toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

政治的ネクロフィリア安倍内閣のオフィーリア・コンプレックス/バシュラール・エトノス、「水のイマージュ」による批判

toxandoria2016-05-04



(プロローグ)ポスト・パリコミューンの風景、モネ『カピュシーヌ大通り』/到来する市民社会に相応しく斬新な「視覚混合と水の想像力」の発見


Cover Images/Il symbolise notre vie!



・・・マネ『黒い帽子のベルト・モリゾ』1872/Edouard Manet (1832-1883) Berthe Morisot With a Bouquet of Violets 1872 Oil on canvas 55; W. 40 cm Palais Musee d'Orsay



・・・Lara Fabian – Ma vie dans la tienne (暗喩的解釈/あなた(先住多層文化エトノス、tienne =yours)の中の私の人生、だから私を離さないでね!)


・・・



<注>『ネクロフィリア(necrophilia)』とは、死体性(偏)愛なる倒錯行為に大きな興奮を覚える精神の病理を意味する。


・・・それは、いわば屍のスチール(固定)・イメージに異常固執する耽美的偏愛であり、偽エトノス(国家神道靖国顕幽論)で美しい愛国玉砕戦争へのアイロニー(没入、現実逃避)を煽った戦前型ファッショ政治にも通じる異常感性の刺激への偏愛である。


・・・更に言えば、「永遠に変化し続けるのが宿命である物質的世界(いわばリアル因果の世界)と人間の関わりが紡ぐその一回性の軌跡である代替不可能な歴史(生と死の未了の連鎖のエクリチュール(ecriture))というリアリズムを完全否定することだ。


・・・“あるスチール・イメージ(固定観念)化した超時間的思惑を、例えば<英霊界に従属する国民のリアル生活を理想とする靖国顕幽論>らの如き異常・異様な世界観”で現実を自在に書き換え(reecriture)たり修正・改竄するのを当然視する、#日本会議 、#神道政治連盟、#神社本庁 、#安倍晋三・首相らは「錯乱の“水のイマージュ”」である「オフィーリア・コンプレックス」の病理(委細、後述)に深く嵌っている。


・・・だから、その病理を克服することの意義に関わる無知・無教養を一切恥じようともしない、これら歴史修正主義者こと狂信カルト一派に対する呼び名として、そのおどろおどろしくも陰鬱で不快な用語ネクロフィリアを敢えて使った。


・・・それは、政治的ネクロフィリア安倍政権が<古来の伝統神道を都合よく改竄するため幽顕思想(半ば手慰みで平田篤胤が考案したw)を援用した靖国顕幽論なる奇怪ミソロジー(英霊界頂点のエセ神話論理構造)がベースの国家神道の復帰を謀っているからでもある。


・・・因みに、『古寺巡礼』『風土』などの著作で知られ日本を代表する思想家である、和辻哲郎(1889 – 1960)が、約100年も前に国家神道・現人神天皇靖国顕幽論らを奉じる戦前型ファッショ政治一派(今の安倍晋三、 #日本会議 等の元祖)を政治的ネクロフィリアに相当する“変質者のイデオローグ”と指摘していたが、その慧眼には驚かされる(和辻については、エピローグでも再び触れる)。


<注>エトノス(ethnos)とは?


・・・古代ギリシア語で、村や都市に集住する「民衆」(デモス/demos)の周辺に住み、その「民衆」以外の部族集団を意味したエトノスは、置かれた立場が変われば正反対になるのは当然なので、そもそも決定的評価を伴うコトバではなかった。


・・・それ故、これは歴史的・政治的条件などに因って意味が肯定的あるいは否定的に変化する非常に多義的用語であり、それを使用する時代によって真逆の意味にすら変わり得る。この点に加え、後述する<人間の生命と文化の持続に必須となるローカルな一定地域の自然・歴史・文化環境との共鳴、およびその共鳴に因るエトノス自身の射程と内容等の変容>という条件が付くので、完全に抽象概念化したイデオローグ観念とは異なる。


・・・従って、当ブログ記事でのエトノスは、例えば現代にも繋がる伝統神道の如く『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴しつつ“人間性を未生(未来)へ繋ぐ揺り籠”となし得る開放系の共有観念と風土、又は過去〜現在〜未来に渡り生存環境の微小馴化を常に受け入れつつも、その伝統的な全体性の“持続”を最重要視する幅広い寛容なカオス的集合意識、およびその受け皿たる風土』の意としておく。


・・・そこで、ここでは簡潔なエトノスの定義を『人間の生命と社会生活の維持に必須のローカルな一定地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴しつつ“人間性を未生(未来)へ繋ぐ揺り籠”とし得る開放系の共有観念、または、過去〜現在〜未来に及び生存環境の微小馴化を受け入れつつ“持続”させ得ることを最重視する広く寛容な集合意識』としておく。



・・・因みに、シンギュラリティ(Singularity/技術的特異点人工知能AIでは、それが人間を超える危機とされる2045問題http://goo.gl/IGlhSA が意識されている)の克服でも、このエトノス的な感性と知性の融合が重要なヒントを与える可能性が高い。なお、「エトノス」と「エトノスとしての国家神道/偽エトノスの問題」の詳細については、下記(▲、★)を参照乞う。(シンギュラリティのイメージは、下の一枚目画像)


▲先住多層文化エトノスはポスト・グローバリズムの希望(2016-03-01toxandoriaの日記)
http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160301
松岡正剛『エトノス(正確に言えば、偽エトノス)としての国家神道』(村上重良著:国家神道岩波新書‐の解説)http://1000ya.isis.ne.jp/1190.html


モネ『カピュシーヌ大通り』

Claude Monet,(1840 – 1926)「Boulevard des Capucines」1873-74 Type Oil on canvas 80.3 cm × 60.3 cm Nelson-Atkins Museum of Art, Kansas City, Missouri


モネ『水連』1914(Related images)

Claude Monet「Water-Lilies」 1914. Oil on canvas. 200 x 200 cm National Museum of Western Art, Tokyo, Japan.


・・・


●【政治権力の倒錯(暴走権力のテロリズム)に追従するマスメディアの倒錯/公権力(暴力的国家の)強化でテロ撲滅!を報じ続けるNHK報道の倒錯、アンチ立憲主義への誘導?/安倍晋三の傀儡、籾井会長の指示!】クロ現、NHK・BS国際報道等が、Tw等のNet洗脳で<普通市民による個別テロ>が拡散の危機!と盛んに報じ続けるが、<桐野夏生氏、憲法を考える/前面の国益ならず個があって公は育つ!20160412朝日http://goo.gl/XiP1F9>の慧眼は、だからこそ「理念」(立憲民主主義)共有での個を尊重する啓蒙&教育を最優先すべきと指摘!(関連委細、後述)20160414只のオッサンRT to 20160317NHKオンデマンド @nhk_ondemand<<クローズアップ現代>>軍や政府機関などではなく警備の手薄な娯楽施設などの市民をネット洗脳された一般市民が狙うソフトターゲットテロ(普通の一般市民による個別テロ)が増えている。https://twitter.com/hanachancause/status/720513866900316160 
・・・但し、上で引用したクローズアップ現代での国谷キャスター(安倍政権側の代理人、籾井NHK会長の圧力で3月末で辞任!)の報じ方に限り、上で指摘したNHK異常報道の責任はない!ここでの問題意識は、昨今のNHKの報道姿勢の流れが、安倍政権の作為に従う一種の“洗脳”報道の空気を感じさせる異常事態であることを指す!(Cf.*)⇒ *20160412@Martin Fackler /Twクロ現元キャスター国谷裕子氏が「世界」に寄稿:「同調圧力が強くなってきている気がする。流れに逆らうことなく多数に同調しなさい同調するのが当たり前!といった圧力。そのなかでメディアまでがその圧力に加担していないか?(Ex.テレ朝の新Ñステーションが、安倍サマのスシ友こと後藤謙津次氏をキャスター起用)」
https://twitter.com/hanachancause/status/719762461017001984 


(“パリコミューンと立憲主義の意義”に無知な穴クロ安倍政権を戴く日本国民の不幸)


一般にフランス革命は「1789年7月14日のパリ民衆によるバスティーユ牢獄襲撃〜ナポレオンの政権掌握」までの歴史とされるが、そこでは「民衆蜂起〜ポピュリズムと急進的な第一共和制の混乱〜王政復古〜ナポレオンの第一帝政(独裁政治)」という具合に、いわば「フランス革命の理念」が弄ばれる如くに前進〜後退の迂遠なプロセスが繰り返されている。


しかも、その過程では幾度となく凄惨なテロを伴う内戦が繰り返され、多くの国民の血が流されてきた。この後も、ナポレオン没落(1815)〜七月革命ルイ・フィリップの王政/オルレアン議会制)〜二月革命(第二共和制)〜ルイ・ナポレオン独裁(第二帝政)〜第三共和制(1870〜1945/普仏戦争〜パリコミューン(サンディカリズム/1871)→以降、やや安定期へ)という激動のプロセスを、いわば激しいテロが繰り返される歴史を辿った。


パリコミューンとはサンディカリズム(syndicalisme)と呼ばれる史上初の労働者階級による革命政権であったが、それはティエール(第三共和制・初代大統領)政府軍との間の凄惨な市街戦となり、やがて70日間で鎮圧され、第三共和制フランスが、19世紀末になり漸く<授権規範>を定めた「第三共和国憲法」(制定1875)で宿願の立憲民主主義の国家を実現したのである。


然るに、かくの如く近代啓蒙思想の具体化プロセスでもあった「フランス革命」が、実はいよいよ本格的なグローバリズム時代である現段階のプロセス(本格的な超格差拡大を伴うグローバル金融資本主義の暴走時代)に差し掛かったところで、いまや漸く今度はフランス・ベルギー・ドイツ・イギリスら欧州から全世界へと舞台を広く移す形で、再び、その迂遠で過酷なプロセスが再拡大しつつあり、更なる立憲民主主義の深化が進みつつあるのだと見るのも可能であろう。


市民社会の価値観を当然視するまで民主的な意識に馴れ親しんだ我われではあるが(しかも、これは逆説になるが)、我われはその日暮らし感覚の一般の動物ならぬ知能(記憶・論理・推理力・歴史観らを備えているという意味での)を持つ人間であるからこそ、残念ながらも、その過酷な闘争志向の本性(この弱肉強食の傾向は政治権力、国家、一般市民、グローバル市場金融資本のそれぞれに潜む!)が再び自らを暴発させる隙を伺い始めたという現実が目前にあるのだと自覚すべきである。


歴史的な意味でそのように過酷な時代に差し掛かった今だからこそ、益々「立憲主義の保守」が特に重要となる。しかし残念ながら欧米諸国と異なり、現代日本の安倍政権にはその意味で最も基本とすべき「中立的」視点と超長期的な歴史観ヒューマニズムに基づく正統なエトノス文化観が欠片(かけら)も存在しない。そのため、我われは本来向かうべき新たな時代方向とは真逆の「反知性主義アナクロクロニズム」(18〜19世紀型テロリズム権力)への回帰という奈落の底へ墜落しつつある(関連参照/↓◆)。




◆【国家(秘密主義&原発・軍事暴走)権力を「個」の前面に掲げる安倍政権は「憲法」破壊(立憲主義否定)の公然テロリズム主義】左右別なく取り憑く絶対理性神こと<カルトの祭典>で舞上がるアベ& #日本会議 式の最初に超然国家ありきなる「完全設計主義(偽エトノス)の罠」を批判! ➡  桐野夏生氏、憲法を考える/前面の国益ならず「個」があってこそ「公」は育つ!20160412朝日http://goo.gl/cyWpi020160413只のオッサンRT to @河村書店 @consaba(憲法を考える)公共のゆくえ、ファシズム的な動き:作家・桐野夏生さん「予兆は必ず、明るく楽観的な顔で忍び寄ってきます」同・朝日 https://twitter.com/hanachancause/status/720096709561294848 


(モネ『カピュシーヌ大通り』は、到来する市民社会の印象に相応しい『“斬新な視覚”と“色彩混合”、“水の想像力”(市民社会エトノス感)』の発見)


このような背景のなかで、我われがいま最もその批判対象と見て警戒すべきは、エンドレスで格差の再生産へと大暴走し、もはや正統な資本主義とは言えぬまで、そして殆ど統制不能のレベルまで怪物化した<グローバル市場金融資本主義>に悪乗りして、自ら妖怪カルト守銭奴(その象徴がアベ・クロバズーカ!)と化した、正統保守を騙る偽装極右(偽エトノス)派)の跋扈である。日本でいえばそれは1%派の利権保守で原子村らと利権(カネ)絡みで深く繋がる #日本会議神道政治連盟神社本庁らを意味する。


一方、既に見たとおりで、血みどろの凄惨な戦いが繰り返されたフランス革命など「市民革命」の意義(極言すれば応報・連鎖したテロ同然の内戦・闘争の歴史的意味)を表層的or勧善懲悪的に理解するのは危険である。なぜなら、ここで正しい歴史認識と歴史への反省及び自由・平等・国民主権、あるいは憲法の授権規範性や立憲主義の意味が正しく読み取れ(理解でき)ない限り、パリとブリュッセルの同時テロに与した過激派組織「IS」らの新たな世界規模の脅威が囁かれる昨今の状況下では、ほんの僅かな情勢の読み違えから、我われ世界市民が再びエンドレスの血みどろの応酬戦争を繰り返す、過去と全く同じ煉獄の罠に易々と嵌りかねないからだ。


ところで、カピュシーヌ大通りはオペラ座を正面にして左右に伸びる大通り(オペラ座ルーブル美術館を結ぶオペラ通りとクロスする)であるが、そこにはモネがこの絵を描いた1873年頃は未だ「パリコミューン(1871)」の惨劇(内戦、テロの応酬)の生々しい空気が残っていたはずだ。しかし、このモネの絵から、その不穏な血生臭い空気は一切感じられず、それどころか急速に賑わいを取り戻しつつある繁華街と、そこで未来への希望を手に入れたパリ市民らの新たなエトノス感の発見に因る未生の活力と生命力が感じられる。


その「明るい希望」への急速な意識転換のエポックを感じさせるこの絵の秘密はどこにあるのだろうか?まず考えられるのは、「ある種の心地良さを感じる適度な俯瞰の視点(ふわりと浮いた適度な高さの鳥の目線)」ということだ。具体的に言えば、それは1874年に第一回印象派展の会場となったナダール写真館(3階)から俯瞰した構図の発見であり、その後これは活性化した市民意識(特に中間ブルジョアジー層の)を感じさせる「大都会の群衆」を描く印象派の一手法(後述する、形式的想像力による新たな発見)として定着する。


もう一つは、印象派の画家たちが創り出した色彩混合(視覚混合/並置した二つ以上の色彩が遠くから見ると混じり合って一つの色に見える光学現象を応用した)の技法だ。特に色彩の鮮やかさとイマージュ的感性で捉えた光の煌きの一瞬の同定を粘り強く追及したモネはこの手法に優れており、周知のとおり、それは漸くジヴェルニー庭園に落ちつき、そこで晩年に描かれた水連の連作に結晶している(後述するバシュラールに通じる水に関わる物質的(環境的)想像力の新たな発見!)。


この絵の色彩的な特徴を端的に言うなら、それは<その殆どが地味な黒とブルー、そして少々の茶色と白色で描かれているだけであるにもかかわらず、なぜか晩年の連作「水連」にも通じる「水」にまつわる瑞々しいバシュラール的なもの、言い換えればエトノス的なイマージュの印象、いわばその奥深い背景に潜む未生のパワーを連想させる生き生きと果てしなく広がる水の波紋の印象が強く鑑賞者の心に残ること>である。


バシュラールの(a)形式的想像力と(b)物質環境的想像力


ボッティチェリプリマヴェーラ(春の寓意)』についての新たな解釈)


ボッティチェリプリマヴェーラ(春の寓意)』

Sandro Botticelli(1445- 1510)「Primavera」c. 1482 Tempera on panel 202 cm × 314 cm Uffizi Gallery, Florence


ボッティチェリヴィーナスの誕生』(Related images)

Sandro Botticelli(1445 – 1510)「The Birth of Venusc」1485 Tempera on Canvas, 172.5 x 278.5cm Galleria degli Uffizi, Florence


ギリシャ・ローマ古典の意味を見直すことで人間の復興と新たなヒューマニズムの可能性を期待し、それを大いに賛美するルネサンス芸術の代表者とされているボッティチェリであるが、一方で彼の絵にはメディチ家周辺の後期ゴシック(中世末期)的な美意識が深く投影されている。そのため、この<春>という愛の季節を讃える初々しい感性にあふれているはずの『プリマヴェーラ(春の寓意)』でも、その絵の全体にはなぜか“やや暗め”の霊気のようなものが漂っている。無論、それもボッティチェリの美学を引き立てる魅力の一部ではあるが。


その人物像を取り巻く繊細な風景描写のなかに、おそらくボッティチェリは、その後期ゴシック(中世)的な霊気のようなものを殆ど無意識に塗りこめているはずだ。だから、彼が描く自然の風景には変化に富み生きいした自然の風景が必ずしも反映されてはおらず、むしろそこには綴れ織り(京都の西陣織/一説で、その起源は古代エジプトコプト織にあり、中国・朝鮮半島経由で古代の日本・京都へ伝来したとされる)のような感触のやや暗みを帯びた自然物が描かれいる。やがて次第にボッティチェリはそれらの形象を更に装飾的なものへと変遷させて行った(形式的イマージュの発展)。


一方で、これは逆説的なもの言いとなるが、ボッティチェリの絵から、その霊気を帯びた暗さと、恰も綴れ織りの如く過剰に装飾化した自然描写にもかかわらず、その「絵」全体の印象ではボッティチェリ的な空気とでもしか言いようがない不思議な瑞々しさ(その正体は様々な花や樹木らの植物群と黒い土のなか、およびやや暗めの霊気(空気)のなかに漂う“水”の成分の印象/厳密には、そのボッティチェリの絵を見たことによる共感が励起し鑑賞者の心に宿るエトノス感)を鑑賞者は感じさせられるはずだ(新たな物質的イマージュの発見)。


そのことは『プリマヴェーラ(春の寓意)』から約10年後の作品となる、直接的に海の「水」をモチーフとして描いた『ヴィーナスの誕生』では、より分かり易く現れる。瑞々しく美しい裸体に恥じらいを宿すヴィーナスは、青みがかった緑の海原に散る花々、風になびくエロチックな長い髪、あるいは色濃く茂る神秘の樹木、それらの全てが、恰も「水」の成分の仲立ち(物質環境的想像力)によって、ルネサンスの美意識を背景としつつギリシャ・ローマ古典古代と後期ゴシック(中世末期)の二つの美意識が、新たな息吹と新たなエトノス感に目覚めたルネサンス期の人間の心のなかで和解したかの如きである。


・・・


安倍内閣( #日本会議 )の偽エトノス(の取り戻し政策)に惑わされる現代日本“混迷”の克服に有効な“バシュラールの(a)形式的想像力と(b)物質環境的想像力”)



ガストン・バシュラール(Gaston Bachelard/1884 – 1962/フランスの科学哲学者、詩的想像力の研究にも業績)の著書『水と夢/物質的想像力詩論』(及川 馥(かおる)訳、法政大学出版局)によれば、我われ人間の想像力は大いに異なった二つの軸に沿って展開する。その一つは観念的な形象イマージュであり、それは絵画的で多様な変化、偶然の出来事の連鎖や組み合わせなどから新しい楽しみや発見の「形」を取り出す傾向があり、この想像力はいつでも一つの美しい春を描き出し、様々な花を生み出す、とされる。それゆえバシュラールはこれを形式的想像力と名付けた。


もう一つの想像にかかわる能力群は、リアルな存在(物質)の根底を掘り進み、その根底のなかで絶えず原始的・始原的なものと永遠なるものを同時に見出そうとしている。つまり、こちらの能力群(想像力)は歴史(Ethnos&History)と季節(Season)を支配している。それは我われの外である自然のなかで、あるいは我われ内部の自然のなかでも、絶えず様々な未生の萌芽を発見し、あるいは作り出し続けている。それゆえバシュラールはこれには物質的想像力の名を与えており、そのなかでも特に「水」に関わる物質環境的想像力を重要と考えた。


視点を変えれば、この二つの想像力は恰も「論理・推理による観念的・抽象的構想力」と「自然環境の因果(律)に関わる観察眼と皮膚感覚による感性的な発見」に対応すると考えられる。無論、殆ど刹那的に生きているかに見える一般の動物ならぬ我われ人間の場合は、その精神のなかの全く異次元のフィールドでこれら両者が個別に機能しているとは考え難く、この二つの想像力は絶えず相互の影響や浸透によって多少のぶれを見せつつも、歴史や記憶の蓄積と生きいきした感性的イマージュの再生産を繰り返しながら、それらが精神にもたらす交感・交流、あるいは共鳴のプロセスで絶えず「中立的」な判断力や豊かな感覚的イメージが生み出されていると考えられる。


言い換えれば、我われの内面で行われるその「中立的」な未了の精神活動こそが、我われ人間に対して絶えず<健全でアグレッシブな思考と新たな生命力と活力>を与え続け、健全な前進へのパワーを供給してくれることになる。さらに少しだけ付け加えれば、その「中立的」な精神活動は決して日和見的なものではありえず、いわばエトノス環境と人間社会の間の<未了の相克>を持続させるための批判的意思がそのための必須条件となっている。又、あくまでも相対的な比較であるが、どちらかといえば皮膚感覚に近い(b)物質環境的想像力の方が、(a)形式的想像力よりもエトノスとの関わりが深いと考えられる。


しかも、これら二つの想像力、つまり「形式的想像力」と「物質環境的想像力」には、それぞれ「善と悪」(あるいは生と死)の相反する要素が常に潜むのが当然なのだという自覚(我われ自身もその二つの成分、「善と悪」(あるいは生と死)から出来ていると理解する謙虚さ)を先ず持つことが肝要である。それは、より広く捉えてみればたとえ「形式的想像力」と「物質環境的想像力」といえども、その内側で我われ自身が無意識の内に誕生していた生来のエトノス環境の賜物であり、人間の力だけでは絶対にその「善と悪」(あるいは生と死)は支配できない現象であるからだ。


ともかくも、この<それぞれに「善と悪」(あるいは生と死)の要素を潜ませた(a)形式的想像力と(b)物質環境的想像力の二つの想像力が、絶えず相互の影響や浸透、又は共鳴によって多少のぶれを見せつつも、我われは一回性の歴史や記憶の蓄積と生きいきした新たなイマージュの再生産を繰り返しながら、それらが精神との間で交わす交感と交流のなかでこそ、「中立的」で豊饒なイメージや新たな判断力を絶えず生み出すことができる>というバシュラールの豊かな想像力についての考え方を理解することが重要である。


この点を援用すると先に取り上げた「ボッティチェリプリマヴェーラ(春の寓意)』に関わる新たな解釈としての水の想像力」も、あるいプロローグで取り上げた「モネの絵画における水の想像力(つまり、新たなエトノス感を想像する水の能力)の発見」も、十分腑に落ちることになるはずだ。


啓蒙思想立憲主義の基礎を提供したコンディヤックの『彫像の思考実験』)


●【<人間の命>のリアル(意味)とは何か?から教育すべき<規律問題の基本>を敢えて無視する安倍政権は自由民主党の名を返上せよ!】これは戦前型の超然権力志向の自民党憲法草案「前文」(20160406朝日)と同轍!「判断・推理・評価等に関わる人間精神は五感に基礎を置くべきとする民主主義の根本(啓蒙思想の基礎を固めたコンディヤックの思想)」の否定!➡ ヘイトスピーチ抑止法案/自公、今国会に提出へ/但しこれは理念法に止め自公政権が個々の差別対象(“差別”指定)を絞る406朝日20160406只のオッサンRThttps://twitter.com/hanachancause/status/717458297826050048 
・・・Cf. 【偽エトノス(国家神道靖国)を前提とするのが自公の名ばかりヘイトスピーチ対策法】(しかし与野党が修正協議で合意)問題の核心は「人種差別禁止法」を作ること(419国連広報センター)がスジ!故に、この誤魔化しのヘイトスピーチ対策法には具体的な「違法」の明記がない!➡ヘイトスピーチ対策法案成立へ20160428朝日


・・・


バシュラール(上掲書)によれば、啓蒙思想の出発点を創った一人であるコンディヤック(Étienne Bonnot de Condillac/1714 – 1780/フランスの哲学者、聖職者、先行する英ジョン・ロックに影響を受けた認識論の研究で経験論的認識論を発展させ、事実上、啓蒙思想・立憲民主主義イデオローグの基礎を構築した)は、有名な「彫像(無感動の大理石像)の思考実験」で、つまり、嗅覚、聴覚、味覚、視覚、触覚の五感を順次付加しながら石像内部の感覚変化を辿る手法の思考実験で、一般社会で共有されていると考えられる人間の精神能力の一切が、つまり注意、判断、反省、推理、記憶、創造、連想などの一切が、詰まるところ個々の人間の個性的な感覚の調和的な変形であるという結論に辿りついた。


つまり、我われ人間の内部では個々のエトノス基盤(厳密に見れば、我われ一人ひとりは個々のエトノス、つまり生来からの個人的な歴史環境を背負っているから)の上で常に「歴史記憶・体験記憶の蓄積」と「生きたイマージュの再生産活動」の相互影響や浸透の繰り返しが多少の個性の変形を伴いつつ活発に行われていることになる。


それらの諸活動が精神にもたらす交感・交流・共振のプロセスでこそ、絶えず「中立的」な観念とイメージ、新しい的確な判断力などが生み出されていることになる。無論、個々の<人間Vs人間>の間でも、これとほぼ同レベルの交感・交流・共振活動が発生する。従って、社会における共通認識や、新たな論理判断の了解と共有も同様に個々の個性的感覚の調和的な変形として共感的プロセスを経ながら徐々に形成されることになる。


このようなコンディヤックを源流とするバシュラールの「水」のイマージュ(新たなエトノス感)の発見は、近・現代的な視覚(啓蒙思想)の完成に繋がったといえる。また、バシュラールの「水」のイマージュは、人間が「ヘイトスピーチ」で深く傷つくのは当然であり、かつお互いさまのことだという人間の尊厳に関わる根本から教育すべき『規律問題の核心』を敢えて無視し一方的に公を押し付けようとする、安倍政権の如き“アベコベ倒錯民主政治”に対する有効な批判軸となり得ると考えられる。


それは、一般の動物と違い“自ら考える”人間であるからこそ、いわば限りなく伝播する水の波紋の提喩(シネクドキ/synecdoche/委細、後述)を、言い換えればバシュラールの「水」のイマージュの提喩を理解できる感性を持つ人間だからこそ、生態圏にも重なるエトノス環境との未了の相克たる現実のプロセスで絶えず新しい中立的「判断力」の発見が可能だということだ。従って、このような意味での豊かなイマージュと中立的「判断力」を身につけさせるのが民主主義教育の要であるということになる。


ともかくも、バシュラールが発見した「水」のイマージュが、(a)形式的想像力と(b)物質環境的想像力を仲介して人間の感性を絶えず豊かな方向へ成長させ(コンディヤックはこの感性が論理・推理・想像・感情など人間のあらゆる内面活動を統合する重要な作用を受け持つと見た)、人間の可能性を一層拡げるのは間違いがないと考えられる。また、その<「水」のイマージュによる人間精神の統合>が、文字どおり強かな<エトノス環境との未了の相克と未生への伝達=人間が生きる意味>を保守する正統保守主義の中立的なフレーム保全の役割を担っているのは確かだといえる。


2 安倍政権が飼い馴らした “ヘイトスピーチ”一派の劣悪な“「水」のイマージュ”、その貧相な感受性(物質環境的想像力の欠落)


(『フクシマ過酷汚染水ウソ・アンダーコントロール』を宣言した安倍首相の異常の核心、それは『水のイマージュ』の無知に因る希薄な人権意識と人間(バシュラール)的『科学知』の不在ということ)


●【バシュラール『“水のイマージュ”の生命力』でこそ対峙すべき問題!】<立憲主義「国家」崩壊→物質環境的想像力破壊→生存大パニック発生→形式(理念・イデオローグ)的想像力崩壊 → 結局、此処で出現するのが<一般市民のホロコーストへの支持&協力>を煽る超過激な何者か(etwas)/それこそがナチスの本質!ウクライナ、シリアらも酷似!(これは安倍一派にも通じる指摘だが、安倍一派はただのナチとも異質な狂人カルト・ファッショ!w)20160405只のオッサンRT to @野沢喜美男 国家の崩壊が大量虐殺を生む、という指摘。思えば、ISの誕生も米国によるイラクの破壊が契機!『Black Earth』読まねば (インタビュー)ホロコーストの教訓 米エール大学教授、ティモシー・スナイダーさん20160405朝日 https://twitter.com/hanachancause/status/717116039188713472


●【この期に及び(九州・熊本地方の連続大地震という大災害が日本へ襲いかかる此の瞬間に!)、如何なる大災害もチャンスとばかり<立憲主義国民主権の大破壊>を、最も影響力が大きいメディアで宣告するとは!人間に非ざる正に鬼気迫るカルト権力者の異常発言!】菅官房長官熊本地震に関連し憲法に緊急事態条項新設を極めて大切な課題と指摘。災害には「災害対策基本法」があり体制整備済み。憲法に入れる必要さらさらない。石川東大教授は「緊急事態条項の新設は、戒厳令の問題にもつながる。20160417孫崎享のつぶやきhttps://twitter.com/hanachancause/status/721511063833841664 
・・・Cf. 「礒崎=他国でも規定あり」は議会の差異等に因る/熊本の大地震多発でも「規制委の想定外起きず!で川内原発を止めぬ安倍政権の冷酷な態度に「独裁」強行への本心が透ける!➡(憲法を考える)緊急事態条項の本質 礒崎陽輔、支持への義務が独裁にはならぬ×木村草太、国民の自由制約に問題あり!20160429朝日 http://goo.gl/JCmAFf 


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現代の「立憲民主主義」社会における人間理解の基本は、<冷静で中庸な人権意識>と<科学知への謙虚な態度>の二つである。すでに前者については、“バシュラールの(a)形式的想像力と(b)物質環境的想像力の問題”およびコンディヤック『彫像の思考実験』で触れたので(立憲主義国家を成り立たせる個の規律問題の核心が『中立的で豊潤なイマージュと判断力を身につけさせる教育にある』のを忘れると“水のイマージュの欠落に因る希薄な人権意識”の罠に嵌るということ!)、ここでは安倍政権に取り憑く“科学知に関わる傲慢な感受性劣化=科学技術は<政治的な数字の操作>で誤魔化せるというカルト的傲慢さ”の病理について纏めておく(関連参照/↓◆)。


国交省天下り利権・組織、「交通安全環境研究所」と三菱自動車らメーカーの凭れ合い(実証テスト計算のメーカーへの丸投げ!)は<安倍政権と東芝原発(関連不正会計)の凭れ合い>と相似形。つまり、これも「科学技術は対国民の説明が簡単だw(数的論理と専門性の主張で誤魔化せるw)」の弱点を悪用した戦前から続く日本伝統の構造災!
・・・Cf.【監査法人まで巻込む第三者委員会スキームで壮大な茶番を演じた!戦前と同じ「神憑り構造災」の懲りない繰返し!日本原発は名バカり科学技術!】只のオッサンRT to 20160429 @ニューズウィーク東芝不正会計の本質は「国策」原発事業の巨額損失隠し/(郷原信郎氏)https://twitter.com/hanachancause/status/725918739858743297


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クワイン(Willard van Orman Quine/1908- 2000/20世紀アメリカを代表する哲学者・論理学者)は欧米民主主義の根本に大きな影響を与えた人物とされる米国の科学哲学者であり、彼は<要素還元主義>に関わる“分析と総合”の区別」というドグマ摘出の手法で既に伝統化していた「論理実証経験主義」を批判した。そのクワインの要素還元主義批判からすれば、安倍政権の不可解な政治姿勢はカルト以外のなにものでもないことになる(画像はhttp://goo.gl/OPKhPMより)。


その「自然組成の階層性」を認める<要素還元主義>とは、上位階層で成立する基本法則とそこで通用する基本概念は必ずそれより一つ下の階層で成立する基本法則と基本概念に翻訳または書換えが可能だとする立場のことだ。そこで、先ずクワインは<因果律に因る具体的経験と論理に因るアプリオリ命題で現実は完璧に分析可能だとする手法>の限界を指摘する。次に、数学と論理学の厳密な体系の上で真実の姿を只一通りに(完全抽象化で)捉えることは如何なる認識と言語をもってしても不可能であることを立証し、非常に人間的で謙虚な科学哲学(論理偏重ではなく因果リアリズムを重視する)を構築した。 



この観点からすれば日本原子村の傲慢さのみならずそれと野合する安倍晋三アナクロ日本国家主義靖国顕幽論、神風このみくさ、“生長の家”過激派、統一社会連合(旧“統一協会”)、或いは原子村&神社本庁合作の似非神話論理“ウラン・放射能アニミズム論”ら)を信奉する輩の独善的イデオロギー&科学モドキ教(国家神道靖国顕幽論(偽エトノス)なるネクロフィリアと化した“政治の美学”で国民を洗脳する)は到底近代国家の知性主義的態度とはいえず、非科学的・非民主主義的なカルト以外の何物でもない。因みにそのクワインの科学哲学の最も肝要な記述があるので中山康雄著『科学哲学』(人文書院)から下に転載しておく。


・・・この全体論のイメージを提示する際にクワインは次のようなメタファーを用いる。すなわち地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る私達の知識や信念の総体は「周縁部(フリンジ/fringe)でのみ実生活上の経験と接する人工構築物」ないしは「境界条件が経験である力(持続的ダイナミズム)の場」とされる。この描像の下では理論(あるいはイデオロギー)と合致しない観察結果が得られた時に重視すべきは、なんらかの特定の仮説の撤回ではなく信念体系内部の各命題に割当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(言い換えれば無限の可能性が絶えず拓ける状態、未了の相克のリアリズム)があることになる。(無論、原子村・三菱自らの如く数字のウソで国民を誑かすなどは論外!/toxandoria)・・・


(一般日本国民の精神にも宿る“二つの悪の成分”をカルト安倍政権は狡猾に操る!)



・・・「ヤヌス神」(委細、後述)的に一般の人間が権力側と共有する“マゾヒズム(残酷・加虐・残虐・残忍で悦び・快楽を得る)”二つの悪の成分[参考文献:カズオ・イシグロ忘れられた巨人』―早川書房―、島田雅彦『虚人の星』―講談社―]・・・


<A><事前の復讐>の心的メカニズム/安倍政権が狡猾に操る「差別」(ヘイト一派)に因る戦争へのアプローチという悲惨な現実


・・・普通は相手側から殺戮行為を仕掛けられて甚大な被害を被ってからか、又はその寸前に復讐・反撃行動に出るが(正当防衛)、<事前の復讐>は“差別(ヘイト)対象の異民族や他国民らに対する明らかに異常な先制攻撃で、兵士らに限らず一般の人々も加わる「復讐の喜び」”の先取り(先制攻撃)である。


・・・いったん「戦争」に入れば普通の人間は平静を保つのが困難となり、兵士だけでなく当該国の一般民衆(国民・市民)もこの「事前の復讐の喜び」という「残虐行為の先取り」の罠(倒錯快楽)に嵌り易い。一般に「復讐の対象となる人々の死に方が悲惨であるほどサディズム的快楽の喜びが倍増する」ようになる。


・・・これがいわゆる<戦争による一種の「狂気の至福感」>の出現である(ナチスホロコースト南京大虐殺などの事例)。


・・・なお<事前の復讐>という異常行為が更にエスカレートすると次第に病的マゾヒズム「快楽殺人」のフェーズへ移行して幼児、女子供や年寄り、遂には赤子まで殺戮するようになり、<B>の<猟奇的残酷>に限りなく接近する。


<B><猟奇的残酷or快楽的猟奇趣味(但し、これらは自制メカニズムが作用する一般の動物では殆ど見られず特に異常な性向の人間にこそ当てはまる)>であるが、恐るべきことにこれは社会的偏見、カルト、狂気などの異常観念で増幅される忌まわしい現実がある(安倍政権の背後に控える #日本会議 、神政連、靖国顕幽論、統一社会連合(旧統一協会)、あるいは同政権が重用する各種ヘイト集団などがコレに当て嵌る)


・・・普通の人間であれば倫理観・法・慣習などによって、また一般の動物でも自己防衛本能(自制メカニズムの作用)によってその過剰な野生の露出は抑制される。


・・・しかし、人間では正に人間であるからこそ異常サイコパス暴走に因る確信的な凶悪犯罪に止まらず、やむなく戦争または苛酷な闘争状態に入った時、或いは「超然的政治権力」を手に入れた独裁権力者(例えば.現代日本の“ #日本会議 などカルト諸勢力に支持される安倍内閣”の如き)の上せあがりで「世界の中心で美しく咲き誇る!」が如き異様なナルシズムに溺れ陶然化した瞬間に、この悪しき傾向が露出する(歴史的事例=「血の伯爵夫人」エリザベート・バートリ(1560-1614/ハンガリー)、「フランス革命」直後の一般大衆に因る“見せ物”化したギロチンへの熱狂、大阪・法善寺横町(歓楽街)の発祥に関係する『大坂千日前』刑場、又は『江戸・鈴ヶ森』刑場の娯楽ショー劇場化のケース等、http://goo.gl/qFdHBN)。 


ヤヌス神が象徴する、(a)形式的想像力と(b)物質環境的想像力、の双方に潜む「善と悪」(あるいは生と死)のファクター/我われが凝視すべき政治的リアリズムの核心



・・・そもそも政党の深層に潜む「善と悪」(あるいは生と死(権力暴走/ファスケスから遁走し人間そのものを、つまり“個体生命の政治的管理”を意思する意味での生政治化、フーコーが言うバイオポリテクス化すること)への誘惑)の戦いのダイナミズムとは?/“刹那主義と万事先送り主義”で暴走する「政治と政党」の精神(政治意識)は、些かでも「中立的」批判(憲法の授権規範に基づく)の手を緩めると「悪」が「善」を凌駕する<汚れた水のイメージ(or死のイメージ)>で満ちてくる、と心得るべきだ!(画像は、フランクフルト・アム・マインのレーマー広場(“ローマ人の広場”の意味/ニコライ教会前)にある「正義の女神の泉」(Justitia)の中央に立つリブラ像/ローマ神話の出入口(扉)の神)的な機能があるヤヌス神の画像はウイキより)・・・



<注>ファスケス(fasces)


・・・共和制ローマの統一シンボルである「束ねた杖」(fasces/執政官の権威の象徴)の中心にあるのが鋭い刃を持つ「むき出しの斧」(=武力弾圧が目的の武器/凡ゆる権力の正体/刃を囲んで縛る複数の杖は執政官に規範を授権する元老院の象徴)であることに、我われはよく注目すべきである。民主主義国家といえども、この権力の正体は変わらない(画像はhttp://goo.gl/b4zeDbより)。



●【安倍首相&籾井会長によるNHK等メディアの完全支配で疾うに日本は凶暴独裁国と化した!しかも今や自民党は総カルト狂人?!】かつてTBS-NEWS23岸井成格氏(元毎日新聞主筆)が籾井氏から受けた、民主主義国では到底考えられない酷い言論弾圧を告白、加えて自民党幹部が岸井氏に対し“視聴率など何時でも操作できるぞ”と恫喝!20160418リテラhttps://twitter.com/hanachancause/status/721956098106728448 


(日本における「政党」と『任侠ヤクザ集団』の歴史的な根深い関わり/概観)



●今の民進党の優柔不断さは大震災(1923)直前頃の立憲政友会(1900〜)の中途半端な態度が爾後の軍部主導・超然内閣の流れ(加藤友三郎〜)を決めたという歴史のデジャブを感じさせ不気味!Cf. https://goo.gl/wtz3Yf 20160412只のオッサンRT to @bottom0202 憲法改悪、戦争法推進の現政権を倒すためには野党共闘が必要だ。野党共闘ができないなら、民進党はただの政党助成金目当ての政党だと判断させて頂く。国民の幸福を第一義に考えて身を捨てる覚悟を見せよ! https://twitter.com/hanachancause/status/719649710399598593 



●【震災の「改憲」利用!】震災時の「原発」対策をサボり首相現地視察パフォーマンス!で美しく舞い上がるバカリの遣り口は国民の命を政治管理する冷血バイオポリテクス!20160423只のオッサンTw  ➡ 自民党による“震災の政治利用”の本音を憲法学者小林節が暴露!0422リテラhttps://twitter.com/hanachancause/status/723627622760992768


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ミシェル・フーコーMichel Foucault/1926 – 1984/バイオポリテクス化(生政治化=国家権力が国民の生命を政治・経済の効率化ツールとして冷酷に管理する政治)を志向する“権力の狂気”の歴史を追及したフランスの哲学者)の指摘によれば、そもそも政治権力には「国民の生命を十分に涵養し日常生活を繁栄させるため純生産的機能を支援する役割(付加価値の創造と分配を支援する殖産興業国家、福祉国家)」と、「国民の生命をひたすら資本利益の増加と既得権益層のための日銭稼ぎツールと見なす搾取システム(弱肉強食とトリクル・ダウンを当然視する新自由主義の格差誘導型の暴走権力が典型)の促進」という二律背反でヤヌス神的な意思がある。


しかも、そのヤヌス神の二つの顔の何れへ傾斜するかは「時の政治権力者の確固たる理念の有無」に左右される。 #日本会議 の傀儡として、ひたすら国家神道靖国顕幽論/真正“偽エトノス”)の復帰に血道を上げる安倍政権が此の点を全く欠落させているのが最大の問題だ。しかも殆どの怯え切ったメディアが安倍政権へ同調し厳しい批判を自粛しているため、その恐るべき現実(戦前〜戦中期と同じく“偽エトノス(国家神道靖国)”で日本がスッポリと覆われつつある事実)に多数派国民層は無知であることが日本最大の危機である。


ここで視点を変えると、近代国家の完成へ向かう明治維新後の日本の動きのなかで見逃せないのが「自由民権運動」である。教科書的な説明によれば「自由民権運動」は、藩閥政治に対抗するため士族が中心となり開始された近代日本の民主化運動で、1874年の「民撰議院設立建白書」が口火となり起こったが、これは1889年に「大同団結運動」が分裂することで消滅し、やがて自由党立憲改進党などの諸「政党」が成立する時代に入った。


しかし、近年はその「政党」成立の過程で「任侠ヤクザ集団」がかなり大きな役割を担っていたことが明らかとなっており、「民権博徒政治結社」の貢献が無視できなくなっている(http://ur0.work/tkOd)。つまり、この辺りの事情から窺えるのは、「政党」と「任侠ヤクザ集団」の根本には、今でも歴然たる類縁性のリアリズム(現実=絶えざる善と悪の混交ということ)があり、言い換えれば、敢えて観念的・倫理的な価値観を棚上げすれば、「悪と善の両ファクターの混在と相克」という「政党」に関わる厳しい現実が、我われの目前に今も存在することを、先ず日本国民は直視するべきだということになる。


因みに、政党が議会で多数の議席を得るため政治資金を必要とするのは戦前の日本でも、今でも全く変わらない。このため、日本初の本格的政党内閣と言われた原内閣(1918(大正7)‐1921(大正10)/第一次世界大戦後の戦後恐慌期に重なる)も金権腐敗政治の罠に嵌り、そのことが多数派国民層の政治に対する幻滅感を拡大し、結果的に<薩長閥中心の超然権力化➡日本ファシズム(軍事国家主義)完成>の流れに繋がったことを我われは凝視すべきだ(出典:林 茂著『日本ファシズムの政治過程』−みすず書房−)。


アメリカにおける政党・政治とギャングの関わりについて)



無論、これは日本だけのことではなく、おそらくイタリアにおけるマフィアとの関わりなど、欧米諸国の政党史でも同様の事象は観察されているはずだが、ここでは米国のケースについて少し触れておく。アメリカ大陸では、独立以前の植民地時代から“追いはぎ”や“馬泥棒”が跋扈しており、彼らはbandit、highway-robberなどと名づけられていたが、これと全く起源の異なる言葉がギャング(gang≒goings/何かやってくれる人たち)で、この言葉は19世紀初頭ごろから現れている


その当時、このギャングという言葉は<ほぼ字義どおり大きな支配権力に抗って“庶民のため何かをやってくれるヤクザな政治家一味、またはその仲間たち”>という意味で使われていた(この辺りはイタリアのマフィアにも似ている)。その意味で、目下のところ米国共和党の大統領候補の指名争いで異常にフィーバーするトランプ現象は、この「goingsギャング時代のアメリカ」への先祖返り、と見ることも可能であるようだ


南北戦争(Civil War/1861-65)が終わり19世紀末頃のアメリカは国家体制と政治的秩序が完成へ向かう時代で、それは大陸東部(岸)から西部(岸)へ向かうフロンティア開拓が積極的に進められた時代であった。また、そのフロンティア促進のため「ホームステッド法」(Homestead Act/1862)が制定されるが、これは5年間の定住・開拓の実績を残した者に土地の所有権を認めるという内容であった。


やがて、大陸横断鉄道の完成(1869)でアメリカ大陸の東西は繋がるが、この線路沿いに出没したギャングたちは東部エスタブリッシュメント層(銀行資本家を中心とする新しいアメリカの支配階級)に敵対する南部支配層側からの抵抗の意味もあったようだ。20世紀初頭にフロンティアが消滅すると、アメリカのギャング集団はシカゴ・ニューヨークらの大都市を地盤とするようになる。


既に述べたとおりギャングという言葉は、そもそも“善と悪(あるいは生と死、聖と俗)の境界に跨りつつ、弱い立場の庶民のため何かをやってくれる“悪徳”(ゴロツキ・ヤクザ的な)政治家一派、またはその仲間たち”という意味で使われていたが、アメリカでも近年の研究により、「政党」とギャングの間には隠然たる関わりのあることが次第に明らかにされつつある。また過去において都市部のギャングが市政に大きく関わった事例も発掘されている。



どうやら、アメリカでは「政党」とギャングの間で選挙投票や政治資金源の絡みでかなりのもたれ合い関係が生まれ易い何か特別の事情があったようだ。特に大都市部では民主党系「市政」とギャング(日本で言えば任侠ヤクザ集団的感覚の一派?)の結びつきが目立つ。これらついては更なる実証的な事実解明が待たれる。又アメリカでは宗教対立の要素が加わり事態を一層複雑化し混迷を深めたという歴史がある(参照⇒映画『ギャング・オブ・ニューヨーク』―マーティン・スコセッシ監督、https://goo.gl/uJ72Om/Trumpの画像はhttp://goo.gl/cVFYYQより)。


ともかくも、授権規範性と平和主義に基づく日本国憲法を邪道な「改憲」の圧力から守り、日本の「立憲民主主義」を更に深化させるためにも、このような観点から、そもそもの「政党」と「議会制民主主義」のあり方について、その根底から凝視することが重要である。また、「メディアの権力批判とその意義」についても、この観点から見直すべきである。


逃げの姿勢に徹する自公政権の魂胆が実に見えみえの「議員定数削減」問題はひたすら先送りされている、<安倍首相のフクシマ(汚染水)・アンダーコントロール>の大嘘が相変わらず堂々まかり通っている、大量の破廉恥行為を続々と曝け出す安倍チルドレンの悪行が放置されている(関連参照/↓◆)、果ては主要メディアに対する安倍政権の公然たる報道規制高市総務相のTV停波発言など)が行われている・・・等々、それでも多くの人々はこれらに無関心を装うかに見える。それにしても、これら不可解な政治的現実は何故に放置されているのか?


◆もはやカルト狂人をも遥かに突き抜けてワル・ガキ的<アベ・クロバズーカ守銭奴集団>へ先祖返りした安倍ちゃん御友達内閣に相応しい“越後屋お主も悪よのう!”風の悪代官ソックリさん政治家の典型!w20160429只のオッサンRT to @産経ニュース:熊本県震度7の「本震」があった16日にテレビ電話で“差し入れ”を要求したことが発覚し、20日に現地対策本部長を事実上“解任”されたバカリの松本副大臣の政党支部、妻に事務所費約2千万円 事務所は妻購入のマンションで「税金還流」と識者指摘https://twitter.com/hanachancause/status/725841205376901120


◆【検察本気か甘利逮捕】今ごろ強制捜査の疑念 東京地検と安倍政権はグルなのか 不眠症という便利な病気で国会トンズラ中の破廉恥漢は今後、「捜査中」を理由に一切、頰かむりのつもりだろう 怪しい閣僚がみな無罪放免の不条理20160411日刊ゲンダイ
https://twitter.com/hanachancause/status/719418120352366593


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それは、<日本国民の殆どが「政治と政党の奥に潜む“善と悪(生と死、聖と俗)の闘争(たとえ民主国家であろうとも、その永遠の相克は必然であり、それは絶対に避け得ないものである)という歴史的事実と政治のリアリズム、つまり国家の主権者たる日本国民が自らの命を懸けざるを得ない目前の政治が、実は“善と悪”が入り混じる過酷な「汚染水」で満ちているのだという現実について殆ど無知or無関心であることに因るのではないか?


言い換えれば、自らの中立的な批判力の向上努力によって「ヴァシュラール的、又はコンディヤック的な中庸」(≒政治学者・中島岳志氏の正統保守論、https://goo.gl/l4vTkz)」を持続させることが如何に重要であり、かつそれが如何に大変な日常の努力を必要とするものであるかという、正統なエトノス環境としての「水」に関わる多面的で豊かなイマージュ(想像力)が欠如しているためではないかと思われる。


ネクロフィリア・カルト安倍政権のオフィーリア・コンプレックス“錯乱”の克服が急務!/ヘイト集団(シネ!クドキ・カルト?w)を守護霊と崇める安倍政権の病理


ジョン・エヴァレット・ミレー『オフィーリア』

John Everett Millais(1829-1896)「Ophelia」1851–2 Oil paint on canvas 762 x 1118 mm Tate Britain、London


・・・そもそも歴史的に正統エトノス感(≒伝統の日本文化観)が存在してきた日本列島では、維新期の旧薩長閥時代でも江戸期以前でも下層と上層は細い糸ながら連続していた。問題は、特に<日露戦争後の自己矛盾的な軍拡イデオローグで追込まれ軍事カルト化し、オフィーリア・コンプレックス“錯乱”に嵌った戦前の宗・政・軍・産複合体>による偽エトノスの国家神道がその糸を断ち切りそれを英霊・靖国顕幽論(我われ一般国民は霊界に従属するロボットだとする/関連↓★)に置き換え、それで国民を洗脳した点にある。従って正統エトノスの保証人たる現在の日本国憲法が邪魔となる訳で、そのカルト観念(偽エトノス)を引き継ぐ安倍内閣、#日本会議 、神社本庁、神政連国会議員懇談会らが、改憲に照準を当てるのは必然、ということになる。・・・


★閉鎖系カルト・イデオローグ/日本国民をネクロフィリア霊界共同体で君臨する「軍神・英霊位階構造」の下に組み敷く国学平田篤胤派の国家神道靖国顕幽論)/20150501toxandoriaの日記、http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20150501 
・・・このネクロフィリア・カルト(偽エトノス=神国・国民総玉砕への道)を戦前の日本国民のほぼ9割以上が受け入れる下地を作ったのは日本浪漫派文学のイロニー(現実無視で崇高美に酔い痴れ没入する美学)であった、との鋭い分析を行ったのが政治学者・橋川文三である(参照→20151030toxandoriaの日記http://goo.gl/9MaUqa)。


・・・


<注>オフィーリア・コンプレックス的な錯乱とは?


・・・それは安倍政権が戦前〜戦中期のネクロフィリア・カルト(皇国史観国家神道靖国顕幽論)に囚われ続けていることを意味する。例えば、それは、「水」の提喩(シネクドキ)である「オフィーリア・コンプレックス」的な愛(ヒューマニズム)と人生(人間の生命、人の一生が意味すること)に関わる「エトノス環境における未了の相克」の含意(関連↓◆)を超然権力による“国家神道をエトノスヘ強制的に読み替える”という操作で、つまり「水」のシネクドキ(偽エトノス=国家神道の場合は、美しく清らかな水のイマージュによる禊(水ごり)、現人神天皇、臣民の結合空間の演出)で忠君愛国(国家)を国民主権(個)より遥か上位に持ち上げたためもたらされた、民主主義の根本に関わる誤解(国民主権、平和主義、知る権利などの否定)に囚われていることを意味する。


◆先住多層文化エトノスはポスト・グローバリズムの希望/「国民主権否定の改憲で正しい立憲主義を!」の安倍政権は寛容のホスピタリティ(近未来の可能性)をナチ式恍惚催眠で犯す政治的変質者の群れ(20160301toxandoriaの日記)http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160301


・・・以下、バシュラール『水と夢/物質的想像力詩論/第3章=カロン・コンプレクス、オフィーリア・コンプレクス』より部分転載・・・


<注>カロン(Charon)は、ギリシャ神話にある「死者の霊を獣皮を縫い合わせた小舟で彼岸へと運ぶ老人」のこと。カロン・コンプレクスの件(くだり)で、バシュラールは「神話学的な仮説に立てば、棺(ある屍が入った)は冥界へ旅立つ最後の小舟(ゴミの仲間と化した只の屍を乗せた)ではなく、新たな未生の生へ向かう(未生へ希望をつなぐ)最初の小舟となるはずだ」と述べている。


・・・オフィーリアの遺体を地上に運んだところで何になろう。彼女はマラルメが言った通り、「永久に溺れてしまうオフィーリア・・・破局の下にある手つかずの宝石」なのだ。何世紀も間、夢想家や詩人たちにとって、彼女は花をもって小川に漂い、波に髪の毛を広げている姿として現れるであろう。彼女はもっとも明快な詩的な提喩の契機となるであろう。彼女は漂う長い髪、波にほどかれる長い髪となるであろう。夢想における細部の創造的役割をよく理解するために、漂う長い髪のこの影像だけをしばらく引きとめておきたい。これがそれだけの水の心理学のひとつの象徴を活気づけ、それが単独でオフィーリア・コンプレックス全体(それがもたらす錯乱)を殆ど説明することが分かるであろう。・・・


<注>提喩(シネクドキ/synecdoche)


・・・表象による表現の一種であり、両者の関係が包含・発展(成長)・変化の関係で示される修辞。提喩あるいはシネクドキ(synecdoche)と呼ばれる。よく使われる例として「親子どんぶり」がある。どんぶりに載っている卵と鶏は本物の親子でも何でもないがw、鶏は卵の成長の結果なのでこの親子の喩えはシネクドキになる。出典:http://goo.gl/cBu3HQ 


・・・


一般に、ラファエル前派を代表する英国の画家ジョン・エヴァレット・ミレーが描いた『オフィーリア』には二つの意味があると理解されている。一つは、「シェイクスピアの戯曲『ハムレット』のヒロイン、美女オフィーリアの狂気という悲劇のパラドクス世界への没入を誘う限りなく甘美な耽美意識/彼女は狂気を装うハムレットに捨てられ父親も殺される二重の悲劇に襲われ、悲嘆のあまり川に落ち自殺することで逆説的に麗しい愛の証を立てた!」であり、もう一つは「オフィーリアの精神はとても悲劇的に崩壊したが、その美しい彼女の身体が清らかな水の流れと融和することで救済される美的感傷にあふれた自然風景の描写」ということだ。


しかし、これらの解釈のままではオフィーリアの狂気、というよりも人間としてのオフィーリアの真心(彼女の一回性の人生の意味)が、十分に救済されたとは言い難いのではないか?そのような思いについてヒューマニズムの視点から熟考した結果、科学的認識と感覚的認識が補完し合い永遠にイマージュを深めるのがポエジーの役割だ、そのポエジーは地球環境が保全される限り永遠に伝承し得る、と主張するのがバシュラール『水と夢/物質的想像力詩論』の一つの意図であったのではないか。


つまり、バシュラールによれば、四元素(世界の凡ゆる物質は火、空気(or風)、水、土の四元素から構成されるという古代ギリシア・ローマ・イスラームの、及び18〜19世紀頃までヨーロッパで支持された思想に因る)の一つである「水」は流れ去るはかない運命ではなく、成就することがない夢の如きむなしい運命でもなく、自然のなかの存在の実体を絶え間なく変貌させる本質に関わる運命(未了の相克と絶えざる未生への希望)の象徴であり、自然・エトノス環境的な実在である。このことは政治学フィールドの「正統保守とは何か?」の問題とも関わっている(関連参照↓◆)。


◆【立憲主義に立ち“未了の相克”に耐え抜くことを忌避する安倍政権は保守ならず偽装極右!】保守主義の父、エドマンド・バーク(Edmund Burke/1729 – 1797/アイルランド生まれ、英国の政治思想家)は仏革命の「ジャコバン完全設計主義」を、左右両派に共通する罠だ!と批判した(仏革命・人権宣言に先んじたポーランド1791年5月3日憲法も然り!と)が、今や安倍政権とポーランド(目下、過激化した若年層(既得権化した中高年層への抵抗?)に支持される)の極右強硬派シドゥウォ政権はISテロを口実に対「憲法裁判所、メディア」弾圧を強化中!本質的な保守の論理に依拠するのは、一体どちらだろうか。正統保守とは立憲主義に立ち“未了の相克”に耐え抜く覚悟だ!」(政治学者・中島岳志氏)https://twitter.com/hanachancause/status/720089397312421889


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ともかくも、このような観点から見ると<安倍一強に這いつくばるバカリという現代日本の政治状況>が如何に異常であるかが浮き彫りとなる。しかも、その安倍政権は何ら政治・財政・経済的な実績を示すこともなく、それどころか、益々、支離滅裂&ハチャメチャ・スキャンダル化の度合いを高めつつ、ひたすら暴走するバカりとなっている(関連参照↓◆)。



◆死屍累々の惨劇のド真ん中で“超然権力化した自らの仲間内だけが狂喜して美しく?超然ナルシズムで咲き誇る”安倍政権には<人間的な情に欠けた政治的ネクロフィリア倒錯(屍偏愛)カルト>の称号が似合う!20160417只のオッサンRT to @孫崎 享 菅官房長官熊本地震に関連し憲法に「緊急事態条項」新設を極めて大切な課題と指摘。災害には「災害対策基本法」があり体制整備済み。憲法に入れる必要さらさらない。石川東大教授は「緊急事態条項の新設は、戒厳令の問題にもつながる、と。(“鮮明な”画像(添付は当ブログと相性悪く不鮮明!)とワディントン『後成的風景』の詳細説明はコチラ➡https://goo.gl/lklZlqhttps://twitter.com/hanachancause/status/721511063833841664
・・・Cf. 何故、この先が見えぬ緊急時に恰も開戦準備とバカリに「緊急事態条項」型の「改憲」必要論に続き予備役300人、米軍オスプレイ投入らをドサクサとクローズアップ(持て余す自衛隊ヘリを無視して)するのか?緊急対応手順の誤りでは?20160418只のオッサンTW ➡<熊本地震>救援物資輸送にオスプレイ毎日https://twitter.com/hanachancause/status/721868201831731201 


◆【安倍&籾井のNHK完全支配で疾うに日本は凶暴独裁国化!今や自民党も総発狂カルト?!】かつて岸井成格氏(毎日新聞社主筆の時)が籾井会長から受けた酷い圧力を告白、加えて自民党幹部は岸井氏に対し“視聴率など何時でもコチラで操作できるぞ”と恫喝!20160418リテラ
https://twitter.com/hanachancause/status/721956098106728448 


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ともかくも、この“あまりにも人間的な情に欠けた政治的ネクロフィリア倒錯(屍偏愛)カルト”の称号が良く似合う安倍政権は、まさにバシュラールが指摘した<「水」のイマージュの病理>に嵌っており、それは<オフィーリア・コンプレックス的な錯乱>と見なすことができそうだ。つまり、それこそ安倍一派(安倍自民党)、#日本会議日本青年会議所(“生長の家”過激派)、神社本庁靖国顕幽論(篤胤顕幽論)、統一協会ら、現代日本に取り憑いた複合カルトの核心の現れである。


それこそバシュラールが突き止めた<希望の「水」のイマージュ>の正反対の<悪しき絶望の、あるいは破れかぶれカルト狂人のイマージュ>で(但しその絶望は美しいエセ愛国心(偽エトノス)の強制でカムフラージュされる!)あり、<ゴミの仲間と化した只の屍を乗せる小舟へ、倒錯ネクロフィリア愛を罹患した全ての日本国民が進んで乗れるようにするための反立憲主義的「改憲」>を強制する動機である。安倍内閣、および #日本会議 、神社本庁重篤カルト狂人諸派はこの「水」に関わる<絶望の悪しきイマージュ>の囚われ人たちだ、ということになる。


だからこそ、九州(熊本)連続地震のような大災害が起こるや否や、まるで好機到来とばかりに安倍内閣は“死ね〜!口説き”カルト(提喩synecdocheを使ったダジャレ表現!w)派である正体を露わにすることとなり、恰も『(差別対象に向かって)お前らは嫌いだから死ね〜!日本国民は愛国カミカゼ玉砕で死ね〜!このみいくさで愛国心を見せろ〜』と叫び口説くが如き、シネクドキ・カルト(synecdoche‐cult/ヘイト集団)の仲間であるという恐るべき正体を露呈することになる訳だ。


5 国連報告書20160419「日本:国連の人権専門家、報道の独立性に対する重大な脅威を警告」が、安倍政権に取り憑く「偽エトノス意識=ヘイト、シネクドキ・カルト(synecdoche‐cult/日本ヘイト集団の正体)」をズバリ指摘!



●【国連は、やはり偽エトノス意識をズバリ指摘!それにしても、肝心のメディアの報じ方(扱い方)が小さい!尚それでも安倍サマへ同調し自主規制するのか?w】➡ 報道の独立性に重大な脅威、「日本政府の圧力、自己検閲生む」政府のメディア規制やめよ!理念に留めたヘイトスピーチ法は悪用が可、先ず《人種(人間)差別禁止法》を作れ!20160419国連広報センター
http://www.unic.or.jp/news_press/info/18693/
・・・「20160419国連広報センター・報告書」の全文は、コチラ ⇒ http://www.unic.or.jp/news_press/info/18693/


・・・Cf. 偽エトノス(国家神道靖国)の前提が『自公の名ばかりヘイトスピ−チ対策法』(与野党、修正協議で合意)問題の核心!⦅人種(人間)差別禁止法⦆を作るべき(419国連広報センター)がスジ!故に「違法」明記がない!➡ヘイトスピーチ対策法案成立へ20160428朝日
https://twitter.com/hanachancause/status/725444024383975424 



周辺情報によれば、そもそも安倍政権は多忙を理由に「国連報告者デービッド・ケイ氏の訪日そのものと、同氏との面会」(20151201〜08の予定)を一旦は断っていた。(デービッド・ケイ氏の画像は20150420朝日http://goo.gl/uNnptLより)
http://blog.livedoor.jp/hanatora53bann/archives/52264315.html 


・・・Cf.1 【国谷裕子氏(元NHKクロ現キャスター)の「世界」寄稿「安倍政権の圧力が強くなった」と岸井成格氏(元毎日新聞社主筆NEWS23 キャスター)への「籾井NHK会長」からの恫喝が国際的に傍証された!】日本国民の国際的な赤ッ恥!➡ 報道自由度、前年より更に順位が11下がって日本72位/国境なき記者団が「問題ある/多数メディアが自主規制し独立性を欠く」と指摘!20160420朝日
https://twitter.com/hanachancause/status/722681119209037825


・・・Cf.2【漸く国連と国境なき記者団によって安倍政権のメディア弾圧が明らかとなったが、これは日本国民の主権を凌辱する恥ずべき違憲行為だと日本国民が先ず自覚すべきである。】しかも、日本政府による、この国民主権に対する弾圧は、同時に全世界の一般国民への凌辱でもある!20160420只のオッサンRT to @浜野喬士 「この懸念については、まず多くのジャーナリストが匿名を要求しました。ジャーナリストの皆さんの立場は確保されているのに「匿名で」と求められるのは異例のことです」/ 国連「表現の自由」HuffPostJapan https://twitter.com/hanachancause/status/722692910832070657


・・・Cf.3【NHK報道が政府公式発表だけならアベ広報機関!】逆に籾井発言は国民へ大きな不安を与えてきたので<籾井就任20140125以降の受信料全額>を視聴者へ返金すべき!➡「原発報道に識者見解、不安与える」NHK会長が指示/20160427朝日


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なんら疚しい(良心に恥じる後ろ暗い)ことがなければ堂々と最初から面会すれば済むことを、いったんは断ってみせる日本政府の不可解な態度には如何にも、安倍政権の恥ずべき幼児性「偽エトノス意識=ヘイト、シネクドキ・カルトの正体」が表れており笑わせられる!w。


今回の国連側からの調査(面談)申し入れについても各メディア報道では<日本政府が招聘>したと、自粛・同調・萎縮報道?に徹している!。また、「電波停止」発言で世界中から顰蹙を買った高市早苗総務相は、国会会期中を口実にケイ氏との面会を断った(つまり逃げた!)。NHK籾井会長(安倍政権の傀儡)は、どう対処したのだろうか?新クローズアップ現代で“その真相を正直に報じてもらいたい”ものだ。w


それはともかく、そもそも歴史的・論理的に考えれば「ヘイトスピーチ対策」は、国連報告者デービッド・ケイ氏が指摘するとおり、先ずは「人種差別禁止法」を作るべきであり、この「人種差別禁止法」の基礎となる概念がエトノス(エトノス意識)である。それは、この「エトノス(意識)の希薄さ」こそが、実は戦前の日本が「国家神道」を掲げて、大侵略戦争(太平洋戦争)へ突っ走った大きな元凶となったからだ。


もっと言えば、その「エトノス(意識)の希薄さ」に因って拡大した、戦前における「日本軍国主義の暴走」こそが、今の『国際連合』成立の契機となったという歴史的事実を安倍政権が全く無視しており(委細、下記参照▼)、日本国民も主要メディアもそれに殆ど気づいていないこと(これも自粛か?)が今の<安倍政権のカルト狂人政治>を許している。しかし、国連報告者デービッド・ケイ氏は無論のこと、国連自身がこのことについて大きな危機感を持っている。


▼「『国際連合』成立の契機となった日本軍国主義」と「“人間の真理”に関わる多義記憶(正統保守の歴史観)の重要性」に無知・無頓着な安倍「安保法」の違憲性/故に、それは必然的に「国連が抱える集団安全保障の矛盾」回避の「特別協定」(国連と日本国の間の)の弱点を悪用する違憲クーデターと化す(2015-09-01toxandoriaの日記)http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20150901


(エピローグ)バシュラール・エトノス、緩やかな水辺と緑のイマージュが広がるシャンパーニュの風景/連想、エトセトラ



The Perrier vineyard in Champagne. Photo by Rob and Lisa Meehan. License: Creative Commons Attribution 2.0 Generic.
http://www.yourwineiq.com/kindsofwine/winebyregion/europe/france/champagne.html より転載


Joseph-Maurice Ravel : shunji yamaoka モーリス・ラヴェル 水の戯れ


・・・バシュラールが誕生したのはシャンパーニュ地方のバール・シュル・オーブという自然の豊かな土地であり、彼はその土地へ深い愛着を持ち続けた。以下の文章は『水と夢/物質的想像力試論:序・想像力と物質』の一部引用。・・・


・・・私が生まれたのは、川と小川の地方、小さな谷(ヴァロン)が多いせいでヴァラージュといわれる、谷の豊かなシャンパーニュの一隅である。私のもっとも美しい隠れ場所といえば、谷間のくぼみ、滾々(こんこん)と湧き出る泉水のほとり、柳や水柳の低い木陰であろうか。そして十月ともなれば川面には狭霧(さぎり)が立ち込める……。今でも、私の楽しみは小川の流れに沿って行くことである。土手に沿い、正しい方向、ということは流れていく水の方向、人生を他所へ、隣の村へみちびく水の方向に従って歩むことだ。・・・



ところで、特にエトノスとの結びつきが強い「バシュラールの水のイマージュ(物質環境的想像力)」は、「例えば、湖面や川の水面が美しく見えるのは、それが単なる認識の対象物だからではなく、自然史を介して生み出されてきたその川の周りを取り囲む(umgebend)環境が、その水面に映視(反映)されるからだ」と言うフォイエルバッハ(L. A. Feuerbach/1804- 1872/ドイツの哲学者、青年ヘーゲル派の代表者)の感覚論を連想させる。だから、フォイエルバッハの感覚論も汎神論的な自然と風土の歴史をベースとする感覚概念を重視していたと理解できることになる(出典:服部健二著『レーヴィットから京都学派と、その左派の人間学へ/交渉的人間学の系譜』―こぶし書房―)。


通念的には、師ヘーゲルの抽象的な精神論を唯物論の立場で批判したとされるフォイエルバッハの感覚論であるが、近年の諸研究の深まりによって、それが「汎神論的な自然と風土の歴史をベースとするものである」と見なされるようになったことは、<日本のアニミズム「伝統神道」のエトノスとしての理解>と共鳴するもの(本物の東西文化共鳴の萌芽となる可能性!)を示唆しており実に興味深いことだ。


また、バシュラールの水のイマージュ(物質環境的想像力)とフォイエルバッハの感覚論に共通するのが「風土」であるが、それは和辻哲郎の「国民性の自然基底としての風土」の問題(関連参照↓★)を、あるいは要素還元主義を批判したW. O.クワインの「我われの知識や信念の総体を規定する周縁部(フリンジ/fringe)での実生活上の経験」(既出)という視点をも連想させる。いずれにせよ、これら諸問題の探求過程からエトノスについて一層の理解が深まることが期待される。


和辻哲郎「風土」論の可能性と問題性(シンポジウム/グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成より、藤田正勝・京都大学名誉教授)http://goo.gl/W5ra5 


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・・・エトノスの根本にある派生的な含意は「偏見は社会的な意識であり、差別は行動である!が、その偏見を最小限に抑制して差別の行動(ヘイトスピーチ、つまり“死ね口説き”ヘイトの行動)を抑制できるように、教育と社会啓蒙活動を介して人権感覚(同教育)を常に深化させるよう努めるのが立憲民主主義国家(政府)の重要な役割である」ということ!・・・



●【偽エトノス(国家神道)への批判だけでなく、正統エトノスとしての伝統神道を日本文化の古層として再評価する視座も重要!】この視点は非常に重要!つまり安倍晋三・一派、#日本会議神社本庁神道政治連盟靖国ら「偽エトノス(国家神道)」で無辜の国民の洗脳を謀る政治&カルト宗教勢力、とエトノス(日本文化の古層)としての伝統神道を奉じる各神社は、全く別物だということ!20160423只のオッサンRT to @time_to_a_close 神職も #日本会議 に与しない方もいる! https://twitter.com/hanachancause/status/723709171292508160



(HQ Official Music Video)


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所詮、我われは人間であるとはいっても生物の仲間なのであるから、ふと気づいた時には有無を言わせずこの世界に誕生していた訳であり、我われはその身の回りの自然環境(エトノス環境)に自らの全て(宗教・文化・偏見・嫌悪・好感など凡ゆる感性・感情に関わる意識ベース)が左右されているのが必然ではなかろうか?


そして、今や不可避のグローバリズム時代を喧伝する世界であるとは言え、今でも<国家神道としてのエトノス/偽エトノス>の空気に染まり易い多くの日本国民は、未だにそのことがもたらす病理との闘いである「オフィーリア・コンプレックス的な錯乱(偽エトノスの誘惑)を克服すること」の重要性が理解し難いため、いとも容易く、ヘイト集団(シネクドキ・カルト)を守護霊とする安倍政権(“偽エトノス/偽装保守”政権)の仕掛ける「戦前型の国家神道」取り戻しの罠に嵌りやすいようだ。


その安倍政権、#日本会議 ら“偽エトノス一派(偽装保守勢力)が仕掛ける戦前型「エトノス(実は偽エトノス!)としての国家神道の罠」の核心にあるのは、譬えればa<宇宙時間(量子物理学の世界を支配する、人間が絶対に抗えない宇宙スケール時間(神ならぬ)の摂理)>、b<不可逆の生命時間(未了の相克と絶えざる未生への希望)が流れる地球環境のリアリズム>という二つの観念の作為的な混同(混濁化)による、一般日本国民の洗脳ということである。


ともかくも、いま最も大切なのは、我われ人間がこれら二つの観念の作為的混同(混濁化)でも、いずれか一方へ観念的に同期することでもなく、生物の一種である人間としての分をわきまえた謙虚さを保守しつつ、エトノス環境たる周辺のリアル現実との未了の相克と未生への希望がヒューマニズムの原点であることを理解すべきである(関連参照↓★)。



★【Nuit Debout(ニュイ・ドゥブー/明らかに、この“構想の視覚的なコトバ”の意味は深奥でバシュラール的エトノスと通底している!その訳は各位の責任で調査乞う!苦w)運動!米国の「オキュパイ運動」やスペインの新しい左翼政党「ポデモス」の躍進に通じる動き!ヒューマニズムの原点である“一回性の人生”の意義に再び覚醒しつつある世界の若者たち!/高学歴でも仕事はないが知識と議論する言葉を持つ若者たちの怒りが、この新たな反「新自由主義」運動のエネルギー、とされている!/従って、彼らが「リアル生活者の基底として自らのエトノス(≒バシュラールフォイエルバッハ和辻哲郎ら)を十分に理解し、ないしは再認識できた時にこそ、彼らは<偽エトノスたる「新自由主義」>を打倒する本物のパワーを手にすることとなるだろう!】
・・・成金オセレブのトランプにバカリ目を奪われる日本は世界で孤立するのか?米国でも若者層が熱烈に支持するサンダース現象こそ注視すべき!運動の中心は『プチ・ブルジョワ』と呼ばれる高学歴ホワイトカラーの若者/堀茂樹・慶大教授(仏文・哲学)➡ 仏で広がる反新自由主義のうねり20160427日刊ゲンダイ https://twitter.com/hanachancause/status/725164449825460224