toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

エーお煎(汚染)にキャラメル(東京五輪2020)〜!/浪漫派風の放射能汚染ピック東京「アイロニー(幻影)劇場」で安倍が取り戻しを謀る軍国ファシズム

toxandoria2013-09-23



[副題]そもそも“正統保守とは何か?”を日本国民が真剣に考えていないことが、ブラック擬装極右派の安倍らを此処までのさばらせた諸悪の根源ではないか?



・・・『雪月花(日本美の象徴)のイメージ』は、http://urx.nu/58XM より転載。                    


ベルリン、カイザー・ヴィルヘルム記念教会(Kaiser-Wilhelm−Gedaechtniskirche、撮影toxandoria)

・・・偽装極右派ならぬ正統保守(メルケル政権)の下で「脱原発」の方向性を決めたドイツ、その首都ベルリンにあるプロテスタント教会。1943年11月23日のベルリン大空襲で破壊され、最低限の修復を施した上で崩れたままの姿で保存されている。広島の原爆ドームと同様にベルリンの空襲の悲惨さを今に伝えている。


(関連情報)SPDとの大連立交渉の難航は予想されるものの“独の左右大連立”で「正統保守・脱原発・EU改革」へ向かう欧州、アベ擬装極右暴走で「原発型“幻影ウソ(orクソ?w)政治”」へ直走る日本!


  
中道右派与党、第1党維持=メルケル首相3選へ−大連立政権か 9月22日投票 保守系与党(『脱原発』を決めたメルケル政権与党、CDU・CSU/但し、ドイツの政治では、EUの“より良い進(深)化”のためにも一定の“反EU・極右派”等への対応も視野に入っているはずだ!←toxandoria、補足)が第1党の勢い(半数に迫った) ドイツ総選挙】


・・・キリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)が第1党を維持、メルケル首相が3選される見通し。CDU・CSUと中道左派の最大野党、社会民主党(SPD)による大連立政権が4年ぶりに復活する可能性も出てきた。<SPDが政権に復帰すれば、欧州債務危機国への支援が進むとの見方>もある。時事 http://urx.nu/5akq


・・・SPDとの大連立交渉の難航は予想されるものの“独の左右大連立”で正統保守・脱原発・EU改革へ向かう欧州、アベ擬装極右暴走で原発型幻影ウソ政治へ直走る日本! ⇒ メルケル独首相、与党過半数届かずSPDと大連立か 、議席獲得は同盟、SPD、左派党、緑の党の4党のみ 朝日 http://t.asahi.com/ck98 <注記>画像は、http://t.asahi.com/ck98 より転載。




ベルリンの風景、アラカルト(撮影toxandoria)




1 『原発推進&汚染水完全コントロール』なる『東京五輪式アベ・アイロニー(幻影師が仕掛ける現実逃避)ショー』に“いかれ”た<ポスト・フクシマ3.11>の日本


(Introduction)『近世日本の伝統テロリズム論(本居宣長の誤解)による高々で約1千万人程度の偽装極右シンパの暴走を絶対多数国民(約5千万人の国政選挙・棄権常習者層)が傍観する奇怪な風景』



安倍総理大臣は、日本会議(加盟団体会員数、約800万人)、神道政治連盟国会議員懇談会安倍晋三・会長、会員国会議員数202名/なんと、国会議員・衆参合計722人のうち約3割が奇怪なミソロジー原発ウラニウム放射能アニミズム神話』の信者!?)、国家基本問題研究所(櫻井よしこ理事長)ら偽装極右派(現人神天皇制をめぐる伝統“密教テロリズム(非常に狡猾きわまりない天皇道具視&同利用)派)をコアとする安倍自民党の“熱烈支持層” 約1000万人の思し召しに応じ、万難を排して<国策靖国英霊崇拝と戦前の軍国主義日本>および<国策原発推進原発ウラニウム放射能アニミズム神話>の取り戻しを謀っている。


<注記>この画像は、ブログ『openyoureyes.over/If you love this planet - Situation actuelle a Fukushima (Docu + VidZ) [VOSTFR]』http://urx.nu/5akf より転載。この風刺画像の見方は“人さまざま”であろうが、フクシマ3.11にもかかわらず、日本の『相変わらずの傍観者であり続ける、絶対多数国民(約5千万人の国政選挙・棄権常習者層)』への警告と見るべきかもしれない。『結局、あなた方が、日本国民のみならず全世界にも重大な責任を負うことになる“ブラック擬装極右派の安倍晋三・総理大臣を選んだことになるんですよ、鼻の穴でなく目の玉をおっ広げて其の現実を見なさいよ!(open your eyes)” 』


他方、去る7月21日・参院選での自民党得票は約1500万票(2012年12月16日、衆院選自民党得票は約1800万票)、棄権者5000万人弱(総投票権者数は1億人強/2012年12月16日、衆院選・棄権者数は4000万人強)という余りにも異常な国政選挙の状況(日本の伝統に潜むテロリズムの論理(本居宣長の誤解)に拘る安倍晋三・首相ら高々で1000万人程度の国民層の超リスキーな暴走に引きずられ、それを絶対多数派の国民層が傍観するという奇怪な現象?が続いている。


これこそが、深刻化するばかりのフクシマ汚染水流出問題、東電経営の再検討、賠償スキームの見直しなど最重視すべき根本が放置される一方で、原発再稼働、原発輸出、インドへの核技術支援プラン(核拡散の積極推進!)、「汚染水完全コントロール」ウソ宣言などが安倍政権によって堂々と進められつつある原因となっている。


(アベ式『汚染水・完全コントロールのウソ』のブラッキーな悪辣さ)


【案の定!<福島第一原発5・6号は廃炉以外に道ナシ(当然の現実)>の<首相要請パフォーマンス>で、<汚染水『完全コントロール』の嘘をカムフラージュする戦術(でも〜、その魂胆『安倍総理ら日本原子村の“ブラックな毛むくじゃらの尻!』が丸見え!】 ⇒首相 福島第一原発5・6号機廃炉を要請 NHK http://urx.nu/58D9 



・・・Cf.1 <浪江町議会>首相に抗議 汚染水制御発言「事実に反する」、安倍の「完全コントロール&健康への問題は全くない」発言は事実に反するウソだ!と・・・9/21毎日 http://urx.nu/5a44 



・・・Cf.2 エーッ、ウッそ〜!!! 汚染水の影響範囲を知らずに発言か? 首相「0・3平方キロはどこ?」 実際の範囲がどの程度か理解しないまま発言していた可能性がある! 47N  http://urx.nu/59HX
・・・Cf.3 安倍フクシマ視察に非難囂々 何しに行くのか ? ⇒ <ウソの完全コントロール>をしに行くのだろうねwww http://urx.nu/58qD 2013.09.19 10:30只のオッサン(脱原発への急転向者)
・・・Cf.4「この名札ミスは、日本の“暗部”or“恥部”の誤記では?www」⇒安倍首相、福島原発視察 安全アピールも防護服に「安部」、自ら陣頭指揮を執る姿勢を国内外に示す狙いだが、「パフォーマンス」との指摘もw(w←只野親父、補足)スポニチhttp://urx.nu/59ge 
<注記>画像『日本の“暗部”or“恥部”の誤記では?www』は、同記事より転載。
・・・Cf.5 安倍視察は逆効果 「防護服・暗部(or日本の恥部←toxandoria、補足)フル装備」に世界はショック2013年9月20日 日刊ゲンダイhttp://urx.nu/59lj


(安倍政権の恐るべきブラック背後霊と神聖な破廉恥の諸相)



【「解雇しやすい特区」検討 秋の臨時国会に法案提出へ 朝日 http://urx.nu/59Li 】ココまで来れば奴隷労働はもとより、人身売買でも、人肉売買、臓器売買でも、その他 何でもアリの<安倍「ブラック政府」による“狂気の沙汰”特区>ではないか?www <注記>2枚目の画像は、http://urx.nu/5a0q より。


【「秘密保護法案」の報道されていない問題点】<教唆犯処罰が大問題>例えば、安全保障上の機密情報について、記者が、しつこく取材をして、秘密だから出せないと渋っていた<官僚の説得に成功してこの官僚が秘密を漏らしたら、その記者が逮捕されるかもしれません。マスコミを萎縮させる効果は絶大です。>古賀茂明 @kogashigeaki via web2013.09.18 21:39只のオッサン(脱原発への急転向者)さん他、482人がリツイートhanachancause
・・・Cf. わざわざ意識する発言は怪しい!RT@miyake_yukiko35原発情報は特定秘密対象外http://urx.nu/58pZ 礒崎総理補佐官が「秘密保全法案」で政府が原発関連を特に秘匿必要情報に指定することはない。本当に原発に関連する情報全てを指定しないのであればいいが。只のオッサン(脱原発への急転向者) @hanachancause
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=440643672719594&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1



【これぞ橋川文三三島由紀夫と同世代で、戦前のファシズム・カルトに“いかれ”た経験を三島と共有しながらも、それを徹底的に自己反省した政治思想家/詳細、後述)がいう、空飛ぶ「神聖な破廉恥」ではないか?!/放射能汚染と流体に関わる「ニュートンの法則」等も完全否定(そもそも福島第一原発が立地する土地は河川流の跡地で流量が多く、流れの速い伏流水のため軟弱な地盤である)し自らが「全能の神」であることを宣言したも同然の安倍カルト総理の信条は「原発ウラニウム放射能アニミズム&軍神靖国の融合・合祀信仰」であるという現代日本の怪奇現象!/ダークマネー汚染すら囁かれるIOC委員はともかく、健康な常識ある普通の感覚からすれば実に不可解な安倍首相のカルトorイカサマな心情だ!!】⇔ 首相「汚染水発言」 空手形の乱発は無責任だ/2013年9月10日琉球新報・社説https://www.facebook.com/photo.php?fbid=436951689755459&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1 


(東電&政府発表の『フクシマ汚染水』情報がマヤカシであることの状況証拠)



■単なる小手先の対策見直しで済むのか?<川の流れの上に造った福島第一原発>という、そもそもの前提が誤りではないか? つまり、フクシマの地下水は、いわゆる地下深層水ではなく、河川流に近い性質の、流れが速く水量も多い伏流水ではないのか?
⇒ 山側地下水から高濃度トリチウム福島第一原発、汚染水が地下水まで達した可能性があると説明。地下水汚染が拡大すれば汚染水対策の見直しを迫られる可能性も。「地形を考慮せずに建設したことが立地上の欠陥となり、今の汚染水のそもそもの原因」と丸井グループ長は指摘する。水との宿命を負った福島第一原発。その出口は見えない。読売 http://urx.nu/54z7 
 <注記>画像は、http://urx.nu/54B0 より転載。
・・・Cf. それにしても、そもそもフクシマを招致した無責任な野郎(国会議員ら)は何処の誰だ?・・・なんと福島原発に川の痕跡!! 汚染水との戦い、緊迫度増す 浄化優先、海洋放出も模索・・・ 2013/9/7・日本経済新聞 http://urx.nu/56M7


(関連情報)


【動画】クローズアップ現代『汚染水クライシス』2013-09.11


【動画】そもそも 今、福島第一原発の汚染水問題以上に差し迫った課題はないんじゃないの?/そもそも総研  動画はコチラ ⇒  http://www.at-douga.com/?p=8999


これで「完全コントロール?」、日本のみならず世界は何を信じればよいのだろうか?今頃になって初歩的ミスだって? 規制委員会も測定すべきだって? 本当にシッカリして欲しい・・・
⇒ 東電が、海のセシウム濃度を2年近く低く公表してきた!NHKニュース 9.14
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=438746749575953&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1


呆れた、これもだ!これで福島の汚染水は「完全コントロール」だって? ⇒【原発汚染水】トリチウム濃度上昇 5日間で36倍 東電「15万ベクレル検出」日を追うごとに高まる。, 一方、タンク近く排水溝の水、ストロンチウムなどベータ線出す物質が940ベクレルper1リットル検出、6日から約8倍上昇- MSN 9.13
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=438753949575233&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1


【動画】「基準値以下の汚染水は海洋投棄もやむを得ず」田中俊一原子力規制委員会委員長 外国特派員協会講演(2013年9月2日)


この動画で明らかであるが、田中俊一・原子力規制委員会委員長は、2013年9月2日の外国特派員協会講演で『基準値以下(当然、基準値以下のトリチウムストロンチウムなど、人間を含む生物一般にとって非常に有害で毒性が強力な汚染物質も含むとみなすべきだろう!)の汚染水は海洋投棄もやむを得ず』と発言していた。


<注記>トリチウムストロンチウムの毒性について
・・・トリチウムは、親水性が強いため溶け込むと放射能を帯びた水になり、一定量以上が人体に入ると、特に造血機能にダメージを与え白血病や癌を発症したり、あるいは遺伝子に影響を与え発達異常や生殖問題などに繋がる可能性が高い(出典、http://urx.nu/55rz )。
・・・ストロンチウムは、カルシウムに似た親骨性の物質で、ベータ線を放出するが、これはアルファ線より飛距離があり骨髄に効率的に到達してしまう。特に、ストロンチウム90は骨髄で作られる白血球の正常な機能を阻害してガンや免疫低下、免疫低下に起因する感染症、肺炎などを引き起こす(出典、http://urx.nu/55rl)。


【政治家のウソの建前で自らのウソ(非科学性)の正当化を謀り、一般国民を煙に巻く「原子力“寄生2委員長」のイカサマ幻影師、錬金術師的な妄言!ここまで人畜有害カルト化したら役職を返上すべし!】http://urx.nu/55sf
⇒ 福島汚染水:田中規制委員長、首相発言擁護/政治家の「完全にブロック」発言は「科学的」だ。毎日2013.09.12 04:53 


・・・


「9/8オリンピック招致・最終プレゼン」での安倍首相による『汚染水完全ブロック宣言』に一部から批判が強まるや否や、田中俊一委員長は、時を移さず『安倍首相の完全ブロック宣言は、政治家の発言としては間違いでない』という、まことに科学者らしからぬ、まるで中世の錬金術師を思わせるようなイカサマ発言で安倍首相を擁護してみせた。

この不可思議(不可解?)な経緯は何を意味するのか?それは、安倍首相のフクシマ汚染水『アベ完全ブロック宣言』については、初めから『汚染水の放出が海水の希釈効果によって無害化する』という説明を、内外に対するギリギリの説得材料として準備することについて、規制委員会と政府側が暗黙に了解し合っていた可能性が非常に高いということである。

しかし、フクシマの現実は東電と日本政府(安倍政権)による<このように悪辣な悪巧みの範囲>を遥かに超えた非常に危機的なものであることが、表記の<フクシマの地下水は、いわゆる普通の意味での地下深層水ではなく、河川流に近い性質の、非常に流れが速く水量も多い伏流水ではないのか?>という根本問題(そもそも、福島第一原発を、そのように超リスキーな土地の上で何故に造ってしまったのか、という恐るべき現実)から明らかとなってしまった。しかも、このほかにも、以下(■)のことなどから次々と新たな危機の局面が暴露されつつある。



■【日本政府も、国会も、2020東京オリンピックで舞い上がってる場合なんだろうか?】⇒福島第一 汚染水対策綱渡り 建屋周辺地盤 (万一、大きな地震が起これば)液状化の恐れ 東京新聞http://urx.nu/54Gs


・・・以下、記事内容の転載(部分を抜粋)・・・


東京電力福島第一原発の汚染水の脅威は、海洋流出による汚染にとどまらない。現在、海側に流出を食い止める遮水壁を建設中だが、逆に1〜4号機周辺の地盤に水がたまり、軟弱化する恐れが指摘されている。<大きな地震が来れば、一気に液状化しかねない。汚染水対策は文字通り綱渡りの状態>だ。(林啓太)
◆遮水壁で地下水たまり「泥沼状態」
◆埋め立て地の海側周辺軟弱


そんな場所で大地震が起きたらどうなるのか。山崎氏は「震度6の地震で建屋の周辺は液状化する。放射性物質を含む地下水が土砂とともに噴出し、手が付けられなくなる」と想定する。「建屋も傾斜しかねない。使用済み燃料プールや冷却水の配管が破壊されれば、大変な事態になる」


4号機では11月中旬から使用済み核燃料プールに保管する1533体の燃料を取り出す作業が始まるが、地盤の緩みで大きな事故が起こらないか、不安が残る。 燃料はキャスクと呼ばれる容器に入れ、クレーンでつり下げて地上に下ろすが、高低差は約30メートル。山崎氏は「キャスクの強度は、高さ9メートル以上からの落下には保証できない」と問題視する。


「容器が破損して中の水が抜ければ、数日で発火する。液体窒素をかけるなどの対応ができなければ、現場に残された残りの燃料を巻き込む火災になり、放射性物質がまき散らされる」 <一方、東電は1〜4号機周辺の土壌を凍らせる凍土の遮水壁を造る予定だが、元国会事故調査委員会委員の田中三彦氏は「氷は水より体積が大きく、霜柱と同じ原理で建屋が浮き上がってしまう可能性がある」と別の問題を指摘>している。


(安倍政権が謀る現代版“奴隷の思想”の恐るべき仕掛け)


そして、この“フクシマをめぐる惨劇的パラドクス”から抜け出るために必要なのが、「コペルニクス転回」的観点に立つ<全く新たな異次元(メタ次元)への投資>となり得る<原発ゼロ必達の理念下における全原発54基の廃炉計画(ドイツ型・脱原発への方向転換!)、もんじゅ廃炉計画、および再処理計画廃棄等の具体化と再生エネルギー投資>へ向けての抜本的な構造転換プロジェクトを具体的かつ緊急に国策化することである。


そもそもの順番を考えれば、格差拡大傾向を是正するための分配構造に十分目配りした経済活性化策を先行させ、そのような安心と信用の上で実を結ぶ経済的果実に対して消費増税等を実行すべきであるのに、まったくコレが逆さまになってしまっている。このため、国民との約束であった<消費増税社会保障目的である>という大前提が全く無視されている、という真に驚くべき、現代版“奴隷の思想”の仕掛け>が実行されつつある。


(関連情報)



【消費増税8兆円の内5兆円(6割強)を<経済対策&法人税引下>へ振り向けるのは、原発系マネーの過半超である6割強を、再び原発マネー系企業サイドへ還流させることを意味する!/『安倍政権が謀る現代版“奴隷の思想”の恐るべき仕掛け』】http://urx.nu/55Ob <注記>画像は、http://urx.nu/55cA より転載。
・・・Cf.1 14年度に法人税率下げ 経済対策は5兆円超 消費増税2%分 日経、 http://urx.nu/55aU 
・・・Cf.2 目的を忘れた消費増税 社会保障費も財政規律も置き去り/[高橋乗宣の日本経済一歩先の真相] (日刊ゲンダイ2013/9/20)、http://urx.nu/59Bq


・・・


これらの情報から、次のような『安倍政権が謀る現代版“奴隷の思想”の恐るべき仕掛け』が浮上してくる。


つまり、消費増税8兆円(GDP比6割×3%)の内5兆円(6割強)を<経済対策と法人税引下>へ振り向けることは、原発系マネー(下請・系列企業も含めると、原発&輸出系大企業を主軸とする国内総産出額の約7割(GDPでは約6割を占有)の過半超である6割強を、再び、原発マネー系企業サイドへ還流させることを意味する。


しかも、この<歪み切った傾斜構造>については主要メディアも十分承知のうえでのことだ。善良な日本国民はどこまで騙し尽くされ、骨をしゃぶり尽くされれば気が済むのだろうか?


例えば、今度は絶対多数派の国民層(国政選挙“常在”棄権層、約5千万人を中核とする)が大いに期待する(らしい?)『2020東京オリンピック経済効果』にしても、それがもたらすことになる(であろう?)付加価値の6〜7割以上は、今の<アベノミクス/超“原発カルト”一極型経済循環構造>が変わらぬかぎり、再び、その果実の殆どが原発マネー系企業サイドへ還流することとなる。


これこそが、いわゆる<『アベ式フクシマ汚染水完全コントロール』のウソで『嘘吐きクレタ人のパラドクス(2020東京オリンピック、賛成⇔反対の堂々巡り)』の罠に嵌った日本>という真におぞましい大ジレンマの構図が意味することに他ならない。


(関連情報)



【安倍政権なるタカ派の平和ボケ(1)】東電フェロー「できていない」 コントロールほど遠く 汚染水「制御」迷走 朝日 http://urx.nu/55LL 


・・・ 東京電力福島第一原発放射能汚染水漏れ問題で東電の山下和彦フェロー(技術顧問)は13日、「今の状態はコントロールできていないと考えている」と述べた。安倍晋三首相は7日の東京五輪招致演説で「コントロールされている」と発言したが、その後も汚染水の海洋流出が相次いで発覚しており、本当に制御できているので迷走している。


・・・菅官房長官は、東電側の説明について「貯水タンクからの汚染水漏洩など、個々の事象は発生しているという認識だ」と述べ、全体状況は安倍首相が言ったとおりであり、汚染水の影響が外洋に及ばぬようにしていくという意味で「コントロールされている」と、強調した。<注記>画像『有識者らでつくる福島県の協議会が福島第一原発を緊急に視察した。報道陣も同行し、汚染水漏れを起こしたタンク(左から二つ目)などについて説明を受けた、13日』は http://urx.nu/55LL より転載。



    
アニミズム神(部分では汚いこともアリよん!)と一神教(トータルでは絶対に綺麗よん!)を混在化させ始めたアベ政権!「部分は汚いが、統一的全体は綺麗?」、でも〜私(アベ〜)はキレイでしょッテか?甘利(否、あまり)ヒトを馬鹿にしないでね〜!】<注記>参考画像は、http://urx.nu/55uc ほか より転載。
⇒ 菅官房長官:東電幹部の「汚染水コントロールできていない」は首相発言と矛盾せず。https://www.facebook.com/photo.php?fbid=438158849634743&set=a.110630322387599.11985.100003218947947&type=1



【エッ!日本経済のキモは汚染三大「恥部兄弟」だったの?/これで本当にいいのかい善良無垢な日本国民の皆々さま!/「カジノ議連」が目指す「カジノ業法」その強烈な内容】⇒ 実は、「アベ完全ブロック式ウソ」が覆い隠すのはフクシマ汚染のみならず、カジノ利権、オリンピック利権、原発利権なる<汚辱に塗れた三大恥部>利権だった?浮上する(参院選後に)成長戦略第2弾(第3or4弾?←只野親父、補足)は「カジノ解禁」だそうだ。世界の富裕層を呼び込み、落とすカネが景気対策になるという。賭博に依存する成長でいいのか。AERA 2013年7月22日号、http://urx.nu/59eU <注記>画像『カジノ解禁を待つお台場』は、同記事より転載。
・・・Cf.1 カジノ議連こと国際観光産業振興議員連盟http://urx.nu/59fg  
・・・Cf.2 安倍首相が出席する怪しい結婚披露宴 (日刊ゲンダイ) 
http://asumaken.blog41.fc2.com/blog-entry-9789.html
・・・Cf.3 国民は両目を開いてこれを見よ。これが日本の支配者層たちだ
http://bylines.news.yahoo.co.jp/amakinaoto/20130920-00028268/
・・・Cf.4 2020年 東京五輪開催決定で加速する猪瀬都知事「カジノ計画」青写真 『そもそも、招致スポンサーがパチンコ業界のマルハンだったことを思い出そう、パチンコ業界主導のカジノ議論は水面下でスタートしてることを認識しましょう』入り込んでる状態からの排除は困難です。ブラッディ メアリー@_meary via Tweet Button2013.09.06 23:38只のオッサン(脱原発への急転向者)さん他、5人がリツイートhttp://urx.nu/59fI


・・・


《嘘の連鎖》:福島事故の汚染水の影響は「完全にブロックされている」と言った安倍総理の『嘘』。「国際公約になったから良かった」というコメントを聞きます。しかし、<嘘は嘘の連鎖>を呼びます。今後、最初の嘘がばれないように、ますます情報を隠し、歪曲し続ける可能性の方が高いです。古賀茂明 @kogashigeaki via web2013.09.10 10:17只のオッサン(脱原発への急転向者)さん他、1508人がリツイート


・・・


増税とバラマキのスパイラル」「改革なき増税ギリシャへの道」:私が2年前に経産省を辞めた直後から言っていたことが、現実のものに。10%にしても全く焼け石に水。すぐに15%の話が出ます。そして経済対策の名目でまたバラマキ。さらに20%へ。ギリシャやスペインと同じ道です。古賀茂明 @kogashigeakivia web2013.09.13 09:34只のオッサン(脱原発への急転向者)さん他、515人がリツイート


・・・


汚染水対策はオリンピックのためではありません。10月と12月に控えた東電向け融資の借り換えと追加融資のためです。「国が前面に」というのは「東電はお金を出さない」「国民につけ回しする」。つまり、「東電は破綻させない」「銀行の債権は税金で返すから融資を継続して」という意味です。古賀茂明 @kogashigeakivia web2013.09.13 10:25只のオッサン(脱原発への急転向者)さん他、1278人がリツイート



2 そもそも、安倍晋三らの如き“擬装保守”ならぬ『正統保守』とはどのような立場と考えるべきか?


ポーランドが生んだ大経済学者オスカル・ランゲの市場社会主義欧州連合EUの根本理念)が一つのヒントになる)


ごく一般的な意味で右派の論客とされる思想家・西部 邁の「天皇制の国家宗教(儀式体制)的意義の復活」と「改憲(9条廃止)どころか廃憲(?www)による先制攻撃力の確保」(著書『保守思想のための39章』(ちくま新書)による)という、その超過激な持論(おそらく、これは西部流のイロニー(橋川文三の意味での“現実逃避”ではなく、それは文字通りの“冷笑”的スタンスorスタイル?)と、決して、toxandoriaは意を同じくするものではない。


しかし、西部が<グローバリズムの進展による均質空間の拡がりで、世界が凡ゆる意味での格差拡大(富と分配の偏在、先進国と後進国、中央と地方、圧倒的軍事力の優劣、核心情報の偏在など)へ向かいつつあるということ、近代設計主義(自由原理主義、間違った意味でのリバタリアニズム)の権化たる米国の超楽天的な帝国化(この次元で、元々がヤヌス的な意味で合わせ鏡的存在であった極左と極右は同じ穴のムジナと化す!)の懸念については共鳴できるものがある。



なお、「元々がヤヌス的な意味での合わせ鏡的存在であった極左と極右の対決と論争(資本主義VS共産・社会主義、ごく平たく言えば『未だにネット上などで延々と続けられている“お前はウヨだ!お前はサヨだ!”の類の不毛な論争』が愚の骨頂であるコト(それは、「フクシマ3.11原発過酷事故」等由来の過酷な放射線を平等に浴び続ける現下の日本国民の“茹でガエル”状態と殆ど同義であり、このことを見過ごすならば、結局は“皆が同じ穴のムジナ”と化す!こと)の意味については、ポーランドが生んだ大経済学者オスカル・ランゲの市場社会主義欧州連合EUの根本理念)に関する数理経済学上の業績(ランゲ・モデル)!が見事に説明している(参照 ⇒ http://urx.nu/4YCE /オスカル・ランゲの画像はウイキより)。


<注記>欧州連合EUの根本にあるランゲ・モデル的理念
・・・周知のとおり、欧州連合(EU)の根本理念は<富の独占・偏在による格差がもたらす不平等と社会全体の非効率のトレードオフ>への危機感を最大限に重視する公正な社会機能を理想とするということだ。そして、当然ながら、そこで市場経済を捨てるということは意味しておらず、別に言えば、それはランゲ・モデルが理念化されたものであるといえよう。
・・・無論、現実の欧州各国には左派・右派あるいは宗教系政党などが存在するが、いわば、それらはEU(欧州連合)のメタ次元の理念ともいえる「市場社会主義」と「政教分離の原則(フランスのライシテ(laicite)など/その核心的意味は、個人的信仰の自由と他宗教への十分な配慮・尊重・寛容が鉄則とされていること)」の下でこそ存在意義があるということだ。
・・・<未だに、戦前型・軍国ファシズムを信条とする偽装極右派への回帰を隠然と画策し続ける勢力が大きな顔をし続ける日本(Ex.安倍政権なる“追憶のカルト”政治/本居宣長国学についての誤解(詳細、後述)に基づく軍神・靖国英霊信仰と原発カルト・アニミズム信仰の国策融合を謀る”という意味での“聖なる破廉恥”化)、および相変わらず超市場原理主義の呪縛に嵌ったままの米国>と<EU(欧州連合)>の根本的違いは此の点にある。
・・・そして、アカデミズム・レベルでの厳密な用語(術語)の定義はともかくとすれば、各国で多数派を占める一般国民層のレベルにおいて、このようなメタ次元の理念である「市場社会主義」と「政教分離の原則」についての理解の深まりを更に促進しようと努力するEU(欧州連合)の政治のあり方こそ、まさに新しい「正統保守」の一つの姿であると見なすべきかもしれない。


・・・


ところで、その西部が著書『保守思想のための39章』(ちくま新書)で「保守の条件」として示す諸条件の中から、以下の二点について特に注目してみる。


●「偏在する葛藤」を持続的で解釈学的に総合する視点(人の感性は錯綜しているのが常である故に)
・・・道理(倫理的な価値を視野に入れた、ものごとの筋道)としての合理は感情の葛藤を統一的に把握しようとする誠実さに貫かれている。そのため、その合理は還元論的な分析を目的とする冷たい合理性とは異なり、その前提として「持続的・慣習的・歴史的で解釈学的な総合の視点(模倣の視点1)」が先行することになる。


●「伝統の由来」である「精神の形式」を保守する視点(“慣習、個人レベルで見れば習慣”こそが究極の感性を運んでくる故に)
・・・一般的に言うと、保守思想が慣習(伝統)を重視するのはある一定の慣習の実体をがむしゃらに死守せよということではない。実体を持つ集団、例えば一国の「国民層の多くが血肉化し内包する形式や価値判断の基準、つまり精神の形式(模倣の視点2)」などを、保守思想は保守しようとする。


<注記>「模倣の視点1」、「模倣の視点2」、「持続的な安定を保証するミメーシス(mimesis/模倣)の視点」
・・・「模倣の視点1」と「模倣の視点2」は、便宜的にtoxandoriaが名付けたものであるが、両者を集約すれば「持続的な安定を保証するミメーシス(mimesis/模倣)の視点」ということになる。そして、ミメーシスは美術史的に見れば「古典主義絵画」と結びつきが強い。一方、啓蒙思想と資本主義に基づく市民社会の発展に伴い出現したのが、個人の自由と主観主義そして抒情性を重視する「ロマン派絵画(および文学、音楽など)」である。
・・・古代ギリシャの哲学者アリストテレス(BC384~322)は、著書『詩学』のなかで「ミメーシス」説を唱えている。それによれば、芸術(文芸、絵画、彫刻、音楽、舞踊)は、媒体・対象・方法等によって差異はあるが、模倣(ミメーシス)を共通原理としつつ、人々に心の浄化作用(カタルシス)をもたらすのが芸術の効用であるとしている。そして、この「ミメーシス」こそ「人間の文化と社会を一定に保守するための必須条件」であると考えられる。


・・・なお、よく考えてみれば、この「保守的立場にとって最も特徴的だ」とされる条件は、実は中道であれ、左派であれ、あるいは極左であっても、当然のことだと言えるのではないか?つまり、これらの条件はなにも“保守派”の特権ではなく、<諸々の価値観が一定レベルまで成熟した人間社会>であれば、その<社会(国家)が安定的に推移するため何処でも当然に求められる基本条件>だということになるはずだ。


(古典主義絵画、ミメーシス、正統保守的感性の親和性/アンドレア・デル・サルト)


アンドレア・デル・サルト『洗礼者ヨハネの誕生』

・・・Andrea del Sarto(1486-1531)「Baptism of the People」1515-17 Fresco Chiostro dello Scalzo 、 Florence


アンドレア・デル・サルト『アルピエの聖母』

・・・Andrea del Sarto「Madonna of the Harpies」1517 Oil on wood  208 x 178 cm Galleria degli Uffizi 、 Florence


盛期イタリア・ルネサンスの画家アンドレア・デル・サルトはフィレンツェ古典主義を完成に導いた画家として知られており、ラファエロ(1483-1520)、ミケランジェロ(1475-1564)、レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452-1519)、フラ・バルトロメオ(ca1472-1517)らの巨匠とほぼ同時代人で、特にミケランジェロとフラ・バルトロメオから大きな影響を受けた画家である。


そのアンドレア・デル・サルト(“仕立て屋(サルト)のアンドレア”の意味)は、15世紀末〜16世紀初頭のフィレンツェで活躍した(フランソワ1世に招かれて、1518〜1519年にフランスに滞在したが、それ以外はフィレンツェで仕事をした)画家であるが、いま「ミメーシス美学の再評価」とともに注目されている。


『洗礼者ヨハネの誕生』(フィレンツェ・スカルツォ修道院の中庭回廊の壁画)でサルトは、ミケランジェロの影響を受けて身につけた“彫刻的な描画法”を使っているが、そこでは殆んど褐色に近いモノクロームのグリザイユ技法(モノトーンの古典的描画法)が使われており、このような描き方はルネサンス壁画の中でも特異な作例である。


また、サルトがこの技法を大理石彫刻やブロンズの模倣で身につけた(古代ギリシアで行われていたように)ことをジョルジョ・ヴァザーリ(1511-1574/盛期〜後期ルネサンスにおいて主にフィレンツェで活躍した建築家・画家・美術史家)が指摘している。


『アルピーエの聖母』はサルトの聖母子像の中で最も重要な作品とされるものであり、彼の妻が聖母のモデルとされる。ヴェネツイア派の技法を身につけたフラ・バルトロメオの情熱的な色彩、レオナルド・ダ・ヴィンチの明暗法(スフマート)、そして何よりも古典主義(古典彫刻風の人物表現)的なバランスの良い構図には荘重さが漂っており、これらの心地よいハーモニーが鑑賞者の目を引きつける。


なお、向かって右は福音書記者の聖ヨハネ、同左は聖フランチェスコであり、聖母マリアは左足に重心をかけたコントラポスト(支脚と遊脚の対照の形)で台座にしっかり立っている。


ところで、サルトの古典主義の特徴は次の二点になる。そして、その特徴を短く言うならば「古典的ミメーシスの技法がバランスの良い構図とハーモニーをもたらし、鑑賞者に対し確固たる安定感と安堵感を与える」ということになる。


◆サルトは、古代ギリシアで行われていたように大理石彫刻やブロンズについての克明な模倣術(ミメーシスの技法)を身につけていた


◆そこには古典彫刻風の人物表現的なバランスの良い構図と荘重さが漂っており、これらの調和(ハーモニー)が鑑賞者の目を強く引きつける


この「安定感と信頼感(信用)」(または安心感、安堵感)ということが実は重要なキーワードになると思われる。そして、このサルトの正確な素描の特徴について、ジョルジョ・ヴァザーリは「誤謬なき画家」という最上の言葉で褒め称えている(出典:千足伸行・監修『新西洋美術史』(西村書店)、p162)。


因みに、やがてサルトやラファエロよりやや若い世代のポントルモ、ブロンツイーノ、パルミジアーニなどの画家たちが、ロマン派的な感性の先取りとも見なすべき不安定なバロックの空気を捉えたマニーリスムス絵画(様式史的には凡そ1530〜1600年頃)を描いたことも、ここで記憶に止めておかなければならない。


(ミメーシスこそが正統保守的なるものの核心と考えられる)


実は、アンドレア・デルサルトの素描の大きな特徴である「ミメーシス」は、ルネサンス期及び17世紀ヨーロッパの市民革命期(初期近代)〜近代〜現代につながる一種のロマン派的感覚の拡がりとも見なすべき「デカルト(Rene Descartes/1596年- 1650/哲学者、数学者で合理主義哲学の祖、近世哲学の祖とされる)以来の非常に明晰で確固たる近代主観主義」(一見、誤謬ないしは逆説に見えるかもしれぬが、科学合理主義のプロセスが必然的にもたらすと見るべき、人間が目的喪失型の傲慢化(その典型が原発問題のアポリア化)へと向かって進み始める自縄自縛的な呪縛)へのアンチテーゼ的な立ち位置という意味があると考えられる。


つまり、その「近代主観主義(デカルト的明晰さと底なしの情緒性を合わせ鏡的に内包する、ヤヌス神orジキルとハイド的な傲慢、ないしは小児病的精神環境)」の大きな特徴とは、それはごく普通の意味での一般常識に忠実な人々から見れば甚だ逆説的に聞こえるかもしれないのだが、実は「大自然を絶対制御可能なものと見下す、余りにも軽率な『科学合理』原理主義的な視点、言い換えれば超科学還元主義的観点」に立つことである。



この意味を理解するには、例えば人類は「地球上の全自然環境と生命存在の絶対条件」となっている「月」一つをすら、その絶妙な位置(軌道)条件を含めて絶対に造る(むしろ、創る!というべきか・・・)ことはできないという事実を想起してみればよい!もし、あの「月」が存在せず、あるいは存在するとしても其の大きさと周回軌道がほんの僅かでも現状(その規模と軌道位置)からズレていたならば、地球上での生命誕生も、その持続条件となる潮汐運動なども起こり得なかったし、我われ自身も存在し得なかった!という現実を意識してみればよい(画像は、http://urx.nu/59BU より転載)。 


此処にこそ、後世のロマン派的(橋川文三の見方を借用すれば戦前日本の浪漫派に見られるよう)な「イロニー」(ある意味で偏狭な科学合理・還元主義の視点で自然を見下す近代人間社会の傲慢さの裏返し的なもの、つまり過剰な設計主義の極致たる侵略戦争と辻褄を合せたに過ぎぬ、とめどない“日本浪漫派”的情緒性への沈潜、言い換えれば神憑り的エスノセントリズム(民族的愛国主義)、あるいは冷笑的スタンス(時務情勢、つまり内外の政治情勢等への無関心な生き方)などへ無責任で我儘で放蕩な態度で没入し、それに耽溺するという“恐るべきほど現実逃避的”で無責任な心性)の由々しき胎盤が存在することになる。


そして、この異様な心性が政治権力側と阿吽で癒着すると、「多数派層の国民を意のままに操ることこそが正統保守だとする頽廃的で驕り高ぶった権力、つまり偽装極右派的なもの」(Ex. 戦前ドイツのヒトラー・ナチズム、あるいは現代日本の“靖国英霊・国策原発の融合カルト化で戦前レジームの取り戻しを謀ろうとして暴政化する安倍政権など)の方向へ、その権力自身が、否応なく、とめどなく流され続けることになる。

ところで、先の<注記>「持続的な安定を保証するミメーシス(mimesis/模倣)の視点」の繰り返しとなるが、古代ギリシアのミメーシスが意味するのは「自然世界の本質的なものを強化的に再現し、再提示する」ということである(出典:青山昌文著『美と芸術の理論』(日本放送出版協会)、p18-19)。これこそ「近代主観主義」の“科学合理主義の傲慢化”と“妄想への没入”という二律背反的な呪縛状況へのアンチテーゼということであるのだが、それによってこそ、はじめて<芸術についての実在論的な概念>が反転することが可能となる訳だ。


つまり、絵画に限らず、あらゆる芸術作品(おそらく、それは芸術に限らず政治・経済なども視野に入れて考えるべきと思われる)の役割は、その時点における刹那的な人間の主観だけから構成されるものではなく、この自然世界と人間社会、そして世界中に際限なく拡がる歴史的で本質的な網目の中から、その核心(真理)の一部を「ミメーシスの努力」によってその奥深くからすくい上げ、それを鑑賞者の目前に強化して出現させるものだということになる。


そこで想起されるのが、18世紀英国のエドモント・バーク(Edmund Burke/1729-1797/プロテスタントの父とカトリックの母の間にアイルランドのダブリンで生まれた政治家・哲学者・雄弁家)の著書『崇高と美の観念の起源(1757)』(翻訳、みすず書房・刊)である。


エドモント・バークは『フランス革命省察』(1790)で“人間の浅知恵で先人たちが英々と築いてきた歴史や共同体を軽視すべきではない”という英国流の伝統保守主義(正統保守の歴史主義)の立場を主張し、個人主義が急進化したフランス革命を全面的に批判した人物とされており、また、バークは同著書で“ヨーロッパには古代ギリシアに発する理想と現実のバランスを腐心する英知の集積がある”とも語っている。


しかし、アメリカ独立戦争に際してバークが英国軍による植民地側への軍事介入を非難したという経緯もあるため(西部 邁の説)、これは必ずしもフランス革命の意義を全否定した訳ではなく、革命(政治改革)が超過激化し、一種のテロリズム化したことに対する警告と見做すこともできるかもしれない。


それはともかく、ここで重視すべきは、この「正統保守の歴史主義とされる考え方」が、実は、その殆どが、アンドレア・デル・サルトが見事に表象してみせた「ルネサンス期古典主義の核心と見なすべきミメーシス、言い換えれば、地道な模倣の繰り返しによる漸進的に“慣習化した空気の変容”と“芸術家個人(個々の人間)の個性”の調和」ということに共鳴していることだ。


つまり、バークが著書『崇高と美の観念の起源(1757)』で主張したのは、そもそも17世紀の英国で生まれた「対絶対王権暴走批判」の思潮が18世紀アンシャンレジーム下のフランスで一気に大きく開花し、更にそれが「啓蒙主義」なる新思潮の完成をもたらし、結果的に「明晰さこそが芸術(および社会事象一般)に必須の本質だ」との主張が普遍化し、その方向へ急傾斜し始めたことに対する根本的な批判と考えることができる。


すなわち、バークによれば「偉大な芸術は「世界の無限(自然と宇宙的スケール)」を志向するのであるから、その芸術が限定された一定範囲にちんまり留まるという意味で“絶対的に明晰”ではあり得ないはずなのだ。それが偉大な芸術を小さな範囲に囲い込むのが不可能な理由である。また、それこそ我われが明快な表現よりも<暗示的ないしは暗黙知的な芸術>の方に、より一層大きく強い感動をおぼえる理由なのだ。」ということになる。


結局、バークが言う「悠久の歴史における保守と革新の絶妙なバランスにより有機的に組織された秩序」とは、古代ギリシア・ローマ〜古代末期〜中世〜ルネサンス〜近代〜現代という悠久の時間の流れである歴史プロセスで「営々と積み上げられてきたミメーシス努力の繰り返しの賜物である」と見做すことができるだろう。


また、このような英国伝統の「真摯な努力の積み重ねによる漸進的な改革を重視するという古典主義(バーク流の保守主義)」のコアとなってきたのは、無限の世界(宇宙も視野に入れた広大無限の自然)への「怖れ」の感情と、その恐るべき世界に対する「不安」という謙虚な心性であり、この「不安」があればこそ、人間は自然と世界に対し「謙虚」になるべしという「人間としての道理(倫理)を伴う本物の英知」が生まれることになる。つまり、このようなバーク流の美学こそが「英国の正統保守」を基礎づけたと考えられる訳である。


結局、英国のみならず欧州全般の政治の伝統は、その悠久の歴史における保守と漸進的な革新(改革)と個人主義、これら三者の間の絶妙なバランスによって有機的・歴史的・倫理的・科学哲学的・美学的に組織されてきた持続的な秩序であるということになる。


しかしながら、そこで忘れてならないのは、それが民主主義社会である限り<この有機的・歴史的・倫理的・科学哲学的・美学的に組織されてきた秩序が維持されるのは、あくまでも国家の主権者たる多数派の国民意思の支持があってこそ>だという点である。


無論、個々の局面では、例えばドイツの最低賃金問題(参照⇒現代における『ドイツの格差問題と最低賃金制度の再構築』、http://urx.nu/572G )などのように非常に悩ましい論争が繰り広げられつつあることは事実ながらも、欧州各国では国家の主権者たる多数派の国民意思を確実に巻き込みつつメタ次元としてのEUの根本理念は共有、維持されている。


更に、このような「古典主義の思想」(表層的なウヨ・サヨの応酬レベルではなく、欧州における正統保守的なものの考え方)の中には、それは真に驚くべきことであるのだが、現代の我われにとって最大の脅威となりつつある地球環境問題や原発利用の問題への適切な対処のヒントさえもが潜むように思われる。


ヒトラーファシズムに利用されたドイツ・ロマン派絵画/カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ)


カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ『孤独な樹』 

・・・Casper David Friedrich(1774-1840) 「Solitary Tree」1821  Oil on canvas  55 x 71 cm  National Gallery 、 Berlin


田野大輔・甲南大学文学部教授(歴史社会学、ナチズム研究)は、以下のように指摘する。・・・以下、引用・・・


・・・ナチズムがロマン主義の影響のもとにあったことは、これまでもたびたび指摘されてきたところであり、シラーからヘーゲルをへてニーチェヴァーグナーにいたる一連の思想のなかに、美的政治の起源をもとめる論者も多い。ベンヤミンもまた,「政治の美学化」を「芸術のための芸術の完成」 と定義して、ロマン主義の影響を示唆している。だが以下で明らかにするように、ナチズムとロマン主義の関係は両義的で、<両者は多くの面で重なりあいながらも、たえず異質な存在でありつづけた>のであり、<ナチズムの元凶としてロマン主義を非難するような議論は、あまりにも単純>というほかない。むしろわれわれは、<両者の共犯関係と緊張関係の複雑な絡みあいを問題にすべき>だろう。(出典:田野大輔『反逆の徴 ロマン主義とナチズム再考』大阪経大論集・第57巻第3号・2006年9月、http://urx.nu/56Bp )・・・


・・・ここで引用は、一旦おわり・・・


そして、同じことだが、当ブログ記事でも<ナチズムの元凶としてロマン主義を非難するような議論>を展開するつもりは毛頭ない。更に、当ブログ記事の主旨とほぼ同意と思われる記述があるので、いささか長くなるが、もう少しだけ田野大輔氏の論文から、その一部を以下で更に引用させて頂く。


むしろ、当ブログ記事が注目するのは、何故に、ドイツ・ロマン派(主義)と日本浪漫派が特にファシズムに(ドイツではナチズムに、日本では君側の奸らを支配下においた軍部ファシズムによって)一方的に利用されることになったのか、および現代日本における「自称、正統保守派(toxandoriaに言わせれば偽装極右派にすぎない安倍・自民党政権)」がポスト・フクシマ3.11でも「脱原発」へ舵を切ることができずにいるなかで、片や伝統ロマン派の流れを汲むともいえる現代ドイツ保守派のメルケル政権が何故に「脱原発」の意志決定を実現できたのか、という点について疑問の解明を試みることである。


・・・ここから、更に引用を開始する・・・


・・・たしかにナチズムもまた「芸術作品としての国家(政治の美学化←toxandoria、補足)」をめざしていたが、それは「大衆という素材から民族(ドイツ民族←toxandoria、補足)の堅固で明確な形態をつくりあげる 芸術家(=政治家)」の手によるものとされ、理想的な範型にしたがって国家を制作する政治家というプラトン主義的な理念を踏襲していた。ナチズムの政治は、そうした芸術家(=政治家)による国家建設と人間形成をめざすものであり、しかもこれを意識的・科学的な人種政策を通じて、民族体の技術的改良というかたちで達成しようとしていた。したがってハイデガーMartin Heidegger/1889 – 1976/現象学を確立し実存主義へ大きな影響を与えた哲学者←toxandoria、補足)の目からすれば、<ナチズム(ヒューストン・S・チェンバレン、ローゼンベルクらが理論的に主導した←toxandoria、補足)はその古典主義的な外観にもかかわらず、本質的に近代技術文明に極まる主観性(デカルト的←toxandoria、補足)の形而上学の担い手>にほかならなかった。この点では、<理性の支配に反対して人種(民族←toxandoria、補足)の魂を擁護したローゼンベルクの哲学>もまた、<主観性に優位を与える形而上学的性格>をもっていた(アルフレート・ローゼンベルクは、ニュルンベルク裁判で死刑判決を受け処刑された、ナチス・ドイツの思想家・政治家←toxandoria、補足)。・・・


・・・こうしたローゼンベルクの主張は、人種の魂を絶対的価値として、その主体的な実現をもとめるものであって、ロマン主義的な粉飾にもかかわらず、本質的には道具的理性(科学合理主義←toxandoria、補足)の支配(傲慢な支配←toxandoria、補足)に加担するものにすぎないといえよう。ヒューストン・S・チェンバレン(主著『19世紀の基礎』でヒトラードイツ国家主義・民族主義運動に多大な影響を与えたナチズムの思想家←toxandoria、補足)の影響を強く受けたローゼンベルクの哲学は、神秘主義的傾向が濃厚であるとはいえ、科学に裏づけられた人種衛生・人種改良による「新しい人間類型」の創造をめざしたヒトラーの人種理論とも、共通の思想的背景を有していた(以下→「 」)。「北方的精神は瞑想的でなく、個人的な心理に没入するのでもなく、宇宙的・精神的な法則を意志をもって体験し、精神的・建築的に造形するものである」。・・・


・・・ハイデガーはもともと,国民的覚醒をもたらしたナチズムのなかに近代文明(傲慢化する科学技術文明←toxandoria、補足)の発展に対抗する力を見て、「この運動の内的真理と偉大さ」 と呼んだのだが、現実のナチズムはそうした力をもたず、「狂奔する技術と平凡人の底なしの組織の絶望的狂乱」 (←まさに、これは現代日本における、ポスト・フクシマ3.11と爾後のフクシマ・リスク拡大にもかかわらず原発一極利用から抜け出ることができず、日本原子村の言いなりに身を任せた政治・経済へ狂奔する安倍・自民党政権のおぞましい偽装極右化の姿にソックリ重なる!←toxandoria、補足)と化していた。・・・


・・・おそらく<ハイデガーの目からすれば、ナチズムの美的政治はヴァーグナーの楽劇と同様に「印象、効果、感化、煽情のための前景や前面、つまり『見世物』として作用するにすぎない」 ものであっただろうし、ギリシアに範を仰ぐその芸術様式もまた「効果の手段」、すなわち美を道具化するものでしかなかった>に違いない。・・・


<注記>ハイデガーとナチズムの関係
・・・ハイデガーは、西洋文明の巨大化に危機意識を持ったことから、ナチスへ入党した。しかし、この論文で田野大輔氏が指摘するとおり、「結局、本質的には過剰な道具的理性(ある意味で偏狭な科学合理・還元主義の視点で自然を見下す近代人間社会の傲慢さ)の支配に加担するものにすぎない」とされる、その本性を見抜いたハイデガーは、やがてナチズムと距離を置くようになった。


・・・ここで、引用おわり・・・


ところで、美術史の中には「芸術作品としての国家(政治の美学化)」の社会風潮の中で非常に不幸な巡りあわせに至った事例が存在する。例えば、ドイツ・ロマン派風景画の代表者とされ、18世紀末以降〜19世紀にかけてドレスデンで活躍したカスパー・ダヴィッド・フリードリヒ(Caspar David Friedrich/1774 - 1840)の絵画がある。本来、フリードリヒは厳しい自然環境ながらも誌的情趣に溢れたドイツの風土を反映した、抒情性に富んだロマン主義絵画を描いたはずであった。


しかし、不幸にも、フリードリヒは、そのような本人の意図とはまったく異なる形で、世界大恐慌後の時代に入ってから、特に1930年代のファシズム・ドイツ(ヒトラーのナチズム)によって、そのファシズム流のファナティックなナショナリズムの高揚感を更に高めるために上手く利用されることになった。


    
そして、その忌まわしい歴史の流れの始まりを予告したのが、1906年に「ベルリンのナショナル・ギャラリー」(正式名称:Die Alte Nationalgalerie)で開催された『ドイツの100年展(Die Deutsche Jahrhundert-Ausstellung)、ナショナリズムモダニズム、ドイツ・ロマン主義、カスパー・ダヴィッド・フリードリヒ(フリードリヒ“再発見”としての100年展)』である(添付画像・1枚目『ベルリン博物館島の風景/ボーデ博物館』と二枚目『ナショナル・ギャラリー』はtoxandoriaが撮影したもの)。


この「1906年べルリン、ナショナル・ギャラリー展」を何故にナチズム(ドイツ・ナショナリズム)の表象装置の源流と見なすべきなのか、および何故にそれは「ドイツ美術が隣国の能力に劣っていない」ことを殊更に力説するドイツ・パトリオティズム(ドイツ愛国主義)を強化するための展示として開催されたかの経緯については、下記論文◆が詳しいので参照願いたい。


◆仲間裕子(立命館大学教授、西洋美術史)『ベルリン,ナショナル・ギャラリー/ナショナリズムとフリードリヒの受容』(2004年9月、立命館産業社会論集・第40巻第2号、http://urx.nu/576k )


ところで、100年展以前には美術史研究の対象としては誰からも注目されず、殆ど無名であったフリードリヒの美術が、この『フリードリヒ“再発見”としての100年展』で急に注目されたのは何故なのか?表記論文では「すべての古い風景画の慣習、固定した自然形態の強調を基礎とする古い風景画の慣習のすべてがここでは消え去っている」というユニークさが注目され、評価されたという根拠を示すが、果たしてそれだけなのだろうか?


一つ言えるのは、特に、エドモント・バークが重視した芸術における「崇高」(巨大あるいは勇壮なものに対峙した時に湧き上がる観念と美的感情)の概念にはアプローチの違いによってノーマルとアブノーマルの両義性が伴うと考えられることだ。そして、古代ギリシアのミメーシス論に従うならば、「崇高」なるものの本性は果てしない無限の自然の中に深く隠されているのであるから、それをミメーシスによって偉大な芸術家が再現した時にこそ、初めて我われ鑑賞者はその崇高を「美的実在」(優れた芸術作品)として鑑賞することが可能となる訳だ。


一方、例えば「近代主観主義」(Ex.安倍『原発カルト政権』の如く暴走の一途を辿る傲慢化した近代科学合理主義の呪縛)の徒花たるヒトラーの「狂気のナチズム」(傲慢な科学合理主義の観念が自縄自縛的にガン細胞化した如きもの)の場合の「崇高」とは、自然のミメーシスによる「正統保守的価値」の再現ではなく、同じ人間実存の「不安」を前提としつつも、ファシズムパトリオティズム(激烈愛国主義)故に更なる天空へと高く舞い上がった「狂気の幻想」によって「極悪化」したということではないのか?


しかも、恐ろしいのは、これが世襲化・寄生化・特権化しているか、あるいはヒトラーのように激しい劣等感をバネとして跳ね上がった政治権力者などの場合には(ヒトラーの場合は、劣等画学生という惨めな過去の現実を消去したいという異常衝動に駆られたが故に“芸術作品としての国家”を創造するという荒唐無稽の無謀な野望に取り憑かれた可能性が高い!)、自らの保身に纏(まつ)わる異様な「不安」がその美学を殆ど狂気のレベルまで高揚させる逆バネ(エネルギー源)となっている可能性があることだ。


そして、特にロマン派絵画には「ミメーシス的なもの(調和・寛容等の価値観によって安定・安心を確保し保全しようとする英知)」と一定の距離を置く“際限なく虚勢を張る虚構性の方向へ空高く舞い上がる”という本質(弱点、人間としての本物の勇気の欠落)が伴うため、その芸術が「政治権力側と鑑賞者・傍観者(国民一般)が妥協的、かつ馴れ合い的、相互補完的に親和する出入り口として機能し易い」ということが言えるのではないか。そして、それこそが1930年代における「ドイツ国民の“総恍惚催眠(集団オルガスムス/Kollektiv-orgasmus)状態”化=総ナチズム化」の問題に繋がったと考えられる(関連でコチラを参照乞う ⇒
http://urx.nu/5aaE )。


つまり、このような「美学上の非常に脆弱な機序が介在すること」で、政治権力者と一般国民の間に醸成される「特異な空気」(日本の場合で言えば、橋川文三が言う、戦前・戦中期に保田与重郎が代表した日本浪漫派による“一般国民層の現実逃避”の扇動という意味でのイロニー(irony)を歓迎し、多くの人々がそれに耽溺し没入して、それを視野狭窄的に偏愛する空気)が、却って、益々「一層の不安の心性」と「狂気のナショナリズム」の親和力を強化することとなり、政治権力側と一般国民層の間を跨ぐ深部構造の中で、それらが悪循環的に激しく共鳴し合う方向へ流れることになると考えられるのだ。


・・・1件記事当たり容量制限の関係で、この続きの内容は、以下の<続[エーお煎にキャラメル〜!/浪漫派風の放射能汚染ピック東京「イロニー(幻影)劇場」で安倍が取り戻しを謀る軍国ファシズム] > ↓へ続く・・・