toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

クローニー金目放射性「カルト寄生体X」、安倍政権のメディア・プロパ国民洗脳『社会的集団オルガズム』で陶酔する国民はその除染のため正当歴史観と正統保守意識の共有が急務(希望のトポス編)

toxandoria2014-11-05



<注記>『カルト寄生体X』の定義は「3−1−1」を参照乞う。非カルト汚染で“冷静な少数派批判派”は20%程度に止まる?一方、その『カルト寄生体X』震源の異次元オルガズムで恍惚の国民≒約55~60%程度か? ∵[自民固定支持層25%+ウロキョロ層(×ca.1/2)30%]の“支持”と推測可?w ⇒ 1103JNN最新世調/安倍“支持”55.7%で堅調!w http://urx.nu/dJ0K


秋の風景2014、アラカルト・・・12月のブログは多忙でお休みなので、これが年内最後の記事です。又、来年お会いしましょう゚+.(・∀・).+゚.。少々早すぎ鴨ですがw よいお年を!





               


【動画/Au lieu de l'année 2014 de souvenirs】


  


Lara Fabian- Adagio (italian vers)(live)


Nolwenn Leroy - Juste Pour Me Souvenir


LUCIO DALLA - CARUSO - LIVE IN VERONA


(2010) Lucio DALLA e Francesco DE GREGORI: Lavori in corso (Dal VIVO in concerto a Verona) 


日本古代文化の残照にまで “愛国Vs売国”の声が影を落とす(参照↓*1、2)。が、だからこそ視野を転換し世界に誇る日本の伝統文化と正しい宗教・歴史観を重んずる「正統保守」を理解するため“広義のサブカル”(比較少数批判派が支えるヒューマンでアートな文化活動)を見直すべきではないか?
・・・日本国民は現代市民社会における文化・宗教・政治の関係性(フランス革命が意図した政教分離の意義)を根本から学び直すべきだ。元々「フランス革命」には<厳格な政教分離による資本主義(“超格差固定”社会/アンシャン・レジーム)改革の意図>があった。しかし、明治期以降の日本人はそれが一種の極左革命だと誤解させられてきた。安倍政権が今やっているのはその「“政=教”分離」と真逆の「“政=教”一致」の取戻し、というよりも「カルト寄生体X化(“政=カルト”一致)」、「超異次元金融緩和」、「原発推進」なる三本の暴走型「如意棒」で資本主義を改革するという“クレイジー”政治である!w


*1 日本人はどのくらい日本的か?(NPJ通信・連載記事、宗教学者武蔵野大学教授:村石恵照氏)、http://www.news-pj.net/news/9870



*2  約10年来の「社会の偽装極右化」に伴うトレンドだが、数多くある渡来系寺社(八坂神社(高句麗)、飛鳥寺百済)、元興寺(同)、広隆寺新羅)、法輪寺(同)など)の由緒から“渡来系”との記載が消える現象が観察される。おそらく一部の寺社が落書・破損攻撃などの被害を蒙るという“異常な空気(歴史修正主義の圧力?)”の先読みによる自主規制であろう。が、これは「明治期に行われた“廃仏毀釈”(国家神道を牛耳る平田学派(靖国顕幽論)主導の国策)、タリバンバーミヤン大仏破壊、又はイスラム国のシャリーア原理主義」などに通じる文化・宗教的蛮行(カルト狂信故の)である。そして、安倍政権がこれと同じ異常カルト精神を宿すことは明らかなので、これはそのハリボテの政治・経済・財政政策の愚行にも増して真に許し難い“変質者”の行為(靖国顕幽論を批判した和辻哲郎の用語)である。


【参考画像1】パルミジャニーノ『長い首の聖母』1535-40

・・・Parmigianino「Madonna with Long Neck」1535-40  Oil on wood 216 cm × 132 cm Location Uffizi, Florence


<注記>マニエリスム・グロテスク
・・・パルミジャニーノ、エルグレコらが代表するマニエリスム(Manierismus/ルネサンス後期イタリア美術を中心に現れた絵画表現/現代のマニアックなどに通じる)は、カトリック側からの反宗教改革の気分と結びつき助長された一種の“変質者”的表現とも見える過剰な緊張・不安・熱情など、我われ人間が狂信へ暴走し遥かな天上界へ高く舞い上がるとき現れる、いわば内面に潜む<猟奇的エレメント>を描いており、カルト寄生体Ⅹ「安倍内閣」が撒き散らす社会的集団オルガズム(通称“日本社会の右傾化”と呼ばれる集団陶酔現象/関連参照  ⇒ http://urx.nu/driS )の異様な空気も、この猟奇的カルト精神の現れと思われる。



【参考画像2】日本は『政=教(カルト)』一致の国だった?!/安倍内閣自民党)“カルト汚染”の一覧(これは、その恐るべき実態の一例に過ぎない!/20141027日刊ゲンダイより)・・・(補足)ワールド・メイトは神道系カルト。まあ、靖国顕幽論も似たようなもの!w なお、リストにある曹洞宗日蓮宗天台宗はカルトでないはずだが自民党が信仰すると金目の後光が射して、カルト汚染orカルト伝染病化するのか?w


【参考画像3】今や「原発」批判も、安倍“複合カルト(カルト寄生体Ⅹ)”政権と神社本庁靖国神社らの「ウラニウム放射能アニミズム論」指令で再びマスメディアから排除されつつある!

・・・【マスメディアの堕落はここに極まる!今回で3度目、加盟新聞社の総発行部数は約3千万、「安倍政権」暴走の監視より業界利益優先!NHKと歩調を合わせ安倍様ご用達の提灯記事量産!】⇒安倍首相が「共同通信加盟社編集局長会議」に参加、進むマスコミと政府の癒着、背景に新聞「消費税」の軽減税率適用問題1027media-kokusho
・・・@tim1134「一国の長が、全国新聞社・共同開催の編集会に参加した例を私は知らない。軍事政権の国でもあり得ない!」via Twi20141028只のオッサンがリツイート
http://urx.nu/drYT

・・・【安倍“カルト寄生”政権(巨額官房機密費)の奴隷と化した主要記者クラブメディア=政治醜聞を新聞・TVが報じないのは権力との癒着のため!!】⇒「政治とカネ」の最大の恥部は政治権力と大メディアの癒着構造。内閣記者会加盟の新聞・TV各社の官邸キャップが一堂に会した安倍首相を囲む「オフ懇」だ。安倍首相は意気揚々と政権の成果を演説、記者たちは豪勢な夕食に舌鼓を打ち拝聴。言いたい放題でひとり悦に入る安倍氏の言葉に厳しい質問を切り返すこともなく、うなずくだけの各社キャップの姿は喜劇でしかない。2014.11.02Newsポスト7http://urx.nu/dIOM


(プロローグ)映画『蜩ノ記』に寄せて


【動画】映画 「蜩ノ記」 特報/ 役所広司岡田准一堀北真希原田美枝子(予告編)



■【映画『蜩ノ記』に寄せて/歴史解釈(ドキュメント(真実)と正義でバランスをとる真理判断)の意味を直視する勇気を自律的に学ぶ教育の大切さ、それこそが「正統保守」(国民主権ナショナリズム)に覚醒すること】
・・・作家・葉室麟の“直木賞”受賞作「秋蜩」の映画化『蜩ノ記』(ひぐらしのき)を観賞した。予想どおりの秀作で、葉室麟が意図する「日本の伝統的精神の基層にある柔軟な“未来への可能性”」を美しく映像化することに成功。具体的に言えば、それは現下の「靖国神社(顕幽論)」問題が示唆する、現代日本における“保守思想の混迷”(マニエリスム・グロテスク化)に対するアンチテーゼだ。http://urx.nu/dn4M 


主役・戸田秋谷を演じる役所広司の円熟した演技は素晴らしい。自らはその監視役であるはずが、秋谷の人間性とその生き様から悟る「歴史解釈の意味」に触れ、やがて監視対象である秋谷を人生の師と仰ぐようになる檀野庄三郎を演ずる岡田准一の演技も見事だ。映画の粗筋はサスペンス風の興趣を壊すので省略(当映画関連の情報は下☆を参照)。 ☆映画『蜩の記』の公式HPはコチラ ⇒ http://higurashinoki.jp/ 

 
・・・この映画の小泉堯史・監督は黒沢明の助監督を27年間務めた。『博士の愛した数式』『雨あがる』『阿弥陀堂だより』などで知られる黒沢映画の後継者であるが、近年は、その黒沢美学をさえ超えたとされる。映画の舞台は豊後国(大分)の想定だが実際には遠野市(岩手)を拠点として岩手県奥州市正法寺)、宮城県松島町(円通院)、福島県喜多方市(新宮熊野神社)、福島県会津若松市(日新館/会津藩校)など、もっぱら岩手県南東北(宮城、福島両県)でロケが行われた。


1 「靖国カルト」の病巣は平田国学『顕幽論』なる政治理念の病理/その特異症候は、安倍総理大臣(カルト寄生体X)が撒き散らし全国民に憑依した『社会的集団オルガズム』恍惚のエクスタシー


・・・当「章1」、および「章2」を書くにあたり、主に下の資料▼1~2を参照した・・・


▼1 村上重良著『慰霊と招魂』岩波新書
▼2 吉田真樹著『平田篤胤−霊魂のゆくえ』講談社


・・・


和辻哲郎(1889 – 1960/『古寺巡礼』『風土』などの著作で知られる日本を代表する思想家)によって“変質者のイデオローグ”であると指摘された靖国神社の偽ミソロジー(出典:吉田真樹著『平田篤胤−霊魂のゆくえ』講談社)は、現代日本における「凡ゆる超然カルト権力の中枢的病巣」であると見るべきだ。それは、その顕幽論なる神話論理が「顕界(一般国民)に人権はなく霊界(靖国英霊界)にのみ人権があり、かつ一般国民は労働&戦争ロボットである」と見なしており、戦前・戦中においてはその顕幽論を主導する平田派が、靖国神社神道ヒエラルキーを牛耳っていたからだ。


また、それはかつて国家神道の中枢を掌握した平田(篤胤)派神道の“変質者的な思想”の一部分を拡張的に踏襲した“「現人神」論”が根幹となっているからだ。現人神(あらひとがみ)は、記紀神話の登場人物および英霊招魂(降霊)儀式で靖国神社の霊璽(れいじ/神や霊が宿る“よりしろ”)に憑依した神霊(普通の人霊とは異なり、神格化英霊の霊が神霊)となる資格を有する“愛国”的人物(世界で唯一の澄める“うぶすな”でできた“美しい国”(国土)を命がけで愛する真の英雄・軍神たる純粋の日本人)ということなので、それは皇国史観に基づく天皇だけのことではない。


<注記>平田篤胤(および本居宣長)による「現人神」のパラドクス
・・・本居宣長(1730−1801)も、それに私淑したとされる平田篤胤もローマカトリックの知識を得ていた確度が高いので、この両人が完成させた「現人神」論(ここでは天皇を指す)がローマ教皇(神の代理人)の援用である可能性は高い。因みに、これは括目すべきことだが、宣長とほぼ同時代の伊勢神道神職である出口延佳は宣長と全く正反対で、神の前での平等な恩寵というキリスト教思想の側面から大きな影響を受けており、なんと『“天皇=人民”平等論』を説いていた(出典:小山悳子(神道学者、比較宗教学者)著『日本人の求めた元神(カミ)』‐日本図書センター‐)。
・・・また、天皇「現人神」論はローマカトリックの「神の存在証明」(完全なる神のための『三種類の論理証明』/18世紀に、これら全ては論理パラドクスとしてカントによって退けられた)の援用である可能性が高い。従って、この「現人神」論が戦争も厭わぬ人間(特に実効支配権力層)の傲慢さという道徳的欠陥(カントの指摘に相当する)を潜ませている以上は、軍制に組み込まれた靖国神社平田篤胤の顕幽論)を主柱とする国家神道一色に支配された明治期以降の日本が、現代の「イスラム国」あるいは「安倍カルト寄生体Ⅹ政権」の如く非人間的で異常な精神環境、つまり『ゼロ戦式自爆特攻と国民玉砕総力戦』の強制へと暴走したのは当然であった。
・・・因みに、明治期における「廃仏毀釈」も、国家神道を仕切った平田学派が仏教(仏教の輪廻思想が“軍神英霊界→霊界→人間界という序列ヒエラルキー”にそぐわないこと、およびその“浄土と地獄”という考え方)を全否定したため引き起こされた政治的・文化的蛮行であった。しかも、現在、神社本庁日本会議は“ウラニウム放射能アニミズム”論なる奇怪ミソロジーを掲げつつ神道(平田学派/顕幽論)の再国教化と積極的「原発推進」を併せて画策しており、それはいずれ「特攻型神風自爆テロ戦争と同型原発推進」の強制へ暴走する恐れすらある!


・・・


従って、<戦前レジーム(靖国顕幽論(“冥界(霊界)⇔顕界(人間界)”を直線的ヒエラルキーに嵌めこまれた同一次元の現象と見なす平田篤胤流の特異な変質者的思想に基づく皇国史観>の取戻しを本気で謀る安倍晋三・首相を、メス・タカ派とも呼ばれる高市早苗ほか女性閣僚たちが「現人神」様として篤く崇め奉る奇怪なカルト精神に嵌っているのは必ずしも不可解なことではない(↓▲)。


▲多数派国民は、<日本の靖国顕幽論による“原発放射能アニミズム論”を信仰し、かつ“核武装&このみいくさ(自爆テロ玉砕)”型の軍事大国化>を謀る“イスラム国そっくりのパラノイア・カルト政治権力たる安倍晋三一派”を高く支持してドウスルつもりか?w あとは本格的な<社会心理学的な悪徳プロセス/社会的集団オルガズム恍惚>へ見事に回収されるバカりなのに! ⇒ 安倍を現人神と崇める稲田朋美自民党政調会長も同じ核武装論者!RT @kitahamamikiya  http://urx.nu/desq


・・・


ところで、この顕幽論が特異であるのは、「(基本的)人権」を顕界(人間世界)の人間(国民・市民)には認めず、それは愛国戦争で散華(“このみいくさ”ことカミカゼ自爆テロ戦争で勇敢に戦い戦死)した人間が霊界に入って初めて与えられる権利だと考える点にあり、<自民党改憲草案>で基本権(基本的人権)が削除されているのは、この靖国「顕幽論」がベースとなっているからだ。また、当然ながら、そのことから、人権を持たない一般の国民・市民らは戦争ロボットor労働ロボット的な存在ということになる。


しかし、このように異様な靖国「顕幽論」の精神環境が尋常でマトモな人間のものと理解するのは困難だ。端的に言えば、それはあきらかに激しく『病』んでおり、和辻哲郎の指摘どおり、それはある種の“猟奇的変質者”のものである。ただ、平田篤胤の名誉のため補足するが、篤胤自身は必ずしも自らが創造したこの“変質者の思想”に100%囚われていた訳ではなく、それを自ら笑い飛ばしていた節もある。


問題は、この平田篤胤の“幻想的で特異な奥行きのある鬼神思想”(人間理解の思想)を<幕末〜明治維新〜太平洋戦争期の尊王攘夷派、君側の奸(長州閥が中心)、軍部、アカデミズム(平田国学派)>らが政治的に狡猾に利用(悪用)してきたことであり、また善良な殆どの日本国民がその“悪用”に上手く乗せられてしまったことにある。そして、今や再び、多数派の日本国民(ウロキョロ層)は、安倍様のお友達一派の姦計に嵌り、その意味で戦前と全く同じプロセスを歩みつつある。


だから、むしろ肝要なのは地球環境学、地球資源環境学、宇宙科学、量子物理学、発生生物学、社会心理学あるいは比較アジア文明論など凡ゆる知の最先端が関わる、より広い視点から本居宣長平田篤胤、さらにはその影響を自らの思潮のベースとして取り込んだとされる吉田松陰らの思想を、改めて「人間論、人間理解の思想」として再解釈を試みることだ。それは、この吉田松陰でさえ、必ずしもゴリゴリの過激尊皇攘夷論ではなかったという新たな発見も出てきているからだ(委細後述、4−『近代の歴史の中に・・・』)。


このような観点から見れば、現代日本の「安倍様のお友達一派」は、戦前の国粋主義者(『八紘一宇』の田中智学、『世界最終戦争論』の石原莞爾/関連参照⇒ http://urx.nu/dJyU )らにも劣る<合理計算が全くできないほど非科学的な蒙昧・暗愚の輩>であるか、又は靖国「顕幽論」(本居宣長の根本的部分についての曲解)のカルト信者だということになる。あるいは、彼らは平田篤胤の思想を“篤胤”自身以上にひたすら盲信することで猟奇的な境地に至るまで激しく『心を病んだ変質者集団』というべきかもしれない。



因みに、「人間論、人間理解の思想」を深く想いつつ、猟奇的変質者の異常論理に取り込まれるのではなく、自然アニミズム的な人間愛の観点から“篤胤的なヒューマン・スピリッツ(別に言えば、正邪を併せ持つ人間そのものである鬼神論の問題)を捉え直すこと”にスポットを当てて生まれたのが、宮崎駿の『千と千尋の神隠し(2001)』に登場する「カオナシ」という圧倒的な存在感を持つアニメ・キャラクターである。


2 日本伝統の「慰霊ヒューマニズム」を破壊した靖国神社安倍内閣と呼応して“戦前を取戻しつつある平田国学『顕幽論』一派の暗躍(“国家神道”取戻しの画策)


(日本伝統の「慰霊ヒューマニズム」(宮崎駿千と千尋の神隠し(2001)』のカオナシが象徴する!)を破壊した靖国神社



日本伝統神道アニミズム観念では基本的に人を神として祀ることはなかったが(仲哀天皇神功皇后を祭神とする香椎宮(福岡)、あるいは中世期以降の吉田神道豊臣秀吉“豊国神社”、徳川家康東照宮”などの例外あり)、古代社会で仏教・儒教陰陽道などと結びつくとともに、平安中期頃から政争の激化や疫病などと関わり疫神を鎮める御霊会(ごりょうえ)が行われるようになり、特定の人間の怨霊の祟りを鎮めるため、その怨霊を祭神として祀る信仰も広がった。その代表例が菅原道真を祀る天満宮である。


他方、日本では、古来からそのたびに夥しい数の無残な死者をだす戦争では、その祟りを恐れて敵か味方かの別なく供養されるのが常であった。例えば、南北朝動乱では足利尊氏が、『元弘の乱(1331)』以来の敵味方戦没者の供養のため、全国各地に安国寺・利生塔(http://urx.nu/d8Ql )を建立した。そして戦国期や豊臣秀吉の『朝鮮の役』でも敵味方供養の碑が各地に建てられた。


敵と味方をともに祭祀する行為は、祟りを恐れるという動機から発するものであると同時に、日本人の心に人間の生命を尊び、他者の死を哀惜するという、ゆたかなヒューマニズム精神を育んできた。このように死んだら敵も味方もないという人間観は、権力者によって一方的に戦場へ追い立てられ、なんの怨念もない敵を殺さなければならない民衆(兵士・戦士たち)の生活感に根差す健康な自然の感覚であった。また、それは「国民主権ナショナリズム(関連参照⇒ http://urx.nu/dDM4 )」への遠く遥かな予感でもあった。


しかし、幕末〜維新期の異常な内外の緊張状態(列強諸国が牙を剥いた植民地主義と過激尊皇攘夷思想の対決、日本国内における覇権闘争など)のなかで生まれた東京「招魂社」(後の靖国神社)の思想は、怨霊信仰という広大で奥深い民衆史的な基盤を一部の背景としつつ、日本人の宗教的伝統観念はもとよりアニミズム古神道の伝統とも異質で超異常な観念(いわば一種の猟奇的な変質者の感覚)を拡張することとなり、それは明治維新直後の神道国教化(事実上の政教一致)の方針で明治期〜戦中まで日本政治の中枢(軍制(靖国神社)、国家神道神祇官教部省→神祇院))に固定化された。


このため、幕末の戦争で、尊王攘夷派だけが国事受難者として弔祭され、例えば「会津戦争」での会津藩戦死者の如く、いったん朝敵と見なされた者たちの死は一顧だにされなかった。それだけでなく、各地の「招魂社」の<招魂の思想>は、神道の伝統と異質で、きわめて特異な霊魂観を持っており、それが<平田学派=“変質者的なイデオローグ神道”>と呼ばれる所以である。


靖国神社の前身である東京招魂社(および各地招魂社)の根本精神は「霊能師(霊媒)よるスピリチュアル(霊体/エクトプラズム)降臨への篤い狂信」であり、これに頼るようでは到底「政教分離」に基づく現代民主主義国家の健全な精神(中庸な政治意識)に支えられた政治権力とはいい難い。


しかし、「安倍“霊感&複合カルト”内閣」の中でも特にスピリチュアル嗜好が強いとされる下村博文文科相神道系カルト、ワールドメイト/既出【参考画像2】)の下で進行中の「道徳教育」充実(教育改革の一貫)の検討プロセスで、戦前と同じく「軍」組織に組み込まれた「スピリチュアル降臨(靖国顕幽論)の信仰を基礎とする美しい国家への愛国心」が「新教育勅語(仮称)」復活の形で闖入する懸念が高まっている(その究極目的は全国民に対する“このみいくさ”戦死(散華)の勧め!/関連参照、下記▼3)。


▼3 安倍政権は、「改憲」で日本国憲法から「基本的人権」(国民主権)を削除し、国家主権を幼少時から周知徹底するため、道徳教育の強化(教科化)で「戦前型愛国心」強制の意図を滲ませる。しかし。多数派国民層は未だにその超リスク(というよりも安倍政権の“変質者”的異常性)を殆ど自覚せず、欧米メディアを別とすれば、国内マスメディアは此の核心部分へのストレートな言及を避けている。
・・・Cf.⇒国民に道徳を押し付けるが自分たちは平気で国民に嘘をつき騙しているのが安倍政権。だから道徳教育が必要なのは自分たちでないか!【道徳を「特別の教科」に 中教審が答申】1021NHK @souun_udokuvia Twit20141021只のオッサンがリツイート http://urx.nu/drlb


・・・


靖国神社と同じく軍制・軍組織の一部であった戦前「道徳教育」の根幹には、事実上の“政教一致(現人神天皇)”国体論の下で、平田篤胤と六人部是香(むとべ・よしか)らの顕幽論(“幽界⇔顕界”人権バランスシート論/『顕界での人権否定を戦死(このみいくさ)等で死んだあとの霊界における“人(霊?)権”賦与(英霊等)で帳尻を合わせる』という奇怪な考え方)が支配していた(靖国神社には今もその偽ミソロジー(偽神話論理)が“鎮座している”!)。


しかし、国家主義(国家主権ナショナリズム)や戦前型天皇制の問題を十把一絡げで批判してきた故の弊害と同じく、戦前の「道徳教育」を殆ど感情論で一括りに否定してきたため、現代にこそ活かすべき正統保守的な価値観(日本伝統文化の在り処)が見えにくくなり、その代わり安倍様のお友達一派、日本会議、創生「日本」、国家基本問題研究所、ネオナチ、神道政治連盟国会議員懇談会神社本庁、維新&次世代の党など、いわゆる偽装極右(カルトの正体と人間存在の根源的暴力性への共感を隠蔽する擬装極右派)が<正統保守の仮面>を被り日本政治の主役を演じる不可解な構図となっている。



従って、靖国「顕幽論」ではなく「正統保守的な価値観」(国民主権)に立脚する道徳・倫理教育が重要なのは当たり前であることから(ただ、その場合でも“教育勅語”式の強制的“教科化”はやるべきでない!)、その意味で戦前の「道徳教育」を十分客観的に把握し、その結果を多角的に反省し、かつ評価すべきは冷静に評価するために役立つ資料として『日本道徳教育論争史/全三期・全15巻』(添付画像)は重要である。http://urx.nu/dfOy


ところで、幕末〜明治維新〜太平洋戦争期において神道学界(神道ヒエラルキー)の中枢を占拠したのは、国造り神話由来で冥界(あの世での精神統治)を分担してきた出雲系神道大国主命)に代わり神道界を席巻した、平田篤胤に始まる「平田学(平田国学)派系統の神官・神道学者」たちである。他方、顕界(現実の人間世界)のための神話論理を分担してきたのが、つまり天皇統治の精神基盤となってきたのが日本古来のアニミズム神道を継承する伊勢神道天照大神)だ。


と、いうよりも、本居宣長の曲解(関連参照、下記▼4)と同意で、平田篤胤の“変質者的な”部分を国民支配のため作為で利用したのが、「招魂社」創建に関わった大村益次郎(長州出身の兵学者、太政官制で軍を統括しつつ兵部省の初代・大輔(次官)を務め、事実上の日本陸軍創始者とされる)の仕事を引き継ぎ、国家神道(平田学派)および軍部(靖国神社)と深く交尾(つる)んできた日本の実効権力者層である。


▼4 2013-05-07toxandoriaの日記/日本会議&神政連の『伝統神道本居宣長』曲解が安倍自民の主権制限「改憲」と戦前型「国民モルモット化」なる暴政の元凶 http://urx.nu/drlj


ともかくも、このような訳で靖国神社(招魂社由来)の特異な人間観、霊魂観は、日本人が、1500〜2000年超とも思しき長きにわたる歴史とともに、その内で着実に育んできた「ヒューマニズム精神とアニミズム的自然観の融合=日本的正統保守(国民主権ナショナリズム)の基層部分」を破壊したばかりでなく、近代天皇制下で約100年超にわたり、もっぱら日本国民の人間性を貧相化することに専念してきたことになる。


また、それだけでなく、「普遍的ヒューマニズムを敵視」する靖国の変質者的で異常な観念は、多(or他)民族、他国民との間の人間についての共感の育成を阻害するという意味で、まさに渦中の『イスラム国』同然の恐るべき役割(自爆テロリスト量産の役割)を果たしてきたことになる。


(現代の“神道界”における平田学派の勢いの取戻し/“戦前を取戻しつつある平田国学『顕幽論』一派の暗躍、“国家神道”取戻しの画策)



ところで、太平洋戦争の敗戦でGHQにパージされた平田学派の流れを汲む勢力が1970年代になると勢いを取り戻し、特に1990年代以降には神社本庁内で異常増殖しており、今や彼らが、現在の<日本政府=極右化(安倍政権による平田篤胤流の“美しい国”の取戻し戦略)>のエネルギー源である。しかも、奇妙なことに、この平田派増殖の傾向はメディア・プロパガンダ原発賛成の世論が再び増加し始めた頃と同期する。平田学派の恐ろしさは、まさにその科学技術の現場(フクシマ3.11過酷原発事故そのもの、原子力平和利用が看板の原発推進、潜在核武装関連技術、先端軍事技術開発など)をゴッソリ回収し、貪欲にそれを飲み込んでしまう<猟奇的で変質者的な狂信>にある(画像は、『論戦遠く結論は「棄権」 原発事故後初の福島知事選 1027河北新報http://urx.nu/dq7i 』より)。


・・・


つまり、神社本庁が、神道政治連盟・同国会議員懇談会・靖国神社日本会議らと歩調を合わせつつ、日本の滅亡可能性を高める「原発推進政策」(潜在核武装でもある原子力平和利用)を自らの権力中枢基盤として利用するため、その巨大リスクと国民の多大な犠牲を十分承知のうえで“ウラニウム放射能アニミズム”論なる非人間的で奇怪なㇸ理屈(偽神話論理、偽ミソロジー)を掲げるのは、まさにその<カルト変質者的狂信>の現れ以外の何物でもない!ということになる(関連参照、下記▼5、▼6)。



▼5【安倍内閣を牛耳る神社本庁の正体/第1弾】安倍内閣の閣僚19人中で16人が、改憲による「大日本帝国(明治)憲法政教一致国家神道)」の取戻し(厳密に言えば名ばかり“政教分離”で、国家神道を超然宗教と見なす“へ理屈”祭政一致国家の取戻し←その意味で、神社本庁イスラム国と酷似の狂信)を謀る、「神社本庁」外郭の神政連国会議員懇談会(安倍晋三・会長)のメンバー⇒2014.10.18リテラ/在特会より危険!? 安倍を支配する極右団体・神社本庁の本質 http://urx.nu/dfPO
・・・ 「在特会・統一神霊協(教)会」フリークの山谷えりこ国家公安委員長、および有村治子女性担当相、稲田朋美政調会長らは事実上この神社本庁の希望の星!「原発推進」も実は神社本庁の“ウラン・放射能アニミズム論”に従ってるだけ?!
・・・彼ら、彼女らは戦前その儘の“現人神”天皇の復活を切望する“狂信”集団のエリート・メンバー/それは神社本庁日本会議らの支持者層、約1500〜2000万人(推定/自民党固定集票層に重なる)の岩盤に根を張る!
・・・当然、一応は別格(単立宗教法人)の靖国神社(旧別格官幣社・勅祭社/戦前は軍組織の一部で国家神道の中枢)とも連携!しかも彼らは今上天皇平和憲法支持派)ならぬ安倍晋三首相を“現人神”と崇める狂信徒!


▼6 【安倍内閣を牛耳る神社本庁の正体/第2弾】神社本庁安倍晋三の地元で鎮守の森を「原発」に売り飛ばし!反対する宮司を追放していた!2014.10.19リテラhttp://urx.nu/drlr


・・・


今や安倍政権は、靖国顕幽論の“変質者的、テロリズム的”霊魂観に加えて、「統一神霊協(教)会」なる更に一層奇怪な“半島系日韓複合カルト”、更にはネオナチ、在特会らカルト諸派の汚物で自らの“下半身と脳髄の両極端”を汚染している。しかも、その複合カルトで重度汚染した安倍政権が、310万人超(うち軍属が約230万人)の日本国民(戦没者)と内外における夥しい数の戦争関連犠牲者(死傷者総数、数千万人オーダー)をもたらした直近の戦争と歴史経験の直視を避けつつ「正統保守(正しい歴史観に基づく国民主権ナショナリズム)」ならぬ「擬装極右化」の度合いを深めつつあることはまことに恐ろしいことだ。


3 客観的な自己認識こそが「正統保守」の胎盤


3−1 メディア・プロパガンダ洗脳『社会的集団オルガズム』の被曝で“恍惚と消沈”の狭間をブレまくる日本国民


3−1−1 金目放射性「カルト寄生体X」、安倍政権の“メディア・プロパガンダ洗脳”についての社会心理学的考察


心理学の実験によれば、言語を持たない動物(霊長類に限る?)や赤ん坊でも自己意識(認識)の有無を調べることができる。例えば、これはよく知られたことだが、ある対象の額に鮮やかな色彩を塗り、彼(or彼女)を鏡の前に置いたとき、その鏡を見た彼(or彼女)が、もし自分の額からその色彩を取り去ろうと手を伸ばした場合には、彼(or彼女)は自己認識で自分の存在をはっきり理解していることになる。


ほぼ同じことについて、『認知不協和理論』を説いたレオン・フェスティンガー(Leon Festinger,/1919年- 1989/アメリカの社会心理学者)は、“一般に、何時でも意志が行動を決めると我々は素朴に感じているが、実はその因果関係(順序)は殆どの場合では逆だ”と述べている。(出典:小坂井敏晶著『社会心理学講義/閉ざされた社会と開かれた社会』―筑摩書房―)


<注記>認知的不協和(cognitive dissonance)
・・・人が<自身の中で矛盾する認知(意識)を同時に抱えた状態、およびその時に感じる不快感>を示す社会心理学用語で、レオン・フェスティンガーが提唱した。 我々はこれを解消するために自身の態度や行動を変更すると考えられる。


つまり、外界の力によって我々の行動は引き起こされ、その後に自分が発露(現)した行動に合致する意志が形成されるということである。しかし、その時に起こっている意志と行動の隔たりについて、我々は一般に意識していないことが多い。因みに、極右・極左・カルトらの意識の特徴は、この認知的不協和をワンサイドから強引に封殺することを可能とする非常に特異な精神環境(激怒、狂喜、狂信などの強い感情と癒着した自己暗示による強制催眠効果)と考えられる。


いわば、フェスティンガーによれば<人間は本来的に合理的な動物ではなく後付で合理化する>ということになる。ただ、ここで留意すべきは相当の年月を経た長期記憶(良い意味で、深層で固定観念化したもの、つまり正統保守的な意味でバックボーン(伝統)化した文化的観念)に関する限り、必ずしもそうではないと考えられる。


ともかくも、人が後付で合理化することの卑近な例を挙げると「酒を飲む習慣」のような場合が考えられる。継続的飲酒は体に悪いとの認識は一般的であるが、一方でその習慣は中々止められないのが現実だ。そして、これら相矛盾する意識が自分の内に同居することには不快感(認知不協和)が伴う。


そこで、「リスクは継続的飲酒だけではない」「父は毎日飲んでいたが90歳まで生きた」などの理屈(orㇸ理屈)で自分を強制的に納得させる。そして、この種の理屈による内的矛盾解消のプロセスは例えば民主主義の根本たる「基本的人権」などの深い価値観でも起こり得る。が、その場合は、元々それがあまり重要とは理解されず、十分に信念(良い意味で固定観念)化されていない場合に起り易くなる。


例えば、目下、強大な政治権力を握る安倍自民党は、その「改憲草案」の中で「日本国憲法から基本権を削除し、かつ基本的人権に関わる“最高法規性”保証の97条も削除する」という驚くべき内容を決めているが(http://urx.nu/dcbE )、この「民主主義の根幹を揺るがす異常事態」への厳しい批判や議論が、公式な場面で一向に盛り上がらないという不可解な現実がある。それは何故か?メディア・プロパガンダで殆ど大本営発表と化した「アベノミクス関連情報」を怒涛の如く浴びせかけられたため、期待(恍惚)と懸念(意気消沈)の二つの心理がもたらす認知的不協和プロセス(不快感)を一応は感じて“恍惚と消沈”の狭間を激しくブレたはずである(否、今も内心では激しくブレまくっているはずだw)。


しかし、結局は、アベノミクスの金目(金銭メリット)を刺激するキャッチ、「異次元の大胆な金融緩和措置」が余りにも巨大に見え(個々人の欲望が激しく刺激されたことで、実は人々が内心では秘かに狂喜し、その狂信徒と化していたため)、多くの善良な日本国民は外面(日常生活)でもその経済的果実への期待を良しとする方向を選択して、実は大きな懸念の方はムリヤリ抑え込むよう自らを自己催眠で強制説得したと考えられる(安倍内閣の支持率が未だに高く一定以下になかなか下がらない訳がここにある?)。


つまり、多くの日本国民はフェスティンガーが指摘した認知的不協和理論の一連のプロセス「人も後付で合理化する動物だ」に見事に嵌っていることになる。しかも、その「日本国民の後付の合理化による虚構の受け入れ易さという危うい心理」こそが<カルト狂信と深く共鳴する根源的な暴力性を衣の下にヒタ隠す安倍首相のやり放題を今や無条件に近いまでの“異常な寛容さ”で許していることになる>と考えられる。


ところで、この<メディア・プロパガンダ洗脳に因る「認知不協和の心理プロセス」>には厄介なことが付き纏う。つまり、一旦、理屈(orへ理屈)で「認知不協和が自己催眠で強制的に合理化」されてしまうと、それは、一種の完璧な「カルト催眠洗脳状態」となり、新たな事実と検証でいくら合理的に外部から説明されても(実はアベノミクス効果は虚偽だったという厳しい経済データが続々と示されても)、“次々と大きなアドバルーンが放たれ続ける限り”において、多くの国民はその“集団恍惚(カルト催眠洗脳)”から簡単に抜け出せないという恐るべき現実があることだ。


例えば、そのことは、直近の下記の動向◆に如実に表れている。おそらく、これで低迷気味の安倍内閣支持率は再上昇するはずだ(余程の背徳的スキャンダルが炸裂でもせぬ限りw)。



◆日銀が追加緩和/景気てこ入れ、政府も経済対策!(20141031朝日ほか)・・・株価が755円上昇。米国の株価が221ドル上昇し、GPIFで年金・株式運用を倍にするニュースを流し、追加的金融緩和を打った。明らかに株価つり上げ・・・@金子勝Twit2014.11.01只のオッサンがリツイートhttp://urx.nu/dFK2
・・・プロパガンダで多数派層が未だ辛うじて「自己催眠カルト洗脳状態」であるとタイミングを読んだ<ド派手博打>政策。考える時間を与えぬ大本営方式でウロキョロ層の竹槍DNEを刺激する一種の覚醒剤効果。グローバル金融の大義で超格差拡大(異常所得弾性値=資本主義の宿痾(分配構造劣化))無視の寸善尺魔(悪貨が良貨を駆逐する)詐欺、敗戦必至の地球“鉄火場”&世界“花見酒経済”へ全国民を追い込む<戦前〜戦中型「神憑かる日本式トンデモ竹槍自爆玉砕生活」>の再現!


・・・


そして、このことをフェスティンガーは、ある「新興カルト教祖の予言が外れて失敗した事例」の観察で確信している。つまり、一旦、「認知不協和の心理」(別に言えばその不協和を強制バランスさせた自己催眠状態)に嵌ると、その“信仰”(洗脳)を解くのが困難となるどころか、客観データや厳しい事実で否定されるほど、逆に、益々洗脳が強化され、その「カルト信仰」がより強化される現象が観察されたのだ。しかも、それは「メディア・プロパガンダ洗脳」が加わることで一層強化され、一種の「カルト寄生体による完全支配」の状態と化すのだ。これは、実に恐るべきことだ。


因みに、寄生虫は体表面に寄生する外部寄生虫と体内に寄生する内部寄生虫に分類され、寄生される生物を宿主または寄主体と呼ぶ。この定義を援用すれば、凡ゆる人倫(人として守るべき秩序、道理)にもとる異常な価値観と政治的意味での「悪徳・強欲・詭弁・虚偽・背徳・背任・違法およびカルト狂信」を<手当たり次第に取り込み、それを貪欲に次々と自らの脳内へ寄生させる特異な人間(複合・癒着しつつエンドレスに増殖する脳内寄生虫に操られる従属変数としての)>という意味で、安倍首相(政権)は「カルト寄生体Ⅹ」(Ⅹ=独立変数)と定義できる(関連参照、下記◆1〜3)。



◆1 【原発は便所がないから“カルト寄生体Ⅹ”である安倍晋三一派の如く“むくつけき汚い尻から野糞を垂れる”だけ!w】電事連プルサーマルをまた延期。もんじゅも六カ所再処理工場も動かず、核燃サイクルも完全破綻なのに又ツケの先送り。万一、再処理工場が動いてもMOX燃料は消化できずプルトが貯まるだけ。原発は便所がない! @金子勝Twit2014.11.03只のオッサンがリツイート http://urx.nu/dIj0
・・・いよいよ真正「ネト・ウヨ&ヘイトの正体」(ブリューゲルが『イカロスの墜落』で描いた“草藪の中でムカつくような野糞を排泄する毛むくじゃらの汚い尻”=悪徳まみれで強欲な実効権力者を象徴する絵画的アトリビュート)の剝き出しか?w
・・・Or これこそ「カルト寄生体X」と化した安倍総理大臣の実像か!?w ⇒ 首相FB、献金巡り枝野氏を批判 枝野氏「誹謗中傷だ」 -2014 1103朝日via Twi2014.11.03 hanachancause



▲2 【メディア・プロパのカルト洗脳促進作用1】安倍政権がNHKに言論統制実施。慰安婦、領土問題、南京等への言及で「コトバ使い」を政府が指示する内部秘密文書を英メディアThe Timesが暴露。http://urx.nu/dhJE


▲3 【メディア・プロパのカルト洗脳促進作用2】日本は対マスコミ信頼度72.5%で異常に高いがマスコミは信頼に応えているか?布施ブログ http://urx.nu/dGy6 


なお、安倍政権の正体が『Strong nationalist views=敗戦否定の超タカ派、追憶のカルト/カルト寄生体Ⅹ』であることは、20140220米議会調査局レポートが公認しており、おそらくそこでは半島系カルト統一神霊協(教)会、日本会議神社本庁(平田学派)らカルト複合の異常な現況も認識されていると思われる(関連情報 ⇒http://urx.nu/doIO )。


3−1−2 いまこそ、“冷静な少数派批判派”の健全なバランス感覚の役割が重要となる


そこで、どうすればよいか?が課題となる。実は、逆説的に聞こえるかもしれぬが、今こそ「冷静な少数批判派」の役割が重要となる。無論、ヘイトなど批判対象への悪口雑言で罵倒し返す類の“ケンカ腰”(感情的)批判は禁物で、あくまでも「対象範囲に限る一定の事実に即した、冷静で論理的な批判と反論」が定石だ。そして、より具体的に言えば、それについてはa「外部的批判」とb「内部(内面)的批判」の二つの「次元の異なる方向性」が考えられる。


(a )カルト洗脳に染まった人々に客観的自己を取り戻して貰うための「外部的批判力」活性化(“認知不協和の心理プロセス”による現在進行形の呪縛的認知構造からの解放)
・・・マスメディア、ネット、リアル対話・討論など凡ゆる回路を介した国内外からの各種データと正確な情報の提供。但し対象相手を高圧的・感情的に説得せず、あくまでも氷が“解”ける如き自発性と同意を誘う。


(b) 特に歴史認識の深化に役立つ「民族&文化アイデンティティ」覚醒のため、個々人の「内面的批判力」を活性化する(凡ゆる回路の介在はaと同じだが固定観念打破とその病理的部分の寛解が焦点)
・・・これには「欧州連合EU)」の前提とされた<“独=仏”和解の成功モデル>がある。委細は省くが、例えば<両国に跨るため独仏間の“戦争と和解の歴史の象徴”とされる都市ストラスブール(戦後はフランスに帰属、欧州議会の所在地)では、ナチスの悲劇を繰り返さぬため元々この地域の歴史的言語、アレマン語を復活させた/また、考古学・文献学・歴史学等の研究を通じて“フランク王国、都市ストラスブールガリアの英雄ウェルキンゲトリクス(Vercingetorix/BC72 - BC 46)”等の歴史を独仏両国民が民族的・文化的に共有する事実に関わるリアルな自覚がEU統合の前提の一つとなった>ことなど、様々な興味深い現象がある。


因みに、社会心理学的観点から見ると「少数批判派の現実的批判力」の有意性には侮れぬものがあるので、そのポイントを以下に纏めておく。(参考出典:同上)


●社会意識・文化・使用言語などは時間と共に変化する(例えば同じ日本(人)であると雖も古墳時代飛鳥時代奈良時代平安時代鎌倉時代、江戸時代そして現代では大きく異なる)
・・・それは、「生物と同様に社会システムも同一性を維持しつつ±のフィードバックに依拠し変化し続ける」から。だから、ここでもバックボーンたる「正統保守」的な立場が重要である。特に、この問題は多数派の人々がカルト洗脳に染まった様な場合に、冷静な少数批判派が“同一性を維持しつつ徐々に冷静に変化する”という重要な役割を担う。


●今の日本の如く多数派ウロキョロ層が権力・権威・声望・金目になびき一喜一憂する風潮に流されれば、権力を恐れ自分の考えを押し殺す人ばかりが溢れて、個々人の内心が一方的に洗脳される儘となるため「±のフィードバックに依拠して変化する」社会システムの健全性が失われる。しかし、背骨となる少数批判派の存在はその意味での危機を救うカギ(未来への希望)となる。


●少数批判派がもたらす効果は“時限装置”的な意味合いで影響力が持続的で、その効果も非常に大きい(潜在意識変容の効果を含むため)。


●この“時限装置”的な影響に関連して興味深い心の働きを一つ指摘しておく。例えば、安倍晋三らのように“金目と仲間内の権勢を誇る余りのぼせ上った政治権力者”がよく嵌る「ヤラセ(サクラ)効果の逆説」ということがある。
・・・それは、「多数派に影響を与える権力側のメディア・プロパガンダ的なヤラセ(サクラ)は、先ず多くの人々の意識的部分へキラキラと派手に影響するが、少数批判派が潜り込ませたヤラセ(サクラ)は冷静で論理的で現実的である限りにおいて、必ず、それは多くの人々の深層(無意識)にまで着実に浸透する」ことになるからだ。
・・・従って、目下のところ権力に組み敷かれた劣勢の少数批判派でも、その意味での正当なヤラセ(サクラ)活動(体制批判の意思を持つ美術・文学・映画・演劇・音楽・TVドラマ・漫画など凡ゆるサブカルチャー)を持続させることが、例えば“環境問題、反核・反原発、人種差別、ジェンダー反戦・平和、反暴走権力”などの社会問題のフィールドで特に有意性を持つことが、社会心理学の実験で実証的に観察されている。


4 (希望のトポス1)近代の歴史の中に「現代日本の再評価」と「安倍・カルト寄生体X政権」克服のヒントを探る


まず、前提として確認すべきは「現代の中国・韓国・北朝鮮および日本が、それぞれ古代〜中世〜近世〜近代までの諸国家フレーム(レジーム)について、特に古代〜近世の民族分布・文化・言語および領土の輪郭(法制)をソックリ100%引き継いではいない」ということだ。


従って、歴史研究の成果や発見を短兵急に現代政治の問題に直結させる「歴史修正主義の意思」があるとすれば、それは決定的誤り(多様な因果の結果である現実を否定すること)だ。そのため歴史修正主義は、超観念的に神(orカルト邪神?w)の名を騙り「絶えざる、因果の結果である現実」(不可逆な時間の流れ)を完全否定するばかりか、それを逆流させようとして、戦前日本の万世一系&八紘一宇皇国史観」の取戻しを謀る「カルト寄生体X安倍政権」の如き狂想に嵌る(脳内カルト寄生虫の巣と化す)恐れがあり、それは「イスラム国」同然と化す。


むしろ、それよりも(1)歴史的事実(発生時の0次情報)を確定する努力に100%の終着点はあり得ないこと、(2)定説・学説等も100%の真理を保証するものではないこと、の二点を容認できるレベルまで関係諸国間のアカデミズムと一般国民が相互に信頼関係を深化させ、かつそれを日常的に持続させる努力が重要だ。つまり、「歴史修正の意思」ではなく、あくまでも「歴史から学ぶ現実」について相互理解を深める不断の努力が大切なのだ。


例えば、少し事例を挙げると下▼のような近代史に関わる出来事がある。が、これらの場合でも過去における誤解や事実認識のずれ等をあげ論(つら)って関係国が罵倒し合うのは無意味だ。大事なのは何故そのように致命的な誤解や誤認が生じ、かつ現代へも大きな影響を与える定説(固定観念)と化してきたかについて、現在までに至る直近の歴史の流れ全体を冷静に観察・摘出し、その文脈から新たに学び得る積極的意味を汲み取り、それを関係諸国間の現在の社会・文化理解の深化にジックリ役立てることだ。




清朝時代の思想家、魏源(ぎげん/1794 - 1856)を高く評価していた吉田松陰!/いま「松陰に関わる根本的誤解の可能性」が意識されつつある。[出典:王暁秋著、木田知生訳『中日文化交流史話』―日本エディタースクール―/一枚目・魏源の画像はhttp://urx.nu/dlnu より、二枚目・吉田松陰、三枚目・朱舜水は共にウイキより]
・・・周知のとおり、吉田松陰尊皇攘夷思想(端的に言えば国家ナショナリズムたる日本主義)は明治維新期〜戦前軍国主義日本、そして現在の安倍政権の極右的スタンスに至るまで深く影響してきたというのが一般的理解だが、近年の日中関係史研究の中から、このことについて根本的疑義を突きつける事実が発見された。
・・・林則徐(英国へ抵抗した清朝の官僚)らとも親しかったく魏源は、アヘン戦争(1840-42)後の中国で新思想の提唱者として中国に対し「世界に目を開かせる」役割を担った知識人の代表者。魏源の著書『開国図志』と『聖武記』は佐久間象山(尊皇開国派)・吉田松陰尊皇攘夷派)ら幕末日本の知識人へ大きな影響を与えており、彼らの尊皇開国or尊皇攘夷思想の基盤を作った。
・・・因みに、靖国型「国体(顕幽)論」(本居宣長平田篤胤への流れで生まれた特異思想)の形成へ大きな影響を与えた水戸学(水戸光圀)も、実は、朱舜水(明の儒学者、日本の鎖国を無視し長崎へ来訪した人物)から大きな影響(国家の施政方針や学術・文化政策のあり方などについて)を受けていた可能性がある。
・・・これらの一般的に殆ど看過されてきた疑問を解くには、先ず吉田松陰に関わる誤解(明治維新政府が好都合な“偽装保守主義(偽装愛国)”で善良な国民を洗脳する戦略を採ったため生まれた?)が定説化するまでの過程の確認が必要だ。また、明治維新〜戦前期における日本と朝鮮半島での対「国民主権ナショナリズム意識」弾圧政策が、主にどのような経緯を辿り形成されたかを客観的に観察すべきだ。
・・・それは、その弾圧政策は見事に成功して現代に至り、それを継承する隠然たる実効権力が、日韓に跨る形で政権中枢基盤化、一貫した超然権力カルトX構造化、擬装極右政党化してきた可能性が高いからだ。



西郷隆盛征韓論”と板垣退助征韓論自由民権運動”は、日韓に跨る「国民主権ナショナリズム」確立の可能性を秘めていた!(これは様々なカルトXで汚染している由々しき安倍政権問題の核心を突く可能性がある/つまり、それは不気味な“日韓・二股半島系カルト=統一神霊協(教)会”問題の裏面史と見立てることも可能!⇒関連参照、http://urx.nu/dIlS )
・・・佐久間象山らの尊皇開国思想、あるいは西郷隆盛板垣退助らの征韓論については、従来の“保守”的解釈(その典型が安倍晋三一派の“エセ保守”たる偽装極右的な追憶のカルト)ではなく、正統保守(国民主権ナショナリズム)的な観点から再解釈すべきだ。
・・・ことの発端は、西郷隆盛板垣退助らの征韓論(“征”の文字が付くので異論が多く公式議論での決着はついていない)にある。
・・・つまり、近代国家に必要なのは「国民主権ナショナリズム(正統保守主義)」(フランス革命型)であることを直感した西郷・板垣らは「李氏朝鮮・大院君の鎖国攘夷策と長州閥が席巻する明治維新政府に共通するイデオローグ」が「国家主権ナショナリズム明治維新政府では靖国顕幽論(“国民=人権を持たぬ戦争ロボット”論)であるという不合理/それは神憑りの超然権力による独裁支配)」であることを感覚的に見抜いていた?しかも、その長州閥の維新政府を正当化する理屈も、吉田松陰に関わる作為的曲解が基になっている可能性が高い!
・・・だから、これが西南戦争(西郷)と自由民権運動(板垣)の一因になったと考えられる。また、特に日本では「ナショナリズムといえばそれは国家主権ナショナリズムであり、仏革命は極左革命だ」という一種の固定観念が存在するが、実は「政教分離による資本主義(固定格差社会)改革」が仏革命の目的であった。
・・・ところで、板垣の流れを汲む自由民権運動の一結社であった創始期の「玄洋社」(日清戦争以降は軍事国家・日本の論理に回収され過激テロ極右集団化して、逆に軍部・官僚・財閥および政界へ悪い意味で影響力を行使することになるが)のイデオローグを少し腑分けすると、軍事国家・日本の詭弁に絡め捕られるより前の時代の玄洋社の思想には非常に優れた「先進的理念」が潜むことが分かる。しかも、それは近未来の日本にとっても十分に参考となる重要な発想であった。
・・・<玄洋社が掲げたアジア主義>には、「欧米諸国がアジア諸国に対し不平等条約を押し付け植民地を拡張するのは断じて許すべきでなく、その欧米列強の横暴な帝国(植民地)主義に対抗するためアジア諸国国民主権意識で手を結ぶべきだ。そのため先ず中国や朝鮮国内の封建旧体制(アンシャンレジーム)を打倒すべきで、“日本・中国・朝鮮は互いに“国民主権ナショナリズム”を基盤とする新たな民主主義体制を打ち立てるため連帯すべきだ“という考え方」があった。つまり、彼らは<紛れもなくその意味で仏革命型の「愛国自由民権運動」のイデオロギー>から出発していた訳だ。
・・・残念ながら、玄洋社は、このような流れの中で、せっかく芽生えていた西郷隆盛板垣退助らを嚆矢とする“アンチ長州閥”意識(アンチ“国家主権ナショナリズム”)、つまり正統保守主義イデオロギーを日本と朝鮮の両方に根づかせることに失敗した。それは、日清戦争日露戦争第一次世界大戦〜太平洋戦争のプロセスで中国の孫文李氏朝鮮金玉均(キム・オッキュン/李朝時代後期の開明派の政治家)をはじめ欧米諸国の植民地下にあるイスラム指導者らアジア各国の独立運動家を強力に支援する一方で、玄洋社が、数多の諜報活動や裏工作へ関与するという自己矛盾的な鵺の如き存在(軍国主義日本の便利な道具)と化(ミイラ取りがミイラになる如くテロ集団化)してしまったからだ。
・・・かくして、日・韓両国には「複合カルトをエネルギー源とする神憑り的な超然権力の支配」という悪しき擬装極右政治(日本で言えば、靖国顕幽論を掲げる「長州閥(君側の奸)政治」の伝統を基とするカルト寄生体X安倍政権)に繋がる実効支配の伝統が遺ったと考えられる。結局、それが<日(安倍)・韓(朴)両政権が、『統一神霊協(教)会』なる半島系カルト“超然権力の病巣”を恰も一枚のフィルム画像の如く共有する、いわば“ネガ=ポジの相同関係(カルト遺伝子共有関係)”である>ということになる訳だ。
・・・このような観点から俯瞰すると、渦中の「朝日新聞の火ダルマ」と「産経前ソウル支局長・在宅起訴」の二つの事件も決して無関係ではなく、『統一神霊協(教)会』なる半島系カルト“超然権力の病巣”を恰も一枚のフィルム画像の如く日韓が共有することによって引き起こされた、いわば“ネガ=ポジの相同関係(カルト遺伝子の共有関係)”問題と見ることができる。だからこそ、「カルト寄生体X」安倍政権は<憲法(民主法制)無視の超然権力/戦前型グロテスク・ジャポニズム>の取戻しを執拗に謀ることになる。


<補足>超然権力の病巣化とは?(前掲画像▼に記した*関連の説明) 
・・・一般の人間と同様に政治権力が悪しき部分と善き部分を併せ持つのは当然だ(これは、いわゆるウヨVSサヨの問題とは無関係!敢えて言えば政治学・宗教・カルトが共有する不可避の病理!)。同じく宗教と雖も完全に善なる宗教ということは考え難いうえ仮にそれが大自然の摂理の観念化であると見なせるならば、宗教といえども荒ぶる(悪なる)部分と寛容で善なる部分を併せ持つことになる。従って、もし「政教分離」軽視の意識が普遍化すれば、王制であるか議会民主制であるか等(法制の別)を問わず、政治権力が暴走し独裁&超然化した挙句に1%派の特権利益層と癒着するカルト宗教Xの支配下に一般国民が完全に組み敷かれる事態(超格差構造の固定化)は当然起こり得る。これが恐るべき「超然権力の病巣化」ということだ。


5 (希望のトポス2)重層的な「東アジア文化受容の歴史」こそが「寛容で世界に誇るべき日本伝統文化」の水源


・・・・・・ここの画像(栂尾・高山寺(20141103)、京都御所(20141104)、御所車(20141104))は、miyumiyu@reimondokobatiさま からご提供頂いた・・・





5−1 古墳〜飛鳥〜奈良〜平安時代の内外文化・交流関係史(概要/(付)一部推測?部分)


仁徳天皇期(5世紀初頭?)・・・すでに半島・中国文化が盛んに渡来していた、同時にオリジナル日本文化の創造&葛藤期(難波宮(元飛鳥or倭京?)における)、仁徳天皇陵百舌鳥古墳群)を中心とする阪南〜堺市斑鳩〜飛鳥あたりに未検証の遺跡等が非常に多く存在する


倭五王期(5世紀)・・・引き続き半島、大陸との交流はかなり活発であったし、日本神道ないしは諸神社の源流となる様々な神事(中国系、半島系)、および儒教道教系など様々な土着文化と諸宗教が、多様なルートで日本列島へ流入していたが、いわば国家意識は存在せず、倭語、扶余語、百済語、新羅語、高句麗語など諸語系統の部族集団が西日本〜半島一帯に群住?



継体天皇(6世紀初頭)〜推古天皇(7世紀初頭/聖徳太子)〜孝徳天皇期(7世紀前半/難波宮、飛鳥の副都制・前期?)
・・・半島文化ルネサンス(というより半島南〜西日本辺りは殆ど一体化?)、天皇家蘇我氏物部氏らと半島の血統関係は奥が深い?/舞楽蘭陵王など)、雅楽、鳥居、神事形式らの殆ども大陸〜半島経由で伝来したものと考えられる(例えば、東儀家のルーツとされる秦氏などが貢献?


舒明天皇(7世紀初頭)〜斉明天皇(7世紀半ば)〜天智天皇(663白村江の戦い〜672壬申の乱)(難波宮、飛鳥、近江等の副都制・後期?)
・・・同じく、半島(百済)文化ルネサンス(というより殆ど半島との一体化)期だが、特に斉明天皇の時代は百済との結びつきが強く(前渡り渡来人のピーク期?)、この時期に百済と同じく巨石文化(酒船石、石舞台など巨石古墳ほか)が築かれた(明日香村辺り)


平城京遷都(元明天皇、710)・・・およそこの頃には、遥かな昔に来倭していた前渡(まえわたり)と呼ばれる半島ないしは中国系の人々、今来(いまき)と呼ばれる渡来人、そして倭人倭人の構成比、約6〜7割/渡来系中心の貴族層ではこの数字が逆転?)が九州〜近畿辺りに混住していた


平安京遷都(桓武天皇、794)・・・桓武“韓流”の時代?(その血統故、桓武天皇の個人的趣味or韓流“愛姫”メジャー”宮廷文化?)


・・・以降、「日本オリジナル文化」確立・発展の時代へ・・・


嵯峨天皇(809〜823)〜宇多天皇(887〜897)・・・日本オリジナル文化の創造期
醍醐天皇(897〜930)〜・・・古代〜中世〜近世〜現代につながる国風(日本)文化の確立〜


5−2 日本古代文化の黎明/波状到来する東アジア文化の中で生まれた幼生期“日本”の目覚め



・・・これら二枚の画像は『大阪高低差学会のブログ』 http://osakakoteisa.blog.fc2.com/ より転載。


ところで、上掲の『大阪高低差学会のブログ』から引用した二枚の画像(それぞれ低地を青塗りしたもので、一枚目は大阪湾を中心とする地域を、二枚目は奈良から京都南部辺りを俯瞰している)は、縄文海侵(進)、平安海侵(進)など遥かな太古から古代にわたり海水面の上昇が幾度となく繰り返された時代の様々な可能性を連想させて非常に興味深い。


無論、それは特に想定される数回の大きな海侵(進)の時代にだけ渡来人が押し寄せたという意味ではなく、それらの狭間の時にも海水面の上昇と後退が幾度となく繰り返されてきたことが想像されるからであり、加えて、これらの画像について『大阪高低差学会のブログ』さんが<以下>のように分析しているからだ。


<地形図に歴史ある神社をプロットしてみた。すると低地と高台の境目にすべてが当てはまる。岬や崖の上は古来より聖地とされてきたというが、あるべき場所に重要な神社が置かれていることを改めて実感する。また、上町台地の南には世界的歴史遺産である百舌鳥(もず)古墳群があり、その東側に古市古墳群がある。百舌鳥古墳群は海からよく見える場所にあり、古市古墳群大和川を遡り大和へ向かう途中にある。両古墳群は渡来人が多く訪れた地域でありアースダイバー的にもとても興味深い地域だ。>


因みに、二枚目の奈良から京都南部辺りの俯瞰図(画像)を見ると、四天王寺難波宮跡など(元飛鳥宮(倭京?)、近つ飛鳥宮飛鳥宮斑鳩宮、大津宮平城京などとの間で遷都の往還的繰り返しはあるものの凡そ大化の改新から律令国家形成期の舞台となったところ)が半島状地形の上に南北の関係で並び、さらに生駒山を挟む真東の奈良盆地内の対称地点に平城京があり、その南には法隆寺が位置し、平安時代前期(9世紀半頃)に宇佐神宮(九州・豊前国神職が血統的に天皇家と繋がる?)から勧請された石清水八幡宮が淀川から宇治川へ変わる辺りの岬状の場所(川岸の近く)に立地するなどがわかり興味が尽きない。まるで、古墳時代末期〜飛鳥時代〜奈良・平安初期の歴史をリアルに俯瞰しているかのような錯覚に襲われる。やはり、この辺りは東アジア文化の吹き溜まりであった可能性が高い。


更に連想されるのが凡そ飛鳥・古墳時代末期から遥か紀元前後まで遡る「日本古代文化のプロローグ」の時代、つまり「日本書紀」、「古事記」が描写する日本の神話・説話の世界と重なる時代だ。そこで、大きく此の「日本古代文化のプロローグ」期から「日本国の輪郭が成立して天皇の呼称が開始する天武・持統期(7世紀後半)」の時代辺りまでを「広義の日本の古代化(日本国の幼生期)」と見立てることが可能である。すると、この時代に見逃せないのが渡来人の夥しいばかりの数の多さと、彼らが此の日本国の幼生期(黎明期)の基盤造りに果たした役割の大きさ、その意味で渡来人は日本人の一部だということだ。


歴史学者上田正昭氏(京大名誉教授/参考文献、下記◆)によれば、およそ奈良時代末〜平安時代初期辺りを境(基準)として、それより遥か以前に渡来した人々は「前渡(まえわたり)」、その頃に来たばかりの1・2世位の渡来人は「今来(いまき)」と呼ばれ、貴族あるいは官僚・学者・僧侶・特殊技術者などとして朝廷に仕えた「前渡」が自国の話し言語を忘れた(殆ど倭人化した)ため「今来」が通訳に取り組む場面も見られたようだ(一方、この頃の日本語の書き言葉は漢字で書かれた、つまり中国語表記なので指導層の純倭人と渡来人の間での意思疎通はかなり可能であったと考えられる)。 ◆上田正昭編『古代の日本と渡来の文化』−学生社


より深く「広義の日本の古代化(日本国の幼生期)」が意味するところを概観するため、もう一人の注目すべき歴史学者深谷克己氏(早大名誉教授)の著書『東アジア法文明圏の中の日本史』(岩波書店)から、関連するくだりを下に引用する。


・・・社会が政治的支配・被支配ではなく長老・祈祷者などの経験知と託宣に導かれ、集団の合意によって行為を決定する「運営社会」から、特段の有力者か少数上位者の意思で左するか右するかを指図する「政治社会」へ変化することが「古代化」である。中でも日本史では、当初から東アジアの「古典古代」を継受するという(自意識を持つ)大陸諸王朝群の更に周辺に位置して、かつ王への上昇を欲求するいくつもの集団(日本列島でいえば渡来系、倭人系の諸豪族から成る数多の集団)が一段上へと争闘を繰り返し鬩ぎあう地域であったため、国際的な力が往復的に働く中で消長し、長い時間を要した古代化となった。・・・・・・そのような意味での「古代化」は数世紀にわたる長い過程であって、初めから「日本国」だったのではない。「別れて百余国」と記された時代から奴国・邪馬台国等の小国あるいは連合国時代を過ぎて何世紀も後に東アジア法文明圏(中国冊封圏)において承認される「国号」として「日本」、「日本国」が称され始めた。日本列島にはなお独立性の強い広大な政治的勢力、部族社会が各地に跋扈しており、それらに対抗しつつ幼生期の日本国は国際関係において優越した地位を得たということである。・・・


・・・また、古代以後にも、広い範囲の「唐物(からもの)」文物の渡来は留まることがなかった。ことに古代の「日本国幼生期」に、東アジア古典古代を継ぐ中華王朝の政治文化を吸引し続けたことによって、「外来文化の影響」を超えて、自らの「体質」(特に日本的と見なすべき超個性的な中華帝国よりも或る意味で高度化し洗練された体質)に近い域にまでそれが進んだ。最初に吸収したものから更に二次的に紡ぎ替えて日本風になった事物も数多くあり、身辺化して派及が気付かれなくなっているものさえあるが、それらが日本の政治文化の「基層」の構成要素となったと言ってもいいくらいである。・・・


5−3 古代日本における渡来文化の多様な痕跡―事例サンプル


飛鳥・古墳時代末期から遥か紀元前後まで遡る「日本古代化へのプロローグ」期に関わる渡来人と、渡来系関連文化の痕跡を少し探ってみると、その数は夥しいものとなり驚かされる。ただ、些かでも気を緩めるや否やトンデモ論、陰謀論あるいは他愛ない与太話の類の術中に嵌るリスクもあるので、これらの点に留意しつつ幾つかの事例を以下に採録しておく。


大夫・難升米(たいふ・なんしょうまい)(歴史学者上田正昭氏)
・・・3世紀、邪馬台国卑弥呼が魏に使わした大夫(中国で使われた役職名)であり、文字(漢字)を理解し、それを使うことができたとされる渡来系の人物。


史部(ふひとべ)(歴史学者上田正昭氏)
・・・記録・文書をつかさどって朝廷に仕えた部民(べのたみ)だが、4世紀頃に渡来したという王仁(わに)の子孫・西史部(かわちのふひとべ)と阿知使主(あちのおみ)の子孫・東史部(やまとのふひとべ)の二大勢力があったとされる。金石文(金属や石などに記された文字資料)の記録者が史部であったと考えられる。


古代の交流史、日韓で共有/百済の昆支王、ソウルで展示へ)(2011.11.16産経MSN)http://urx.nu/3nrG 
・・・5世紀の雄略天皇の時代に倭国(古代日本)に派遣された百済(古代韓国)の王族、昆支王(こんきおう)に関する展示スペースが、日本側の働きかけで、韓国・ソウル市に2012年・春開館する市立漢城百済博物館に設置された。
・・・昆支王は百済の21代・蓋鹵王(こうろうおう)の弟。日本書紀には、雄略5(461)年、蓋鹵王の命により倭国に派遣され、その際、兄の后(きさき)を妻として同行したが、出産したため、生まれたこの継子を帰国させ、後に25代武寧王になったと記されている。
・・・倭に渡った昆支の行跡に関しては河内の「近つ飛鳥」(大和=飛鳥、難波=元飛鳥/アスカ=百済語で安らかな地の意?)で百済系の移住民を糾合し根拠地にしたという見解がある。『新撰姓氏錄』の河内近つ飛鳥戸造(あすかべのみやつこ)の先祖と河内近つ飛鳥戸造神社の祭神が昆支である点と、倭で多くの子女が生まれたという点から推測すると、昆支を先祖とする後裔(末裔)氏族が、今の河内・飛鳥郡一帯を中心に繁栄していたらしい。これは百済人が倭に渡って造った横口式石槨が主流をなす河内平野古墳群の分布からも立証可(http://urx.nu/3nrR )。因みに、高句麗百済・扶余・倭らの民族は同じツングース系。
・・・なお、桓武天皇の生母である高野新笠(たかののにいがさ)は武寧王を遠祖とする渡来人「和」氏の出身という記述が『続日本紀』にある。新笠は皇后になることはできなかったが桓武天皇の生母として皇太夫人と称され、更に皇太后とも称された。


渡来系氏族の中で国号を氏姓とした氏族で最も著名なのが百済王氏(くだらのこにきしし)(歴史学者、坂本義種氏ほか)
・・・百済最後の王・義慈王の子である善光を始祖とする日本の氏族。持統朝に百済王の氏姓を賜与された。氏として百済がつく氏族は百済朝臣百済公、百済連、百済宿禰などがあるが、王という特殊な姓は、かつて百済を象徴する宗主(王侯)的な存在であったことが窺われる。
・・・百済最後の国王義慈王倭国と同盟し、その王子豊璋王と禅広王(善光王)を人質として倭国に献上した。が、660年百済は唐の進攻であっけなく滅んだ。百済復興のため倭国から朝鮮半島に戻った豊璋王(阿倍比羅夫が半島へ送り届け王位に就かせたとされる)も白村江の戦いに敗れ、高句麗に亡命するも、やがて唐に捕らえられ流刑となったため、日本に残った禅光王が百済王族の血統を伝えることとなった。
・・・奈良時代末期には百済王(くだらのこにきし/禅光王の子孫)氏の後裔の俊哲が陸奥守・鎮守将軍・征夷副使などに任じられ、同じく武鏡は出羽守となるなど百済王敬福(くだらのこにきしのきょうふく/その陸奥守在任時に陸奥国小田郡から黄金が発見された)いらい東北地方の経営と征夷事業に関わり、平安時代中期まで百済王氏は中級貴族として存続。
・・・平安時代初期には、桓武天皇の母(高野新笠)が百済系渡来氏族の「和」氏出身であったため天皇外戚とみなされ厚遇を受けた。一族の娘を桓武天皇嵯峨天皇らの後宮の宮人としたため、天皇と私的なつながりを結んで繁栄を得た。また、桓武天皇の時の宮中には百済人などの女官が数多く採用されていたとの説もあり、百済語など外来語が飛び交っていたらしい。
・・・また、平安京遷都(794)で桓武天皇(生母が百済武寧王の子孫(高野新笠)であると続日本紀に記されているとの今上天皇のご発言もある)へスポンサー的な意味で大きな影響を与えた秦氏百済系/秦河勝の私邸が御所として桓武へ提供された?)以前の渡来系部族として、物部氏百済系?)と蘇我氏新羅系?)の大きな存在も無視できない。
・・・因みに、近年の考古学調査で物部氏の仏教系氏寺とされる遺跡が発見されたため(http://urx.nu/3bT2  http://urx.nu/3bT3 )、教科書的定説である<廃仏・物部VS親仏・蘇我>の対立に疑問が投げかけられ、それは崇仏論争ならぬ政治権力抗争であった可能性が高い。
・・・百済王系の本拠地は難波であったが、その後北河内交野郡中宮郷(現・大阪府枚方市中宮)に本拠を移し、この地に百済王氏の祀廟と百済寺(現存する、滋賀の百済寺高句麗僧の恵慈が百済・龍雲寺をモデルに建てたとされる)とは別)を建立した。百済寺は中世に焼失したが百済王神社は今も大阪府枚方市に残る(http://urx.nu/3pQQ )。
・・・飛鳥・奈良〜平安初期の時代についての統計学的推計手法を使った直近の研究によると、関東・東北辺りに住んでいた俘囚と呼ばれる人々が原日本人(縄文系子孫)で、一方、西日本〜畿内・中部辺りに住む日本人(弥生系庶民層)は、その6〜7割が半島又は中国由来の渡来系の人々ないしは、その混血であり、その当時の日本全国の人口規模は約700〜800万人と考えられる(典拠:日本歴史学会編、井上満郎著『人物叢書秦河勝』―吉川弘文館―)。
・・・また、「新撰姓氏録(しんせんしょうじろく)」(平安時代初期の815年(弘仁6年/799年(延暦18)12月の嵯峨天皇による本系帳提出命令に端を発する)に編纂された古代氏族名鑑)の記録によれば、当時の貴族・豪族層は約3割が渡来系とされるが、それは自己申告方式だったため、この3割の数字には疑わしい。実際には、畿内・中部辺りの貴族・豪族は庶民層以上に渡来系が占めており、前渡と今来を合わせれば7〜8割程度までが渡来系という実態ではなかったかと思われる。


先進的な製鉄技術を日本に伝えたアメノヒボコ (歴史学者上田正昭氏)
・・・アメノヒボコは4〜5世紀の狭間ころに渡来し、播磨を経て但馬に定着したとされる新羅の王子で、記紀と播磨風土記に登場するが、製鉄、水田開墾などの技術者集団の渡来の可能性がある(アメノヒボコはそのリーダー?)。
・・・事跡としては、比売許曽神社(ひめこそじんじゃ/大阪市東成区)、揖保郡太田里条(兵庫県揖保郡太子町太田)、出石神社(いずしじんじゃ/兵庫県豊岡市)、糸井神社(奈良県磯城郡川西町)、アメノヒボコの後裔の可能性がある三宅連(みやけのむらじ)、糸井造(いといのみやつこ)、但馬守(たじまのかみ)など。


王辰爾(おうしんじ) (歴史学者上田正昭氏)
・・・6世紀後半に敏達天皇の朝廷で活躍して、船氏(船史/ふねし)らの祖となった渡来系(百済)の人物。大阪府曳野市古市にある野中寺(やちゅうじ)は船氏の氏寺。日本書紀では、船の賦(みつぎ/積荷)を数え記録する仕事に功があったので「船長」に任じられ、「船氏」の氏姓を与えられた人物として登場する。また、「津史(つのふひと)」の氏姓を与えられた牛(うし)という人物は王辰爾の弟とされる。


隋書倭国伝にある秦王国(はたorしんおうこく)、つまり豊前国(ぶぜんのくに/現在の福岡県・東部から大分県・北部辺り)に入っていた仏教(538年の仏教公伝以前の仏教伝来)、および其の薩摩・隼人との関係 (古代史研究家、大和岩雄氏/歴史学者、中村明蔵氏)
・・・豊前地方には欽明期の創建になる仏閣が大変多く、中には538年以前のものもある。その後、百済系の秦氏(はたし)は、山背国葛野郡(現在の京都市右京区太秦)、同紀伊郡(現在の京都市伏見区深草)、河内国讃良郡(現在の大阪府寝屋川市太秦)など各地に土着したが、薩摩・大隅地方との関わり(移住?)も窺われる。大隅八幡宮(鹿児島神社)(霧島市隼人町)、韓国宇豆峰神社(霧島市上井)、韓国岳霧島山最高峰)などの痕跡がある。
・・・霧島市隼人町の地名が残るとおり、百済系の秦氏と薩摩・隼人の繋がりが窺われる。厳密には其の居住地の違いにより阿多隼人(薩摩隼人)、大隅隼人、日向隼人などの区別がある。彼らは畿内とその周辺部にも居住しており、その一部は律令制下で衛門府被官(官吏)の隼人司(はやとのつかさ)に属し、天皇と朝廷の守護役を勤めていたともされる。


神武天皇東遷神話」の新しい研究/森浩一『日本神話の考古学』(朝日新聞社) (泉森皎氏、考古学者・元奈良県橿原考古学研究所 / 研究員)
・・・これは、虚心に神話・伝説と考古学の接点を探るべきとする意欲的な著書である。それによれば、神武天皇東遷神話については、九州地方(南九州および豊国(北九州北東部))に遺されている考古学的資料・遺跡関係等と奈良県宇陀地方の古墳群との関連を視野に入れつつ下記の諸問題についての研究推進が期待される。


*何らかの政治的まとまりや軍事力を持った南九州の豪族集団の移動があったと考えられる(豊国から薩摩・大隅地方へ移住した秦氏系の分派?)
*出発地点は日向(宮崎県)で、船団を組んでの移動であった
*途中には多くの寄港地と水崎案内人(ウズ彦=根源津彦/倭国造(やまとのくにのみやつこ)?)がいた
*宇佐(豊国地方の秦氏系?)の建造物と思われる足一騰宮(あしひとつあがりのみや/一本柱建築)の記述(記紀による)などからは中国の南方的要素の渡来が窺われる
*同じく、記述(記紀による)の関連記述では宗像神社(北九州)のある玄界灘沿岸らしい特殊性が窺われる


5−4 幼生期“日本”の完成―「伊勢神宮創建(天武・持統期)」には“中国律令制儒教”の深化(日本化)プロセスの意味がある


(幼生期“日本”の完成:天皇家の精神基盤、祖型「伊勢神道」成立について)


推古天皇(厳密には推古大王/位593 - 628)の600〜618年の18年間に5回以上派遣された遣隋使(小野妹子の派遣は607年)が、倭国へもたらした文化的衝撃は非常に大きなものであった。そこで国威発揚を目的とするグランドデザインの必要性を意識して先ず着手されたのが「日本書紀」(720/養老4年)に記述がある「天皇記」、「国記」など国史(両者とも現存せず)の編纂である。


そして、その過程で「日神祭祀」(太陽神、つまり天照大神(あまてらすおおみかみ)を崇め望拝する宗教儀礼)を伴う王権神話(ミソロジー)が創作された。現存する日本書紀の中の推古紀に具体的な「日神祭祀」(天照大神)の指摘と記述はないが、同じく用明紀が引用する別の推古祀の記述からは、その「日神祭祀」存在の可能性が窺われる(出典:深谷克己著『東アジア法文明圏の中の日本史』(岩波書店))。


しかも、日本書紀の編者・舎人親王らが、その事実に一定の脚色を加えつつ、より古い時代の崇神紀・垂仁紀へ、その記述内容を意識的に移行して、その上に重ね書きした可能性が高い。つまり、8世紀初頭に成立した「日本書紀」と「古事記」(出来た順序は逆になるが、古事記日本書紀の副次派生的テキスト)は、幼生期・日本の深層記憶を文字・文脈でヴァーチャル化したものと考えられる(出典:同上)。


・・・ここで少しだけ容量オーバーとなったので、この後の部分は<コメント欄>へ続けます。お手数ですが、以下のコメント欄に入ってお読み願います。・・・