toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

幕末「普遍の自生史」隠蔽は正統保守に非ず、松陰「白日」の削除を謀るアベ独裁は戦前構造災の再来/敗者と異論への寛容(思想)の回復が必須

toxandoria2018-03-07


クロード・モネ『ジヴェルニー、春の効果』

・・・Claude Monet「Effet de printemps, Giverny」1890 100 x 60 cm oil on canvas London, Private Collection Lefevre Fine Art Ltd.

Debussy - Fantaisie pour Piano & Orchestre - Andre Gallo

https://www.youtube.com/watch?v=Lxjcxo7LdBI


(Preface)



・・・メタフィジカル・クラブ(参照⇒エピローグ)のメンバーの一人、オリバー・ウェンデル・ホウムズ・ジュニア博士(19世紀後半〜20世紀初めに活躍した米国の法律家・連邦最高裁陪席裁判官/留学中の金子堅太郎の家庭教師を務めた)は、合集国(連邦)のために「南北戦争」を戦った経験から、「ボストン(最愛の郷土)と合集国が全く別物であること(普遍の価値観)を二次的な意味で再発見したとされる。一方、同様の環境下で「戊辰戦争」を戦い勝利した明治維新政府のリーダーらの多くは、この「普遍」(吉田松陰坂本龍馬らが既に気付いていた)を敢えて無視するか、あるいは無知であった。(出典:野口良平『幕末的思考』、同氏・監訳『メタフィジカル・クラブ』/いずれも“みすず書房”刊/ホウムズ・ジュニア博士の画像はウイキより)・・・







白日隠蔽の発覚1、2、3
・・・新たに判明した歴史「事実」である<維新政府が隠蔽した「白日」の発見>を安倍晋三・内閣が毛嫌いする不可解!その「白日」とは、カント「情念統制、論理構成」の二理念とも呼応する<吉田松陰ら幕末期“草莽の獅子”たちのリベラル共和的な“普遍”への覚醒>であった!・・・



恐るべきアベ独裁1、2、3

(安倍政権に付き纏う≪『公文書改竄』常習犯罪≫の原因/今後の課題)


・・・それは恰も“一強アベ様による<対総国民「パワハラ政治」暴走の観>を呈し始めている”が、<民主国家の「法の制定者」(つまり、主権者!)である筈の一般国民>が余りそれを感じていない?のが、今や最大のリスク(日本の存亡の危機)”となりつつある!・・・

・・・そもそも、政治・行政のドキュメント情報は「隠蔽したり、捏造・改竄したり、むやみに又は勝手に削除(消去)したり」できる、悪意を持った立場にとって好都合なツール(政治の小道具、打ち出の小槌)ではなく、それを如何に正当に評価してインテリジェンス化できるかを考えるべきものであり、それこそが政治・行政に関わる情報リテラシーについての正しい理解である・・・

独裁を意味する英語、dictatorship(動詞dictate)には、そもそも「人に要件を書きとらせる、ヒトに命令する」の意味がある。指図のコトバを書きとらせ、あるいは口頭で命令するということは、つまり人の意識や内面で発するコトバそのもの(ヒトの文化的意識の出入口たる動作環境(口と手)と意識全体)を強権的に、かつ一方(強)的に、特定イデオロギー(これは思想に非ず!)で強制支配することになる。すなわち、そのように見ると実は独裁が政治的な意味に止まらず、国家の一定フレームを共有する国民の文化トータルに対する一強支配であることが分かる。安倍政権に付き纏う<「公文書改竄」常習犯罪>の問題も此処に淵源がある!


加えて、“驚くべき一強政権”とさえ呼ばれる安倍内閣には一般の定義(その委細はエピローグ末尾の<補足2>にある)から外れた非常に奇妙な「デジタル独裁」の傾向が顕著である。具体的に言えば、それは(1)SNS活用によるネトウヨ仲間“増殖”orインスタ映え戦術など、と(2)無定見で節操がないシンギュラリティ万歳!(経済財政諮問会議による最強の科学技術“前特異点”創造戦略)の二本柱である。

ところで、健全な思想は「寛容」であり、それは人間の生命と共に無限に深化するがイデオロギー(化石観念化して霊界を漂う面妖化した思想、例えば安倍晋三・政権、日本会議、あるいは米トランプらが囚われている“追憶のカルト”、“マイ・ファースト妄想 ”など/補、toxandoria)とは全く別物と見るべきである(参照資料:ルイ・メナンド『メタフィジカル・クラブ』―みすず書房―/<注>この書名(というより、そもそも其のクラブ名)は、過剰に形而上学世界へ傾斜することの危険性を批判し警告する意味で付けられている)。

一方、如何に過酷な状況に嵌った(あるいは、仮に欺かれたり嵌められたりして敗者(負け組)側の煉獄に堕ちた)としても、健全な思想を求め格闘しつつ、その持続を覚悟する者たちは(例えば、吉田松陰坂本龍馬中江兆民福沢諭吉中里介山ら)は、只の無節操な転向とは全く異質な思想のエンドレスの深化の方向性を実存化する。そのためのヒントは“大文字の生” (内外のマクロ・ミクロ双方をしっかり視野に入れた意味での全エトノス環境)に生かされている“小文字の生”(人間)に必須の「寛容かつ普遍的で共有が可能な覚醒」であり、それは「只のメタフィジカル(ひたすら天空ないしは霊界へ超然と飛翔するだけの理念)の意味ではなく、一般の国民層(つまり草莽たち)が生きるリアル・ゼロの地平にこそ必要な価値を、日々、新たに発見する」ということである(中里介山の長編小説『大菩薩峠』の主人公、机龍之介の過酷で理不尽な生き様の“メタファー”が提示する覚醒!/参照資料:野口良平『幕末的思考』―みすず書房―) 



財務省の文書書き換え1、2、3
一方、余りにも露骨な<「公文書改竄」常習犯罪>の問題が急拡大しており、最も肝心な「政権自体への信用」がフリーフォールし始めたかに見える。この裏に隠れた安倍首相の心理(ホンネ)は「敗者、異論者、敵対者」に対する不寛容、ヘイト、そして特異イデオロギー押し付けである。言い換えるなら、これらの人々を全く信用しない!ということであるが、政治理論的にも「異論者・政敵(政争の敗者)らも含めた相互信頼関係を重視」する政治が経済・財政的に最もリーズナブルであることが分かっているため、この安倍内閣の政治手法は完全に誤りである。

従って、我われ有権者は(今からでも遅くはないので)「思想とイデオロギーは本源的な意味では全く異質なものであること」(それこそが当記事の通奏低音であり、結論でもある!)についての理解を深めつつ、特に<敗者、異論、敵対者らへの寛容な思想の回復>を急ぐべきである。

松陰削除1、2
<注>吉田松陰坂本龍馬らを教科書から削除!の主張(左右両サイドからの?)の背後に蠢く安倍政権・日本会議らの不可解な空気!
・・・歴史研究の成果で、吉田松陰坂本龍馬らの思想が、実は日本会議安倍晋三首相ら、いわゆる偽装極右派(決して彼らは正統保守に非ず!)の期待と真逆で、実は「普遍」への自生的な覚醒(正統な愛国心の根源への気づき!)であったという新たな事実が判明してきている(出典:中野良平『幕末的思考』(みすず書房))。


(プロローグ)戦国期まで遡る17世紀・江戸「プロトモダニティ」(列島自生“普遍”の苗床)の源流

    


・・・(左上→左下(二段目)→右下(二段目)→右下(三段目)の順)上杉本(右隻)、同・部分1:鉦叩き(左隻第5扇下部)、同・部分2:高野聖(右隻第6扇下部)、同・部分3:三条西邸(右隻第6扇中央)(画像はウイキより転載)


国宝指定(1995)の上杉本「洛中洛外図」屏風は、米沢藩藩主の上杉家に伝来したもので、米沢市上杉博物館が所蔵する。織田信長上杉謙信に贈った狩野永徳の作品(16世紀)とされる。なお、「洛中洛外図」は、戦国時代(16世紀初頭)から江戸期にかけ制作されたが現存する良質作品は約30〜40点である。


・・・


・・・おそらく日本伝統「プロトモダニティ」の原点は「洛中洛外図」屏風の世界にあるが、市民生活の全貌を表す景観を、ある高さから俯瞰しつつ個々の姿を平等に描く芸術家(画人)の行為の賜物である「洛中洛外図」には斬新なプロトモダニティ意識(西欧の遠近法とは異なる日本美学的な水平の視点)の発見ということがある。・・・

・・・そして、この伝統こそが、後年に日本列島で自生することになる地生えの普遍への覚醒たる吉田松陰の「白日」(委細、後述)、又は“一揆など武力蜂起に限らず自律的な闘い方(司法的な戦い方/その嚆矢となったのが『白岩目安往来物』)があり得ることを記憶する百姓たち(『白岩目安往来物』関連/下記の◆参照)”を誕生させた苗床であったと考えられる。・・・

◆明治150年の“あるべき”眼目はその前の江戸プロトモダニティの発見!それは東アジアで圧倒的な存在感を示す日本法学アカデミズムの土壌/が、今や『詩織さん事件』がその信頼性を崩壊させつつある!http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180107


教育勅語1、2、3
目下、盤石に見える(?)国民の支持を得て一強を誇る(奢る?)安倍政権は、愈々、この4月から全国の小学校で「道徳の“教科”化」を始動させる。しかし、明らかに、この動向には日本人を「玉砕(全滅死)をも辞さぬ自己犠牲で皇国の扶翼のために尽くすという国策“道徳心の精神世界”」(明治20年代以降の勝者側による、天皇密教的な政治利用)へ連れ戻す(戦前回帰させる)という思惑が潜んでいる。

それは、「安倍政権が、既に、議員から提出された質問主意書に対する答弁書の形で“憲法教育基本法に反しないような形で教育に関する『教育勅語』(衆参両議院の決議で、敗戦から3年後の1948年6月25日に勅語謄本は焼却されている)を教材として用いることは否定されない”、と決議しているからだ。

因みに、勅語謄本の焼却(廃棄)に敗戦から3年もの時間を要した背景には、占領軍が天皇の権威(これは“顕教(文化)”的の意味)の利用で占領を円滑に進めようとした意図が隠れている。

しかし、この『教育勅語』に関わる戦後史の一コマは日本会議を守護神と仰ぎ必死で戦前回帰を追い求める、換言すれば天皇の“密教”的な政治利用(政権の意思で好きなように国民を動かし、戦わせ、働かせるための祈祷・呪術の道具としての天皇)の取り戻しを謀る安倍政権が決して正統保守ではなく、只の偽装極右(高々でそれは殆ど非合法な“暴力団かギャング、あるいは暴力テロ組織”のジャンル)であることの証拠にもなっている。 

  
保守こそリベラル1、2、3
つまり、それは列島トータルの滅亡が危ぶまれる混乱の極みであった幕末期の「尊皇攘夷Vs尊皇開国」のドグマ・フレーム思考から一歩も外へ踏み出ていないからだ。本来なら、幕末期〜維新期〜敗戦〜現代に至る日本政治に関わる約150〜200年の文化・精神史の視座から、内外のリベラル共和、客観合理(ネオ・プラグマティズム/関連で末尾“エピローグ”を参照乞う)の深化らに関わる動向なども、より大きく俯瞰しつつ爾後の日本であるべき正統保守(リベラル共和主義も取り込む形での)の姿を構想するのが筋である。

明治維新政府が隠蔽した「幕末期“普遍”意識」自生の問題

・・・おそらく、「アヘン戦争」の情報が「幕末期“普遍”意識」自生のプレリュードとなった! そして、宇都宮黙霖・山県大華との対話で「白日」(自生の普遍意識)に覚醒した吉田松陰は、偽装極右の教祖でも、テロリストでも、「顕密二元論」(密教的な“天皇の政治利用”)の祖でもなかった!・・・

皇国史観」の神話論理(ミソロジー)が、初めは「維新政府」内で少数の<非主流派>であった尊皇テロリスト派によって更に観念的に過激化され、やがてそこから軍国主義国家・日本の諸政策が誕生したとの原田伊織氏(『三流の維新、一流の江戸』(ダイヤモンド社)の著者)の見方にほぼ同意するものの、その尊皇テロリストの筆頭として吉田松陰が入れてあることには賛同しかねる。

というか、これは従来の大方の見方であったのかも知れない。しかも、だからこそ日本会議安倍晋三・首相らのアナクロ偽装極右派(彼らは決して正統保守に非ず!)の人々は、そのような意味で明治20年代以降に輪郭がハッキリしてくる「顕密二元論システム」(参照、<注>↓)創造の第一義的な貢献者として吉田松陰を高く評価してきた節がある。

しかし、そもそも吉田松陰の思想の変遷には分かり難い点があった。それは、近年の日中関係史研究の中から、このことについて根本的疑義を突きつける事実が発見されているからであり、例えば王暁秋著・木田知生訳『中日文化交流史話』(日本エディタースクール)によると、林則徐(英国の植民地主義へ抵抗した清朝の官僚)らとも親しかった魏源の著書を吉田松陰が読んでおり、その大きな影響を受けていたからである。

アヘン戦争後の中国で新思想の提唱者として中国人に対し「世界に目を開かせる」役割を担った知識人の代表者である魏源の著書『開国図志』と『聖武記』は佐久間象山(尊皇開国派)・吉田松陰(いま述べたとおり松陰には状況体験と知識・思考の深化に伴う思想内容の変化があるので、その時点での尊皇攘夷派の意味!)ら幕末日本の知識人へ紛れもなく大きな影響を与えており、これが彼らの尊皇開国、尊皇攘夷思想の基盤を作ったと考えられるのだ。

つまり、松陰は特異イデオロギーに囚われたテロリストどころか、ルイ・メナンドが著書『メタフィジカル・クラブ』で教えてくれる“本物の思想の人”(自分が選ばなかった選択肢が常にあり得ることへ十分に柔軟な配慮ができる人物!)であったのだ(この論点についてはエピローグで更に少し詳しく触れる)。

さて、「幕末的思考」(みすず書房)の著者・野口良平氏によれば、驚くべきことに、吉田松陰は山県大華、宇都宮黙霖との対話の経験からカント「a論理構成理念、b情念統制理念」の区分(その委細は後述する)から導かれる考え方、つまり「普遍」の観念のレベルに殆ど到達しており、吉田松陰はその自らが想像した、この列島「自生」の重要な観念を「白日」という言葉で言い表していた。

言ってみれば、松陰は「大和魂」(そもそもはカミカゼ・玉砕などとは無関係な渡来系文化を柔軟に吸収・消化した後に伝統化を志向して形成された列島文化の固有性)と「白日」(人類・世界の普遍性)という、普通の考えでは繋がり難い二つの項を結びつける正統な思考回路を全くの徒手空拳で創造していたことになる(とはいえ、ハリス来日の安政3年(1856)に行われた大華・黙霖との対話で何らかのヒントを学び取ることで!?/特に、黙霖との対話の影響が大きいと思われる)。



なお、山県大華は長州藩「明倫館」の学頭にして朱子学者の人物だが、吉田松陰との間で行われたその「国体論争」で名高く、松陰の師にあたる人物。両者の意見は激しく対立したことが知られているが、当時、すでに80代であった山県大華が、「(その時の松陰の)日本中心の考え方は時代遅れであり」、「せめて朱子学の祖国である今(その当時の)の中国並に世界へ視野を向けるべきだ(おそらく、正統保守的な意味での「幕末期“普遍”意識」自生のプレリュードと見るべき「アヘン戦争」(1840 - 1842)を意識したか?)」と説いていたことが注目される(画像はウイキ)。

<補足>見過ごされてきた「斉藤竹堂、渡辺崋山高野長英の先行的な慧眼」
・・・それは「アヘン戦争」に潜む欧米侵略主義の“野蛮さ”(植民地資本主義の限界、正体)の核心が当時の欧米民主主義思想の裏面(欠点)であることを見抜き、自生の「普遍」観念の必要性を警告していた。これは単純な攘夷論に非ず!
・・・斉藤竹堂:仙台藩養賢堂で学んだ人物、著書『鴉片(あへん)始末』/渡辺崋山三河国田原藩藩士・画家、著書『慎機論』/高野長英:江戸の医者・蘭学者、著書『戊戌夢物語』

宇都宮黙霖は江戸時代末期の聾唖の勤王僧だが、水戸学の「尊皇敬慕」に強い抵抗感を持っており、“そもそも民を安んじる王道”(古神道の重要な理念/専門研究者の一部は、既にその中に象徴天皇の観念があると主張!Ex.神道学者・小山悳子氏http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20160109 )と武力支配の「幕府の覇道」は両立せず草莽(底辺の庶民層)にこそヒトの真の価値があるとも主張していた(<注>勤王は勤皇と同意/佐幕派に対して京都朝廷のために働いた一派)。

伊藤博文の「内閣制度」創設に重なる<「顕密二元論システム」完成と「吉田松陰らの白日」隠蔽>の問題
日本の内閣制度(立憲議会制度)を作ったとされる伊藤博文には、もう一つの隠れた実像を見るべき、との知見が提示されている(出典:中野良平『幕末的思考』‐みすず書房‐)。

明治維新の初頭(明治4年)まで生きた津和野藩出身の国学者・大国隆正は、非常な勉強家であり、そのため一応は内外の情報を広く知悉していた。しかし、その大国が『グロティウスの万国公法』を、おそらく作為で<万世一系皇国史観による国体論>の中へ読み替えていた可能性が高いこと(著書『新真公法論』)は一般的には殆ど知られていない(ネット上に検証資料がある/参照↓◆)。そもそも大国隆正は「靖国顕幽論」の基盤を構築した平田篤胤の門下生でもあるので宣なる哉、納得!ではあるが。
神戸大学経済経営研究所:新聞記事文庫/外交 http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=10169381&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

この『グロティウスの万国公法』の皇国史観(国体論)への読み替え(つまりパクリ!)が、会沢正志斎(江戸末期の水戸学を代表する学者)らの特異イデオローグとも融合しつつ、明治期の日本の政治思想界の『底流』に大きな影響を与えていたと考えられる。

1881年明治14年)の政変」の後に維新政府内の主導権争いが繰り返されるうち、やがてその異常な『底流』が『深層奔流』となり、更に、一応は民主主義的なカムフラージュと如何にも洗練されたような修辞が施され、“女好き”で知られる伊藤博文の内閣制度の完成(明治18年)へ流れ込んでいったが、それこそが「顕密二元論による皇国日本の支配システム」である。

<注>(1)1881年明治14年)の政変 (2)伊藤博文の“女好き(女狂い?)、についての委細は下記を参照。

(1)⇒ 維新期にはプロイセン型“国家主義”(制限民主政)と英国型“立憲民主政”(正統保守主義)なる二つの理想が混在し、せめぎ合っていた http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180107 
(2)⇒ アベの<ウロボロス“尻ぬぐい粉飾”構造>に嵌った美しい?https://www.evernote.com/shard/s440/sh/a70918f7-c62b-465b-af10-8609f9ab1430/18e82249fa1c1df90bfcc44c67f0fa9c

そして、この「顕密二元論による皇国日本の支配システム」の暴走が太平洋戦争の悲劇(日本国民から基本的人権を剥奪し、侵略戦争主義を押し付ける方向)に雪崩れ込んだのは言うまでもない。無論、安倍晋三・首相の“非常に不自然な改憲強行”の不退転の意思!の背後に潜むのは、この戦前型「顕密二元論による皇国日本の支配システム」の取り戻しであることは間違いがないし、その強力なブースターが日本会議である。

しかもそれだけではない。実は、伊藤博文が「大日本帝国憲法」の起草者の一人である伊東巳代治(殆ど学者同然であった内閣書記官長)に命じて作らせた英訳版は「The Constitution of the Empire of Japan」であり、 英語に堪能な伊東巳代治 (同じく学者同然の官僚、井上毅・金子堅太郎と共に大日本帝国憲法起草に参画した)が誤訳するはずはないので、おそらく伊藤博文が指示していたか、又は他の政権内から指示があり、伊藤がこれに知らぬふりを決め込んだか何れかの可能性がある。

偽装民主主義
ともかくも、このような流れの中で、当時の日本政府は国内では「大」日本で国民層を威圧する一方、対外的には東アジアで初の民主主義憲法を詠い、かつ“吉田松陰らに端を発する『自生(列島に自生えしていた白日の観念=日本型リベラル共和的な正統保守思想へ深化する可能性を秘めた普遍の観念)』”を隠蔽しつつ、天賦人権論と真逆に国民主権を否定する“顕密二元論による皇国日本の支配システム”を完成させていたことになる

<注>顕密二元論システム(天皇の“密教的な政治利用”)について
・・・これは、明治20年代〜終戦期(敗戦まで)に日本を一強支配した、神憑りファッショによる日本の独裁支配システム。別に言えば「顕密二元論システム」(皇国日本の支配システム/天皇の“密教的な政治利用”へ傾斜した統治方式)。そもそもの嚆矢は、事実上、伊藤博文が黙認したことに因るのでは?と考えられる。 
・・・久野修(哲学者、評論家)による「天皇の権威と権力を通俗(顕教)と高等(密教)の二様解釈で組み合わせて政治利用する」との用法が嚆矢とされるが、“顕教”は伝統文化的な天皇制への国民の共感の利用、“密教”は特定の政治目的のため天皇制を利用すること、と考えると理解し易い。
・・・なお、「明治十四年(1881)の政変」の後に大日本帝国の骨格として成立したプロイセン・モデル・官僚体制の定着と共に、およそ明治20年代に戦前日本の「ダミー市民宗教」である「顕密二元論システム」(天皇の“密教的な政治利用”)の着想がほぼ現れたと見るべきだが、それには「a神道系」、「b文化・芸術系」、「cリアル政治」の三つの伏流がある(a〜cの委細は、それぞれ下記を参照乞う)。
a ⇒国家神道・患者、穴クロ安倍晋三明治維新期における廃仏毀釈神仏分離国家神道の流れ https://www.evernote.com/shard/s440/sh/2aef4fc7-a2bb-4815-858a-4c87aa1fab50/1177931b96714cec353f0c76d9b913d3 
b ⇒太平洋戦争を煽り現実逃避(イロニー)で国民の惨禍を賛美した日本浪漫派なる悪の華 http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20130924 
c ⇒アベ(安倍晋三)の<ウロボロス“尻ぬぐい粉飾”構造>に嵌った美しい?日本!
https://www.evernote.com/shard/s440/sh/a70918f7-c62b-465b-af10-8609f9ab1430/18e82249fa1c1df90bfcc44c67f0fa9c 
https://www.evernote.com/shard/s440/sh/a70918f7-c62b-465b-af10-8609f9ab1430/18e82249fa1c1df90bfcc44c67f0fa9c

3 カント「情念統制、論理構成」の峻別、それは「普遍」観念を培地とするリベラル共和主義の理解と深化に必須の条件

(カントには、理念を情念統制理念と論理構成理念に区別すべきとの考え方があった)

カントには<理念を情念統制理念と論理構成理念に区別すべき>との考え方があり、カントのこの慧眼の無視こそが、「構造災」の系譜として今に繋がる我が国の科学技術政策のジレンマをもたらしたといえる(構造災の委細については以下、(1−2)で詳述).。このカントの考え方を整理すると以下のようになり、a、bを明確に区分して自覚することが所謂「普遍性」に繋がる。

a:情念統制理念:たとえ実現可能性から離れているとしても、持続的に目指すべき“方向性”(一定の統制された情念に基づく )
b:論理構成理念:論理と実践によって徐々に実現されるべき内容


スパコン1、2
今の日本で言えば、ここで言う構造災は、「特にAI、原子力利用、生命科学など先端科学技術分野までもが、一強化した政治権力(安倍政権)に媚び、迎合、忖度、又はマイファースト・エゴ利権の先兵」と化すこと、つまり余りにも由々しき「先端科学の“錬金術”化の問題」となって現れつつある(<注>左画像のアベPMは、各省庁内を巡っているとされる“安倍首相の秘密指令(クロをシロにせよ!との特命指示)”を意味する!)。


ネオ構造災1、2
また、過去の典型となるのが「無謀な太平洋戦争(その敗戦史プロセス/満州事変〜ポツダム宣言に及ぶ十五年戦争)が内外でもたらした悲惨」と、あの「恐るべき3.11フクシマ過酷原発事故が引き起こした悲劇」である。

『情念』統制理念とは高次元なのでたとえ永遠に実現不可能なものである場合でも、その目標とすべき理念を掲げることでのみ、悪へ誘惑されがちな情念を統制しつつ現実(リアル政治/『論理』構成理念)の改良へ取り組む努力が持続できる(理性の情念統整的使用)」ことになる。それが“情念統制理念と論理構成理念の相互補完性の原理”が意味することだ。 

(“情念統制理念、論理構成理念”がリベラル共和主義の前提となる理由)

既述のとおり、「a情念統制、b論理構成、」の区分を明確に自覚することが所謂「普遍性」に繋がる訳だが、そもそも理念を求める意識がなければ人間は生きることの意味が永遠に理解できなくなる。つまり、理念とはヒトが生きることの意味を絶えず再検証するために必須のものである。言い換えれば、それは人間が薄暗い道を先へ先へと些かの予見を持ちつつ歩むために必須の灯火(ともしび)である。

その意味で一定の理念に照らした「予見」を必要条件とするヒトの意識の内容は「情念」と「論理」から成っていることになる。また、このような意味での「情念」と「論理」のカップリングで成り立つ意識はヒトと他の動物、あるいはAIとの差異を際立たせる特徴ともなっている。因みに、このような視点から見ればAIシンギュラリティ信仰(狂信的な論理的知能礼賛主義)を告白する下記、二冊の本は反面教師の意味では読むに値するかも知れない(苦w)。

●ニック・ボストロム『スーパー・インテリジェンス/超絶AIと人類の命運』(日経出版)
●ポール・チャーチランド『物質と意識/消去主義的唯物論』(森北出版)

これは、後で論じる「個体生命維持のためRAS作動で常に捨てられている8〜9割の生体内“情報”」の問題とも絡むのだが、この「予見、情念、論理」のスリー・ペアの動作を、経営・政治またはスポーツの戦術などリアル現場へ落として見た場合に留意すべきことがある。

それは、その場面ごとの結果に繋がる<一つの選択の意思決定>は、必ずしも十分に論理的な選択ではありえず、殆どの場面では8〜9割の関連情報が常在的に捨てられているということだ(感情・情念の応援も得て残余を捨てずには決められない!)。つまり、ここでは委細を省くが、これは「限定(ヒューリスティック)合理主義/客観的合理性(主観合理主義の対概念)」に絡む問題で、関連して重要なのは<傲慢が最大のリスクで、謙虚・反省そして持続的な信用こそが最大の得物(有益なツール)!>という現実を理解することである(関連参照↓下記▼)。

▼ホルクハイマー「客観的合理性、主観的合理性」の峻別について
・・・「現代の危機」が、フッサール現象学」が誕生した19世紀末〜20世紀初頭「ファシズム胎動期」の「危機」に重なるのは自明といえる。従って、フッサール「無前提性の原理」とホルクハイマー「客観的合理性」には深部で共鳴するものがあり、その先には矢張り<コンシリエンス(人文社会・科学両知の融和的統合)の時代>到来の必然性が感じられる。http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170901 

ところで、“何かが起こる場合には必ず論理的に説明できる原因がある”という、ごくありふれたリアル事象に対し、何やら難しそうな「充足理由の原理」と命名したのはG.ライプニッツ(17世紀ドイツの数学者、哲学者)である。

しかし、ジュリオ・トノーニ、マルチェッロ・マッスィミーニ著『意識はいつ生まれるのか』―亜紀書房―によれば、近年のAIを活用した先端的な脳研究分野でも、人間の「論理展開の能力」(科学合理的判断力)と「感情・情念」が深く相関していることが観測されており、我われが普通に見聞している「人に関わる充足理由の原理」(人が原因となる個々のリアル事象)は、ライプニッツが予期(懸念?)したとおり、そう単純でないことが理解されつつある。

例えば、同書によれば、生体内部では「ヒューリスティック(限定的)な統合合理性」の実現(個々の目的に応ずるベスト知覚機能の確保/例えば、目的対象物を確実に見る必要性)のため、敢えて「RASによる視覚の死角/脳内フィルター機能、脳幹網様賦活系(reticular activating system in brainstem)が必要情報だけに絞り込むため発生する脳内の死角」を発生させ個の生体の「生命全体の安全を確保」している。そして、無論これは視覚だけに限るものではない。

なお、このRAS作動による個体維持の機能の存在は「進化論的軍拡競争」(ダーウイン進化論の先を見据えた一種の限定合理性の選択による種の保存則の問題で、アベ様らが好む軍事国家主義とは真逆の知見!というよりも自然・エトノス環境の摂理(永続性の原理)?(関連参照⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170104

つまり、人間の意識の核であるノエマノエシスが感受し、考えるその内容/ノエシスは感受し、考える作用それ自身)も同じことで、おそらくその「生命全体の安全保障」のための意識の焦点化と共に凡そ8〜9割以上の情報(夥しい数の射影の廃棄/“フッサール現象学で言う現出、個々人にとってのリアル”の残余)が常在的にRAS作動で捨てられているという実に驚くべきほど精妙な意識の真相が理解できることになる。

換言すると、この「人間の意識についての観察」は、明らかに、先に述べた<「予見(理念に基づく)、情念、論理」のスリー・ペア動作>のリアル問題とも絡んでいる。つまり、これは従来の一般常識、AIシンギュラリティあるいはビッグデータ信仰などには反するのかも知れぬが、「捨てられた情報、敵対する情報、敗者の情報(意思)、無視された情報、無駄と思われる情報(or仕事、趣味など)」の中にこそ我われの無限の可能性と未来があることになる。その意味からしても、アベ様、トランプなどを巡る<異様に傲慢に見える諸現象>は愚の極みとも言えるだろう。

因みに、米合集国の哲学者・心理学者で、意識の流れの理論を提唱しジェイムズ・ジョイスユリシーズ』ら米国文学に大きな影響を与え、かつパースやデューイと並ぶプラグマティストの代表者でもあるウィリアム・ジェイムズは特定の学派や学術伝統に囚われない教育を受けたことが知られており、この事例も「無視された情報、無駄と思われる情報」などが、人間の未来にとり如何に重要であるかを示唆している(出典:ルイ・メナンド『メタフィジカル・クラブ』)。

このように逆説的な観点から見れば「大文字の“生”」(エトノス環境と同意⇒関連参照↓◆)の構成要因たる「個々の“生”」(個体)の維持に関わる緻密で、深遠な作用系を理解するにつけ、我われは持続的な<生命の安全と文化深化>のためにも社会的「間主観性」(最大公約or最小公倍的射影)を同定し保持する記録・ドキュメント、および絶えざるコミュニケーション(生命と共に歩む、理念と記憶を持続させる作業)の非常に重要な意義が十分に理解できるはずだ。

◆『情感の現象学』の共同体論/“M.アンリの現象学”の特質 http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20171109 

因みに、19世紀米国の哲学者・論理学者・数学者で、かつプラグマティズム創始者として知られるチャールズ・サンダース・パースの結論は、<人間の知識とは社会的なものである>ということだった。これは、米国思想に対する彼の最も偉大な貢献である。なぜなら、「ヒトの心は、どの心も異なった仕方で、それは同じ心でさえも、異なった瞬間に事象を映し出すし、又それは同じ時間だけ同じ状態に止まってくれる訳でもない」からである。(出典:ルイ・メナンド『メタフィジカル・クラブ』)

また、このような視点から見ても、常在的にシロをクロと強弁しつつ記録文書や証拠ドキュメント類を次々に廃棄・隠蔽し、又はデータ類を改竄・偽装・捏造し続ける(具体的には“PMメモ”なる官邸発の怪文書を徘徊させることで官僚らの現場へ圧力をかけ続ける)安倍内閣の政治手法(小児的な安倍晋三氏の恐るべき資質上の欠陥 “耐性の欠如”に起因する/別に言えば、この世界(社会と自然)には自分が想像する以上の耐性があるので何でも自分の思い通りになると勘違いしていること!)は余りにも異常だ。理想の「リベラル共和」(関連で下記★を参照乞う)とまではいかなくとも、いやしくも民主主義国を名乗る日本政府がやるべきことではない。

★あるべき必然の流れとしてのリベラル共和主義へ(H・アレントフーコーのノモス・エトノス観念)http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170713 

因みに、上で観察してきたことに鑑みれば、安倍首相の“PMメモ”方式での<証拠ドキュメント類を次々に廃棄・隠蔽し、又はデータ類を改竄・偽装・捏造し続ける>という、ひたすら権力維持だけが目的の異常な行為は、言ってみれば、日本国民の未来の可能性の殆ど全てを破壊するに等しい蛮行であり、万死に値する犯罪に他ならない。いずれ、このままでは日本が予期せぬ根源的な超リスク(自然災害のみに非ず!)に襲われるのが必定である。

4 今に繋がる日本型「構造災」の系譜、勝者「独裁」ご用達の「錬金術」で満足する『日本型テクノストラクチュア』のジレンマ


論文数1、2
・・・それは、明治維新政府が罹患した「政治的な勝者が敗者へ、制限された主権を与えるべきとする倒錯エセ民主主義(ダミー市民宗教/顕密二元論=天皇の“密教的な政治利用”)の異常観念(これは、決して“思想”に非ず“他へ、その受け入れを強いるイデオロギー”)」(リベラル共和“思想”の対極)の落とし子・・・

4−1 『臨機調事件』を端緒として“戦前〜戦後(高度成長期)〜現代(3.11フクシマ第一原発過酷事故)”へと引き継がれた『日本型テクノストラクチュアの欠陥』

<注>テクノストラクチュア(technostructure)は、J.K.ガルブレイスが『新しい産業国家』 The New Industrial State (1967) で用いた言葉であり、国家経営または大企業経営の実際上の意志決定に参加する実力者の一群を指す。

一般に日本型の「構造災」といえば、それは<太平洋戦争の開戦間際に起こった『臨機調事件』を端緒として“戦前〜戦後(高度成長期)〜現代(国策原発→3.11フクシマ第一原発過酷事故)”へと引き継がれた『日本型テクノストラクチュアの欠陥』>を指す。

この問題は、松本三和夫氏(東大教授/科学技術社会学者)が著書『構造災、科学技術社会に潜む危機(2012)』(岩波書店)で初めて取り上げている。以下は、同書の要点を参照しつつ私見を加え、重要と思しき点を纏めたものである。

・・・

「3.11フクシマ第一原発過酷事故」の引き金は千年に一度とされる大地震であるが、日本伝統の構造災という観点から見れば、原子炉の本源的脆弱性が根底に潜むと言う意味で、この悲惨な過酷事故には、矢張り、それは起こるべくして起こったと見なすべき前史がある。

それが、「臨機調事件」(臨時機関調査会事件)と呼ばれる、1938年8月に竣工予定の最新鋭駆逐艦の主要タービン翼折損事故であり、具体的には「艦政本部式タービン翼折損事故」と呼ばれている(その艦政本部式タービン(艦本式タービン)の詳細はコチラ⇒ http://urx.nu/3KrK )。

この前代未聞の大事故は、太平洋戦争開戦が間近な1937年12月29日に起こった。軍国主義時代の軍事技術は最大限の人材、情報、資材、予算が投入されるが、何よりも当時の戦いにおいて特に開戦直後の戦況の方向性を決める最新鋭駆逐艦の建造であっただけに、その特徴は「最重要国策である故に予算が戦時国債を裏付けとする青天井」だったという点にある(コレは、どこか今の安倍政権が煽りたてる時の政治・経済手法に似ているではないか?苦w)

1938年4月1日・制定『国家総動員法・第二条/(昭和13年法律第55号)』で、動員対象のトップに位置付けられたのは軍艦で、その中でも最新鋭かつ高性能の機動力を求められるのが駆逐艦であった。そして、ともかくも国際的緊張が高まる中での開戦に備える切り札でもあり、かつ日本の独創的開発であると自負してきただけに、艦政本部式タービン事故は開戦直前の日本にとって非常に深刻なものとなった。

それは、この時に日本海軍で標準化されたタービン技術の事故は、他のどの艦船でも起こり得ることになるからであり、事実、同年12月29日から4日間の内に、同型艦の5隻で同様の事故が連鎖的に発生した。しかし、おざなりとも言える責任者の懲罰だけで決着がつけられ、現在に至るまで、当事件の顛末についての詳しい調査は殆ど行われてこなかった。

この「開戦直前の時であったことを理由に隠蔽された大事故」が紛れもなく日本型の伝統「構造災」の典型であることは、以下の三つの事実(問題点)が明快に裏付けている。しかも、これらの点が余りにもフクシマ(3.11フクシマ第一原発過酷事故)の問題点とソックリであることに驚かされる。

●秘密主義・・・注目に値するのは、海軍史上で最悪とされる別の「第四艦艇事件」(関連参照⇒ http://urx.nu/3KrY )が帝国議会・議事録に遺されているのに、当事件だけは帝国議会へ報告された形跡が一切ない(松本三和夫氏が調べた限り、議事録に遺されていない/削除か?)。
●想定に基づく対症療法の増殖(これが技術対応上の最大の欠陥)
●間違った先例の踏襲による、事故原因の隠蔽と先送り・・・政権関係者の内側で、真の原因とされる事実が一応確認されたのは、対米開戦から1年半近くが経過した1943年4月であった。

この「臨機調事件」に関わる深刻な問題はそれだけにとどまらない。終戦後の日本では、敗戦への反省から「平和文化の重視」と「科学技術振興による新国家づくり(高度成長へつながる目標づくり)」が目指されることになった。この目標そのものに間違いはない。


原子力マフィア1、2
問題は、<その“余りにも邪悪”な目標づくりに資する重要な経験>として<戦前ないしは戦中に形成された実に信用ならぬ、欠陥テクノストラクチュアが主導する日本型“構造災”のプロセス>が形を変えて、戦後から現代へ繋がる過程へソックリ引き継がれてきた、という点にある。

このプロセスが、今や再び、ポスト・3.11フクシマのアベ自民党政権によって、バカばかしくも“実に見事!”に、労働法制の改悪(オランダモデル(参照↓▲1〜2)と真逆の、“働きかた”を偽装した“働かせかた改悪への途”の設計!)と相まって復元(取り戻)されつつあるかに見えるのが不気味だ。しかも、自覚がない?多数派の国民層は政府の為すがままに身を任せているかにさえ見える。
▲1 アベの<働かせかた改革>ではなくオランダ・モデル<働きかた改革>に学ぶべき1 ☞ 「パブリック」には適切な定義も和訳もない?日本は「公私二元論」の国【長坂寿久氏×武田隆氏対談1/D.オオンライン】http://diamond.jp/articles/-/156818 
▲2 同上2 ☞ 日本の「働き方改革」は本当に正しいのか?オランダの成功から学べること【同上】http://diamond.jp/articles/-/159480 

4−2 今に繋がる『欠陥“日本テクノストラクチュア”』の淵源・・・加藤弘之井上哲次郎、山川健二郎ら“忖度&欺瞞アカデミズム”の問題

それは、おおよそ「幕末期」頃から列島へ徐々に浸透していた欧州啓蒙思想の核心である「ルソー市民宗教」への対抗軸の構築を目的として、明治維新政府の中で権力を掌握した一派が内政における自らの体制固めのために着想した純日本型「ダミー市民宗教」の問題である。そして、明治維新期〜戦前期にまたがり、政界と日本テクノストラクチュア、および一般国民層へ大きな影響を与えた<学界アカデミズムの巨頭>と呼ぶべき学者たちが存在した。

<注>ルソー市民宗教について

・・・「ルソーの市民宗教」は、ルソー<社会契約論>の中で「立法者(それが“主権者たる国民”の意味)の対立項(市民宗教の神)」とされる概念(いずれもJ.J.ルソーに因る)である。因みに、驚くべきことだが吉田松陰、井上 毅らもある段階でその「立法者」の意味に自生的に気付いていた可能性が高い!また、フランス第三共和国の時に渡仏した井上 毅は、おそらく教育勅語を自ら書く羽目となったことに大きなジレンマを感じていた節がある(関連⇒http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180107)。それは、その井上が後のライシテの先駆けとなるフランス型の“より厳格な政教分離の観念”にも気付いていた節さえあるからだ。

・・・伊藤博文ら明治20〜30年代の権力者らは、日本伝統の国民性を強化し、かつ幅広い共感力の基盤として新しい政治体制の中枢へそれを確実に組み込みたいと思い、この「ルソーの市民宗教」を意識しつつ国家神道の創造に基づく新たな天皇制の定着化(顕教としての天皇信仰、および密教たる“天皇の政治利用”技術の確立)を図った。つまり、それがダミー市民宗教の着想であり、その具体の形が「顕密二元論システム」(教育勅語がその技術の中核)なる実に巧妙な戦略であった。因みに、この方向への着実な進行を謀る過程で先行したのが廃仏毀釈と呼ばれる仏教破壊の扇動である。

・・・そもそも、「ルソーの市民宗教」には、大革命後のプロセスでロベスピエール「理性の崇拝」などに因る大混乱が観察されるとおり、その概念の曖昧さというアキレス腱(欠点)があったが、一方で、多くの人々が結束し共和するために何等かの宗教的な、あるいは精神的な培地となる概念的、情念的な空間が必須となるのも現実である(この点は、クワイン(米)のネオ・プラグマティズムと共鳴するところがあり、興味深いが『エピローグ』で後述)。


苦悩1、2
・・・このため、井上 毅(中江兆民との交流、そして第三共和政憲法・時代のフランスへ留学・見聞の経験もあり、フランス流“政教分離”の意味に気付いていた節がある!)らは激烈な苦悩を経て“万世一系の皇統”(天皇信仰)を市民宗教の「座」へ据えたことになるが、所詮、それはダミーであり、やがてそれは雌伏していた『新論(国体論)/会沢正志斉』、平田篤胤『顕幽論』らに回収され、遂には神国日本の暴走へと変質した。

・・・

なお、複雑な抗争プロセスを制し、結局、明治期の権力を掌握した政治勢力を単純に薩長一派だと見なすのは、却って、現代の安倍政権にも繋がる<「幕末期」から「維新期」にかけて隠蔽されてきた白日(列島で自生した普遍観念)の問題>の所在を見えにくくする可能性が高い(関連参照⇒ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180107、および当記事の“第2章:隠蔽された『吉田松陰の白日』の問題”)。 

ところで、ここで言う「ダミー市民宗教」とは<『明治十四年(1881)の政変』で勝者側に立った明治政府の策謀の賜物である。つまり、それは“幕末期における吉田松陰ら草莽の獅子らの苦闘から芽生えた“自生的な『国民主権』意識”を隠蔽するものとして着想され、それを伊藤博文(内閣制度の創始者にして初代総理大臣)が黙認したと思われる(密教的な“天皇の政治利用”)>のことだ。

因みに、当時の日本政府は国内では「大」日本(“大”日本帝国憲法)で国民層を威圧する一方、対外的には東アジアで初の民主主義憲法(伊藤巳代治・訳『The Constitution of the Empire of Japan』)を詠いつつ、その実は “顕密二元論による皇国日本の支配システム”を隠蔽していたことになる。伊藤博文は、この事実を敢えて無視していた可能性が高い。 

そして、この「顕密二元論システム」(密教的な“天皇の政治利用”)が戦前〜戦中期の<国家総動員体制>を効果的に演出したことは周知のとおりである(関連参照↓◆)。
◆明治150年の“あるべき”眼目はその前の江戸プロトモダニティの発見!それは東アジアで圧倒的な存在感を示す日本法学アカデミズムの土壌http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180107 

・・・

ところで、“構造災”史の概観で先ず分かったのは、技術段階での構造災の三要素、「秘密主義、想定に基づく対症療法の増殖、間違った先例の踏襲に因る事故原因の隠蔽」が戦前において既に存在したことであるが、更にそれを<より重篤なシステム構造災>へ濃縮する政・官・学・財(民)の戦前・戦中期の“官民”馴れ合い(より正確には“恫喝⇔忖度”)方式までもが、そっくり<戦後日本の経済発展プロセス>へ引き継がれてきたのであった。

それは、「上位下達の国策を掲げる科学技術総動員の目的で設立された技術院(1942.1.31−1945.9.4/1942(昭和17)年1月31日に勅令41号をもって設置された科学技術行政機関)の内側に「構造災の三要素」が潜んでいたのは明らかであるからだ。

そのため、国策<隠蔽>の至上命令に資するための悪知恵として「修正・交渉・調整の過程で利害関係者の総意が当初の理念から程よくかけ離れた地平で骨抜きにされる精妙な偽装政策の仕掛けを創り、仕込むために有効な政官学財民に跨る運用経験」が、戦後の「高度成長期」〜現在の安倍晋三・政権に至る日本の行政プロセスで熟成されてきたことになる。

それは、輝かしき『日本テクノストラクチュア』の伝統と呼ぶには余りにもお寒い限りであるが、「勝者たる最高権力者が右すれば右へ、左すれば左へと、いとも容易くなびく、科学技術ならぬ“忖度”方式の日本錬金術」とでも呼ぶべき、おぞましく魔術化した「科学技術のあり方に関わる異様な伝統」である。

アイロニカルに言えば、それは時代を遥かに先取りした日本型コンシリエンス(人文・科学両知の融和的統合(consilience)関連参照↓★)の殆どカルト信仰的な、別に言えば「ダミー市民宗教」の成果であった、とも言えるのではないか?(苦w)
★客観「知」を心底で憎む追憶のカルト(日本会議が守護霊の安倍政権)、その靖国『顕幽論』是非の意識が日本の命運を分けるhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20170104 



以下では、“人文社会・科学”両知の領域を越え『日本テクノストラクチュア』の伝統に大きな影響を与えた、そして明治期におけるこの悪しき伝統のスターター(始動用電動機)の役割を果たした代表的な人物として、今も日本の科学技術アカデミズムに影響力を及ぼす加藤弘之井上哲次郎、山川健二郎の三名を取りあげておく(そのプロフィール描写の情報については、中野良平『幕末的思考』(みすず書房)から主なヒントを得た)。なお、彼らの多くが東大アカデミズム関係者であることから、あるいは“東大バカ論”なるあんちょこなドグマに誘われる向きがあるかも知れぬが、それは明治維新期の“白日”隠蔽の責任を薩長一派論で一括りして“真犯人”を取り逃がす短絡と同轍である。だから、過激陰謀論に与しないのと同意でその類の論を張るつもりは毛頭ない。又それは、何らかの意味で我われ末端の一般国民が、その“バカな東大アカデミズム”信仰なる空気のお零れを紛れもなくありがたく頂戴している“バカの仲間である”ことが現実でもあるからだ。どのような類の人間だ!と相手や特定集団を揶揄しようが、所詮はみな同じ人間なのである。

牽強付会な自然科学の論理で天賦人権論を否定しつつ『ルソー社会契約論の思想』を帝国大学アカデミズムの名で葬り去った初代東大総長・加藤弘之

まず、帝国大学令1886年明治19年)に公布されたことに注目すべきである。これによって1877年(明治10年)創立の東京大学(事実上、(1)開成学校と(2)東京医学校の連合体)が同令に基づき「(東京)帝国大学」へ改称された。なお、開成学校は明治時代初期に東京府に設立された文部省管轄の洋学研究・教育機関で、その源流は安政4年(1857年)に江戸幕府が新設した蕃書調所(直轄の同上機関)である。


この時、東京開成学校(法理文三学部)の「綜理」(医学部綜理は池田謙斎)であった加藤弘之が初代東京大学「総理」(後の総長に当たる)となっており、そのため加藤が事実上の初代東大総長(学長)とされている(加藤弘之の画像はウイキ)。

ここで想起すべきは(関連後述)、帝国大学令・公布が「明治十四年(1881)の政変」の後に大日本帝国の骨格として成立したプロイセン・モデル官僚体制(幕末〜維新初期における“主権”闘争の“勝者側”公式論理)の定着と共に、事実上、戦前日本の「ダミー市民宗教」である「顕密二元論システム」の着想がほぼ同期して出現したという歴史的「事実」である。

具体的に言えば、その“勝者側”の公式論理(特異イデオロギー皇国史観に因る)とは「“勝者側”が設計したシステム護持は“善”、それを根底から厳しく批判し転覆を図るものは“悪”と決めつけるイデオロギーの体系化」である。因みに、一般に思想とイデオロギーは同義として殆ど問題はないが、厳密に言えば勝者側(or敵対する双方)の支配的「思想」はそれが敗者(敵対者)側に教条的に強制されがちとなるので、その意味で思想とイデオロギーを使い分ける立場がある。従って、終戦時まで日本を一色に染め尽くした「顕密二元論システム」(密教的な“天皇の政治利用”)はイデオロギーと呼ぶのが適切である(この点も、クワイン(米)のネオ・プラグマティズムと共鳴し、興味深いが『エピローグ』で後述)。

そして、初代東京大学「総理」加藤弘之は、そのような「顕密二元論システム」イデオロギーの奔流の中でも特に「自然科学系学術用語・用法」に関わる公式の厳密な定義で<勝者に対する敗者の不可侵性>を、言い換えれば<天皇に対する臣民の不可侵性>を規定することに貢献した。そもそも加藤は旧出石藩(いずしはん/但馬国の藩、現在の兵庫県豊岡市)の兵学指南の家柄で徳川政権に忠実に使えていたが、同時に佐久間象山に洋学(蘭学・自然科学・啓蒙思想など)を学んだ知識人でもある。

維新後、その才能を見込まれ明治政府の官僚となった(一回目の転向!)加藤は、著書『人権新説』で、それまで肯定していた<天賦人権論>を全面否定(180°転換/二回目の転向!)し、外来のダーウイニズム進化論、又は優生論(但し人種改良の必要性は認めたが白人優生には反論)を口実とする<優勝劣敗に因る権利発生論/勝者側が敗者へ賦与するのが国家主権だとする不可解なイデオロギー>を発表し、「顕密二元論システム」を推進するため「ルソー社会契約論の思想」そのものを帝国大学アカデミズムの名の下に葬った。

(“観念論”創始者の名の下に牽強付会なダミー市民宗教たる「顕密二元論」を自然科学も視野(現象即実在論)に入れつつ遍く国内に定着させる役割を担った東大教授・井上哲次郎



初代東大総長・加藤弘之と同じく、帝国大学アカデミズムの名の下に明治政府の「顕密二元論システム」を国中に普及し、それを定着させるための露払い役を担ったのが東大教授・井上哲次郎である。つまり、井上は体制側イデオローグとして明治政府の道徳主義(顕密二元論システムの論理)の思想界での役割実行を率先した人物である(画像はウイキ)。

一方、井上は、欧米哲学の多くを日本に紹介し、帝国大学において日本人として初めて哲学の教授となり、かつ新体詩運動の先駆者としても貢献しており、哲学用語「形而上」(メタフィジカル/Metaphysical)の初訳者としても名高い。従って、その欧米哲学に関わる啓蒙家としての側面は高く評価すべきであるが、国体的宗教論と国体護持の政治潮流に飲み込まれたというか、自ら率先してそれを鼓舞する方向へ傾斜したと見るべき人物である(参照↓▲関連資料)。
井上哲次郎における宗教と国民道徳/哲学的宗教・倫理・国体http://repository-old.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/58444/1/B17871_summary.pdf

加藤弘之が「自然科学系学術用語・用法」に関わる厳密な公式の定義で<勝者に対する敗者の不可侵性>を、つまり<天皇に対する臣民の不可侵性>を規定することに貢献した(いわば“密教”に関わる国民の具体的活動である産業興隆の側面の強化を分担した)のに対し、井上哲次郎は「道徳用語」の分野で、その役目を果たした。いわば“顕教”に関わる国民の文化的な側面の強化を分担したと言える。  

(同じく牽強付会な論理の下で、現代の安倍政権にまで繋がる“富国強兵”目的の錬金術”、国策「科学技術」を定義した九州帝国大学初代総長・山川健次郎


結論を先に言ってしまうなら、今の日本でも、自然科学アカデミズム(特に科学技術)が、例えば安倍政権の如き「偽装極右」権力の<“愛国”を騙る富国強兵政策なる国策「錬金術」への迎合・忖度の要求>という異常なポリシーに対し殆ど頭が上がらないのは山川健次郎の伝統下にあるからとさえ言える(画像はウイキ)。

山川健次郎は明治から昭和初期にかけての物理学者、教育者であり、会津藩時代は白虎隊の兵士として明治政府と「戊辰戦争」を戦った経験がある。が、戦後は維新政府に才能を認められ国費で米国留学をしており、そのあと東京帝国大学に登用され(日露戦争の時には既に東大総長)、更にその後は九州帝国大学の初代総長に就いている。

この山川については、<「戊辰戦争」に敗れ敗者となった壮年期以降には、会津藩に対する当初の忠誠心が勝者たる国家(維新政府)への「愛国心」へ一気に転じ、日露戦争の時には既に東大総長であったにも関わらず、陸軍に対して「一兵卒として従軍させろ!」と山川自身が押し掛けたという>異様なエピソードも残っている。

それは、“生涯にわたり自分は考え方を首尾一貫させた”(山川浩(健次郎の兄)の著書『京都守護職始末』の中で健次郎・本人が語っているとされている)と固く信じ切っていた健次郎自身の論理には<敗者の復権と引き換えに勝者への強い依存を深めざるを得なくなるというパラドクス>が宿っていたからだと考えられる(出典:中野良平『幕末的思考』)。要は、山川も加藤弘之に負けず劣らずの“ジコチュー型の変節の人”であり、現代風に言えばサード・オピニョンの視座が眼中に一切なかったことになる。

かくして、山川健次郎は総力戦としての第一次世界大戦が始まると、挙国一致の国防体制(特に国策科学技術の必要性)を熱心に説き、大正期のリベラル・民主文化はダミー市民宗教「顕密二元論」にとって危険と見なし、大正末期以降は「国本社」(極右団体/会長=検事総長大審院院長の平沼騏一郎)の副会長として「教育勅語」を讃え、「忠死」や女たちの「殉節」(節操のため率先して死を選ぶこと)も語るようになっていた。これこそがストレートに日本会議安倍晋三・首相の“異次元的で面妖な穴クロ価値観”に繋がっているのではないか?と思われる。余談だが、このような意味でも「長州派Vs会津派なるネトウヨ・レベルの内ゲバ闘争」が観察されるのは奇怪かつ笑止である。

(エピローグ)“日本型構造災”克服のため、特に国民が覚醒すべき<ホッブズを超えた「敗者の論理」(エトノス観に因る限定合理主義)>の意義

・・・現下の<アベ問題=戦前型“偽装極右/追憶のカルト”の再来>に潜むもの、それは兆民、諭吉、透谷、漱石らが発見した、<勝者の論理に潜在する「耐性の欠如」が助長する「構造災の膨張」>という恐るべき超リスク・・・


讒謗律1、2
西郷隆盛征韓論」の真意の解釈に関わる議論の決着はついていないので、それはともかく置くこととすれば(関連参照⇒ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180107 )、「明治六年(1873)政変」 のあと、維新政府が讒謗律と新聞紙条令で新聞の口封じと国民の目隠しを謀った歴史があることを先ず想起すべきだ。

これは、勝者たる維新政府の主流派が、西郷の「征韓論」を力づくで抑え込んだため政府首脳である参議らの半数と軍人、官僚約600人が職を辞した、後の「西南戦争」(明治10年(1877))の原因となった事件であり、同戦争で敗れた西郷らは政争の敗者であることが確定したが、問題は、それに止まらない。それは、この事件こそ<政府内の政策論争の勝者が寛容な「思想」ではなく、「特定イデオロギー」で政敵と国民一般を軍事・官憲力を使ってでも強権的に折伏し制圧するという戦前日本政治の悪しき伝統>の嚆矢となる事件であったからだ。しかも、何を血迷ったのか?安倍政権は、目下のところこの“戦前日本の悪しき伝統”の取り戻しに必至である。

そして、そのような強権政治の第二弾が「1881年明治14年)の政変」であり、それによって吉田松陰らによる血みどろの努力の中から奇跡的に自生していた<「白日」(普遍)の発見という歴史事実>が巧妙に隠蔽され、代わりの「ダミー市民宗教(顕密二元論)」を掲げることで、恰も当時の日本で理想の先進的な民主主義制度が実現するが如く偽装した歴史があったことは、既に書いたとおりであ。

他方、この「政敵と国民一般を軍事・官憲力を使ってでも強権的に制圧するという戦前の日本政府の政治手法」に対し、政治哲学、政治思想、芸術・文学活動などの各分野で熱心な批判活動に傾注したのが、中江兆民明六社での人権思想普及活動、政権中枢の井上 毅らとの交流努力)、福沢諭吉(“瘦せ我慢の説”で人権論を展開)、北村透谷(政治権力者による優勝劣敗(格差必然論)を一種の御都合主義!と見抜いた)、夏目漱石(維新政府が主導する文化政策の軽薄さを作品で厳しく批判!)らである。

ところで、彼らに共通するのは、主権者・一般国民に必須の「感情の政治学」の発見ということだ。言い換えるならば、それは“思想とイデオロギー(勝者側の圧倒的で激烈な一人ヨガリ感情の敗者への強制、つまり被支配者側に対する一方的、又は独裁的なそれの押し付け)は異なる!”という「厳然たる目前の現実(リアリズム)」についての<一般国民レベルの共有感情に基づく気付き>である。

ヒトラーにせよ、スターリンにせよ、安倍晋三にせよ・・・<余りにも理不尽でホッブス的な暴力闘争の渦の中での勝者の一人ヨガリ感情に囚われた異常論理>に共通するのは<「耐性の欠如」と、「格差(優生学的な優勝劣敗)を当然視」する非科学的な意味での致命的欠陥が潜んでおり、戦前の日本では、それが<ダミー市民宗教たる「顕密二元論システム」(密教的な“天皇の政治利用”)>という圧倒的な一強支配イデオロギーの形となり日本全体を支配し、日本国民を無謀な侵略戦争へと煽り立てた。

そのような意味でのアナクロ感情による支配体制を取り戻そうとする安倍晋三日本会議らの暴政へ対抗し得るのは一般国民の覚めた私的感情(維新政府が隠蔽を謀った水平的な共有感情に因る主権者意識)と、<江戸プロトモダニティー等の伝統文化に関わる再評価に基づく正統保守の価値観こそが欧米リベラル共和主義と共鳴するという確固たる自律思想(イデオロギーに非ず!)の発見!>ということである。

Cf. 真っ赤な嘘と傲岸不遜の塊が安倍の正体!その恐るべき資質上の欠陥<耐性の欠如>こそ前代未聞の国難https://www.evernote.com/shard/s440/sh/097b3564-35cd-4813-b2b7-9026e3c9ab17/66843b8e7c83f6a6b0fcf9d5b8bb5d9a  

・・・歴史経験と文化の積み重ねだけから学び得る寛容(トレランス/宿命的な魔性の封印・制御)については、リベラル共和を成熟させてきたオランダ・ベルギー(旧フランドル)の歴史に学ぶべきだということの再発見が重要だがhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20080127、実は、アメリカにもその大きな可能性が潜む。それがコンシリエンスとエトノス観に基づく一種の限定合理性(ネオ・プラグマティズム)への気づきということ!・・・

イデオロギーの押し付け合いを巡る「戊辰戦争」的な意味での抗争(これまで述べてきたとおり、明治維新政府は“戊辰戦争が実は国家主権(ここでは単純に勝者を意味するものではなく、リベラル共和、天賦人権論的な意味での主権者の意味!)を巡る激烈な抗争であった”)の歴史は、<ダミー市民宗教「顕密二元論システム」(密教的な“天皇の政治利用”)>を創造した日本史だけの専売特許と見るのは誤りである。

それは、例えば19世紀半ば(ほぼ日本の幕末期ピークの頃に重なる/1853ペリー来航、1858日米修好通商条約、1858−59安政の大獄)のアメリカでも、事実上、当時のアメリカの勝者の立場(北部が名実共に勝者となるのは、米国史で最大の62万人の戦死者を出した南北戦争の後だが)であった「北部」の内部にも“近未来の合州国の主導権を巡る抗争が、いわば「主に経済的な理由で南部・奴隷制を支持する一派」と「それに対峙する反対(連邦主流)派」による激烈な分断の結果としてのイデオロギー抗争があったからだ。

因みに、南北戦争から約70年後に世界経済恐慌が起こり、それから約80年後にリーマンショックが起きている。更にその10年後、南北戦争から約150年後に当たる今のアメリカではトランプ大統領の下で、恰も南北戦争のデジャヴの如き一般国民の間での「分断」が起きており、その背景は全く異質ながら、幕末の終焉(明治維新)から150後の日本でも<アベ一強なる「ダミー市民宗教/異常イデオロギー顕密二元論」の取り戻しを謀るアナクロ権力>を巡り、一般国民が深刻な「分断」の脅威に晒されている。


「幕末的思考」(みすず書房)の著者・野口良平氏が中心となり翻訳したルイ・メナンド著、野口良平那須耕介・石井素子訳「メタフィジカル・クラブ」(2011刊、2001原書/みすず書房)という注目すべき本がある。これはルイ・メナンド(英米文芸・言語学、ハーヴァード大教授)の初邦訳であり、『思想は決してイデオロギーに転嫁してはならない』という重要な殆ど経験的な信念の提示である。つまり、それは「南北戦争」への反省(クラブメンバーが身近に見聞した“過酷な戦争のリアルに対しては如何なるイデオロギーも無力で無意味化する”ことへの気付き/米国民としての二次的な“普遍”の気付き)に立脚し、若き哲学者たちが興したプラグマティズムの思想が、いかにして米国精神の礎石を築きあげたのかの緻密な論証と描写となっている。この本は米国研究の要であり、ピューリツァー(歴史部門)賞を受賞している。

監訳者の野口良平氏によれば、これは「広い意味での形而上学メタフィジカル)への批判」(このクラブの名は形而上学を客観視する目的で付けられている)―既存のイデオロギーやアカデミズムのあり方の検証−への志向であり、それは言い換えれば「人間同士の感受性や価値観の違いと、お互いの自由への顧慮」を最重視すべきであり、“これは一般的に常識化しているプラグマティズムの理解とは異なり、それは目先の実用主義や産業・市場原理主義とも異なる一種の『エトノス環境』観(関連参照⇒ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20171109 )に基づく限定合理主義の立場ということ”である(“・・・”の部分は野口氏の直接的な言及ではなく、toxandoriaが解釈的に補足したものである)。

<補足>無教会主義の先導者であるエマソン(19世紀米国の哲学者、作家、詩人)がプラグマティズムに影響を与えたとされるが、無神論とも見なされることがあるエマソンの超越主義(真理は直接自然から体得できるので神は真理を明らかにする必要はないとする)はアニムズム、or現代風に言えばエトノス観のジャンルにも見える。


ルイ・メナンド「メタフィジカル・クラブ」が指摘する内容との絡みで、いま最も注目しているのはW.V.O.クワイン(1908−2000/米国の哲学者・論理学者で、20世紀の哲学者の中で最も影響力のある人物の一人)のネオ・プラグマティズムであるが、残念ながらスペースの限界で、その委細は又の機会とする。代わりにクワイン哲学のエッセンスと見るべき内容を以下★に記す(クワインの画像はhttp://www.kyotoprize.org/laureates/willard_van_orman_quine/ より)。

クワイン哲学の最も肝心な部分を記述した“くだり”があるので、中山康雄著『科学哲学』(人文書院、p88)から下に引用・転載する。委細は省くが、この非常に謙虚で、かつ融通無碍(“オバートンの窓” http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20171109的な意味で)なクワイン哲学(そのネオ・プラグマティズム)の核心は、「ルソー市民宗教の欠点」(関連⇒(1−2))を補う可能性があるのではないか?とさえ思われる。・・・《この全体論のイメージを提示する際に、クワインは次のようなメタファーを用いている。すなわち、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る私たちの知識や信念の総体は「周縁部(フリンジ/fringe)でのみ経験と接する人工の構築物」ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされるのである。この描像の下では、理論(あるいは“思想”としてのイデオロギー)と合致しない観察結果が得られたときに生ずるのは、なんらかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分なのであり、そこには多くの選択の余地があることになる。(言い換えれば、本物の“思想”は無限の可能性が絶えず拓ける状態にあることになる!←補、toxandoria)》


<補足1>W.V.O.クワインの「要素還元主義」批判に基づくネオ・プラグマティズム
・・・自然における階層性を認めたとすれば、上位階層で成立する基本法則とそこに用いられる基本概念は、必ずそれより一つ下位の階層において成立する基本法則および基本概念に翻訳あるいは書換えが可能であると考える立場(デジタル階層性と異なる点に注意!/出典:http://urx.nu/7qAh )。
・・・そこで、まずクワインは「具体的経験とアプリオリ命題」で現実を完璧に分析できるとする手法の限界を指摘する。次に、数学と論理学の厳密な体系の上で真実の姿をただ一通りに捉えることはどんな認識・言語をもってしても不可能であることを証明し、非常に人間的で謙虚な科学哲学を構築した。


・・・因みに、論理偏重ではなく、現実(因果)を重視する科学哲学、つまりこのクワインのネオ・プラグマティズムの観点からすれば、日本原子村の傲慢(https://twitter.com/shinkaikaba/status/968198238959382528)のみならず、オランダ(欧州)モデルと真逆の裁量労働制・拡大や高度プロフェッショナル制・導入(いずれもヒト労働力の余りにも単純な道具視であり真のプラグマティズムとは無関係!)、又はシンギュラリティ万歳!(最強の科学技術基盤出現と、到来する前特異点内閣府経済財政諮問会議:齊藤元章@PEZY Computing/(株)et.al., http://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/2030tf/281003/shiryou5.pdf )、果ては日本核武装論までひけらかしネトウヨらを煽り立てる安倍晋三首相のトンデモ日本国家主義を信奉する輩の独善的イデオロギーは、とても近代国家の知性主義的態度とはいえず、非科学的・非民主主義的・反知性主義的なカルト、魔術・妖術、高々で幻影・手品師マジックの類以外の何物でもない!)

<参考>トランプ現象で分断化!に見える米国だが、過半超の人々は「メタフィジカル・クラブ」(定説ではなく、ルイ・メナンドが指摘する真のプラグマティズム精神(一種の限定合理主義)に覚醒している!?

◆目玉を自負する税制改革(法人税減税)も不支持が多く、トランプ支持で比較的“高い”と言えるのはテロ対応と僥倖の好況「経済」だけ!「北・財政・移民」ら関連の政策はメタメタ!; Trump Rated Best on Terrorism, the Economy; Better on Taxes Gallup 
http://news.gallup.com/poll/228149/trump-rated-best-terrorism-economy-better-taxes.aspx
◆【トランプ“教師の銃武装による反撃”法整備論(一種のアベに似た狂信観念への遁走)がプラグマティカルに徹底批判されるのは必定!】一方で、近年における銃保有世帯の割合は著しく低下している! ⇒ 米、やまぬ乱射と銃自殺/保有数の削減、一歩ずつ223日経/FT  
https://twitter.com/shinkaikaba/status/967114379236802561 
◆【過半超の米国人は自動運転車に懐疑的!】More than half Americans Hit the Brakes on
Self-Driving Cars/10 million self-driving vehicles will be on the road worldwide by 2020,
http://news.gallup.com/poll/228032/americans-hit-brakes-self-driving-cars.aspx 
◆【ネット上の個人情報保護の新トレンドから取り残される日本!】早くもEUでは、20180525にGDPR(The General Data Protection Regulation)が施行されるが、同様の動きはEUや中国だけでなく米国を始め世界中に広がりつつある。https://www.ipa.go.jp/files/000064473.pdf https://twitter.com/shigejam/status/965026468467126272



<補足2>【動画】世界トレンドと真逆の「身の程を忘れつつ“デジタル専制”&“出口を見失ったジャブジャブ金融拡大”(AIシンギュラリティ金融工学ほか)へ溺れる儘の安倍政権下で日本が世界で孤立する懸念を論評した注目すべきTV番組!/20180302BS11オンデマンド/寺島実郎《未来先見塾》―日米株価乱高下の理由―ゲスト:白井さゆり(慶應義塾大学総合政策学部教授)http://vod.bs11.jp/video/insideout-miraisenkenjyuku/20180302/ 

(Appendix)

当記事のなかで、文脈に応じ折りにふれ参照してきた『幕末的思考』、『メタフィジカル・クラブ』の二冊は、一読しただけではとても汲めども尽きぬほどの非常に豊饒な視野を与えてくれる優れた本である。ので、参考までとして下に“みすず書房”の案内文を転載の形で紹介しておく。

なお、共に“みすず書房”刊であり、前者は野口良平氏の著書、後者はルイ・メナンド著の原書を野口良平那須耕介・石井素子の三氏が共訳したものである(監訳:野口良平氏)。


・・・


幕末から明治への列島の歩みは、暗から明への昇華ではない。それは、列強による開国への圧力を前に、尊皇攘夷から尊皇開国への転向とその隠蔽、新政府の正統性の急造を伴いながら、慌しい近代国家建設を余儀なくされる過程であった。しかしそこでは、植民地化への危機感と理不尽への抵抗を糧に、普遍的価値のうえに新社会を構想する思考が、徒手空拳で模索されてもいた。中国や西欧からの輸入ではない、この国に地生えの思考が育まれる契機は、しかし、生みの親でもある対外的「危機感」に圧迫され、皇国主義イデオロギーの席巻という試練のなかで影を潜めていった。帰結の一つは、現在も続く第二極の不在である。

本書は、「明治維新」という事後的な枠を通しては見えてこないその思考――幕末的思考――の系譜を、吉田松陰中岡慎太郎坂本龍馬福沢諭吉中江兆民、北村透谷、夏目漱石、朝河貫一、中里介山らに辿り、その画期性を歴史の行間にあぶりだした精神史的試論である。松陰の「やむにやまれぬ大和魂」の射程、中岡と坂本の連携を支えた地べたの普遍感覚、私情こそ公的なものの源泉であると見た福沢や、後発近代社会こそが民権論を実践できるという兆民の価値転倒の試み、『こゝろ』で「先生」の殉死に託した漱石の抵抗、介山『大菩薩峠』が描く明治がこない世界――。

彼らの未成の思考を紡ぎ直すこと。その今日的意味の切実さを、幕末の人びとの経験は我々に教えている。

・・・


南北戦争は連邦存続と奴隷解放のために戦われたと理解されがちだが、実際はイデオロギー対立の殺し合いによる解消という側面が強い。62万の戦死者を出して維持された連邦、民主主義とは、一体何だったのか。・・・以下省略/コメント欄へ続く・・・