toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

■【日本を除く世界の若者が覚醒した環境正義の共和】ファルスパターナリズムはJPNフェルキッシュ(美的感性不調和)ie 政治哲学の病理!それヘの有効処方は新実在論と数学洗浄(AI万能批判)で見える新たな普遍性(潜性イノヴェーションの培地)とリベラル共和への希望(4/4)

■【日本を除く世界の若者が覚醒した環境正義の共和】ファルスパターナリズムはJPNフェルキッシュ(美的感性不調和)ie 政治哲学の病理!それヘの有効処方は新実在論と数学洗浄(AI万能批判)で見える新たな普遍性(潜性イノヴェーションの培地)とリベラル共和への希望(4/4)

 

f:id:toxandoria:20211122113418j:plain

5 「真のリベラル共和への希望」の在処を求めて

・・・ここで重要な契機となるキーワードはオミクス生命論、いわばそれは解釈的エトノスとも言える・・・

(関連情報)《暴政の愛国/政治的インポテンツ》から《連帯パトリオティズム》なる展相(Potenz)の「リベラル共和」へ脱出が成るかニッポン!?/「愛国の疑似宗教性」と「暴政の条件」に関わる論考(Cf.将基面貴巳20200806日経:文化)https://note.com/toxandoria2/n/n71729a662785

画像77

Edouard Manet「Berthe Morisot au bouquet de violettes」1872 Musée d'Orsay 

【参考/第49回衆議院議員総選挙“結果”についての感想】水のイマージュ2@tadanoossan2/リベラル共和への期待の受け皿たるべき立憲の曖昧な態度に加え、有権者の 「政治には期待せず!」のしたり顔? ie 一般的なリアル政治への「無知&無関心 or 日和見/ノンシャラン化」が問題では?換言すれば表層的パフォーマンスと見栄えにだけ弱い国民性が主要メディアの煽りで更に劣化中ということか?

・・・関連/引用ツイート:中嶋 哲史@J_J_Kantさん/今後(リベラル共和を志向する/補記、toxandoria)立憲民主党の責任は極めて重くなるだろう。自民や維新との対立軸をどこに置くのか、連合と共産党の対立とどう向き合うのか、こうした問題を曖昧にしたままでは、政権交代は無理だろう。午後11:16 · 2021年10月31日·Twitter Web App https://twitter.com/tadanoossan2/status/1454814544702754823

(1)イデア資本主義を名バカりの“新しい資本主義”へ陳腐化させぬためのキーワード

・・・それは、オミクス生命論(解釈的エトノス)とエナクティヴィズム(enactivism/身体化された心)・・・

<注>「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現していくため、内閣に、新しい資本主義実現本部を設置しました。(途中省略)・・(ので)その具体化を進めるため新しい資本主義実現会議を開催します。令和3年10月15日 内閣官房https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/index.html

・・・

既に見たとおり、アイデア資本主義”は<諸刃の剣>でもある。だからこそ「AI-DXリーン」の場合と同じように、<アイデア資本主義>についても、それを“更に一捻りさせ、より一層の工夫を加えつつ、“オミクス生命論(リアリズム倫理の土壌)と社会選択理論(政治経済政策)の両側面から、フィデュ―シャリーの強い意志の下で、更なる《資本主義“調教の工夫》を加えることが今求められていることになる。

それは「AI-DXリーン」の場合の資本主義の調教と同じく、「新実在論(≒身体化された心/エナクティヴィズム/enactivism)、変異の閾値、数学洗浄(AI万能批判)、リアリズム倫理、普遍性の更新」等の新たなエトノス&オミクス的な知見の活用」によって、潜性イノヴェーションを最重視する“アイデア資本主義”の深化ヘ常在的に取り組む必要があるということだ。

(関連情報)オミクス生命論、エナクティヴィズム(身体化された心)、そして外界の思考へ

・・・リアリズム倫理(フィデュ―シャリー)を予感させたメルロ・ポンティの慧眼」・・・

画像80

・・・我われの<日常と時間の感覚>を支え続ける「経験」(ここでは広義の「歴史」経験、「政治経済」経験など、および意識の深層海流をも含む)についてメルロ・ポンティ(仏の哲学者/身体性の哲学、知覚の優位性の哲学の眼差しを率直に考えてみると、「メルロ・ポンティの経験論」は、身体の現象学(フッサール現象学ら意識の哲学)を通過したうえ、日々の“生”きた場面で覚醒する共時的な「身体」、いわばミシェル・アンリ(仏の哲学者/現象学・社会哲学・政治哲学・倫理学)の共感に生きる“受苦と愛”の肉体の存在論を経て、更にそれはオミクス生命論(リアリズム倫理の土壌)の意味でミクロ・マクロ両環境とも相互浸透する「身体化された心」(enactivism:エナクティヴィズム/外界の思考・新実存論@マルクス・ガブリエル)へと深化することを予感させてくれた(メルロ・ポンティ『眼と精神』-みすず書房-)。https://note.com/toxandoria2/n/n7f729d5bf46c

(補足情報、エトセトラ)

◆複雑ネットワーク理論・・・一般社会・SNSなどで非常に多数の影響力を受ける場合(概ね“衆愚化、例えばポピュリズム政治化などを招きやすい正規分布)、あるいは特にカリスマ的な±の影響力を与えるヒト等の影響下における強い影響力の出現(べき乗(a の n 乗)の形で表される数の分布/これは強いエコーチェンバー型の影響を招き易い)など、現実のネットワークはどのような原理でできあがるのかを研究する統計物理学の理論(→画像は、http://rikeizai.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/--47be.html より転載/関連資料:AIとヒトの『創造性/イノヴェーション と アイデアの差異(格差・ヘイトなど悪しきバイアスの湧出源)を根底から論じた必読書=松田悠馬『人工知能に未来を託せますか/誕生と変遷から考える』-岩波書店-)

画像81

画像82

https://ist.ksc.kwansei.ac.jp/miwa/miwaLab/?page_id=96

デューク大のコンピューター科学者は、(今や!/補記、toxandoria)なぜ「DEI」(ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(衡平性)、インクルージョン(包摂性))を学ばせるのか?by Melba Newsome1102MIT.rev. https://ascii.jp/elem/000/004/073/4073929/

コンピューティングの世界が決定論から確率論に移り(只の回帰ではなく、おそらくPotenzの展相/補記、toxandoria)、従来のコンピューター科学者に大きな変化が訪れている。(それは、「美」(オミクス生命環境への賛歌と畏敬)は「死」と同じく<偶然性の必然性>であるのかも?という気付きと似ている鴨?Cf.↓★/補記、toxandoria) by Anil Ananthaswamy20211102MIT.rev.https://www.technologyreview.jp/s/259716/how-computing-has-transformed/

【美意識(美的感性調和)、生物はなぜし(死)ぬのか、潜性イノヴェーションの三題噺】両著書(↓)とも未読なので可成り独断的(or直感的かつ手前勝手)な言い草に聞こえるかも?だが、これ[細尾真孝著『日本の美意識で世界初(のイノヴェーション(リアル・エネルゲイア)?/補記、toxandoria)に挑む(山口周氏、推薦/ダイヤモンド社)]は、小林武彦著『生物はなぜしぬのか』(講談社現代新書)と必ず併読すべきかも知れない潜性イノヴェーションとリアル・イノヴェーションの違いについての理解を深めるために!)。それは、「美」(オミクス生命環境への賛歌と畏敬)は「死」と同じく<偶然性の必然性であるのかも?と思われるからだ。・・・《注》[<偶然性の必然性、[カンタン・メイヤスー(仏の思弁的実在論、新実在論のジャンルの哲学者)の著書『有限性の後で』(人文書院/Cf.当記事、第2章‐(2)『新しい実在論』の三人の先駆者)の副題:≪偶然性の必然性の試論≫]より

スクリーンショット 2021-11-03 160853_R

【参考資料】コロナ後の世界(グローバリズム海流)で溺れるバカリ!を放置・傍観する『新資本主義』(@岸田内閣)なる呪文の誤魔化しではなく、トライバリスト(お仲間第一の部族主義者)が支配するノマド(nomade/遊牧民)的な自由(原理)主義から正統保守が支持されるセダンテール(sédentaire/定住民)のための新たな自由主義国(リベラル共和主義の国)への脱皮が必須!ということ!?/解釈的「補記」、toxandoria(水のイマージュ) ) →■内田樹の研究室「コロナ後の世界」20211015
http://blog.tatsuru.com/2021/10/15_0921.html

(2)リアリズム倫理に根差すリアル「リベラル共和」の鍵となるのが『シナプスの“刈り込み”と『“数学の本来性” et “数学洗浄”』

◆水のイマージュ2@tadanoossan2/【アバター“草の根”が住むスマートシティ?/苦wスマートシティのデジタル化はデータで全てが繋がることでそのプロセスにお金が十分流れるのが重要!は分かるが、そのお金にAIデジタルデバイドが付き纏うのが問題?Potenzの転換が必須では? →森川博之・東大大学院工学系教授の「草の根」から始まる新しいスマートシティ論1115MIT.Rev. https://ascii.jp/elem/000/004/075/4075019/

<注>森川博之・東大大学院工学系教授・・・モノのインターネット/M2M/ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。新世代IoT/M2Mコンソーシアム会長総務省情報通信審議会部会長、国土交通省国立研究開発法人審議会委員。著書に『データ・ドリブン・エコノミー』『5G』などhttps://school.nikkei.co.jp/lecturer/article?tid=NBS5TO

アホ・スマートシティ

午後5:09 · 2021年11月15日·Twitter Web App https://twitter.com/tadanoossan2/status/1460158048324882436

やはり、岩内章太郎著『<普遍性>をつくる哲学―「幸福」と「自由」をいかに守るか―』(NHK出版)が最重視した「善の原始契約」という、近代社会の始まりの覚醒となった“その意味での原初的意識”を取り戻し、それを再び遍く共有する工夫が肝心であるだろう。

その意味でも、そもそも近代市民社会の始まりのもう一つの覚醒のはずであった、“格差を当然視する階級社会から”の脱出についても、より明確に再確認し、再び遍く共有する工夫に取り組む必要がある

が、周知とおり現実には本格的な「(Machine-to-Machine/人が介在せず機械同士が相互に情報交換する共同企業体)」社会化の風潮が声高に謳われる一方で、必然的にそれに伴う深刻なAIデジタルデバイドに因る大格差の拡がりである「人間の壁(“”エネルギー通貨マター)」が放置されている

「人間の壁(“”エネルギー通貨マター)」の問題については、[第4章: 「普遍性」の真の条件と見るべき「潜性イノヴェーション」、そして「アイデア資本主義」の問題]、および下記★)を参照していただくこととして、再び、ここでは[リアル「リベラル共和」の鍵となる『シナプスの“刈り込み”』と『“数学の本来性” et “数学洗浄”』]に触れておく。

★科学と倫理(リアリズム倫理)の距離は近い!/大格差、人間の壁がDX肥大症化!「リーン高度生産性Vs伝統労働力」はAI構造災に非ず重力・変分原理ら科学「知」に関わる根本的な誤謬 or 作為(Pseudo)の人災!https://note.com/toxandoria2/n/n7f729d5bf46c

岩内章太郎が語る「善の原始契約」についての最も核心となる部分を繰り返せば、次のとおりである。また、それこそがリアリズム倫理の根拠となるものであった(Cf. →第3章-(3)宇沢の『数学の本質と社会的共通資本』が共有すると見るべき五つの特性こそがフィデュ―シャリー(リアリズム倫理)の基盤 )。

・・・⦅善のイデア(プラトン哲学で最高のイデア)が「認識」と「存在」の根拠だとすれば、<善の原始契約>は「生成の根拠」(<注>オミクス生命論的な意味での最低限度の制限的な“生成の根拠”/補足、toxandoria)である。・・・

上の「善の原始契約」、および[第3章-(3)]でも触れたのだが、善の原始契約(そもそもはヒュームの論に基づく/Of the Original Contract
David Hume 1752)の
根本(細部の深層/オミクス生命論でいえば、その最も苛烈な側面)には、“ホッブズ流の「赤の女王」の問題があるとはいえ、その一方で、近代的な人間社会が成立するための最深部の基礎条件(紙一重の違いの差異ながらも)としては、近代社会成立の前提となった「社会契約」(性悪説を前提とする)に対し、性善説たる「善の原始契約」を前置する他に術がないということであった

そして、この両者(善の原始契約と社会契約)の関係が、恰もオミクス生命論(紙一重の“善の原始契約”なる一回性の危うい均衡内に包摂された in viboの世界!即ち、その意味で地球の自然・生命環境が辛うじて維持され、紙一重で持続しているというフラジャイルな現実を直視するオミクス生命観)と診療医学(自由で平等な近代市民社会を生命科学の側面から維持するための医療技術)の関係に見えてくるのが興味深いことだ

画像74

ところで、稲葉信一郎「政治の理論ーリベラルな共和主義のために」(中公選書)は、この書のまとめとして、[先ず、以下のように述べたうえ、更に興味深い展望を終章で示している(・・・~、~、~・・・)。

[民主主義と自由主義は両立するのか。現代政治学の焦点の一つから、今日的な政治の意味が浮かび上がる。すべてが「資本」として流動化していく世界で、いかに資本主義と折り合いをつけ、どのように公共世界と私有財産を構築・維持していくか。これが「リベラル共和主義」にとっての基本課題である。・・・以下、省略・・・]

・・・ここまでの規範理論的な立場からする「リベラルな共和主義」のための弁証は、我々が大切に思っている「自由」であるとか「平等」といった価値理念、あるいは本来の意味での「政治」の源流を探りあて、そうした理念を析出し、またそうした理念を具体化していく政治システムについて想像をめぐらしてみる、」というものであったしかしながら、それらは必ずしも、そうした政治システムの実現可能性や存続可能性、頑健性についての考察を十分に含んだものではなかった。そのような考察は、ここまで見てきたような意味での本来の「政治」の立場からは逸脱したものになろうとも、あえて「政策科学的」、こう言ってよければ「工学」的なアプロ―チを必要とする。・・・ここで、引用転載おわり・・・

稲葉信一郎氏は遠慮がちに<「工学」的なアプロ―チ>と表現したか?とも見えるがこれだけ「IoT/M2Mコンソーシアム」社会化(“人間の壁”の頑強化にともなう大格差化社会の固定化)が進んできたからには、<以下のように今や『断定』すべき時>だと思われる

 

<補足>IoT/M2Mの技術標準化、業界アライアンス最新動向 - 総務省https://www.soumu.go.jp/main_content/000415663.pdf 

 

『・・・本来の「政治」の立場からは逸脱したものになろうとも、あえて「政策科学的」、こう言ってよければ、それにも負けず“アジャイル”に人間の壁”の頑強化にともなう大格差社会の固定へ対処(より効果的に対峙)するため必要なのは、矢張り更に一歩踏み込んだ<オミクス生命論的なアプロ―チ>ということになる。』

さもなければ、これからの政治学は<デジタル化スマートシティ」構想>の二の舞で、【アバター“草の根”市民のための政治学】にすらなりかねないからだ。つまり、これでは[AI‐IOT/DXリーン社会化]での「人災による弊害」と同じことになるだろう

(新たなリベラル共和における『シナプスの“刈り込み”の問題)

ところで、このような「せっかくの問題意識」が、ただの「工学」的アプローチの段階に止まるならば、「工学に潜む、本来性(リアリズム倫理のベースでもある原因の空間)と技術性(実用性を追求する理由の空間/市場原理主義、あるいはAIディープラーニングでの“数学洗浄”問題も同轍)という、数学に関わる二つの抽象性の葛藤と鬩ぎ合い(原因の空間Vs理由の空間)で、絶えず前者が後者に飲み込まれてしまうという恐れが大きくなる

それこそが「オミクス生命論の立場から見た超リスク」が付き纏うということである(関連参照 →第3章ー (宇沢の『数学の本質と社会的共通資本』が共有すると見るべき五つの特性こそがフィデュ―シャリー(リアリズム倫理)の基盤))。

つまり、第3章で述べたことのキモを繰り返せば、そもそも数学には「リアリズム倫理(Fiduciary)を育むというリアル良循環をもたらす土壌環境(純粋抽象論理“世界の創生)またはそのための台座(AI・工学・医学分野等での応用技術のための基礎となる環境の提供)」としての重要な役割がある、と見るべきなのだ。老婆心ながら付言しておけば、抽象性には真の抽象性(数学、倫理など)と妄想の抽象性(盲信、カルト、悪魔信仰らの類い)があり、新自由主義市場原理主義)は後者に入る(@T.トドロフ

そして、その良循環とは[・・・リアリズム倫理→原因の空間(数学、言語の空間での選択)→理由の空間(自然と人間社会、いわばenactivism(物象化された心、つまり人が生きるリアル)の全般を含む現実的な事象の連鎖の中での理由の選択)→リアリズム倫理(Potenz化(展相)した新たな倫理観のステージ)→原因の空間→理由の空間・・・という)]という、「~抽象世界~自然環境~人工的リアル世界~抽象世界~」のトータルを巻き込む壮大な流れのことである。

画像109

また、おそらくこのことにも深く関わると思われる現象が、前章で取り上げた[ヒト大脳皮質におけるシナプス数の発達変化と精神疾患患者でみられるその異常]で観察される(参照/↑再録画像)。

つまり、それは「健常者の正常な意識の範囲が、“自閉スペクトラム・ライン”と“統合失調・ライン”の間で、[誕生期~幼児期~思春期~成人期~死期]、一生涯にわたり、ほぼ中央値をなぞるような形で推移していることだ(幼児期~思春期のそれは、やや“統合失調ライン”への接近から次第に中央値へ向かい推移している)。

そして、おそらくこの“中央値をなぞるような形で推移”する“健常者・ライン”のカーブがリアルに意味するのは、いわゆる真の意味での「限定合理」を求め続けるヒトの意識ではないか?と思われる

因みに、(これはまったく勝手な解釈となるが)おそらく此の「真の意味での限定合理」の問題の核心は、同じ蓋然性(probability)であっても、“数学洗浄”(絶えずフェイクのリスク(万一の場合、それは人間社会、自然環境らにとって壊滅的な意味で有害となり得る!しかも責任は取れない!)の問題を抱えるAIディープラーニングよりも、何らかの形でヒト(これは、社会的なヒトの集団をも意味する)の判断(特にリアリズム倫理)が関わった結果としての蓋然性の方が、持続的に紙一重の生のリアル環境の中で生きるヒト(人間社会)と自然環境にとっては、より大きな意味があるということになるのではなかろうか(≒いま、日本を除き!!世界の若者らが覚醒した環境正義の問題!/関連後述)

<補足>

>(明治時代において)Probability についての種々の訳語がひとつに統一されなかったのは(<注>現在は、それが蓋然性に統一されている)、そして積極的に統一運動が起きなかったのは、probability そのものが捉えどころのないものであり,人によって異なるイメージを抱かせたからであろう・・・」、という「中塚論文」について、当論文(↓★)ではあまり評価していないようだが自然科学が、量子物理学・物性物理学の深化、そしてAIの積極利用とオミクス生命論へと進みつつある、という現在の水準まで発達し、有限な地球の自然環境と民主主義のPotenzに関わる議論が更に深化(多様性、ジェンダー論、SDGSなどへと)してきた現代においては、おそらくそれは真逆ではなかろうか?何故なら、「ヒトが人によって異なるイメージを持つ」という現実は、実は「リベラル共和」が意味することと、これからも深く関わると思われるからだ。

★(論文)公算 vs.確率(2)―Probability(現代の訳語は蓋然性)とは何を意味するのか―河野 敬雄(現在京都大学名誉教授)、
https://www.math.kyoto-u.ac.jp/alumni/bulletin3/kono.pdf

(関連情報/↑再録)コンピューティングの世界が決定論から確率論に移り(<注>只の回帰ではなく、おそらくPotenzの展相?/補記、toxandoria)、従来のコンピューター科学者に大きな変化が訪れている。それは、「美」(オミクス生命環境への賛歌と畏敬)は「死」と同じく<“紙一重”の偶然性の必然性>であるのかも?という気付きと似ている鴨? by Anil Ananthaswamy20211102MIT.rev.https://www.technologyreview.jp/s/259716/how-computing-has-transformed/

ともかくも、ヒトの「限定合理」意識の問題は、おそらく細胞内でのミクロ(超ミクロ?)なオミクス・レベルの“生理学・化学・物性物理学・量子物理学、etc. ”的な活動(例えば、分子カスケード、シグナル伝達、エピゲノム、etc./Cf.↓★)とも何らかの関わりがあるのでは?と推測される

★シグナル伝達と(分子)カスケード、クロストーク、ほか/日本薬学会
https://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E3%82%B7%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%AB%E4%BC%9D%E9%81%94

・・・細胞によって、ある種のシグナル(情報)が他の種類のシグナルに変換される過程。シグナル伝達には多彩な経路が含まれるが、一般には細胞膜上の受容体に、ホルモンなどの細胞外シグナル分子が結合することに始まる。これに引き続き、セカンドメッセンジャー(二次メッセンジャー)や酵素などにより、細胞内の因子が次々にシグナルを受け渡し、その過程が進むにつれ、関与する酵素や分子の数が増大していく。最終的には細胞の機能変化や核内の転写因子による特定遺伝子の転写調節、アポトーシスによる細胞死などをおこす。このような反応の連鎖を「カスケード」と呼び、少しの入力情報から大きな反応(その細胞に固有の機能や、細胞の増殖・分化など)を誘導している。また別の経路との間で影響を与え合うこともあり、これを「クロストーク」と呼んでいる。ステロイドホルモンなど、細胞質内の受容体と結合し直接転写を制御する場合もある。
・・・

わざわざ、ここで“真の意味での”と強調したのは、それが只のチャランポランかボンヤリーヌ意識、又は『“非常に薄気味が悪い”、国体の本義ならず、そもそもの信仰的“本義”からズレまくった謂いで、余りに異様で倒錯的なアナクロ・フェルキッシュ政治/≪Abe≫Phallus Paternalism』の如く余りにもカルトな(or オカルトな?)意識とは、それが全く異なるということである(w)。


(新たなリベラル共和における『“数学の本来性” と “数学洗浄”』の問題)

くりかえすが、宇沢弘文は、客観的・科学的・物性物理的に、特に「数学の本来性」を十分に深く理解するためには、「日常と生命環境の論理」の解釈と保全に必須の<文化、倫理歴史、言語>など人文・社会的な所謂「暗黙知」(ヒトの生命の周辺の世界)を先ず理解すべきだと主張している。

その上で「科学知のプロセス」、つまり『 ~ →数学等抽象知の応用→リアル実在の観察と経験→仮説概念の構築→数学等抽象知の再構築→ ~ 道程が意味することを十分に吟味し、しかし同時に自然環境への畏敬の念を保持しつつ、この両者のバランスが取れる真の「科学知」を社会工学AI技術の有効活用の場面で生かすべきだ、ということになる。

一方、このようにヒューマンな「リアリズム倫理」の意識と対照的なのが「AIアルゴリズムの思考の世界」である(それがヒト並みの意識的な思考の世界であるか否かは、とりあえず脇へ置くこととする!)。

すでに[第4章-(2)「数学洗浄」による「AI万能批判」の問題]で詳述したが、AI研究者ジャネル・シェインによると「アルゴリズムは数学を普遍性があるものと客観視しない」ので、AIの思考には様々な偏向が付き纏っており、それが多様な形で有害なバイアスを伴うことが知られている。

極端な場合、「関数の不能解」を<恰も有意と見て“利用”>する、いわばヒトの思考からすればフェイク(虚偽)であることを、それと真逆に「意義あり、真実だ!」と判断してしまい、それを利用することもあるので(それはなんだか『≪Abe≫Phallus Paternalism』こと、≪エセ男根≫崇拝フェルキッシュ・カルト一派ソックリの妙に伸び伸びした振る舞いなので不気味だが?w)、それがAI思考の本質的な欠陥(おそらく)の一つとなっている。

それとも、真逆に「AI思考」は、ある意味で≪余りにも人間的な負(醜悪?)の側面/「トークン同一説」の呪縛≫に偏り過ぎているのかも?w(関連参照↓★)

★「トークン同一説」/非法則的一元論:「原因の空間」と「理由の空間」は米国の「心の哲学」の哲学者、Ⅾ.ディヴィドソンの用語。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2021/02/02/022035 および、当記事の[第3章-新実在論、 数学洗浄(AI万能批判等)等の視点で見える新たな「普遍性」の契機]

ともかくも、換言すれば「アルゴリズム」が<「数学の抽象世界」を普遍性のある独立したワールドとして客観視しない(無論、それを尊敬などもしていない!w)>のは、<AIの思考が、数学の抽象世界と自らのアルゴリズム世界の区別ができない>からであろう

一方、ヒトの意識が数学の抽象性の世界とAIアルゴリズムの世界を同一視することはあり得ないのではないだろうか?尤も、一部には両者を同一視している「AIシンギュラリティ論者」もおられるようだが。

 

画像124

  https://www.asahi.com/articles/DA3S15121256.html

関連/ディオファントス問題とは?/数理女子、
http://www.suri-joshi.jp/enjoy/diophantus/

画像125

関連/ディオファントスとは?/3世紀のアレクサンドリアディオファントスローマ帝国時代の数学者。ディオファントス方程式やディオファントス近似は彼の名にちなむ。「代数学の父」とも呼ばれる(Wiki)。https://bit.ly/3FLbaRB

画像126

関連/ワイルズによるフェルマーの最終定理の証明(Wikihttps://bit.ly/3lcx4oO

画像127

ともかくも、あまりにも楽天的でノンシャラン(英語で言えばノンチャラン、お笑い風にパロって言えばアベチャラ~ン )なAIアルゴリズム・シンギュラリティ妄想(信仰)は、「“非常に薄気味が悪い”カルト崇拝フェルキッシュ政治/≪AbePhallus Paternalism」らと同じく、「新たなリベラル共和」への希望にとっても非常に有害であることが理解できるはずだ

(新たなリベラル共和への希望の在処/それは“解釈的エトノス論の世界)

画像110

数学を含めた自然科学および人文《知》の根本的な役割は、決して“新結合エネルゲイア(普通の意味で顕在化した経済イノヴェーション(生産性)、例えば「アバター“草の根”が住むスマートシティ」の如く、“遍く隅々までマネーが行き渡る意味で妙にノンシャラン(nonchalant)なユートピア”‼の追求などということではない

その本来の役目は、<「ヒトと全く対等な現実(リアリズム)との関係性」でありながら、「地球エトノス環境の保全」と「ヒトが遍くより幸せになり続けること」に対し、同時に、真に役立つ「潜性イノヴェーション」という、いわば<外界の思考>の豊かな世界を求め続ける>ことである。実は、それこそ「新実在論」が意味することなのだ

・・・

■解釈的「エトノス(Ethnos/最広義の自然・文化環境)」、即ち「環境正義」の視点について

・・・そもそも論で言えば、エトノス内におけるエントロピー解放手段としての暴力装置(暴政、戦争、財政危機など)を内蔵せざるを得ない国家(統治パターナリズム)の基盤である「法」の根源が、C.シュミット、ハイデガー、H・アレントらの如くノモスだと見る位置に立てば、H・アレントの「社会」の先に、政治・経済が協働して当たるべき真の役割が見えてくる

・・・ノモス(nomos)とは、古代ギリシアのノモス法(古代ギリシア語で国法・法律の意味、そもそも習俗・習慣を指したが、不文慣習に対し成文法をさす/https://bit.ly/3qOcBKL)そのもの、あるいは其処に住む住民が平等に与えられる“ノモス法で定められた社会環境・インフラの分け前”のこと。

・・・おそらく、それは「アレントの難解さをフーコーの視座で再構成したもの/@稲葉振一郎『政治の理論‐リベラルな共和主義のために‐』(中公選書)」に重なると思われる。

・・・解釈的エトノスとは、『人間の生命と社会生活の維持に必須となる一定のローカル地域の自然・歴史・文化環境と深く共鳴して“人間性を未生へ繋ぐ揺籠(培地)”となし得る開放系の共有観念、および風土または過去〜未来に渡り生存環境のミクロ馴化を受容しつつも地球自然環境に関わる伝統的・人間的な全体性の“持続”を最重視する寛容な意識、およびその受け皿となるローカル風土』を意味する。即ち、これこそが「環境正義」のベースとなるものと言えるだろう。https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2020/06/04/155449

・・・因みに、ここで言う生存環境のミクロ馴化は「オミクス生命論、エピジェネティクス、マイクロバイオーム・ワールド、数学・量子物理学・物性物理学の理解の深化」などを意味する。


(今こそ再認識すべき労働組合の役割)

一般の国民・市民層の『日常生活の営み』という日常経済のリアリズム(最深層の潜性イノヴェーションの可能性も視野に入れた)の活性化に関わる政治活動に、常時、取り組むことが最も重要な労働組合の役割である。

特に、<無産化したルンペン・プロレタリアートらの有産化>への対処が重用である。従って、喫緊の具体的な目標として意識すべきは、市場原理主義がもたらしてきた<“人間の壁1,2で格差拡大装置化した資本主義のあり方>の矯正への取り組みが急務であるということになる(関連参照 →『第4章(1)-『潜性イノヴェーション』と『人間の壁(エネルギー通貨マター)』の無視は、本格的なAI時代に更なる大きな危機を招く!』

別にいえば、それは資本主義社会において本来あるまじき只の既得権「保守機関」へ変質した日本の名立たる大企業(群)と労働組合、例えば日本「原子村」コンソーシアム、あるいは(株)電通らの「メディア&ジャーナリズム監視・統括」企業、および<連合>を筆頭とする「労働組合」等の問題である。

これらの悉くは、今や只の「レント(過剰利潤)の死守機関」化している。彼らは、その殆どが「マネー&金融マネージャー資本主義」の尖兵として、グローバルマーケットなる「赤の女王」の暴走のための旗振り役と化ししてしまった!だから、特に「労働組合」を“一般社員(一般市民層)の日常生活とビジネス(『企業自身のイノヴェーションと『個人の生活基盤と一体化している潜性イノヴェーションの両者)の“対等活性化”を強力に支える本来の意味がある組織へと、そのあり方を根本から見直すのが最も重要だということである。

ところで、そもそも「労働組合」は、本格的にリベラル共和主義を志向する爾後の時代にこそ、貧困の根本的な解決のために必須の“産業民主主義(国民のための産業組織論)のベース・キャンプ”となるべき存在であったはずなのだ

だから、労働組合そのものではないが、「<1970年以降の「ネオ・スウェーデンモデルに見る協同組合と政府「転換X」・・・https://synodos.jp/economy/9541の「産業政策面での日常における矛盾や過剰の調整」を担うというスウェーデンの協同組合の重要な役割“」が参考になると思われるスウェーデンの消費協同組合はスウェーデン政府から一定の役割が託されている。つまり、そこでは「組合のあり方に関するルールが明確で、それ自体に政権や行政権者の胸先三寸の判断の余地がない!」という<リアリズム倫理>の原則が常に意識され、当事者・関係者そして国民によってそれが共有され続けている(委細は下記★を参照乞う)。

★日常を凝視するスウェーデンモデルへの宇沢弘文の貢献とFiduciary(リアリズム倫理&“変異の閾値”の制御)に無知なスガ「Kook権力」(アベノミクス)の玩具と化し不幸のどん底に嵌る日本国民!https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2021/02/02/011339 


(特筆すべき、『アソシエーション運動』と『世界に広がるジェネレーション・レフト』の動向)

更に、注目すべきは(内外の市民層が主役となる伝統的なアソシエーション運動(日下部 史郎『新自由主義に抗して―スーザン・ジョージと世界市民運動―』(SSBパブリケーションズ)、と“直近の世界的な(ノンシャラン日本!以外の)拡がりである。

後者は『米国から派生し世界の若者たちの間で多様なメディア・ツールを介し拡散する変革へのうねり、いわば左派的主張に共感する世界の若者たちが噴出させるジェネレーション・レフトなる新たな改革要求のエネルギー』である(Cf.↓★)。現下の日本で、このような動きが低調であるのは、実に慙愧に絶えない

それどころか日本では大阪“発”の「ネオ自民」こと“維新”なる「ミニ≪AbePhallus Paternalism(カルト崇拝フェリキッシュ政治)タイプアナクロ極右政党」(自民“補完”役の野党)が急速に躍進?しつつあるhttps://www.asahi.com/articles/DA3S15117100.html

★『ジェネレーション・レフト (Zbooks)/著者 キア・ミルバーン (著)、斎藤 幸平 (監訳・解説)https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784909237583

画像44

画像109

・・・

ところで、一般的に言えば自然(自然環境)系内に位置付けて見た場合の「in vitro (実験環境内)とin vivo(実験環境外) の区別」は研究分野によって多少異なっているが、それは、「どのレベルを生きている環境系と見るかの違い」ということに因る。そのため、「生命環境そのものについての理解」は相対的なものになる

というか、岩内 章太郎の「新実在論」的に見れば“ポストモダンの表層的な相対論”を超えて!“というが如く、従前とは異なる新しい角度から切り込まざるらざるを得ない。だから、それは例えばマルクス・ガブリエルの「外界の思考」、あるいはグレアム・ハーマンの「現象学的言語ゲーム」の如き斬新な視点で、社会全般にわたる諸問題へ取り組むべきだということになる

また、ヒトが認識する自然についても、(1)地球環境の内外で分ける(即ち、“内=自然(生命系)、外=非自然(非生命系)”)とする考え方と、(2)地球環境~全宇宙までを含めて一様のオール自然と見なす考え方、の二通りが成り立つことが理解できよう。そして、例えば「AIシンギュラリティ」論は明らかに(2)の立場である但し、「AIアルゴリズム・ワールド」自身が、果たしてそのようなことを自覚(意識)しているかどうかは甚だ疑わしい!(w)

(補足1)▼「永続性の原理」について

自然界の一部たる人間社会もある意味で広義の「永続性の原理」(持続的な対称性バイアス、つまり同調圧力のジャンル(自然界でも作用する物理・化学的な相転移・熱伝導・濃度希釈など広義の“忖度・同調”への傾斜圧力)の誘惑を可能な限り断ち切り、または遅らせつつ最大限に定常性を維持するため暗黙知に照らしたリスク分散/その全体を保証する原理が、おそらくハーネス調教に似る自然計算のプロセス(関連/Cf.↓★))で補完されている可能性が高い。

★想定上の完全AIアンドロイドはなぜ胡散臭いのか? それは「アナログ/自然計算(“暗黙知”ワールド?)」と「デジタル/AIディープラーニング(“形式知”抽出マシンワールド?)」の溝の深さによる?(仮説)、https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2019/09/02/125003

ただ、「民主主義は未完の営為であるとの謙虚さ」(これが倫理観の大地!)を前提にすれば、厳密には「永続性の原理」にもローカル自然環境や広義の伝統文化または歴史発展的なものとの絡みで非常に多様なヴァリエーションがある

そして、その意味での多様なヴァリエーションを意識しつつ工夫を凝らした典型が、現在の民主主義の維持を目的とするヴォルテールの合理的精神に基づく権力批判の実践ということである。

また、そのヴォルテールに刺激を受けモンテスキューが着想したのが「三権分立」であり、それに「メディア(第4権力)」が加わる権力分散(四つの権力)の形が、今の世界の常識では当たり前になっているが、特に今の日本では、このこと(四つの権力の相互監視)が殆ど機能していないし、ノンチャラン(orアベちゃらん?)化した国民の意思はそのことを今や全く忘却したのか?とさえ見えている

ともかくも、これが現代民主主義の「法の支配の原則(法と秩序)」の中核となる共有観念である。しかし、「安倍晋三・一派≪AbePhallus Paternalism」こと、「穴黒カルト崇拝政治権力派(フェルキッシュ)」に連なる政治権力者たち、および彼のドナルド・トランプ、あるいはエリック・ゼムールらを初めとする現代世界の極右政治家と呼ぶべきジャンルの輩も、この点が全く分かっていないようだ!

◆水のイマージュ2@tadanoossan2/「国家宗教:アベ・フェルキッシュ」の勝利!?et 来年6月、アベの岸田降ろしで高市総理が爆勝!?w(@週刊ポスト11.19/26号) →自民過半数「よかった」47%/維新支持が大幅増、3から9%へ 1108朝日 

画像93

午前7:09 · 2021年11月8日·Twitter Web App https://news.yahoo.co.jp/pickup/6409143

「第4権力」の意識が殆ど希薄化した(あるいは疾うに捨て去った!)日本メディアの謎?いっそ日本メディアはジャーナリズムの看板を下ろし「≪Abe茶色≫Phallus Paternalism御用達しビジネス」路線に100%徹した方が無害(というか≪Abe茶色≫好みの国益に大いに貢献する)かも神社?!whttps://twitter.com/tadanoossan2/status/1230623511305080833

・・・

ところで、この民主主義のあり方こそが「剥出しの、換言すれば善・悪を超越した苛烈なゼロサムの生存競争」に曝される生物・動物一般との「良い意味での違い」(信頼に基づく人間社会)を保証してきたといえる。

しかし、そこには「人間社会」故の逆説ともいえる、自分自身がまさに「赤の女王」の化身(悪魔の受肉(インカーネーション!)なる倒錯の実存)であるという恐るべき現実が一切視野に入らぬ(又はそれを敢えて一切無視する)ゼロサムの「ファシズム」が出現する可能性が必ず潜んでいる。

従って、上で見た[“四つの権力の形”(=モンテスキューの「三権分立」に「メディア(第4権力)」が加わる権力分散]こそが、(AIシンギュラリティ論者らは脇へ置くとして)我われ普通のヒトが生きる本格的な民主主義(リベラル共和)の社会においても、最低限度の条件であることが理解できる

 

[参考資料]水のイマージュ2@tadanoossan2/安倍政権(国家宗教:アベ・フェルキッシュ)の<公文書改ざん>を真正面から描くNetflix版『新聞記者』に米倉涼子、綾野剛、横浜流星など、豪華キャストがずらり20211107リテラ https://lite-ra.com/2021/11/post-6069.html

画像94

午後6:08 · 2021年11月8日·Twitter Web App https://twitter.com/tadanoossan2/status/1457636191738597378


<補足>▼「仏大統領、原発増設を表明/エネルギー価格高騰で 2021年11月10日  ロイター」について https://bit.ly/3oAIjIv

画像110

・・・

画像117

・・・画像(↑)は、https://www.businessinsider.jp/post-244711 より転載。

(参考資料)■仏、脱炭素を目指し福島事故以降、初の原発新設 背景にガス高騰と大統領選か/EnergyShift編集部 2021/11/10 https://bit.ly/3Dnwvj4

≪所見≫

[1][「プロローグ-補足」の再録]→リベラル共和の表象の例として<シラー美学、ie 詩的正義(政治的両義性)に関わる「美的感性の調和」https://bit.ly/3qzyKw3)>を取り上げたが、目下、その歴史的・芸術史的な表現者とも言えるフランス共和国では、大統領選を5カ月後に控えたマクロン大統領が、保守派への配慮からSDGs絡みの脱炭素&気候変動対策の切り札として“原発増設(原発重視への回帰)”を表明し。そのためフランスではその「リベラル共和」風の芸術的な(シラーの流儀で言えば“詩的正義” の)空気に急速に陰りが漂い始めている。


[2]この「仏マクロン=原発建設・宣言」の問題については、主要メディアが広く報じている視点(Ex.↓(1)、(2))と些か異なる角度(例えば/↓■:@WIRED(US) TEXT BY DANIEL OBERHAUS)から俯瞰すると、そこからは全く異なる光景が見えてくる

次世代の原子力発電所は、もっと小型で安全になる?しかし、もし米国で原子力発電がもう一度チャンスを得るには、これが残された唯一(つまり、最後)の道なのかもしれない。20200225 WIRED(US) 
https://wired.jp/2020/02/25/the-next-nuclear-plants-will-be-small-svelte-and-safer/

スクリーンショット 2021-11-20 142833

(1) フランスはもともと、発電量の7割(19年)を原発に頼り、中国などでも建設を手がけた原発大国だ。だが、東京電力福島第一原発の事故後、オランド前大統領は原発への依存度を25年までに50%へ下げる目標を掲げた。1112朝日 https://www.asahi.com/articles/ASPCD62G6PCDUHBI004.html

(2)フランスが小型の原子力発電所に加え、通常規模でも数十年ぶりに建設を再開します。「エネルギーの自立と国内の電力供給のため」。脱炭素政策が背景にあります。1110日経https://twitter.com/nikkei/status/1458283282978770946

・・・

世界の最先端動向と見るべき米仏エネルギー業界をめぐる状況の裏には「風力・太陽光など再生可能エネルギーの発電コストが急速に低下」しているため<たとえ安全とされる小型原子炉でも、それは需要を獲得できないかもしれない>という厳しい現実が見えてくる。言い換えれば、それは「原子炉規制上の承認プロセスと気候変動悪化の熾烈な競合」という実に悩ましい事実があるということだ

無論、天然ガス価格の高騰と5か月後に控えた大統領選挙(マクロン支持率の低下、極右派エリック・ゼムールの台頭など)という背景もある。しかし、そもそもフランス政治の背景には、<「伝統のディリジスムhttp://note.masm.jp/%A5%C7%A5%A3%A5%EA%A5%B8%A5%B9%A5%E0/)、ゴーリズム(ド・ゴール主義)両派を中心とする保守系」 Vs 「中道・左派両系/勿論、両系も対立関係!」>という対立がある。更に左派内でも原発系等の国営企業派を巡る民間系労組との対立もあり、加えて、多数派「ポピュリズム層」が存在するという複雑な構造となっている。

が、だからといって共通理念である「共和国フランス」への共感を多くのフランス国民は捨て去ってはいない併せて、注目すべきがWIRED(US) レポートが示す「小型原発開発の先進国である米国の動向」ということになる。

 

関連/◆水のイマージュ2@tadanoossan2/1.5℃実現の可は減りつつある!∴新自由主義(科学の政治・経済利用)からオミクス生命論への「意識の転相(Potenz)」こそが肝心! →(記者解説)若者層&途上国が求める「気候正義」実現への道 不公正の是正、欠かせない市民の力:編集委員・石井徹1122朝日 asahi.com(記者解説)「気候正義」実現への道 不公正の是正、欠かせない市民の力 編集委員・石井徹:朝日新聞デジタル

画像120

・・・「1・5度」が目指すべき共通の目標になったが、実現の可能性は減り続けている ・被害の拡大とともに、若者や途上国から「気候正義」を求める声が高まっている ・脱炭素社会の実現にはトップダウンではなく、…
午後3:46 · 2021年11月22日·Twitter Web App https://www.asahi.com/articles/DA3S15118597.html https://twitter.com/tadanoossan2/status/1462673894934908930

それは、フランスにせよ、米国にせよ、国連の下★の「SDGsの理念」に基づく<気候変動>対策の舞台(今や、科学認識に基づき世界が遍く共有する大義名分)の上で「原子炉規制上の承認プロセスと気候変動悪化の熾烈な競合」という、言わば<「赤の女王」と「生命オミクス論」の抗争>の如き、ある意味で今や退路を断たれた、人類と地球生命環境にとってのっぴきならぬ鬩ぎ合いの状況になっているということだ

★「誰一人取り残さない(leave no one behind)社会の実現のため、MDG開発途上国向けに設定された目標であったのに対し、「SDGsは貧困、飢餓といった開発途上国の課題だけでなく、気候変動、イノベーション、働きがいなど、先進国の課題も内包する広範囲な目標である。発展途上国だけでなく、先進国も含めた地球全体を見回した時に、この17項目の課題全てを解決すれば、地球の持続可能性が担保される」ということになっている。https://100years-company.jp/articles/topics/0603524

一方、周知のことだが「原子力など先端科学技術をめぐる米仏の抗争」も益々ヒートアップしている(従って、フランスは小型原発で米国に負けられない!というのがホンネであろう?)同時に、マクロン政権の足元では、「事実上、強大な政治パワー(EDF:フランス電力公社を主軸とする、国策体制、https://atomica.jaea.go.jp/dic/detail/dic_detail_1713.htmlhttps://bit.ly/3clFtkY)」を保持してきたフランスの“伝統的な先端”技術(論理矛盾?w)とも見える「原発(原子力系産業)」自体が、今や、果たしてフランス経済のお荷物となるのか?それとも新たな希望なのか?」が改めて問われる事態となっている!ということでもある。

従って、その直近までのフランス原発の経済的失態の実績https://bit.ly/3clFtkYを踏まえれば、「マクロンの原発(従来型)の最大6基、新設!」を文字どおりに受け取ることはできず、たぶんにそれは支持層の拡大へ向けた大統領選を意識したリップサービスと見るべきかもしれない(Cf.→ https://www.jstor.org/stable/j.ctvxrpxrw.6?seq=1#metadata_info_tab_contents)。

おそらく、その紆余曲折の大論争の過程(フランスだけでなく、世界中を巻き込んだ形での)では、愈々、原発の分野でもオミクス生命論との絡みで、より深い議論が進む可能性がある

それは、オミクス生命論の知見の広がりが環境問題のマクロ側面(例えばグローバルな気候変動の局面)だけでなく、個体生命内の細胞レベルにおける超ミクロな“生理学・化学・物性物理・量子物理”学的な「機序」(Ex.分子カスケード、シグナル伝達、エピゲノム、etc./Cf.↓★)に対して放射線被曝の問題が大きな影響を与え、かつリアリズム倫理に関するショック(覚醒)となって拡がる可能性もあるからだ関連参照→第5章-(2)-新たなリベラル共和における『シナプスの“刈り込み”』の問題/又、“リアリズム倫理と科学の距離”については、下の記事■も参照乞う!)。

★シグナル伝達と(分子)カスケード、クロストーク、ほか/日本薬学会
https://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E3%82%B7%E3%82%B0%E3%83%8A%E3%83%AB%E4%BC%9D%E9%81%94

■科学と倫理の距離は近い!/大格差、人間の壁がDX肥大症化!「リーン高度生産性Vs伝統労働力」はAI構造災に非ず重力・変分原理ら科学「知」に関わる根本的な誤謬 or 作為(Pseudo)の人災! https://note.com/toxandoria2/n/n7f729d5bf46c

・・・

いずれにせよ、長期を見据える気候変動対策であるからこそ、さまざまな利害や思惑の坩堝(るつぼ)と化しているだからこそ、気候変動対策は原発の問題を巻き込みつつ紆余曲折を経ることになるのではないかと思われる。とはいえ、真の「リベラル共和」への接近のためにも!、そうした紆余曲折は必ずしも悪いことではない

画像115

f:id:toxandoria:20211128065657g:plain

f:id:toxandoria:20211128065737g:plain

それにしても、フクシマという過酷な原発事故を経験し、その技術的な後始末も、被害を被った非常に多くの方々への救済も、これらが一切何も終わっていないにも関わらず、岸田内閣(≪Abe≫Phallus Paternalism、i.e.『Abe“エセ男根”信仰カルト権力』の怨霊(英霊妄想)が憑依したか?としか見えない)の煮え切らずチャランポランなエネルギー政策を傍観するばかり!という、このノンシャランな日本の空気とは! これは一体どうしたことなのだろうか? 東京新聞だけが、ひっそりと?以下◆のように、「行き詰まった核燃料サイクル」の問題を報じていた。

行き詰まった核燃料サイクル 施設の廃止作業は遅れ、工場完成は見通せず1107東京新聞 https://www.tokyo-np.co.jp/article/141334
・・・ 政府が原子力政策の柱とする「核燃料サイクル」が行き詰まっている。中核を担う原発の使用済み核燃料からプルトニウムなどを取り出す再処理工場は完成が見通せない。稼働した施設の廃止作業も放射性物質を含む廃液処理すら進まない。岸田文雄首相は脱炭素社会に向け二酸化炭素を排出しない原発の維持姿勢を示すが、核燃料サイクルの見直しは避けられない

画像111

                   (完)