toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

科学と倫理の距離は近い!/大格差、人間の壁がDX肥大症化!「リーン高度生産性Vs伝統労働力」はAI構造災に非ず重力・変分原理ら科学「知」に関わる根本的な誤謬 or 作為(Pseudo)の人災!(2/2)

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科学と倫理の距離は近い!/大格差、人間の壁がDX肥大症化!「リーン高度生産性Vs伝統労働力」はAI構造災に非ず重力・変分原理ら科学「知」に関わる根本的な誤謬 or 作為(Pseudo)の人災!(2/2)

 5 「不均衡進化論」と「不均衡動学(社会的共通資本)」が共有する『変異の閾値』の問題

古沢 満『不均衡進化』における『変異の閾値』の問題)

・・・それはゼロサム「赤の女王」に抗いつつDNAがほつれて生ずる「二本の鎖」から派生する問題である。・・・

不均衡進化_R

<注>ゼロサム「赤の女王」・・・「赤の女王」は、ホッブスのリヴァイアサンを「自然、政治、経済、社会、文化」の全般にわたり作用する不可避の共通原理と見なす考え方である(『自由の命運 上、下: 国家、社会、そして狭い回廊』(早川書房)の著者、ダロン・アセモグルと ジェイムズ ・A. ロビンソンによる)。それを放置すればゼロサム化するのが必然なので、これに薄皮一枚で必死に抗いつつ生き続ける全生命の一環たるヒトの社会でも、必然的に永続的な薄皮一枚の「この意味での努力」への傾注と持続が厳しく求められる。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2020/06/04/155449

・・・ 分子生物・進化学者である古澤 満氏(発生学の進展に大きな貢献をしている研究者/元・第一製薬、(現第一三共)・分子生物研究室長)の『不均衡進化論』-筑摩選書-)によれば、『元本保証の多様性創出の法則』が生物界の底に流れていると推測(仮説)されるが、DNAから社会に至るまで、生命現象のあらゆる場面では“保守”と“革新”の間の葛藤≪ゼロサムの赤の女王との闘い≫(非常に雑駁な比喩で言えば、恰も≪パウリの排他原理/↓★から派生する“半導体のフェルミレベル(電子の化学ポテンシャル)をめぐる絶縁体(価電子バンド帯)と導体(金属/伝導バンド帯)の抗争”の如き)が起こっていると考えられる。

パウリの排他原理・・・1つの原子内では、2個以上の電子が量子数で表されるエネルギーやスピンなどが同じ状態を同時にとることはないという原理のこと。https://www.syero-chem.com/entry/2019/06/14/%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%81%AE%E6%8E%92%E4%BB%96%E5%8E%9F%E7%90%86%E3%81%A8%E3%81%AF

不均衡進化論における『変異の閾値』の役割

【参考動画】DNA replication - 3D

一般に生物が進化する途上での変異の大部分は、DNA複製の過程で生じる。そして、一本のヒストン(DNA を核内に収納する役割の塩基性蛋白質)に巻きついた二本のDNAがほつれて複製されるとき、「二本の鎖」のうち一方は連続して複製される「連続鎖」となるが、もう一方は複製酵素の特異性で連続鎖と同じ方向へ鎖を伸ばすことが不可能なので、敢えて断片状に複製されたもの(岡崎フラグメント)が結合され一本になり複製が完成するが、このもう一方が「不連続鎖」と呼ばれる

そして、岡崎フラグメント(DNA複製の時によって形成される比較的短いDNA断片、https://www.igakuken.or.jp/genome/wp-content/uploads/2019/10/1c056e160f965ab7556635958583f615.pdfがある「不連続鎖」では、遺伝子と形態の関係が不明確であるので分子レベルでは中立説(木村資生:中立進化説/機能を持たない偽遺伝子の役割り=サバイバル・オブ・ザ・ラッキイスト(Survival of the Lucchiest/平等主義)https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2005/post_000003.php)、形態レベルでは総合説として棲み分けが行われるが、形態に影響する総合説(多様なDNA修飾レベルの諸影響が視野に入るhttp://www2.biglobe.ne.jp/~oni_page/Evolution/s0070.htmの作用と細胞へ影響を与える多様な外部環境(ミクロ or エトノス、別に言えばエピジェネティクスまたはオミクス)との共鳴・協調・競合が窺われるhttp://goo.gl/tQGcAY)。

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このうち「連続鎖」は変異の発生が極めて小さく、つまり保守的である(進化心理学上での伝達される文化を連想させる!/Cf.↑画像:文化がヒトを進化させた:人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉ジョセフ・ヘンリック 著 今西康子 訳-白揚社-)http://www.hakuyo-sha.co.jp/creature/secret-of-our-success/

一方、「不連続鎖」は「連続鎖」合成に比べてDNA複製プロセスがかなり複雑になるため作用する酵素の種類数も多くなり、それだけ変異の発生可能性が大きく、つまり革新的・学習的であるということになる進化心理学上での誘発される文化、を連想させる!Cf.↑画像:ditto)。

また、「連続鎖」での変異の発生が比較的大きいときでも(とはいえ、それは相対的に小さいものである場合には)、総体的に諸環境の大きな激変がない限り、やはり変異発生の比較的小さい「連続鎖」側により現状がほぼ維持(保守)・継承される

他方、もし可なり大きな環境変動が発生した場合には、変異発生が大きくなり易い「不連続鎖」側で変動に合わせる形で<変異の閾値>を作用させて問題の解決を図る(本源部分も保守しつつ変異に併せ全体の割り当て値の再配分等を伴いつつ進化プロセスを次世代へ繋ぐ)ということになる

つまり、「変異の閾値」とは遺伝情報に関わる一定数値の範囲のこと(その割り当て値と配分量などには限界があるということ!)で、変異がこの「変異の閾値」を超すと遺伝情報は融解し<カオスの縁(orカオスの海)>に沈む

恐ろしいことだが、これはアダムスミス(そもそも、それは誤解されたアダムスミスと言うべきだが!)、あるいはネオリベラリズム(新自由主義)に因る、新自由原理主義への十把一絡げの愚かな丸投げ行為の如き自然選択、つまり神(or赤の女王)の手に委ねられることとなる。言い換えれば、この状況はブラックエレフアント(主に自然災害等の予知不能な超リスク)の発生による、一種のシャッフルに委ねられるため制御不能で大きなダメージを受けるか、我われ生命個体の死を意味することも連想させられる!

しかし、古澤満氏は、そう簡単に遺伝情報が<カオスの縁(orカオスの海)>に沈む訳ではなく、自然選択(神の手)の役割とともに、木村資生氏の「中立的な意味での自由原理」(中立進化説/Cf.↓◆)、あるいは「不連続鎖」側での<変異の閾値>の粘り強い作用の可能性が特に重要だと見る。そして、古澤満氏は、この「不連続鎖」側での<変異の閾値>の粘り強い作用を『不均衡進化(Disparity Evolution) 』仮説(細胞エトノス環境内でのネオ・ラマルキズム?/Cf.↓注)と名付けた。

◆宮田 隆の進化の話:パラダイムシフト:分子進化の中立説、https://www.brh.co.jp/research/formerlab/miyata/2005/post_000003.php

<注>ラマルキズム( Lamarckism)とは?

・・・J.ラマルク(ブルボン朝~王政復古期のフランスで活躍した博物学者)の考えを修正した進化学説。ダーウィンの進化学説が提出されたのちもラマルク思想が復活した。その説の中で「獲得形質の遺伝を主張する立場」が代表的であるが、より根本的には「生物にみられる前進的発達の生命力(一種の潜性イノヴェーション的な、又はエトノス・オミクス環境論的な、あるいは選言論(説)的な生命論理のジャンル?)を進化の推進力と考えようとする思想」を意味する。(https://kotobank.jp/word/%E3%83%8D%E3%82%AA%E3%83%A9%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%82%BA%E3%83%A0-111150

<補足>【不均衡進化理論とカオスの縁 - 京都大学学術情報リポジトリ:古沢 満・・・変異率が上がると"カオスの縁 "に至り、生物は最大限適応進化する。 「変異の閾値」を越すと情報は "融解 "し、死に至る。生物は非常に際どい存在だと言 うことになる。一方、図 3(b)(↓)に示す不均衡変異の世界では、変異の閥値が大きく上昇するので、高い変異率においても、生物は遺伝情報を失うことなく高速に進化できる。過激な表現をすれば、平衡状態において、熱湯の中に浮かぶ氷が消えたり現れたりしているのである。生物は自ら変異率を調節 して、秩序とカオスの世界を自由に移動できるしたたかな存在であると言える。生物はカオスを乗り越えて進化するのであるhttps://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/97847/1/KJ00004705863.pdf

不均衡変異の世界_R

・・・ このDNA次元での『不均衡進化(Disparity Evolution) 』仮説を正確に理解するには、古澤満氏が種の進化過程における遺伝情報の流れ方について想定した二つのモデル、「均衡変異モデル(従来型ダ―ウイニズムのセントラルドグマ/近年までの分子遺伝学では、専ら遺伝における情報の流れはDNAを翻訳して形質が発現する一方通行であるとされていたことを指す)」と「不均衡変異モデル(Disparity Evolutionの根幹)」の違いを知る必要がある(Cf.↑補足“全文読”+画像)。

ところで、繰り返すが古澤満氏は『不均衡進化(Disparity Evolution) 』のことを「元本保証された多様性の創出」とも称していることに注目すべきだろう。これを平たく表現すれば、「保守すべき価値(価値観)および人間としての最低限の権利、歴史・文化、自然・生態・生命環境、モノ、情報などは確実に守りつつ、大きな環境変化にも耐え得る革新性を何時でも発動できるように、常時、アジャイルな姿勢でスタンバイすべきであり、又そのようなスタンバイを可能ならしめる知恵と制度をメンバー間で共有し、かつ子供・若者・子孫等へ確実にそれを継承するためのリアル経済制度(エネルギー通貨をモデルにする)と教育こそが肝要」だということになる。

<補足>"カオスの縁 (edge of chaos)"についてのトリビア

・・・そもそも"カオスの縁 "という用語は、クリストファー・ラングトンが発見し、ノーマン・パッカードが名付けた「セルオートマトン」( cellular automaton/ 格子状のセルと単純な規則による、離散的計算モデル)において「振る舞いが秩序からカオスへ移るようなシステムで秩序とカオスの境界に位置する領域のことを指す

・・・この問題は、複雑系や人工生命、生命の進化などの研究分野で注目されてきた。また、理論生物学においてはスチュアート・カウフマンによる、生命の発生と進化には自然淘汰の他に自己組織化が必要であり、進化の結果、生命は「カオスの縁」で自生するという仮説が知られている。https://www.weblio.jp/content/%E3%82%AB%E3%82%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%B8%81

・・・ただし、「セルオートマトン」と「微小構造モデリングでの生命創生」の間には、「リアル3次元空間での生命活動/≒ in vivo」←→「位相抽象空間での自生的な振る舞い/≒ in vitro】」の絶対的な断絶(リアリズムの意味での)があるのではなかろうか?

宇沢弘文『不均衡動学』のベースとなる社会的共通資本の概要)

宇沢弘文は、次のように説明している。まず概念的には、以下の三つ(イー1、イー2、ロ纏めることができるが、数学と言語は、「(ロ) 制度資本 : 教育、医療、金融、司法、文化」のカテゴリーに入る。

ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的装置.

社会全体にとっての共通の財産であり、それぞれの社会的共通資本にかかわる職業的専門化集団により、専門的知見と職業的倫理観にもとづき管理、運営される.

一人一人の人間的尊厳を守り、魂の自立を保ち、市民的自由を最大限に確保できるような社会を志向し、真の意味におけるリベラリズムの理念を具現化する.

具体的には、以下のように類型化できる。

(イー1)自然環境 : 山、森林、川、湖沼、湿地帯、海洋、水、土壌、大気

(イー2)社会的インフラストラクチャー : 道路、橋、鉄道、上・下水道、電力・ガス

(ロ) 制度資本 : 教育、医療、金融、司法、文化(倫理・科学等)

・ この分類は必ずしも網羅的ではなく排他的でもないあくまで社会的共通資本の意味を明確にするための類型化である

・ それぞれの社会的共通資本にかかわる職業的専門化集団により、専門的知見と職業的倫理観(フィデューシャリー(fiduciary))にもとづき管理、運営される。

・・・更なる<宇沢弘文の『不均衡動学』>については下記◆を参照乞う・・・

◆日常を凝視するスウェーデンモデルへの宇沢弘文の貢献とFiduciary(リアリズム倫理)に無知なスガ「Kook権力」の玩具と化し不幸のどん底に嵌る日本国民!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2021/02/02/022035

宇沢弘文『不均衡動学』の意義)

ところで、我々はあの古澤満『不均衡進化』論、つまり「元本保証された多様性の創出」が、まさに宇沢弘文『不均衡動学』が意味することにほぼ重なるということに気付くべきであろう

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それは、DNA周辺の「細胞」環境を含む全ての体内環境を体内エトノス、あるいはオミクス環境と見立てることも可能な訳なので、そのような観点から見れば、いずれ人間の内外エトノス環境を統一的・統合的に説明し得る「ネクスト・ステージの伝統文化の進化、あるいはネオ資本主義論」などの新たな展望が、AI研究、宇宙物理、自然哲学ら諸科学の進化・深化と相俟って実現することになるのは必然だと思われるからだ(否、必ずやそうならねばならない!)

ところで、「独立行政法人日本貿易振興機構・アジア経済研究所」レポート(↓★)によると、経済活動の地理的分布を分析するための理論として1990年代以降において、空間経済学(spatial economics/新経済地理学とも呼ばれる)が急速に発展し、経済学の新たなフロンティアとして注目を集めている

そして、「この空間経済学は、従来の経済学の中で必ずしも上手く扱われてこなかった経済活動の地理的な側面に注目した経済学の新しい分野であり、そこでは経済活動が特定地域に集まろうとする「集積力」と周辺地域に分散しようとする「分散力」の相互作用で経済活動の地理的分布が決定されると考える訳だが、代表的な空間経済学のモデルは、スタンダードなミクロ経済学に「輸送費」「規模の経済」「多様性選好」の3つの要素を取り込んだもの」と、定義されている。

そこで、この空間経済学という考え方が発生するまでの経済史の流れ(特に、アダムスミス、シュンペーター、ロイ・ハロッド、ジョーン・ロビンソンそして宇沢弘文の不均衡動学へと至る、日々に作動する国民の日常を適格に視野に入れたを遡って見れば、敢えてそのように再定義せずとも、そもそも従来の「スタンダード経済学」それ自体が「経済空間」なる仮説的空間であったとも考えられるだろう。

つまり、そのような視点で見ればシュンペーターの静学・動学経済学(イノヴェーション論の前提となる画期的な発想で、その思考の嚆矢はロイ・ハロッドに遡る)も、あるいはミルトン・フリードマン(重力理論援用の科学的?経済理論)ないしはハイエクの市場原理主義(カタラクシー/自生的秩序論)にしても、それらは何れも「経済空間」についての仮説を述べたものと理解できる

ところが、「主流経済学」の面舵と推進力を握るミルトン・フリードマンないしはハイエクの市場原理主義の両者は、何れもが極端な、そして“その過激さのあまり、殆ど暴力的とさえ”見える自由原理主義(新自由主義、i.e.リバタリアニズム)である

このため、[DX=IOTで益々ぶ厚くなるAI=Web機械システム型"人間の壁"!、いわば「AI高度リーン生産性Vs伝統労働価値」起因の大格差は只の"AI構造災"ならず、重力理論・変分原理ら科学知の根本の理解に関わる社会工学的な作為(Pseudo)の人災である!/←当記事の表題!】という、実に恐るべき体たらくとなっているのは既に述べてきたとおりである。

そして、最も広い意味では、その「経済空間」といえども、それは地球環境そのもの、換言すれば、それは紛れもなく「自然・生命・文化エトノス環境」の一部であると理解すべきであろう。また、宇沢弘文の『不均衡動学』はジョーン・ロビンソンの着想であった動学論を更に深化させ、より客観的に経済空間を観察し、数理論的に緻密に描写・説明した)ものである。

・・・更なる<ジョーン・ロビンソン(Joan Violet Robinson/1903 - 1983/英国の経済学者、ケインズサーカスのメンバー)>については下記◆を参照乞う・・・

◆(再録)日常を凝視するスウェーデンモデルへの宇沢弘文の貢献とFiduciary(リアリズム倫理)に無知なスガ「Kook権力」の玩具と化し不幸のどん底に嵌る日本国民!https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2021/02/02/022035

(『不均衡進化』と『不均衡動学』が共有する『変異の閾値』の調整とリアリズム倫理の問題)

・・・意外にも「科学とリアリズム倫理」の距離は近い! et 「科学がもたらす不均衡を調整するリアリズム倫理」の役割への期待!・・・

先験的な「ジョーン・ロビンソンの動学論」を更に深化させ、より客観的に「経済空間」を観察し、数理論的に緻密に描写・説明した宇沢弘文『不均衡動学』が研究対象とする領域は、既述の「(イー1)物価・賃金水準の不安定な上昇と失業との必然的な共存関係(これは市場および市場周辺の外部(厳密に言えば内外)環境であり広大な“オミクス自然・生命・文化環境と絶えず共鳴し、かつそれらと常に相互浸透する領域!)、およびイー2金融・政治・行政(特に公共選択(政府)がリアリズム倫理上の重い責任を負うべき分野)」と、

「(ロ)自然環境・公害・福祉・厚生・文化などに関わる諸現象(これらは殆どが個々人の“血肉&生命”の一部と化しているため、リアル日常において日々に消耗し、あるいは劣化(エントロピーが増大)し続ける“資源環境的な存在)、その意味で先ず最優先に調整の対象と見るべき『変異の閾値』の在処たる『社会的共通資本』」の、三つということになる。

なお、述べる順序が逆となったが、「市場および市場周辺の外部(厳密に言えば内外)環境であり広大な“オミクス自然・生命・文化環境”と絶えず共鳴し、かつそれらと常に相互浸透する領域」である『(イー1)物価・賃金水準に関わる分野も、(ロ)自然環境・公害・福祉・厚生などに関わる領域と共に、それは自然環境および生命環境との関わりが特に深いので、不均衡動学の『変異の閾値』の対象領域として、特に明確に理解すべきである

言い換えると、類推的(analogical)に見れば宇沢弘文『不均衡動学』の対象たる(イー1)は<古沢 満『不均衡進化論』の“多様性と付加価値が創出されるべき” 部分>に相当するものであり、同じく宇沢弘文『不均衡動学』の対象(ロ)は<古沢 満『不均衡進化論』の“元本保証されるべき”部分>に相当することが理解できることになる

つまり、特に(ロ)の社会的共通資本については、そもそも❝それは既にひとたび投資され❞たものが多いため、その殆どは企業・家計・個人らの内部で蓄積されているものであり、いわば個体(個性)の持続のため血肉化し希少化した(尊厳視されるべき個々人の人間性の一部と化したものと見るべき)資源である。言い換えれば、それはオミクス生命論の個体・個性部分に重なるものと考えられるので、基本的に保守すべき対象(元本)としての性質が強いものである

とはいえ、(ロ)といえども、それはリアル社会での経済活動の繋がりとしては(イ)の分野とも何らかの目に見えにくい部分で連鎖しており、特に計測不能な潜性イノヴェーション(自然計算の領域/Cf.↓★)とも深く共鳴しつつ通底している関係にあるので、殆ど気付かぬ形で相互に影響し合う可能性も十分にあり得ると考えられる

「自然計算」はアナログ暗黙知ワールド?/超デフォルトモード・フラッシュ?(付:暗黙知と形式知について/↓画像は、日本における自然計算の発見者?!たる、南方熊楠)https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2019/05/19/040514 ・・・以下は、その関連部分の転載・・・

・・・自然計算の全体像を論理的に説明するのはなかなか難しいが(又しばしば混同されるが、自然計算とAI(ディープラーニングのアルゴリズム)は全く異質と見るべきだろう/それは、前者が暗黙知で後者は形式知であるからだ!)、例えば南方熊櫛の「やりあて」(コレは『理由は説明できぬまま意図通りに偶然が重なって物事が上手く展開して行くということであり、セレンディピティの対語にあたるhttps://blog.goo.ne.jp/8338goo/e/a470382ceb3c9ba2558d350272a021f6)についても、おそらく、熊楠は無意識に自らの生命(精神と身体)の働きを一種の特殊な自然計算と見立てた上で、その「ハーネス(調教)的な使い方」を自らの研究活動の成果に結びつけていたものと考えられる。なお、熊楠はネイチャー誌に掲載された論文の数が約50報であり、今もって日本人最高記録保持者でもある!このような博物学者・南方熊楠の実践事例https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-09J01168/を始めとして、特に医学の世界では経験的(おそらく殆ど無意識)にそれを使ってきている。例えば、「最新のがん免疫療法」などが挙げられる(出典:自然計算/201505人工知能30巻3号https://www.ai-gakkai.or.jp/my-bookmark_vol30-no3/ )。また、↓画像の事例「人間の細胞、拒絶しないブタ 免疫の一部抑え成功、再生医療研究に活用 慶大:20190522朝日」も、自然計算の調教的な利用のアイディアに因るものだと思われる。https://twitter.com/shinkaikaba/status/1130972481890611205

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・・・因みに、同じ鈴木泰博氏は自然計算を詳細に論ずるのが難しいのは自然計算ではアルゴリズムを与える主体と計算を実行する主体が同じになってしまうこと(記述“人称”の混乱、というかソノ不可能性)に因ると説明する。それは仮に生命現象を含む“森羅万象”(“同”現人神を自負する安倍晋三氏のことではない!w)に関わる自然計算のアルゴリズムの全指定ができるプログラマーがもし存在するなら、彼は人間が神と同然化したものと言えるだろうからだ。

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・・・

だから、「あやかし(Pseudo妖怪)の如きトリクルダウン理論(やんごとなき殿上の人々らのネポティズム強欲のおこぼれで格差解消?w/https://buzzap.jp/news/20141110-tricle-down-economics/)を口実にして、一般雇用者層(特に市場原理主義で構造的に増えるばかりの非定期ルンペン・プロレタリアート層)が手にするリアル・マネー(稼働態マネー)は必ず前者より遥かに僅少な水準へと縮小し続けることで良しと理解(理解 or 作為)する竹中平蔵(JPN主流派の経済学者 or 詐欺師?パソナグループ取締役会長、国家戦略特別区域諮問会議議員)らが、DX-AI社会化しつつある現在においても日本のリアル経済(↑宇沢弘文『社会的共通資本・ロおよび企業利益・株主利益・投機利益などをゴッソリ"市場原理主義"丸投げさせようと仕向け続けている」のは、そもそも真の「ヒトのための生命論的でリアリズム倫理的な動学理論」である宇沢弘文の立場からすれば明らかな誤り(というより、明らかにPseudoで不埒な態度)であり、絶対に許すべきでない≪日本国民に対する悪辣な背信行為である。

・・

閑話休題“自然計算”と“ノイズ・レスAIコンピュータ-計算”(↓注)の“違い”

<注>“ノイズ・レスAIコンピュータ-計算”の事例=トポロジカル量子コンピューター

・・・トポロジカル物質(↓◆)の界面(普通の物質との境目だが、ここには二つの異なる世界を橋渡しする2次元トポロジカル表面状態ができる)に現れる「マヨラナ(orエニオン)粒子」を使ったノイズ・レス「トポロジカル量子コンピューター」(現在のコンピューターと異なる概念の超高速コンピューター)の実現が確実視されつつあるようだ(↓★)。

・・・しかし、仮にこのようなノイズ・レスで超高速の余剰次元計算モード利用の量子コンピューターが実現したとしても、倫理的(厳密に言えば、オミクス生命論の視点を取り入れたという意味でリアリズム倫理的)、政治・経済的、または社会工学的に『“変異の閾値”の調整』的な工夫が積極的に実行されぬ限り、どこまでもAI『人間の壁』に因る大格差の問題は深刻化する一方になると考えられる

・・・それは、オミクス生命論の観点から見れば、ヒト(無論、地球上にある他の凡ゆる生命も同様であるが)「自然計算」に包摂されているという意味で「㏌ vivo」(生命環境的)な存在であり、決して“トポロジカル量子コンピューター”ら「㏌ vitro」(人工的)な計算環境に包摂された存在ではないからである

・・・また、往々にして「自然計算の原理」と「コンピューターの概念」は基本的に同じものと見る考え方があるようだが、これも「ヒトは決してコンピューターら「㏌ vitro」な環境に包摂された存在ではありえない、ということから見直してみれば、自ずとそれは誤りであることが理解できるのではないか?

・・・それは、どれほどコンピューターの概念が進化したとしても、ヒトがコンピューターに包摂される存在(形式知の操作対象)になるとは思われないからである。もし、そうなれば、それは最早ヒトとは呼べない代物であるだろう。

半金属や絶縁体のトポロジカルな性質を表す指標の発見̶ トポロジカル物性を示す新物質探索における指針として期待 –/渡邉 悠樹 (東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 講師)、https://www.t.u-tokyo.ac.jp/shared/press/data/setnws_201707031105008939464317_611888.pdf

東大と理研、トポロジカル母物質に相当するトポロジカル半金属の薄膜作製に成功・・・東京大学と理化学研究所は2017年12月22日、トポロジカル母物質にあたるトポロジカル半金属Cd3As2で高品質薄膜を作製し、非散逸な量子伝導を観測したと発表した。エネルギー損失のない電子の非散逸な伝導は、低消費電力エレクトロニクスへの応用が期待されている。非散逸伝導を示す物質として、トポロジカル物質が挙げられ、そこでの非散逸な量子伝導を応用するため、材料開発が進められている。中でも、トポロジカル半金属は、トポロジカル物質の母物質に相当し、外部刺激によりさまざまなトポロジカル状態間を移動する性質がある。しかし、トポロジカル半金属は薄膜化が難しく、その量子伝導の研究は進んでいなかった。(以下、省略)fabcrossエンジニア、

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https://engineer.fabcross.jp/archeive/171225_cd3as2.html

(関連Tw)水のイマージュ2 @tadanoossan2/小池、菅、安倍らが共有する喩えれば超然“マヨラナ2次元位相粒子↓♨風”の超然狂信、≪#日本会議 カルト≫のリアルご出現!w →<赤旗スクープ!>正気か? 東京都が東京五輪観戦に小中学生ら81万人を動員計画! 感染拡大最中に各学校に通達、観戦拒否=欠席!https://lite-ra.com/2021/04/post-5868.html

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https://twitter.com/tadanoossan2/status/1387797155306377216

(関連)♨ @tadanoossan2/マヨラナことエニオン2次元位相粒子の発見で量子コンピュータ実現が加速?が、より重要なのは超格差拡大が「調教」可能な<リアル倫理&政治意識>の実現! →東北大らトポロジカル量子コンピュータ基盤物質?を発見:無ノイズ超高速量子コンピ基盤となる?

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20180801 https://twitter.com/tadanoossan2/status/1387797523234840587

(関連画像)/右=「2次元のK3曲面の高次元版」の複素多様体であるカラビ・ヤウ空間のイメージ/おそらく小池・菅・安倍ら #日本会議 カルト狂信徒らは日本ならぬ当ジャンル空間の住人かも神社!w 

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(関連)長谷川修司著(東京大学大学院物理系専攻教授)『トポロジカル物質とは何か/最新・物質科学入門』、https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000348910

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(関連)トポロジカル量子コンピューター/200407日経サイエンス:G. P. コリンズ(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)トポロジカル量子コンピューター・・・ 「エニオン」という不思議な粒子を操ると,“時空のひも”の束で量子計算を表現できる。組みひもの構造は周囲の状況が多少変化したくらいでは変わらないので,エラー発生率の低い現実的な量子コンピューターにつながる可能性がある。量子コンピューターは古典的コンピューターをはるかに超える能力を持つと期待されているが,ちゃんと動かすにはエラー発生率を非常に低くする必要がある。現在の技術水準では,既存の量子コンピューターの設計でこうした低いエラー発生率を実現するのはとても困難だ。そこで別のタイプとして,これまでとはまったく異なる物理系を用いて量子計算を行う「トポロジカル量子コンピューター」が提案された。トポロジカルな性質は周囲の環境が多少変化しても変わらないので,本質的にエラーを起こしにくい。(以下、省略)

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https://www.nikkei-science.com/page/magazine/0607/topology.html

・・・

従って、今まで見てきたとおりであるが、オミクス生命論的な視点で「宇沢弘文-不均衡動学理論」が視野に入るリアル経済環境(経済空間)が正しく想像できるならば、そこでは個々人の生命を出来得る限り平等(対等)に保全するために、又それと同時に「赤の女王」(恰も、ゼロサムの≪パウリの排他原理(既出)の如き!)の誘惑に抗いつつ、毅然としてリアル生命環境トータルの持続性を保守し続けるためには、以下の三本の柱(A、B、)が必須ということになる

フィデューシャリー(Fiduciary)の倫理観(別に言えば、リアリズム倫理)

『社会的共通資本』の概念

C ヒト(国民)の幸せのため保守すべき経済空間の確保に必須となる、不均衡動学による『変異の閾値』調整に役立つ数理経済学(宇沢弘文『不均衡動学』の数理経済学・・・

(『変異の閾値』調整の役割を担うリアリズム倫理(Fiduciary))

・・・意外にも“科学とリアリズム倫理の距離は近い!”コレに全く気づかぬ日本政府(日本学術者会議マター、i.e.“6名任命拒否問題の淵源である日本会議の≪科学と狂信イデオローグに酷く汚染した!)の自信のなさが問題であり、それこそが直近の日本の未来に≪最大の危機を呼び込む恐れがある!・・・

欧米諸国が共通に理解している「フィデューシャリー(Fiduciary=リアリズム倫理)」の日本語訳は【受託者の信用上の倫理義務、又は福祉国家(又はそれを志向する政府・行政府)の負託義務型倫理】であるが、duciaryの類語である「デューティー(duty)」は【必然の義務・務め】である。つまり、受託者(例えば、一国の政府)として一般国民の生命を保守する義務、あるいはそのための信用上の務め、ということになる。従って、英米法上では「他者の信頼を得て行動する義務」、「他者からの信頼を受け止め、その人のための利益を念頭に置いて行動・活動するか、あるいはそのため助言をする義務」との意味になる。・・・以上の主な出典:大塚信一(元、岩波書店編集長・同社長)『宇沢弘文のメッセージ』(集英社新書)p204~ ほか・・・

更に、近年注目されているのは、上の「受託者として一般国民の生命を保守する義務、あるいはそのための信用上の務め」というリアリズム倫理(Fiduciary)の核心となる部分が、オミクス生命論(Cf.↓◆)の意味で地球の自然環境(地球環境)意識と深く結びついていることである

◆(再録)【実験医学的な思考実験】アンチ「重篤エピジェネティック疾患こと、アベシンゾー型トランスオミクス(orオミクス)層リアル反転『リピート異常発現』症」に対する、一つの処方の方向性https://note.com/toxandoria2/n/nba47ae28eff6?nt=like_2181994・・・

一方、数学・物性物理学などの4次元以上の余剰次元の空間が、おおよそ量子レベル以下の極微小世界、又はタイヒミュラー空間(↓★)などの数学的(抽象的・異相的)な低次元トポロジー空間が、つまりおおよそ量子レベル以下の極微小世界、あるいは宇宙空間の果てにおいて何らかの異次元形式で存在”(統一理論的な意味で共存?)するのは疑いがないとも理解されつつあるようだ。

 

ミクロの重力2_R

★タイヒミュラー理論/タイヒミュラー空間、宇宙際タイヒミュラー論(望月IUT理論)について(@新コロナの警告/ファシズム2.0に抗い持続を保障する潜性)https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2020/06/06/162034

しかし、同時に、如何に科学が発達しても我われ人類がそれら余剰空間(異次元or抽象次元)で「リアル日常/in vivo/自然・生体内環境】」同然に生きられるとは到底考えられないことも漸く理解されつつあるからでもある(Cf.↓★/人類がオール・アンドロイドへ展相すれば、あるいはAIシンギュラリティ(in vitro“新生命・新人類”化すれば別の話であろうが?/いわゆるシンギュラリティ妄想の信者では別の話となる鴨?ということだ!(苦w)

別に言えば、我われ人類はリアルな一回性という現在≪時間≫を共有する地球上の自然環境でのみ生存可能な存在と理解するのが妥当と思われるものの、一方で我われがリアルな現在≪時間≫を共有する自然環境の“変異の閾値”を木端みじんに破壊せぬ限り、我われは“無限”に地球の自然環境に包摂されつつ持続し得るものだ(適切な世代間交替を前提として)!とも考えられるからだ。J.マクダウエル(第二の自然の解釈=これもリアリズム倫理の定義!)が地球環境の自生能力の維持のためにも非常に重用であることが理解できよう。従って、明らかに“科学とリアリズム倫理の距離は近い!ということになる。

★当記事の[第1章:DXで強靭化する「AI型"人間の壁"」の下でⅯ.フリードマンの名言、『真の変革は不安定な危機状況でのみ可能であり実現する!は、本当か?-"真の科学的とは何か?"を考えるための重要な視座/事例2』を参照乞う。

このような意味で「地球自然環境」に関わる理解の進化プロセスから、科学が発達すればするほど、必然的に我々のリアル日常における「リアリズム倫理」(地球自然環境の破壊が最悪の非人道的な犯罪行為であるということに関わる理解が人類の最後の砦となる可能性が高い!)の重要性が、より広く共有されるようになるはずである(逆説で言えば、遍くコレが理解できぬ限り、地球自然環境と人類は滅亡する?!)

(J.マクダウエル『第二の自然の解釈としてのリアリズム倫理』)

John McDowell(1942‐ )は、ピッツバーグ大学教授. オックスフォード大学講師を経て 1986年より現職/研究分野は多岐にわたりプラトンアリストテレスに代表される古代ギリシア哲学, 倫理学, 言語哲学, 認識論, 心の哲学,ヴィトゲンシュタイン研究などで大きな影響力のある論考を発表している。.

カント, ヘーゲル研究でも知られるが、日米および欧州などで跋扈するマイファースト・自己責任論・多様性否定主義あるいは表層的なAI万能論が囃される昨今(関連参照↓ブログ記事★)であるからこそ、そのユニークな「リアリズム倫理」(道徳的実在論/自然と対比的に、それを第二の本性(自然)と位置付ける)が注目されている。

★コンシリエンス的“想像力”に因るリアリズムの復権と自覚が必須!/ バシュラール「形式的想像力・物質環境的想像力」と深く共鳴するマクダウエル「リアリズム倫理学」の核心(第二の自然)、https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2019/09/01/165255

ジョン・マクダウエルは、かつてヒト(人類)が理解していた筈の【根源的かつコンシリエンス的な“想像力”(人文・科学両知の融和・和解的統合)に因るリアリズム/コンシリエンス・リアリズムとでも呼ぶべきか?】の自覚(復権)こそが、愈々、必須になると警鐘を鳴らしていることになる)

端的に言えば、「リアリズム倫理学」の核心は、マクダウエルが“露骨(≒唯物・還元論的)な自然主義と居丈高なプラトニズムの共犯関係”といみじくも名付けて摘出してみせた、一般的な「リアリズムに係わる理解の混乱」の問題である

無論、マクダウエルがここで言う“露骨な自然主義”(マクダウエルが言うところの第一の本性、第一の自然)とは、限定的な意味合いで言う、ごく普通の意味での地球上の自然(環境)だけを指すものではなく(特に、これは重視すべき!と主張していると理解できるが・・・)、いわゆる唯物論・物的還元論(ヒトの客観的・科学観察的・経験論的な態度を支持する条件で成立する次元での対象である「物質世界」(凡ゆる意味での宇宙・世界に内包されるPhysical World)と理解すべきであるだろう

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・・・

(関連Tw/再録)水のイマージュ2 @tadanoossan2/意外にも“科学とリアリズム倫理”の距離は近い!コレに気づかぬ日本の自信のなさが問題!それこそ最大の危機を招く恐れあり!  →米中対立は「新冷戦」か 米エール大学教授、オッド・アルネ・ウェスタッドさん:多極化での取り分争いは、米ソ時代とは違う!420朝日https://twitter.com/tadanoossan2/status/1385707420203196421

(関連Tw)水のイマージュ2 @tadanoossan2/<菅政権の正体=科学(学術知)を小バカにする暴政バカ権力(アベ・シンゾーの次にリアリズム倫理、Fiduciaryから最も遠い距離にいるバカ野郎こと菅義偉!が支配する暴政国家)である、更に自らが #日本会議 カルトの子分であることを内心で誇る狂気の穴クロ・ナルシズム政治である>という恐るべきほど醜悪な現実が日本の近未来の足を引っ張っている!午後5:33 · 2021年4月24日·Twitter Web App https://twitter.com/tadanoossan2/status/1385874597048766465

スクリーンショット 2021-04-24 173135_R

https://twitter.com/tadanoossan2/status/1385874597048766465

(関連Tw)【事実上の“日本会議”支配で、健全な「政治リテラシー」が不在と化して戦前回帰への道を歩み始めたニッポンの悲劇!】水のイマージュ2 @tadanoossan2/メディアの翼賛&怠慢で国民には一切のリアルが見えていない!日本会議 のシナリオに忠実な「スガ内閣の支持率が“悪政”でも頑として下がらぬ」の(“国民の自信のなさ”の反映!)が問題! →菅首相が「日本会議」系改憲集会で自らのコロナ対応を緊急事態条項にスリカエるメッセージ!国民投票法も強行へ503リテラ https://twitter.com/tadanoossan2/status/1389301579933646849 f:id:toxandoria:20210504054222p:plain

(関連Tw)【リアリズム倫理(Fiduciary)から最も遠い距離に立つニッポン、その底なしの後進性を代弁するアベ・シンゾー(リアリズム倫理、Fiduciaryから最も遠い距離にいるバカ野郎!)なる“あやかしの”日本会議ご用達し嘘吐きロボット!】水のイマージュ2 @tadanoossan2/嘘つきアベ(サクラ、モリカケ、河井参選買収etc)の禊はもう済んだ?新コロナ対策らは二の次が自民党のホンネ!「科学(学術会議)=政治の召し使い化」を露払いとして、#日本会議 ご用達の穴クロ「改憲」が最優先?!  →安倍氏、憲法改正推進本部最高顧問に「喜んで」快諾/自民党の衛藤征士郎・憲法改正推進本部長は20日にあった同本部の会合で、同本部最高顧問に安倍晋三・前首相が就任したと明らかにした!420朝日Twitter Web App https://twitter.com/tadanoossan2/status/1384714568526569478 https://www.asahi.com/articles/ASP4N7GKFP4NUTFK02L.html

(関連Tw)【リアリズム倫理、Fiduciaryから最も遠い距離にいるバカ野郎!懲りない<特上の大嘘吐き男>アベ・シンゾー( et スガ・ヨシヒデ)! →安倍首相 朝日新聞を捏造体質と批判も自身は118回虚偽答弁20210424女性自身https://twitter.com/tadanoossan2/status/1386286825610743811

(関連/補足)

国民はトコトン、#日本会議 一派に舐められている!「ウソツキ&ドロボー“桜”Pseudo利権の帝王」こと、アベ・シンゾーがリバイバルとは恐れ入ったものだ!→「ポスト菅」再々登板を…安倍前首相に期待広がる、体調回復・活動盛ん520読売https://news.yahoo.co.jp/articles/5f1e479ff3c7d6d749d04ac712ca3841d7a1e7bf

(エピローグ)新たな展望のためのヒント/「AIリーン高度生産性Vs伝統労働力」型の大格差を乗り越えるために!

・・・DX(デジタルトランスフォーメーション)で肥大化する人間の壁!・・・

(1)伝統労働生産性を遥かにしのぐAI「デュナミス高度生産性」の問題

AI‐IOT化、DX(デジタル・トランスフォーメーション)で、愈々、伝統労働生産性を遥かにしのぐAI「デュナミス高度生産性」が実現する時代に入るが、歴史的にみれば、そもそもそれは「機械生産(処理)」に備わる本来的な性質であったのだが、AI=DX生産性では、それに加えて<稼働態(in vivo)ならぬ可動態(in vitro)としての抽象的形式知、いわばNon-real(非リアル)な高度生産性の部分が肥大化する>ということが本性である。 

しかし、既に[第5章: 「不均衡進化論」と「不均衡動学(社会的共通資本)」が共有する『変異の閾値』の問題-(★自然計算・・・)]でも見てきたことだが、そもそも「ヒトがコレを≪自然計算の暗黙知≫にも照らしつつ再解釈し、それを正しく調教して使いこなす」のが大前提なのであった。

だから、最も根本的と思われる科学的な「完全合理性」(抽象的な形式論理知)へ心身を丸ごと委ねさえすれば安全・安心な生活(分配)と公正で平等な成長の持続が保障され、直ちに多くのヒトがリアル日常で遍く幸福になれるというのは只の神話に過ぎない!

つまり、ヒトは如何に「AI=DX高度生産性」が科学論理的に正しい「リーン(lean)=AI=DX合理性によるリアル(矛盾に満ちた現在)の冷徹な直視」の果実(成果)であっても、抽象空間の完全論理がもたらす“見せ金”という可動態(僅少な分配)だけでは“リアル時間の現在”を生きられないということである(@足立恒雄著『無限のパラドクス』(要参照:講談社ブルーバックス)、森田邦久編著『現在という謎/時間の空間化批判』(勁草書房)etカズオ・イシグロ日の名残り』↓) 

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・・・カズオ・イシグロの小説『日の名残り』において、貴族の館の執事だったスティーヴンは、伝聞と記憶を含めて一人称で第二次大戦前後のイギリス社会を語る。そこには忘却からくる微妙な矛盾が含まれ、その重層性ゆえに全体としてリアルな世界が描き出されている。物理学は、一人称で語りうるだろうか?…[森田邦久編著『現在という謎/時間の空間化批判』(勁草書房)、“あとがき”の冒頭より転載] 

・・・

 そのため、両者の間で再分配に関わる何らかの翻訳の工夫(公正な分配の問題の解消)または架橋工事(リアル日常に生きる個々の労働者、ルンペン・プロレタリアートらのエネルギー通貨、つまりリアル稼働態の領域へあらゆる方法を駆使して“そのままでは只の見せ金に止まるAI=DX高度『リーン(lean)』生産性をリアル日常の空間へ”転送する(そこで、彼らのために役立つようリアルマネー化する!)具体的なマクロ・ミクロ経済的諸制度の導入、例えばベーシックインカムなど)が特別に施されぬ限り、その儘では殆どルンペン・プロレタリアート層のリアル所得の増加益とはなり得ない

つまり、デュナミス(可動態)たるAI=DX高度付加価値の産生/Cf.↓★)をどのように、より賢く現実的に生かせるか?を全ての国民を巻き込みつつマクロ&金融・経済政策的に"リアル化(分配・転送)"する方法、例えば「真の科学知に支持されたリアリズム倫理(Fiduciary)」の観点から「変異の閾値」にTGを絞る適切なハーネス調整を絶えず真剣に考え続けるのが最も重要だ!、ということになる。

ヒトの『日常』(日々のリアル生命活動であるエネルゲイア(energeia)=現勢態・稼働態)は、「エルゴン(ergon/抽象的死生態/潜性イノヴェーションの在処の一つで、もう一つの最も大きなその在処はエネルゲイアに潜む/前稼働態)⇒ デュナミス(dunamis/プレ・エネルゲイア/可動態)⇒ エネルゲイア(現勢態・稼働体)⇒ エンテレケイア(entelecheia/未生態/理念・理想のフェーズ)」のプロセスに支えられている
https://note.com/toxandoria2/n/nea8fd36e81b0

更に言い換えれば、それは<「オミクス生命(環境)論」的に見れば、そもそも自然界(それは超ミクロ余剰次元~全宇宙レベルまでを含む)の「抽象的死生態としての運動」(その意味でのエルゴン/ergon)を包括的に説明する「ハミルトンの原理(最小作用の原理)」等の『形式知』で表現される科学的・抽象的原理(抽象性の射影)は、ミクロ・マクロの両面において直接的に「人がリアルに生きる現在」(ハイデガーDasein共時的に共有し続ける『暗黙知』に満ちたリアル日常“空間”の世界)とは絶対に直の繋がりが持ち得ないということだ(Cf. →既出の補足『自然計算の説明』も参照乞う)。

なお、重要なので繰り返しておくと、一般的にはエルゴンとエネルゲイアは混同されているようだが、既出のとおり、厳密に見ればそれは「エルゴン(抽象的死生態/潜性イノヴェーションの在処の一つ)⇒ デュナミス(可動態/プレ・エネルゲイア)⇒ エネルゲイア(現勢態・稼働体)⇒ エンテレケイア(未生態/理念・理想のフェーズ≒プラトンのイデア)」のプロセス」となる。

従って、そのような意味で客観的・科学的・物性物理的に、特に数学の本来性と言語性(@宇沢弘文)ということhttps://note.com/toxandoria2十分理解したうえで、先ず「目前のヒトの日常と生命の論理」の保全と持続のため<Fiduciary(リアリズム倫理)、地球の自然における生物多様性、歴史性、文化知>ら人文・社会的ないわゆる「暗黙知」の世界に照らしつつ、ヒトは「科学知なるものの原理的プロセス(抽象→リアル→理念、へ至る)が意味すること」を十分に吟味してから、その「科学知」を社会工学の設計などへ生かすべきだ!という十分に謙虚な態度を基本に据えることが重要である

つまり、このような観点から見れば、自然の運動を根底から支配する冷徹な抽象論理である変分原理(ハミルトンの原理)、あるいは重力法則など“見かけ上”の親和性が高い「市場原理主義」(M.フリードマン、ハイエクらの)こそが『人間の壁』なる格差再生産システムの問題を解決する唯一の合理的方法だと単純に見立てるのは決定的な誤りである

それどころか、それ故にこそ、ジルベール・シモンドン(↓◆2)に従えばリアルな日常の人間社会は不均衡動学的https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2021/03/08/233246な意味で、只の見せかけのフラジャイル(fragile)に非ず、アジャイル(agile/生きた子ネコの様に触覚的に柔らか!)な展相(Potenz)の工夫が絶えず求められている

◆2【「大格差」解消のため(新たな”生命論+情報論”へのPotenz(展相)が必然?】シモンドン『個体化の哲学』(叢書ウニベルシタス)を一読すれば存在の特定の相(情報、形相、特異点)の概念で一定の系が連続する多層構造(余剰空間を含む極小世界~量子物理学“スケール”~物理・化学“同”~生命“同”~宇宙論“同”~極大世界)という「広義のリアリティ体系を理解できるが、それは近未来のオミクス論的な生命観と倫理観の新たな可能性! シモンドン『個体化の哲学』の重要な鍵は特異点を介する「展相(Potenz)」であり、それは「大格差」解消("AI=DX高度生産性リアル化の翻訳"実現)の鍵となる鴨?https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2021/01/10/050440

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・・・
少し目を転じると、一般的に自然界で観察(実験を含む)される物理現象の多くは「なんらかのエネルギーが最小または極小となる状態」として表現することができるため、一般的には「変分原理」はこのことを指すとも理解されている。また、これは既に見たとおりのことであるが、数学理論として表現したり、あるいは物性物理的に自然現象を記述したり、その意味を解明したりする方法として、それは非常に重要であるのだが、実はこの変分問題には未知の部分が多く残されている。

プラトー問題2_R

例えば、「ある閉曲線に対し『そこで張られる極小曲面 (これは解と呼ばれる) 』の一意性(唯一の解が存在すること)は一般には成立しないが、それは何故なのか?」、あるいは「その解の個数が有限であるかどうか?」すらが未だに解明されてはいない(上の事例画像『同じ枠に張る 2 種類の極小曲面 (懸垂曲面)』では、左は安定 (面積極小)、右は不安定 (面積極小ではない)となっている)https://www.jst.go.jp/crest/math/ja/suugakujuku/archive/text/3_Koiso_text.pdf

ともかくも、有限な地球のこの希少なリアル多様性に満ちた自然環境のなかで、カオスの縁(or海)へと誘う<ゼロサム赤の女王>の誘惑に辛うじて抗いつつ、動学的な一定の『変異の閾値』内で必死に生きざるを得ない我われ人類(ホモサピエンス)は、生命活動の根本としての不均衡進化なる不可避のプロセスの中で、倦まずた弛まずの努力が求められていることになるだろう

一方、ヒトと断絶した存在[(非リアル生命・非リアル人間=非リアル『Dasein/@ハイデガー』)]であるAIツールの中枢『ロボット化、DX化等の心臓部DL(ディープラーニング)』は、純粋に抽象化した「ハミルトンの原理」(変分原理、最小作用の原理)等の超"汎関数"を内装した機械装置と理解できる。このため、それは、ヒトを含む多様な生命に因る暗黙知が満ち溢れる地球環境内での「自然計算」(Cf.↓★)の一端と見るべきヒトの意識および文化世界とは異次元の世界と見るべきである。つまり、AIツールの中枢世界は、<蜜結合、カルマンフィルター、社会分断型エコーチェンバー現象(AI内外)など未知のリスクが湧出する、ヒトのリアル世界とは異次元の超抽象空間>であると思われる。

★自然計算はアナログ暗黙知ワールド?/超デフォルトモード・フラッシュ?(=多様性に満ちた自然・社会環境に潜む暗黙知の働き!?) https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2019/09/02/125003

それゆえ、AIツール(AIの”意識もどき”?=例えば、DLの場合ではヒトが与えるデータを頼りに一定の正しい結果(特徴量なるデータ群)を算出するようパラメータを調整した巨大な関数の動作環境)が、ヒトと全く同水準の「リアル日常の意識」(生身の身体と繋がる言葉や文化)を持つようになるとは到底思われない>ということである(古典的なフランケンシュタイン信者を別とすれば…)

 

(2)「AI"人間の壁"」突破の鍵となるものは何か?

(2-1) 二つの伝統的「自由原理の限界」の直視

・・・その一つは「J.ロック的な市民社会における制限的自由」・・・

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・・・自然的自由の権利において万人が平等であることを前提としつつ、そのため社会契約が必須と説き「自由主義の父」とも呼ばれるロックであるが、このロックの自由思想の流れ「市民社会における制限的自由(それは社会契約による一定の制限を伴う謂い)」は、そもそもの「自然との調和」という観点が薄れて「機会の平等」を最重視する(制限的自由が自己矛盾する)方向へ傾斜してきた(↑画像はウイキより)。

・・・このため、ロックの「市民社会における制限的自由」は、そもそもの一定の制限と真逆に野放図な「市場原理主義(機会の平等を偏重する新自由主義と小さな政府論)」を志向する思想潮流の源流となり、遂には<AI型"人間の壁"と地球環境問題>という二つのアポリアに挟撃される羽目となった

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二つ目は「J.J.ルソーの積極的自由」・・・フランス革命の過激かつピュアな理想(古典的エンテレケイア志向)の挫折(歴史経験から、中庸なブルジョワジー中心の正統リベラリズム(結果の平等へ傾斜する大きな政府論)なる政治思想へ帰結したが、同じくAI型"人間の壁"と地球環境問題>という二つのアポリアに挟撃されている(↑画像はウイキより)

結局、「J.ロック的な市民社会における制限的自由(政治権力の暴走に対する警戒心がロックより大きいと見る故に、近・現代啓蒙思想のベースとされる立ち位置)」と「J.J.ルソーの積極的自由」の何れの場合においても、「機会の平等」か「結果の平等」かの二者択一ではなく、あるいは只「倫理的に中庸こそが肝心!」とのお題目を唱えるだけでは不徹底であるということになる。

そうではなくて、それは既に述べてきたとおりのことだが、今こそ、我われは「真の科学とは何か?」を正しく理解するとともに、オミクス生命論の理解をベースとする「科学・科学技術と地球環境問題」の理解を深めることで必然的に到達する「リアリズム倫理(Fiduciary)」(地球自然環境下における“閾値の調整”への覚醒)に因る、「新たなリアル中庸」という価値観への展相(Potenz)が必須だ、ということである

このような観点から見れば、ヒトとAIツールの間には何らかの「ハード&インターフェースの工夫」による広義の翻訳(事例参照↓◆)が特別に施されぬ限り、既述のAI機械高度生産性に関わる「デュナミス(プレ・エネルゲイア/可動態)⇒ エネルゲイア(現勢態・稼働態)」の翻訳マターによる大格差が常に存在し、かつ拡大し続けることになるだろうhttps://toxandoria.hatenablog.com/entry/2020/06/06/162034)。

◆AI/機械学習(ML、DL)における公平性(Fairness:フェアネス)とは?・・・不公平なバイアスに基づき学習した機械学習モデルが不当な差別(人種差別/民族差別や、性別差別、文化差別/地域差別など)を引き起こすケースがあるが、そのようにならぬよう、できる限り不公平なバイアスを排除することが重用であるhttps://www.atmarkit.co.jp/ait/articles/1912/19/news024.html

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(補足)インターフェースの分野では、例えば以下★のような先端研究がおこなわれている

東京大学情報学環:筧 康明研究室/ヒューマンインターフェイス 、 オーガニックユーザインタフェース 、 ペーパーコンピューティングetc  https://xlab.iii.u-tokyo.ac.jp/

・・・この「コンピューティング・インターフェース」は、旧来のゲーミフィケーション(gamification、https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2020/06/06/162034の分野に、最も重なるものが多いと思われる。その特徴は"意識せずコンピュータを操作する"という点にあるようだがhttp://hotozero.com/knowledge/interface-2/一方で「そもそもヒトが全く意識せずに生きる」とは何か?そんなことが果たしてできるのか?という古くて新しい問題は、今のタイプの人類(地球の自然・文化環境と調和した)が消滅しない限り続くことになるだろう。

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・・・↑画像は、https://www.elecom.co.jp/pickup/column/vr_column/00003/ より・・・

・・・だから、持続的な潜性イノヴェーション(ヒトを含めた持続する生命の根本を支え続けるプレ・エネルゲイアhttps://toxandoria.hatenablog.com/entry/2020/06/06/162034の問題とヒトが無縁ということもあり得ないだろう。従って、このヒューマンインターフェイスの領域でも、いずれは只の「倫理」というより「リアリズム倫理(Fiduciary)の問題が必ず大きくクローズアップされる筈である(https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2021/02/02/022035

 

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・・・↑画像は、https://xlab.iii.u-tokyo.ac.jp/ より・・・

(2-2) アリズム倫理(Fiduciary)の新たな可能性

つまり、冒頭で取り上げた<「AI機械高度生産性Vs古典的労働生産性」の問題>の場合には、それを市場原理主義の跋扈にかまけて徒に放置すれば、そのこと自体が大格差による深刻な社会分断の原因となり続け、それがヒトにとって大元凶となるだけでなく、究極的には<資本主義>自体の存続にとっても大きな脅威となるということだ

他方、既に述べてきたことだが基本的に[倫理観を伴う人間の自由意思」は<第二の自然>として<第一の自然/旧来型の自然の理解>と同等に尊重されるべきであるそれは、オミクス生命論の視座から見ても人間の自由意思は、J.マクダウエルが提起した「第二の自然」たる”倫理・哲学”、より明確に言えば「リアリズム倫理(Fiduciary)」のジャンルに属すると理解できるからだ

従って、徒にこの「第一の自然」を支配する物理法則(“最小作用の原理”等)を恰も倫理上の絶対的な使命の如く恐れ、かつ一方的にそれを恰も絶対的な<原理主義>の如く崇め奉る必要はないことになる

言い換えれば、「第一の自然」における「最小作用の原理」ら科学的な"決定論的原理"の影響を正しく評価する必要があるということだ。それは、リアリズム倫理(Fiduciary)、あるいは"ゼロサム赤の女王と対峙しつつ生命持続の条件でもある多様性保持のための”外界の思考”という「リアリズム倫理」(マルクス・ガブリエルの、“抽象的統一理論と対峙し得る『新実存主義』/Cf.↓★ を選択するという<ヒトとしてのオミクス生命論的な意味で健全な自由意思>も全く同等に尊重されるべきであるからだ


★新コロナの警告/ファシズム2.0に抗い持続できる新たなイノヴェーションはエトノス&生命の一回性を「共有する自由」で繋ぐ『日常』にある(1/2)https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2020/03/25/082423

因みに、「第一の自然」における「最小作用の原理」などの科学的"決定論的原理"の社会科学への影響を正しく評価するということをより正確に言えば、それは例えば科学探求の自由原則に因り発見された物性物理的な原理の社会科学における「正しい援用」ということである。

そして、その「正しい援用」と真逆の「悪しき援用(影響)」の典型がミルトン・フリードマンの市場原理主義である。そこには、<ジョン・マクダウエルが言う第一の自然(自然世界)>と<リアル現在に生きるヒトのための『変異の閾値』の役割を最重視すべき『経済学の市場空間>を完全に同一視するという決定的な誤謬が潜んでいる。あるいは、そこには作為(Pseudo)の“あやかし”さえ潜んでいる可能性が高い

要は、あの名高い?「“バカ”と鋏(ハサミ)」の喩えではないが「“政治(権力者・高級官僚)あるいは先端科学技術を担う科学者」らと雖も、所詮は一般国民側が、自らのリアル現在の日常に根を下ろした「リテラシーの目線(意思)」という尺度に沿った使い方しだいになる!ということだ。

だから、その意味でも一般国民層へ、その健全(適切)な評価に有意な材料を提供する役目を担う第四の権力たるジャーナリズムの責務は重大である

そして、その非常に困難なパラドクスを解く役割りを果たす論理(ツール)を提供するのが<宇沢弘文の『不均衡動学』の基盤と見るべき社会的共通資本、あるいは古沢 満の『変異の閾値』>のリアリズム倫理の視点だ!ということになるhttps://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2021/03/08/233246)。

・・・

◆参照資料:森田邦久『現在という謎―時間の空間化批判―』(勁草書房https://www.keisoshobo.co.jp/book/b477659.html

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◆関連/それより#日本会議 カルト"かぶれの日本政府は弱者の救済と成長・持続の両立のため「不均衡動学」(宇沢弘文)、「不均衡進化論/変異の閾値」(古沢 満)の如き、あるいは「変分原理」等の<科学的真理を冷静に見極める視座(リアル現在に根差した中庸なリアリズム倫理の土壌)>が必須! →魂(霊性)はそこにある死者への恥ずべき行為の自戒が日本倫理観の基!佐伯啓思327朝日https://www.asahi.com/articles/DA3S14848839.html

関連/百歩譲り、グローバルな観点から仮にこれが妥当な見解と見ても出口戦略の大前提として最優先すべきリアリズム倫理(Fiduciary/マクロプルーデンスやタクソノミーにすら優先すべきこと)が完全に欠落する日本(↓♨1、2)に当て嵌めるのは余りにも危険では?!https://twitter.com/tadanoossan2/status/1376373583543296006

<補足>マクロプルーデンスとタクソノミーについて

マクロプルーデンス(Macro Prudence)・・・マクロ・プルーデンスの考え方を実現するための具体的な政策的枠組みや手段(マクロ・プルーデンス政策)については、国際的にも様々な議論が行われているが、一般に、(1)金融システム全体の状況とシステミック・リスクの分析・評価、(2)システミック・リスクの抑制を目的とした政策手段の実行やその勧告、といった機能を包含するものとされている(日銀公表資料)。https://www.boj.or.jp/announcements/education/oshiete/pfsys/e14.htm/#:~:text=%E3%83%9E%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%83%BB%E3%83%97%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%81%AE%E8%80%83%E3%81%88%E6%96%B9,%E3%82%92%E5%8C%85%E5%90%AB%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%82%E3%81%AE%E3%81%A8

タクソノミー(taxonomy)・・・元々は、分類学や分類法という意味を指す英単語であるが、ITの世界では、情報やデータなどを階層構造で整理したものを指すことがある。特に、XBRL(データの書式のことで、特に財務系データを表現するものを指すことが多い)ではデータの要素(例えば、日本語の名称が「売上高」であり、英語名称が「Net Sales」であること等)に加えてルールや規約を含めたものを指すことがある。また、ECサイト(electronic commerce、つまり電子商取引)での商品分類をタクソノミーと呼ぶ場合もある。https://www.realize-corp.jp/glossary/taxonomy#:~:text=%E3%82%BF%E3%82%AF%E3%82%BD%E3%83%8E%E3%83%9F%E3%83%BC%EF%BC%88taxonomy%EF%BC%89%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81,%E3%82%92%E6%8C%87%E3%81%99%E3%81%93%E3%81%A8%E3%81%8C%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82

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♨1 >問題の核心は検察と司法記者クラブの癒着!新聞社はそれに蓋を被せつつ彼を処分した!  ←同感!それは「政治・行政・司法&メディアの四権力にリアリズム倫理(Fiduciary)が完全欠落」という、現代日本の致命的欠陥に因る!この点が他の先進諸国との恥ずべき、そして決定的な落差!

百歩譲り3

・・・鮫島浩ペン先ジャーナリストさん @SamejimaH/検事長と賭け麻雀した「社員」は検察に強い司法記者だった。彼の何が不適切だったのか。緊急事態宣言下だったことか。賭け麻雀したことか。相手が渦中の人物だったことか。どれも違う。問題の核心は検察と司法記者クラブの癒着にある。新聞社はそれにフタをして彼を処分したhttps://twitter.com/SamejimaH/status/1376297169439715329

♨2 @山添 拓さん @pioneertaku84/来年度予算案、与党が予算委員会で強行。コロナ対策に直ちに対応できる予算はほとんどなく、5兆円の予備費で政府に白紙委任を求めるもの。財政民主主義に反する。社会保障費は削減、大型開発など不要不急予算や過去最大の軍事費など、コロナ禍の政治の役割を果たせない予算だ

百歩譲り5

https://twitter.com/tadanoossan2/status/1376375258513436674
・・・(補足1) 「政治・行政・司法&メディアの四権力にリアリズム倫理(Fiduciary)が完全欠落」という<現代日本の致命的欠陥(政治観念的な異常病理で殆どの国民も無関心!)の表れ(1) →生活保護訴訟で原告敗訴(保護基準引き下げは合憲!)札幌地裁判決329日経 https://www.nikkei.com/article/DGXZQODG294E90Z20C21A3000000

[結語]:科学と倫理の距離は近い!「政治・行政・司法&主要メディアの四権力にリアリズム倫理(Fiduciary)が完全欠落」という<現代日本の致命的欠陥(政治観念的な異常病理で殆どの国民も無関心!)のアポリアを突破するためのヒント!

 

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 金子 務監修『科学と倫理-AI時代に問われる探求と責任-』(中央公論新社)↑では、<社会に開かれた研究倫理、ロボット三原則と科学者三原則、科学者の社会的責任、文化としての科学倫理思想>などのテーマが目につくが、ここでは酒井邦嘉・東大大学院総合文化研究所教授が発案・提起した「科学者三原則」の問題を取り上げておく。

この「科学者三原則」は、「ロボット三原則」を元に発案されたもので、2019年10月の日本科学協会の「セミナー:未来をひらく科学と倫理」で発表された。

以下は、(↑)から「ロボット三原則」の部分だけを転載したもの。

第一法則:ロボットは人間に危害を加えてはならない.またその危険を看過することによって,人間に危害を及ぼしてはならない.

第二法則:ロボットは人間に与えられた命令に服従しなくてはならない.ただし,与えられた命令が第一法則に反する場合はこの限りではない.

第三法則:ロボットは前掲の第一法則,第二法則に反するおそれのない限り、自己を守らなければならない

酒井邦嘉氏は、このロボット三原則を「(イ)他者(人間)の尊重、(ロ)仕事(命令)の遂行、(ハ)自己(ロボット)の尊重」と、短く整理したうえで、最初の二つを入れ替え、「(イ)仕事(科学)の遂行、(ロ)他者(人間)の尊重、(ハ)自己(科学者)の尊重」としている(ここでもイ→ハの優先順位が重用!)

以下は、その「科学者三原則」の具体的な内容である(上掲書より、略記の形で引用・転載した)。

第一条:証拠保持の原則:実験等の証拠、真理と着想を示す証拠、剽窃などの禁止、ほか

第二条:他者尊重の原則:直接的な利用(例えば化学兵器生物兵器の開発)他人の身体や心を気付つけることの禁止、ほか

第三条:研究自由の原則:自由な研究と知的好奇心はできる限り保証されるべきだが当一・二条に反する場合や、公共善(福祉・安全等)に反する時はこの限りでない。

この酒井邦嘉氏が提示した「科学者三原則」とアシモフの「ロボット三原則」(今は、事実上、これを更に『AI=ロボ三原則』と読み替えることも許されるだろう)と照らし合わせつつ考えてみると、我われ人類(特に、日本政府!)が倫理的な意味で未だに低レベルな水準に止まって(甘んじて!)いることが歴然とする

だから、「軍事用AIロボット兵器」がテロ対策らの大義名分下で進められたり、事実上の「隠れ核兵器」開発とも囁かれる「脱炭対策を口実とする原発」の利用が進められたりする有様となっている。また、日本が未だに「核兵器禁止条約」批准に乗り気でないのも同じ流れである

そこで、先端科学知の側面から重要な発想転換のヒントを与えてくれると思われる「“時間反転”対称性の破れ」の問題に少し触れておく。以下は、そのことに関するtoxandoriaの私見である。

(『“時間反転”対称性の破れについて)

我われの「リアル日常」意識を支えている“一つの方向へ時間が流れている”という「一般的な力学系の時間の矢(“時間反転”対称性の破れ)」には無数の自由度が関わる(より厳密に考えれば原理的・物理法則的な自由度と何らかの抑制的な力との間での“一定の変異の閾値”に関わる微妙なせめぎ合いの?)問題であることが量子力学・物性物理学などの知見から理解されつつあるようだ

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なお、“時間反転”対称性(双方向への時間の矢が存在すること)は「*力学系(巨視的/エントロピー増大則と量子物理学の二つを視野に入れた場合)、数学方程式、重力、電場効果、結晶構造、量子空間、トポロジカル(メビウスの輪がリアルかつ象徴的に代表する位相空間反転)物質、無意識的心理空間(カズオ・イシグロ『日の名残り』の主要モチーフ)など」がその典型であるが(↑メビウスの輪の画像はウイキより)、

他方、“時間反転”対称性の破れ(一つの方向への時間の矢)である「*力学系(微視的/Ex.コーヒーに入れるミルクの拡散)、熱力学系エントロピー増大則、磁場系、インフレーション宇宙(論)、意識的心理空間(ヒトが意識的に生きていると感じるリアル日常)および地球のオミクス生命論的な自然環境(空間)など」はむしろ希少な例外的存在とみなすこともできる。(以上纏めるに当たっては、主に下記資料★を参照した)

量子力学における「時間の矢」:東京大学生産技術研究所・教授/波多野直道 https://www.jstage.jst.go.jp/article/butsuri/72/6/72_408/_pdf

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*[力学系についての補足/時間反転対称性を持つ力学系における時間の一方向性の証明]・・・古典ハミルトン系(巨視的力学系)は時間反転対称性(双方向への時間の矢)を持ち, ある運動が実現する場合, 逆向きの運動も生じる。 一方で, コーヒーにミルクを入れると, 最初は2つの層が分離した状態だが, 時間を経ると混ざり合い, 元の分離した状態に戻ることはない。 このように(巨視的には時間を逆向きにした運動が成り立つにも関わらず), 微視的力学系では時間の一方向性も観測される。京都大学ICT連携ネットワーク、http://ict-nw.i.kyoto-u.ac.jp/old/ict-innovation/14th/panel/panel.php_id=51.html

★(再掲)長谷川修司著(東京大学大学院物理系専攻教授)『トポロジカル物質とは何か/最新・物質科学入門』、https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000348910

(再掲)森田邦久編著『現在という謎/時間の空間化批判』(勁草書房https://www.keisoshobo.co.jp/book/?book_no=477659

(意外にも、科学と倫理の距離は近い!)

・・・“社会的共通資本:Fiduciary(リアリズム倫理)”と共鳴する“時間の矢の問題・・・

上で述べた「時間の矢」、つまり我われの日常のリアリズムを裏付ける“時間”意識にに関わる、[“時間反転”対称性(双方向への時間の矢が存在する)]Vs[時間反転”対称性の破れ(日常的に我われが感じている一方向への時間の矢の流れ)]をめぐる<『“時間反転”対称性の破れ』について>という論点は、見方次第だが、そこには記述に関わる“人称”混乱の問題(それは一・二人称記述か?三人称(客観)記述か?or操作性・恣意性の有無?)などがあるため、あるいは只の妄想の如く見えるかもしれない。

しかし、この“妄想?”wの材料を提供してくれた資料・情報の書き手が、いずれも第一線で活躍中の先端科学者であり(カズオ・イシグロ日の名残り』の日常時間のモチーフについては森田邦久氏、その他の部分は波多野直道・長谷川修司両氏)、それは只の「夢の中に浮かんだ無意識の妄想」ではないと思われる。

そこで想起すべきが、「地球の自然環境とヒトの文化の保証人(凡ゆる生命の“変異の閾値”調整の保証人!)たるリアリズム倫理(Fiduciary)の視座の重視」ということになるが、

ここで、その中でも特に重要なのは、「優れた数学者でもあった数理経済学者、宇沢弘文が“ヒトの幸せのための保証人がリアリズム倫理(いわばオミクス生命論的な意味での)であり、それこそが経済動学の要でもある”との強い信念の持ち主であり、

同時に、宇沢は自らの不均衡動学のベースとなる社会的共通資本の“三つの制度区分(自然環境、社会的インフラストラクチャー、制度資本)”の中でも、“制度資本(教育、医療、金融、司法、文化(倫理・数学・科学等))”を、いわば調整が必須の「変異の閾値」の在処として重視していたことである。

しかも、このような宇沢弘文の考え方(炭素税のアイデアも宇沢が嚆矢である)は、特に1970年以降においてネオ・スウェーデンモデル(当時の社会民主党政権)が“市場原理主義(小さな政府)”への丸投げに舵を切ったと(社会民主主義が新自由主義に敗退した!)いう一般的な理解は決定的な誤りor誤解であることを裏付けている

それは、例えば宇沢弘文の『不均衡動学』理論などがネオ・スウェーデンモデル(ひいては欧州全体、否、欧米全体の良識的な政治と学界の深層へ)へ大きな影響を与えた可能性が高いと考えられるからだhttps://note.com/toxandoria2/n/n0c5a866911bc

より具体的に言えば、それは「“産業政策面での市場原理の活用”と“国民の日常を凝視し続けるリアリズム倫理の一層の深化”という二つの方向性をオミクス生命論(地球環境保全の視座における)と不均衡動学(宇沢弘文/新自由主義の天敵)の『自由の知』で調整し続けるという、

実に斬新で壮大なネオ・スウェーデンモデルへの挑戦、ということであった」と言えることだ(関連参照→新スウェーデンモデルに見る協同組合と政府「転換X」にのっとる政策その3 / 松尾匡:連載、https://synodos.jp/economy/9541)。

無論、特に新コロナ禍の真っただ中にある欧米の現状がリアリズム倫理の完成形にあるとは到底いえるものではないが、宇沢弘文が種(オミクス生命論的なリアリズム倫理と地球自然環境の重視、不均衡動学、“変異の閾値”などの考え方)を撒いたという歴史的な事実は重視すべきである

そして、それは欧米の政治・経済ワールドの中でも特に政治哲学的な思潮の中に着床しており、それが着実に成長しつつあると考えられる。そのような意味で「意外にも、科学とリアリズム倫理の距離は近い!」のである

一方、残念ながらそれが最も遠い状況にあるのは“「戦前と同然にさえ見えるアナクロな政治意識の亡霊」たちの囚われ人”たる我が日本ということになる(ネオ・スウェーデンモデル等の委細については↓◆を参照乞う)。

◆日常を凝視するスウェーデンモデルへの宇沢弘文の貢献とFiduciary(リアリズム倫理)に無知なスガ「Kook権力」の玩具と化し不幸のどん底に嵌る日本国民!https://note.com/toxandoria2/n/n44960ad716b2

(関連Tw)水のイマージュ2 @tadanoossan2/ >河北新報の世論調査で6割が女川原発再稼働に反対! ←日本政府・東北電力・宮城県等の重大な責務を担うべき当局らが「マクロ政策」を口実に、堂々と「リアリズム倫理」を放棄している!まさに<人道をも踏みにじる犯罪政治(行為)>だ!Cf. https://twitter.com/NewsDigestWeb/status/1388304180788400131 ・・・青木美希さん 新刊「いないことにされる私たち」発売 @aokiaoki1111/「原子力発電は少なくとも現状、必要だろう」「マクロ的な視点(? ←どこ見て行ってるのか!w/補、toxandoria)からいってそうだ」(女川町長、16日の記者会見)
河北新報の世論調査で6割が女川原発再稼働に反対しています。世界のマグニチュード6以上の地震の2割が集中する日本で、マクロ的な視点で原発は適切ですか。

https://jnpc.or.jp/?fbclid=IwAR10cdnBvYagP4mu5D5vcsGYzJ1xa-olIM-sd5WNNv79gqeOSUCKnuDpVds 2021年2月17日·Twitter Web App

 

(関連Tw)水のイマージュ2 @tadanoossan2/【「分からない42%」をヘッドから外す≪@“中国&新コロナ”等の安保リスク環境≫変化なるスリ替え】で“#日本会議”へ忖度・迎合する、Fiduciary(リアリズム倫理)が全き不在!穴クロ“極右化”自民サマ御用達のNHK! →502世調 “憲法改正必要”33% “必要ない”20% 2021年5月3日·Twitter Web App https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210502/k10013010101000.html

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(↑/関連Tw情報)シンリンオオカミさん @F4wEg/世論調査「9条改正必要」、読売55%、毎日51%、朝日30%、NHK28% - 素人が新聞記事書いてみた・・・令和3年5月3日:現行憲法が施行されてから74年が経った。これに合わせ、マスコミ各社は憲法改正に関する世論調査の結果を報道した。「憲法改正が必要か」および「9条改正が必要か」の結果は以下のとおり。日本国憲法の原本、上諭(1ページ目) 憲法改正は必要? 共同通信:必要57%、不要42% 読売新聞:必要56%、…newspaper-ama.com
https://twitter.com/F4wEg/status/1389040397964304386

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(↑/関連Tw)水のイマージュ2 @tadanoossan2 返信先: @F4wEgさん/ネット上でも<現実派>伸長!と大喜びの声が漏れ聞こえるが、<リアリズム倫理(Fiduciary)>が国民の視野から消えつつある(元々それが不在だった!うえ、まさにコレは戦前回帰の空気である!)のに何がそんなに嬉しいのか?第四権力たる主要メディアの“怠慢”が表れただけでは?苦w 午後5:55 · 2021年5月3日·Twitter Web App  Cf. 
 https://note.com/toxandoria2/n/n7f729d5bf46c

■“時間反転”対称性の破れ(時間の矢)がなぜあるのか?を隠れモチーフにしたブログ記事(↑当記事と同内容)、2分解バージョンの(1/2) →
https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2021/05/03/052932

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■“時間反転”対称性の破れ(時間の矢)がなぜあるのか?を隠れモチーフにしたブログ記事(↑当記事と同内容)、2分解バージョンの(2/2) →
https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2021/05/03/103231

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(関連Tw情報)水のイマージュ2 @tadanoossan2/ >a焦点はファイルの中身や、bそれが裁判でどこまで開示されるか ←同感!<「a=核心≪内容≫消去ズミ」、「b=司法・検察との≪手打≫ズミ」>の可があり、信用できない!むしろ、昨今、急に表舞台へ蘇生中!?アベサマ本格復帰↓★への露払いでは?w 午前6:24 · 2021年5月5日·Twitter Web App https://twitter.com/tadanoossan2/status/1389692522507632640 ・・・返信先:冨永 格(たぬちん)さん/@tanutinn 〈焦点はファイルの中身や、それが裁判でどこまで開示されるか。民事訴訟法は、開示で「公務に著しい支障が生ずるおそれ」がある場合、その部分を外して提出することを認めている。開示の範囲や方法をめぐり、国と原告、裁判所が協議する〉…先にツイートした朝日記事↓ https://twitter.com/tanutinn/status/1389676948574511107

(↑関連Tw)山添 拓さん @pioneertaku84 ⋰東京五輪について安倍前首相「オールジャパンで対応すれば何とか開催できると思う」「国民の不安にも応えていかなければならない」↓  ←漠然とした不安ではなく、現実に感染が拡大し、くらしは不自由を強いられている。何の根拠もなく「何とか開催」とは、なんと無責任な! 午後3:51 · 2021年5月4日·Twitter for iPhone https://twitter.com/pioneertaku84/status/1389472777590120448

 (↑補足情報)1/“#日本会議”支配下で健全な政治リテラシーが不在!戦前へ回帰し始めた日本!】メディアの翼賛&怠慢で国民は一切のリアルを見ていない!#日本会議 に忠実なスガの支持率が、如何なる“悪政”でも頑として下がらぬ!という国民の自信のなさが問題!→(2へ)午前10:54 · 2021年5月5日·Twitter Web App
https://twitter.com/tadanoossan2/status/1389760448942149633

2/【事実上の“日本会議”支配が深化&重篤化!】・・・菅首相が「#日本会議」系<##改憲>集会で自らの<コロナ対応失敗>を<#緊急事態条項>にスリカエるビデオ・メッセージ!#国民投票法 も強行へ503リテラ 午前10:58 · 2021年5月5日·Twitter Web App https://twitter.com/tadanoossan2/status/1389761270652366855

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(完)

 

・・・↓(1/2)はコチラ・・・

 

https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2021/05/03/052932

toxandoria.hatenablog.com