差拡大戦術(原発発電は安いというウソ)を経済発展のエンジンと見る一種の<花見酒経済型バカの壁>に囲い込まれた非公正資本主義の<醜悪な恥部>が我々の目前に曝け出されたということだ。


9.11の場合も、似たようなことが言える。ごく一部の人間が「残虐な9.11の悲劇」を引き起こしたとはいえ、軍産複合体と米軍が主導する「米政府による、超格差拡大放置を当然視する傲慢な覇権戦術の歴史的展開」が、つまり「イスラム教徒に対する超差別・超格差の日常化」が巧妙に隠蔽されてきたという恐るべき事実を我々は後に知ることとなった。そして、9.11では摩天楼が崩壊しニューヨークが戦場同然の修羅場と化したのである。


ここで、再び「生政治権力(バイオポリティクス)」を想起しなければならない。プロローグで、我われは「生政治権力」の一つの側面が<国民の生命をひたすら付加価値(資本利益・国庫税収)創造のためのツール(道具)とみなす傾向への特異な傾斜>であることを理解したが、そこでは、この強い傾斜の核心となるのが実は権力の中枢を形成する暴力性(ファスケス/fasces)であることについては触れなかった。


ファスケスとは、政治権力・国家権力の中枢には常に“生々しい暴力性”が宿ることを意味する。因みに、当概念の起源は共和制ローマ時代の権力の象徴とされた複数本の斧である。ただ、そのファスケスの斧は妄りに暴走せぬように一定の授権規範的なサブ権力(元老院ら)の紐によって束ねら(規制さ)れており、これが共和制(厳密には貴族共和制)ローマの象徴とされた訳である(ファスケスの画像は、http://urx.nu/24clより)。


現代においても、リアリズム政治ないしはリアリズム外交などの定義の中枢にはファスケス的な意味での暴力性(脅迫・殺人・殺戮・攻撃・戦闘・逮捕・拘束・拷問・投獄・処刑etcという凡ゆる意味での暴力的なもの)が明確に意識されており、その最も先鋭化したものが戦争(戦争状態)であることは論を待たないであるだろう。が、ここで想定されるファスケス的なものの主役は飽くまでも人間である。


故に、一般の戦争で「政治権力の核心たる暴力性(ファスケス)」が暴走しても、また其れが如何に残虐極まりない超リスキーで過酷な被害をもたらすとしても、飽くまでも其れは平和の対概念としての人為の結果として一定の範囲に止まる。然るに、フクシマ3.11過酷原発事故の如き原子力事故と核戦争の場合では、過酷な放射能被害が及ぶ範囲は想像を絶するほどのものとなり、地球規模の被害と全人類の滅亡すら想定せざるを得ないことは疑いもないことだ。


2−2 暗黙の相互補完的意志が仕掛ける原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略の浮上


ここでこそ、「原子力(自然に潜む恐るべき無限のファスケスを開放し得る能力)」と「宿命的に暴力性を潜ませる国家権力」が癒着・野合する形での<「複数の超覇権力が暗黙の相互補完的意志で仕掛ける原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略」の反人間的・反生命的な超ハイリスクの問題が浮上することになる。しかも、日本など巨大地震多発国での原発立地は、その全地球規模での破壊的影響力は殆ど凡ゆる科学的想定を超えた尋常ならざる規模となる可能性が高い。


従って、「暗黙の相互補完的意志が仕掛ける、そして米日中に跨る原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略(それは冷戦構造の復活より始末が悪い!)」の如き外交戦術・国際政治学的発想は、それ自体が殆ど狂気かカルト同然の精神環境に嵌っていることと同意になる。つまり、それは<非人間>ならず<反人間的、反生命的>なもの、喩えれば地球全体に取り憑いた巨大な悪性腫瘍の如きものと見なすべきであるだろう。


だから、原発の地域立地については、それが万一の過酷事故における放射能拡散という自然ファスケス(自然に潜む反生命的、地球破壊的暴力性)の無限開放の問題であるからこそ、この他にも恒常的・日常的な過酷リスクとして「原発作業員、子供の安全、我われ日本国民自身の原発難民化の可能性」など凡ゆる超リスクが無限に付き纏うことは言うまでもない。


<「国策原発なる日本版9.11」の実像>の現実的意味を考えるにあたり、もう一つ絶対に見逃すべきでない「一般国民の目と意識から巧妙に隠蔽されている事実」がある。


それは、国策原発の場合は(これは日本に限らぬことだが)、仮に過酷原発事故の全責任を電力会社だけに負わせるべきという司法判断になれば国策原発は其の時点で中止せざるを得ない(国策原発が頓挫する)という法的論理が成り立つことだ。これは、原発が<天文学的数字のスケールで地球全体の生命環境を根こそぎにする可能性が非常に大きい悲惨な戦場だという現実>を直視すれば幼い子供でも分かる当然の帰結である。


だからこそ、日本の原発賠償法では、電力会社の原発事故の解釈について『ただし、その損害が異常に巨大な天災地変または社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りでない(=事業者たる電力会社には賠償責任がない)』(原賠法3条1項、無過失責任の免責規定)という、明らかに不可解な<免責事項の但し書き>が<取って付けられた>形となっている。


この論点の詳細については下記▲を参照して頂きたいが、ともかくも其の結果として、輸出原発も含めて、それがどれほど天文学的規模の数字に膨れ上がろうとも、日本の国策原発がもたらす過酷事故の賠償責任の最終的な担い手(負担者)は廉価な国策原発で普段に大きな利益を享受する日本国民である筈なので、その日本国民が最終的に原発事故の無限責任を負うべきであるとの法的理解となっている訳である。何という恐るべき現実(無辜の一般国民が徹底的にバカにされた状態)ではないか!


▲2012-08-20toxandoriaの日記/原賠法と原賠支援機構法で倫理、国民主権、法治を捨てた日本国民が、やがて対べトナム等の事故賠償付「原発輸出」で海外発「巨額賠償請求」の永久負担を強いられるのは必至http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20120820


従って、この観点からしても原発は<原子力平和利用名目で自然のファスケス(生命環境破壊的で反生命的な暴力性)と生政治権力のファスケス(非人間的暴力性)が野合した全地球環境徹底破壊型の過酷な戦場>であるということになる。


しかも、それは真に恐ろしく悲惨な出来事ではあったが、もしフクシマ3.11(フクシマ原発過酷事故)が此の恐るべき現実を切り裂き抉り出さなければ、殆どの日本国民はそのこと自体をハッキリ意識することはなかった筈だ。


いや、ともすれば、今でも我われはそれを日常的に、かつ自覚的に意識できなくなるようだ。それは、自覚できなくなるように絶えず生政治権力側によって我々が誘導されているからだ。そして、これこそが絶えずフクシマを直視し続けなければならない所以である。


(関連情報)


原賠法の欠陥は<原子村の権利>を護り<国民へ原発損害の無限責任>を負わせているhttp://urx.nu/21HH こと!⇒【緑の党/見解】原子力損害賠償法の改正先送りを受け、「集団無責任体制」と原子力からの脱却をあらためて訴えるhttp://urx.nu/21HD http://urx.nu/22up


3 国家主権・地域自治主権を無視したマクロ・エンクロージャー戦略の反人間性と日本政府が取り組むべき真の役割


3−1 国家主権・地域自治主権を無視した原発安全保障型マクロ・エンクロージャー戦略の反人間性


『この国と原発:第5部・立ちすくむ自治体/1 机上の計画、避難「不可能」 毎日新聞 2012年04月24日http://urx.nu/23GM』は、東日本大震災による津波で外部電源を喪失し冷温停止まで3日以上かかった東海第2原発について、次のように報じている。


・・・国の原子力防災指針見直しに伴い、新たに設定される見通しの緊急防護措置区域(UPZ)の30キロ圏内には14市町村が含まれ、その人口は全国の商業用原発で最も多い約106万人(14市町村の30キロ圏外住民含む)にのぼる。「県内にあるバスを総動員しても1回に24万人しか搬送できない。一斉に106万人を避難させることは不可能だ」。橋本昌茨城県知事は3月5日の県議会代表質問でこう言い切った。


UPZでは放射線量に応じて避難や屋内退避が必要になることから、県原子力安全対策課はバスによる100万人規模の避難をイメージした。現行計画に「屋内待避所からの搬送は手配車両による」とあるためだ。県内で登録されているバス7080台に乗車定員を掛け、最大限の搬送人数をひねり出した。その答えが「24万人」。「非常時に何台チャーターできるか」「避難ルートは」といった業界団体との擦り合わせはしていない。あくまで机上の数字だ。


「(24万人分のバスが)水戸に全部来るわけではないので避難はとても無理」(高橋靖・水戸市長、人口約27万人)「50人乗りバスが1000台以上必要。一刻一秒を争うことを考えれば不可能」(海野徹那珂市長、同約5万6000人)。106万人一斉避難は「絵空事」と受け止められ、自治体の議論は停止している。


新設される予防防護措置区域(PAZ)の5キロ圏内に村全域がすっぽり入る東海村。現行計画では村内避難を前提に避難所を定めているが、計画見直し後は村外へ逃げることになる。村原子力安全対策課は「村外避難となると村独自では計画は作れない。国・県の方針と整合性がないと意味がない」と困惑。30キロ圏内14市町村からは「うちだけでは決められない。県に音頭を取ってほしい」との声がこぞって上がる。・・・


・・・


他方、福島第一原発事故が、より過酷化していれば、首都圏3千万人の移住計画が検討される筈であったとされる。しかも、現実には首都圏のみならず、東北六県から中部地方あたりまでを含め少なくとも日本の総人口の1/3〜1/2に相当する数千万人規模の避難民(厳密に言えば国際難民)が発生する瀬戸際へ日本は追い込まれていたのである。


このため、ロシアのメドベージェフ大統領が「日本人がシベリアへ移住することを認める」と発言したことが2011年3月18日の時事通信などで報じられた事実がある(出典、http://urx.nu/23H4  http://urx.nu/23H5)。そして、今も福島第一4号機問題をめぐっては、その当時の危機の再来の可能性が終わってはいないという警告が各方面から発し続けられている。


(関連情報)


福島第一原発4号機問題:村田光平さん(元駐スイス大使)


村田光平元スイス大使「なぜ今再稼働か、その裏にあるもの


従って、再び、我われ一般の日本国民は、あの<野田総理大臣のフクシマ終息(ウソ)宣言>にもかかわらず、大余震などに絡むフクシマの展開次第では、いつ何時に避難民の一人と化すか皆目見当がつかないという不安定な危機の中に立たされていると考えて間違いはなさそうだ。そして、この避難民(厳密に言えば国際難民)となる可能性こそが、原発立地に纏わりつく「二つの距離の問題」の一つだということを杉田 敦氏が指摘している(出典、http://urx.nu/23H8)。


原発立地に纏わりつく「二つの距離の問題」とは「原発立地の物理的距離」と「時間的距離」の問題である。まず「原発立地の物理的距離」についてだが、これは更に「文字どおりの物理的距離」と「意識距離」の二つに分けられる。前者の典型は、先に述べたフクシマの過酷化による首都圏3千万人の避難の問題であり、直接的な原発立地地域に限れば、その典型は此の章の冒頭で取り上げた、東日本大震災による津波で外部電源を喪失し冷温停止まで3日以上かかった東海第2原発に関わる緊急防護措置区域(UPZ)と予防防護措置区域(PAZ)のような問題である。


この「原発の物理的距離」とは、原発立地によって<日本国民全員が、表面的な平和状態の日常生活にもかかわらず、いつ何時にそれが現れるか見当もつかぬうちに、突然、原発に由来する局地戦の状態が出現・拡大し、それに否王なしに我われ自身が巻き込まれることになるという国内から勃発する核戦争への臨戦状態が常在する異常環境に曝されている>ことを意味する。しかも、いったん、この原発による局地核戦争が勃発・拡大すれば、国民主権は言うまでもなく、地方自治主権も、国家主権も瞬時にして失われてしまうことは明らかである。


そして、その物理的距離がもたらす脅威から逃れることが如何に困難を極めることになるか、あるいは瞬時にしてそれが国際規模の避難問題に発展する可能性があるということについては、先に見た東海第2原発の危機に起因する茨城県の避難計画の恐ろしいほどの困惑・混乱ぶりと、フクシマ3.11に起因して今も続くと見なすべき首都圏3千万人以上の避難可能性についての危機的状況が、その典型事例を提供している。


もう一つの「時間的距離の問題」とは、原発問題では、放射性物質半減期などについて我われの日常性と非常にかけ離れた数字が出てくるということだ。しかも、このことは、原発労働者や原発立地近隣の住民らにとっては周知の事実であった訳だが、東京などの大都会に住む人々にとっては日常感覚的に縁遠い問題であったという意味で、「心理的な距離、心理的な地域落差」の問題にも重なる。しかし、これらの問題が常在するという恐るべき現実(つまり、原発立地イコール核戦争の臨戦状態であること)をフクシマ3.11は一気に切り裂き抉り出したということになる。


ところで、野田政権の<新エネ・原発ゼロ政策(閣議決定ナシ)>に対して、米国が、中国などが日本に比べ核技術拡散防止に取り組まなくなる可能性があるなどの理由で反対しているということが盛んに報じられているが、この一連の報道には、なにやらとても居心地が悪い一種のヤラセ的な空気が漂っており、遂には、ヤラセどころかアーミテージが露骨に恫喝の姿勢を見せ始めている。そして、それこそが生政治権力が牛耳るメタ日米安全保障条約とでもいうべき<暗黙の相互補完的意志が仕掛ける、そして米日中に跨る原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略>の証だと見なすべきだろう。


(関連情報)


原発ゼロ「変更余地残せ」 閣議決定回避 米が要求(東京新聞http://urx.nu/23MR


米・産軍複合体が日本国民の命を質に取る「生政治」戦略型の冷酷な強迫!←<唯一の有効撃退法はフクシマ3.11の現実を直視し続けるぞという明快な国民意思>の表明!⇒「日本は原発を放棄するな」“アーミテージ報告書”驚愕の内容 | ビジネスJ. http://urx.nu/22t3


日本国民の原発ゼロ意思を露骨に踏み躙る米国/前原氏が原発ゼロ方針伝えるが、米政府は懸念表明(たとえソレが偽装ゼロ・レトリックであっても←只野親父、補足)、米エネ省のポネマン副長官は日米が原子力協定を進めてきたことも挙げ日本政府が米国の意向を汲み最終判断するよう釘を刺した。(テレ朝) http://bit.ly/PdU14u hanachancause2012.09.13 18:19


米原子力協定を破棄せぬ限り、如何に全国民の生命がリスクに曝されようとも<日本の脱原発>は不可能であることが明かになった!/「あくまでも(反原発で五月蝿(うるさ)い日本国民を黙らせるための)目標だと長島首相補佐官らが示唆」したが・・・アメリカ側の懸念は、完全には払拭できず。http://urx.nu/1YRY http://urx.nu/1YXm


3−2 日米原子力協定(原子力安全保障)の呪縛を解きドイツとともに反生命的ファスケス(残忍な自然の暴力性)の無限開放(原発利用)に日本が歯止を掛けることの重要性


結局、野田政権の<新エネ原発ゼロ政策>については、明確な内容が閣議決定されず、9月19日の閣議では「新エネ戦略」そのものの閣議決定を見送り、<参考文献としての新エネ原発ゼロ戦略>を「踏まえ」て「関係自治体や国際社会等と責任ある議論を行い、国民の理解を得つつ、柔軟性を持って不断の検証と見直しを行いながら遂行する」と、留保条件だらけの意味不明な表現で終わったことが懸念される。


これは<国民騙しの曖昧「原発ゼロもどき」宣言>であり、事実上、一般国民の脱原発意思は否定され、野田政権は従来通りの原発推進へ逆戻りしたと見なすべきである。しかし、これは見方しだいであるが、事実上原発推進へ逆戻りしたともいえる此の<新エネ原発ゼロ政策(野田政権は明快な閣議決定をしていない!)>に対してさえ米国の原子村および産軍複合体筋が神経質に反応するということは、矢張り、フクシマの過酷な現実によって内外の原子村勢力が相当に追い詰められているという現実が透けている。


また、タイミング良く(?)日本原子村側からも<安全保障面の観点から日米原子力協定の改定(有効期限終了=2018年7月)>に備えるべきとの論考コラムが発表されたので、以下▼に紹介しておく。


▼満期が近づく日米原子力協定の今後/遠藤哲也(日本国際問題研究所特別研究員、元原子力委員会委員長代理) http://www.jiia.or.jp/column/201209/19-endo.html


・・・日本の原子力平和利用は、特に米国との協力を軸に進められて来た。燃料の調達、資機材、技術の導入などであり、それを支えたのが日米原子力協定であった。反面、協定によって厳しい原子力規制が課せられたのも事実であった。


・・・日米原子力協定は歴史的にも最も古い原子力協定の一つで、累次改訂されて来たが、1988年に発効した現行協定は画期的なものである。核燃料サイクルなどに対する米国の規制権自体は残るものの、包括事前同意方式の導入によって一定の枠内では日本のサイクル政策は自由になったのである。核燃料サイクルが認められているのは、NPT下の非核国では日本だけである。一種の特権とも言えよう。


・・・現行の日米原子力協定は、2018年7月に30年間の有効期限が終了する。期限が来たからと言って、直ちに協定が失効するわけではない。協定には、有効期限の6ヶ月前から文書によって通告することによって協定を終了させることができるとの延長規定が設けられているので、この事前通告がなされない限り、協定の効力はとりあえず続くことになっている。しかし、何の措置もとらずに、協定の延長条項にまかせておくことは、日米の原子力協力関係を不安定な状況に置くことになりかねないので、正式な延長手続なり、新協定の締結なりのきちんとした条約手続をとって関係を安定させるのが望ましい。


・・・それでは、如何に対処すべきか。残念ながら現時点で、それを論じることは、内外共に非常に難しい。何故かというと、日米原子力協定は、サイクル協定ともいわれる位、その中心は核燃料サイクル、特に米国で濃縮されたウランの使用済燃料の再処理の規制である。しかるに、核燃料サイクルについては、日本の政策そのものが必ずしもはっきりしない。最近決定された政府の「革新的エネルギー・環境戦略」によれば、(イ)2030年代に原発稼動をゼロとする、(ロ)高速増殖炉もんじゅ」は事実上、実用化は断念するということだが、具体策は先送りされているし、例えば既に保有する大量のプルトニウムに加えて再処理の結果生ずるプルトニウムはどうやって使用するのかなど不明確な点がある。いずれにせよ、このような状況では対米交渉方針を決めるのは難しい。


・・・他方米側にも不確定要因がある。最大の要因は大統領選挙で、どちらの党が勝利を収めようとも、行政機構が落着くには相当の時間(来年の夏頃迄?)がかかる。核不拡散政策については、民主、共和両党とも軌を一にしているとはいえ、具体的なアプローチにはかなりの違いがある。どちらかと言うと、民主党系の方が核不拡散政策に対してより強硬である。


・・・更に付け加えれば、日米間の信頼関係、特に安全保障面での信頼関係が決め手になって来よう。日米原子力協定に対し、日本側はこれをエネルギーの問題として捉えているが、米側はこれを安全保障の問題としてみているからである。パーセプション・ギャップである。又、米国と韓国の間の原子力協定交渉の帰すうも関係して来るかもしれない。ちなみに現行の米韓原子力協定は2014年に満期になり、目下韓国は再処理(パイロ・プロセッシングと称する乾式再処理)の権利を確保すべく懸命の努力を試みているようである。


・・・それでは、現行日米原子力協定の満期にあたり、米側はどのような方針で臨んで来るだろうか。不確定の要因の多い現在、全く推測の域を出ないが、原子力分野だけに限って言えば、上述の日本政府の「新エネルギー戦略」に対しては、控えめに言っても相当の不安感を持っているのではないかと推測される。特に日本のプルトニウム大量保有には大きな懸念を持っていると言われ、「新エネルギー戦略」の下での具体的な進め方には大きな関心を示すものと思われる。


・・・


この内容を一言でいうならば、それは、冷戦構造モデルの焼き直し版とも見なすべき<暗黙の相互補完的意志が仕掛ける、そして米日中に跨る原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略>こそが重要なので、そこでの核心技術である核燃サイクル(もんじゅ、六ヶ所再処理)を日本は絶対に手放すべきではないという「日米産軍原子村複合体」自身の利権の生き残りを謀る非常に狡猾な<言語論的転回>戦術である。


<言語論的転回(Linguistic turn)>とは、現代の哲学・歴史学などの基調となる傾向を示すコトバで、それは「意識(だけ)ではなく、言語(話し言葉、書き言葉)こそが人間関係的・社会的・政治的・歴史的現実を構成することになる」という考え方。この言語論的転回からすれば<近未来の歴史的現実(=覇権政治的現実)>についても、以下の二つの観点が重要になると思われる。


(1)「現にどう“ある”か」=「過去と現在、そのままの姿」←これに再び身を任せるのか?
・・・60年もの長きに及ぶ自民党の暴政(国民主権を無視した利権・徒党・世襲政治)が造った“原子力の平和利用(八ッ場ダム等も)”、それが象徴するグロテスクな日本暴政の病巣と地元住民らの苦境、その悪の胎盤は「自公政権の無責任で膨大なムダ遣い」と「それを見過ごしつつ親方日の丸に甘んじてきた受け身」の住民の「意識と言葉」。


(2)「今、過去と未来がどう見えるか」=「過去と現在の実像」を深く自省しつつ、新たな方向へ弛まず行動するアクティブな市民意識 ←この方向へ向かい日本国民は新たなコトバを発信できるのか?
・・・総選挙の結果としての「政権交代」で自公政権(暴政)の“漆黒の霧”が薄れ始めたいま(←但し、これは民主党が政権を取った時のこと)、漸く国民一般の目に見え始めた「国民主権の政治による市民社会と地域社会」のあるべき姿(≒正しい税金の使い方)へ向けて絶えず希望を繋ぐ、自覚的・主体的な市民の「意識と言葉」。


野田政権が「革新的エネルギー・環境戦略」を決める準備中であることが報じられるや、ドイツ政府はすかさず「日本の脱原発へ協力できる」との意志を表明するメッセージを発表した(参照、下記◆)。これは、ドイツ政府が<言語論的転回(Linguistic turn)>の意義を重視している証左である。

◆「支援できる」、脱原発のドイツは日本への協力を表明(産経)2012.9.14 22:15 http://urx.nu/1ZiP
・・・【ベルリン=宮下日出男】「2030年代に原発稼働ゼロ」を目指すとした日本政府の決定を受け、ドイツ政府報道官は14日の記者会見で、「経験を交換したり、助言したり、互いに支援できる幅広い分野があるだろう」と述べ、「脱原発」の実現に向け、日本と協力していく用意(放射性物質の貯蔵方法や場所の決定などの核燃料処理技術などの分野も含めて)があることを明らかにした。ドイツは福島第1原発事故を受け、2022年末までの脱原発を決めている。報道官は脱原発について、「大変な努力のいる課題」とした上、日本からの要請があれば「その経験を伝える」と語った。


・・・


因みに、おそらく日本原子村側からの依頼で書かれたと思われる米CSIS所長ジョン・ハレム氏の日経への寄稿文の内容(下記◆)には、決定的な事実の無視があると思われるので、その点だけをここで指摘しておく。それは下の三点(1)、(2)、(3)である。


原発ゼロ、日本に再考促す/米CSIS所長:日経 http://s.nikkei.com/OfQyAj 『米CSIS所長ジョン・ハレム氏の日経への9/12寄稿内容の概要』hanachancause2012.09.17 20:56
・・・<国家安全保障上の観点>からも日本は原子力国家であり続ける必要がある。核不拡散問題においてリーダーであった日本(実は、“原子力の平和利用=原発”なるウソ吐き役の尖兵として日本が自民党政権下で果たしてきた役割の大きさのこと←筆者、補足)が原発を放棄し、中国が世界最大の原子力国家になったら日本は核不拡散に関する世界最高峰の技術基準を追求する能力も失ってしまう。福島原発での災難が原子力の放棄になるわけではない(この過酷な現実を無視する認識は不可解!←筆者、補足)。世界で最高の原子力利用者として、日本は中国など他国に同じレベルの対応を求めていくことが重要だ。


(1)フクシマ3.11過酷原発事故の悲惨かつ危機的な状況は、何ら解決の目途が立たぬままであり、今も全世界への被害拡大の可能性を抱えて経過中であるという恐るべき現実を全ての日本国民が抱えて日々の生活を送っているということ。


(2)中国が世界最大の原子力国家になるという可能性については、そのこと自体が非常に浅薄な(あるいは身勝手な)認識である可能性が大きいということ。それは、以下*の理由による。


(3)そもそも、フクシマ原発過酷事故の第一義的原因を準備した責任は米国にある。つまり、その第一義的原因が米国の粗悪技術製品であるGE社製原発を日本に対し原子力平和利用のウソ(実際は、潜在的核武装)と抱合せで押し付けたことにある、という真摯な反省が米国の産軍原子村複合体側に欠落している。


*中国における原発計画のジレンマ(フクシマ3.11の影響を受けて)
・・・中国の原発計画の概要は次のとおりである(出典:郭 四志著『中国、原発大国への道』より抽出・転載)
2015年 稼働中の15基を含め、合計で40基(4000万kw)
2020年 計80基まで増やす(8000万kw)
2035年 2億3000万kw(200〜400基?)まで増やす


・・・ところが、実際には<フクシマ3.11過酷原発事故の悲惨かつ危機的な状況は、何ら解決の目途が立たぬままであり、今も全世界への被害拡大の可能性を抱えたまま経過中であるという現実>を懸念しているというのが中国の原発計画に関わる実情だ。たしかに、経済成長に見合った安定的なエネルギー確保と環境保全への配慮、グローバル経済時代のビジネスチャンスの拡大など、いわゆる原子力ルネサンス的な観点からすれば、未だに中国政府が原発の拡大利用に大きな魅力を感じているという事実は否めないであろう。


・・・一方、80基〜200基を遥かに超える(max400基?)という意味で人類史上の未体験ゾーンに踏み込まざるを得ない現実を目の前にする中国が、ホンネでは<フクシマ3.11の過酷な現況>を非常に懸念しているという側面があることも見逃すことはできない。仮に、原発の大増設に見合った経済の果実を手に入れることができたとしても、同時にフクシマ型の超リスクを日常的に抱えることになれば、結局は負けだという計算も持っている筈である。特に、中国における万が一の過酷原発事故が、中国自身の敗けどころか東アジア全域に放射性物質の汚染を拡大させた場合の甚大な被害の膨張は、中国自身の未来の発展可能性の芽そのものを摘むと共に過去の経済発展の果実の全てが帳消しになることは歴然としている。


・・・しかも、今や中国が地震大国であることは広く世界的にも認識されつつあるが、それに止まらず、中国には原子力研究系の技術者の決定的な人材不足という現実もある。従って、今のまま原発拡大路線を突っ走るのが果たして中国自身にとり損か得かをもう一度シッカリ根本から考え直すべきだという機運が漂い始めているという現実もあるようだ。


・・・


だからこそ、フクシマの悲惨な現実と超リスクを抱える<事実上の原発大国、日本>のこれからの役割が重要なのだ。今こそ、日本は、<脱原発法の制定>を急ぐとともにドイツなど脱原発あるいは縮原発の方向性を決めた国々と共に正真正銘の脱原発計画を率先垂範して目標化し、それを実現すべきである。


このように考えれば、自然・再生エネルギーでの新たな世界経済の大いなる発展、つまり人類史上における経済発展の未体験ゾーン実現のために、フクシマ3.11の過酷な経験を十分に生かしつつ、今まで世界で一流を自負してきた日本の原発系技術者らの優秀な頭脳が内外の新たなステージ、<原子力の真の平和利用>の分野で活躍する可能性(Withdrawal strategy)も無限に拡がるはずなのだ。


従って、いま野田民主党政権に求められるのは、内外原子村の恫喝に屈服して一般国民の脱原発意思を無視したり、それを振り込め詐欺風の卑怯な詭弁でかわしたりして徒に時間稼ぎをすることではなく、フクシマと国民意思の現実に真正面から向き合いつつ原発ゼロ、廃炉再生可能エネルギー利用、電力自由化などの計画の具体化を急ぐことである。


逆に、これも見方しだいの問題(従って、高度な政治判断の問題)であるが、国際原子村連合の圧力に媚びつつ<米日中に跨る原発安全保障型のマクロ・エンクロージャー戦略(日本の安全保障を人質とする米中の挟み撃ち戦略に一方的に利用されることにさえなりかねない)>に取り込まれた視点から発想する“脱原発”である限り、日本の「革新的エネルギー・環境戦略」に類する新機軸戦略は何時まで経っても曖昧模糊とならざるを得ないだろう。


そこで重要になるのは、矢張り、フクシマ3.11を直視し其れを徹底的に検証・反省しつつ原子力分野の先端研究に結びつけ関連情報を内外へ積極的に情報公開してゆくことである。因みに、種々の問題を抱えつつ曲がりなりにも発足したばかりの原子力規制委員会・委員長と野田総理が、再稼働の問題について以下★のような遣り取りをしていることは噴飯ものだ。ここに見られるのは、フクシマに対する無反省、そして原子力科学の審判者たるべき田中俊一委員長と政治の最高責任者である野田総理の無責任、傲慢、頽廃的精神環境(デカダンス)、そしてマニエリスム的な意味で(狂人同然)の倫理観崩壊ということだ。


★この<無責任原発による国民生殺しガバナンス>は福島3.11以前と何も変わらぬ ⇒ 田中規制委員長:再稼働は政治判断で決まることで、同じく政治判断が決めた大飯は直ぐには止めぬ(朝日9/22)、野田総理:再稼働等は規制委が決めることだ(日経9/22)http://t.co/192fMDj3 hanachancauseposted at 13:22:05 2012年09月22日(画像『原発真理教』は、http://urx.nu/22zPより)


ところで、今こそフクシマ3.11を実体験した日本が、日米産軍原子村複合体の支配下で暴力的な方向へ過剰傾斜したままの生政治権力が謀る<暗黙の相互補完的意志が仕掛ける、そして米日中に跨る原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略>が発する邪悪なメッセージに打ち勝つために「脱原発へ向かう意志と言葉」を、より強力に世界へ向けて発信すべき時なのだ。その意味で、今は、もはや国際原子村が期待するような<原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略>の時代ではなく、まさに<言語論的転回>型の政治へ向かうべき時代に入ったと見るべきだ。


つまり、フクシマ3.11に学び「脱原発」の先行事例を作ったのがドイツであるとすれば、その後、再び野田政権がぶれ続けているとはいえ、曲がりなりにも<エネルギー転換の新しい方向性>を政治的言葉として世界へ発した(言語論的転換を意識した政治へ漸く一歩を踏み出したとも見える?)日本が、今度はドイツに学びつつ、日本とドイツが協力してエネルギー転換と原発廃炉・核燃料管理・同処分等について世界最高水準の研究と技術開発に向けて取り組むべき時代に入ったのである。


なお、ここで絶対に外してならない重要なポイントがある。それは、自然の暴力性(反生命的なファスケス)の無限開放(原発推進)へ過剰傾斜したバイオポリテクス(生政治権力)を正常な政治権力へ復元するのも、国民の一般意思によって正当性の根拠が授与されている、民主主義国家における政治権力自身の仕事だということである。


これこそ、ドイツ・メルケル政権が倫理(メタ科学技術)的な観点から脱原発を決定したことの真の意味だ。逆説的に言えば、それは<自然の暴力性(反生命的なファスケス)の無限開放たる原発(産軍原子村複合体の利権ツール)との政治的野合状態/原発安全保障(潜在核保有戦術)型のマクロ・エンクロージャー戦略の横暴化>を放置すれば、やがて其の「非人間的レベルまで堕落した政治権力」自身が反生命的なファスケスの餌食になることは必定だからである。つまり、これほどまで愚かなことは、この地球上にはあり得ないのである。


(関連情報1)「原発安全保障論」の嘘ほか


masaru_kaneko【原発安全保障論の嘘1】大串博志長島昭久両議員という原発推進派が訪米し、「原発ゼロ」に反対する米国からの圧力があるという。だが、主たる政府首脳も米軍首脳も出てこない。「米国からの外圧」という話は原子力ムラが作った誇張である疑いが濃い。 http://goo.gl/kokCk  via web2012.09.23 08:47hanachancauseがリツイート


masaru_kaneko【原発安全保障論の嘘2】米軍が基地の電力供給源として再エネを導入し、小規模原発は重視していない。ディフェンス・コミュニティ誌によれば、米軍当局が再エネの技術が既に確認されているが、小規模原発はまだであるとの消極的な態度を示しています。 http://goo.gl/CBwUv via web2012.09.23 08:51hanachancauseがリツイート


masaru_kaneko【原発安全保障論の嘘3】米軍が米国予算局(CBO)に調査を依頼したが、新しい戦艦のエンジンとして原発の経済性には問題があるという結論です。米軍が重視しているのは、明らかに再エネです。すでにGE会長も原発に将来性はないと発言しています。 http://goo.gl/d9Tl7  via web2012.09.23 08:53hanachancauseがリツイート


masaru_kaneko【規制委員長は政治家】田中俊一規制委員長は、再稼働基準を作るのに「10カ月以内」だと発言。原子力安全・保安院下の審議会メンバーにやらせるつもり。そして再稼働は政治が判断とも発言。自民党が政権復帰すれば、来夏前に一気に再稼働というシナリオ? http://goo.gl/uhR7Z  via web2012.09.24 07:42hanachancauseがリツイート


iidatetsunari【読み物:高野論説】"脱原発"阻止へ日米旧体制が必死の反撃 ─ 東京・毎日・朝日vs読売・日経・産経の構図 http://urx.nu/23Xb via web 2012.09.25 15:00
hanachancauseがリツイート


iidatetsunari岩波・世界11月号(10月7日発売)向けの論文「新しい社会と政治に何が必要か」を途中の病欠で遅れに遅れて脱稿。3・11後の世紀的な転換機会にも関わらず、歴史的失敗に突き進む政治とこれに対する市民セクターの可能性を論じました。乞うご期待。 http://www.iwanami.co.jp/sekai/ via web2012.09.25 09:10hanachancauseがリツイート


(関連情報2)「日米原子力協定に仕組まれた国家安全保障の呪縛」に踊る野田政権の「国民の脱原発意思」に対する背信・背任・背徳的行動、エトセトラ


国民意思無視の形で形振り構わず<脱原発原発ゼロの梯子外し>に動く原子村の逆襲/「エネルギー戦略会議が大阪府・市(維新側)の通告(違法可能性との理由)で突然中止」と「野田政権・エネ戦略の閣議決定ナシ⇒参考文書化、野田・脱原発の骨抜き化」問題の背後に跨り漂う妖しい霧と闇(Electric Journal 2012年09月20日http://urx.nu/21um より論点抽出 ) http://urx.nu/23S7


民主党「2030年代 原発ゼロ社会」断念劇は、「9月13日の長島昭久前原誠司の訪米からすべてがはじまった」というお話 ⇒http://urx.nu/22AX(画像『要するに、きみは、おぞましいほど、全てに、本気でない』は、http://urx.nu/22B0より転載)


廃炉の代替建設(事実上、新増設の野放し)すらあり得る?これではフクシマ以前と同じく原発推進のままになる!!⇒「原発の新増設ゼロ」に限界露呈、未着工にも含み 経産相の発言揺れる、新増設見送りは法的根拠なし:日経http://urx.nu/22zd


野田内閣は電力不足ではなく再稼働させぬと電力会社が経営破綻するので原発を次々再稼働させようとしており、他に六ヶ所に再処理工場を持つ日本原燃の経営問題もあり、エネ政策の転換には電力業界の抜本的立て直しが避けられない(河野太郎ごまめの歯ぎしり)。http://urx.nu/22xO hanachancause2012.09.22 10:52


まさに、虎(日米・産軍原子力複合体)の威を借るキツネの陣容!!規制庁幹部の顔ぶれは原子力推進官僚がズラリ、「信頼ほど遠いの指摘」http://urx.nu/22B8


RT @iidatetsunari: 「復興予算原子力ムラに もんじゅ運営独法核融合研究42億円流用」(東京9/16)先日のNスペの新聞版だがもっと酷い。「復興を支える技術革新を促進」「日本全体の復興につながる」と言いつつ「省庁が分捕り合戦」民主党政権の無能、極まれり!
http://t.co/m1oWDeoL hanachancauseposted at 15:53:26Permalink - 2012年09月19日


国民意思無視の形で形振り構わず<脱原発原発ゼロの梯子外し>に動く原子村の逆襲/「エネルギー戦略会議が大阪府・市(維新側)の通告(違法可能性との理由)で突然中止」と「野田政権・エネ戦略の閣議決定ナシ⇒参考文書化、野田・脱原発の骨抜き化」問題の背後に跨り漂う妖しい霧と闇】(Electric Journal 2012年09月20日http://urx.nu/21um より論点抽出 ) http://urx.nu/221l


【これもフクシマから学び、得るべき重要な機会を徹底無視した野田政権の悪徳犯罪!⇒もんじゅを巡る二つの重大犯罪/「研究開発方針変更なし 廃炉の方向一転」、「復興予算の巨額流用」】http://urx.nu/221n


原子村の圧力に屈し<ガス抜き意見聴取会>と<口先ゼロ宣言>で国民意思と国際信用を毀損のうえ、フクシマから学び、得るべき重要な機会を徹底無視した野田の悪徳犯罪政治!⇒原発ゼロ目標後退:憤る市民、被災地「全くひどい」 毎日http://urx.nu/21puhanachancause2012.09.20 05:18 http://urx.nu/221q


RT @masaru_kaneko: 福井県知事が、もんじゅ廃炉の先送り案でさえ「迷惑千万」と発言。2兆円もの浪費をしても動かぬ無駄の象徴で、青森県と同じ。 http://t.co/RpDWmZHT 米倉経団連会長も首相の「原発ゼロ」発言に電話。既得権益の根強い抵抗です。 http://t.co/V9QWxKi8
hanachancauseposted at 09:33:242012年09月15日


電通博報堂は政府(野田政権・細野豪志ら)が頼るべき除染&がれき処理等の専門家なのか?/朝日2012年9月19日朝刊『プロメテウスの罠「がれきの行方 14』が暴いた驚愕の事実、がれき拡散処理の裏側?】agyrtria『電通原発報道』必読だな RT @kenya39Nizaemon 『プロメテウスの罠が暴く「がれき広域処理」世論の作り方 電通博報堂のメディアコントロールhttp://urx.nu/21El @zamamiyagarei 被災地の不幸すら利権に組み込むあくどさ via web2012.09.19 15:34hanachancauseがリツイート


結局、何も変わらない!原発ゼロをちょっと言ってみただけの落ちで、内外の良心と良識を弄び嘲り薄笑いする野田政権の超悪質な原発オレオレ詐欺!!
⇒今「原子力」を考える:もんじゅ、研究開発方針変更なし 廃炉の方向一転/福井 http://urx.nu/21pE hanachancausevia 2012.09.19 21:43
⇒「2030年代に原発稼働ゼロ」事実上見送り(読売)http://urx.nu/21eR
hanachancause2012.09.19 22:10
⇒ 真の経済発展を妨害する財界!⇒「原発ゼロ、国益損ねる」 経済3団体が反対:日経 http://urx.nu/21eC hanachancause2012.09.19 22:07
⇒「原発ゼロ回避」と認識=米倉経団連会長 - WSJ http://jp.WSJ.com/
http://on.wsj.com/SzCZgd hanachancause2012.09.19 21:46
⇒ @nikkeitter「原発ゼロ」新戦略、参考文書扱いに格下げ(+) http://s.nikkei.com/PE2Lj7
hanachancause2012.09.19 21:53


野田政権が仕掛けた原発ゼロの虚構(国策ウソ原発の罠)/それは明らかな証拠を突きつけられても往生際が悪い居直り強盗の無様さと瓜二つ】「『原発ゼロの綻びが拡大/大間・島根らの建設認める(日経)http://urx.nu/201z 』は現実的矛盾を平然と棚上げする<野田式原発ゼロのウソ>は歴然たる証拠を目前に突きつけられても往生際の悪い強盗が居直る姿とソックリで、今やまことに見苦しく恥ずべき構図となっている。(画像『大間原発は再処理でつくられた燃料もつかえるようになっている』はhttp://urx.nu/201z より)


・・・添付の画像『大間原発は再処理でつくられた燃料もつかえるようになっている』が<野田式原発ゼロのウソ>の全てを物語っている。それは、<ウラン燃料⇒大間原発⇒使用済み核燃料⇒再処理工場/六ヶ所村(一部は直接処分へ?)⇒MOX燃料(ウラン・プルトニウム混合酸化物)⇒大間原発>の<核燃料サイクル>自体が、<原発ゼロへのプロセス>ならぬ<原発推進そのものへの着実なプロセス>であることが明らかであるからだ。かくの如き<居直り強盗型の真っ赤っかなウソ>を堂々と吐くのは、日本の子供たちにとり教育上の観点からも真に由々しきことだ。日本政府が率先して<国策ウソつき原発国家>を目指すという<奇妙なウソの吐き方>の模範を示すことになるではないか!


・・・また、図にあるインプット(ウラン燃料⇒)の前提となる全ウラン燃料の7割は米国からの輸入であり、日米原子力協定が続く限り、このインプット(米国等からのウラン購入)の奔流が止まる保証はない。一方、アウトプットの見通しが一切立たぬため高濃度汚染核廃棄物の行き場についても退路を断たれたままだ。(参照、下記↓*1、2)
*1【日米原子力協定を破棄せぬ限り如何に全国民の生命がリスクに曝されても<脱原発>は不可能であることが明かになった!】「あくまでも(反原発で五月蝿い国民を黙らせるための)目標だと長島首相補佐官が示唆」したが米国側の懸念(原子力協定と矛盾する内容になるとの)は完全には払拭できず。http://t.co/TszqF5gE hanachancauseposted at 10:23:51 2012年09月14日
*2予想どおり、日本学術会議から原子力委へ出された「核燃料についての総量規制」提言は「原発ゼロ=革新的エネルギー・環境戦略」で無視された!/フクシマ3.11過酷原発事故にも拘らず更に巨大システムミックス型リスクへと異常成長する<Jap.ネオ国策民営原発の悲惨>】http://t.co/1RKimjVA


・・・しかも、この日米原子力協定が<使用済み核燃料の再処理による日本でのプルトニウム生産(MOX燃料生産)保有原発用燃料としてのみ再利用する>という前提で認められている限り、<原発ゼロ>ではプルトニウム生産の根拠がなくなり、この日米協定の前提は崩れ去る。そこで、<現実問題として再処理による日本でのプルトニウム生産保有原発用に限るだけではなく核兵器生産にも使えるようにする>という意味での安全保障論(原子力平和利用たる原発による確実な安全保障の実現という怪しからぬ屁理屈)が野田総理らの脳裏をよぎり、自民党・極右派の石破茂らが本気で牙を剥く顛末が予想されることになる訳だ。まことに危険なことである。


・・・更に、往生際の悪く居直り姿強にも似た<野田式原発ゼロの大ウソ>から見通せるのは建設再開となった大間・島根・東通ら建設中原発が<40年の廃炉原則>ゆえに1930年代(1930〜1939)のゼロ目標期を越えても必ず稼働し続けることになるという分かり易いウソだけではない。それは、純然たる新増設は認めないことになっているが、もし、将来のある時点で電力不足の懸念があるとされた場合(実績の如くヤラセ、ウソ何でもありなので・・・)には、<再稼働→廃炉>に対応するための代替原発の建設は例外として認めるという屁理屈になりかねないからだ。そうなれば、事実上、日本の原発利用は永遠に続くこととなってしまう。まことに、恐るべきほど<あっけらかんとして壮大な野田式原発ゼロの大ウソ・シナリオ>である。