toxandoria:旧「toxandoriaの日記」

W,Ⅴ.O.クワインによれば、地理や歴史から物理学や数学、論理学までに至る知識や信念の総体は周縁部(フリンジ)でのみ経験と接する人工の構築物ないしは「境界条件が経験であるような力(持続的ダイナミズム)の場」とされ、この描像の下で理論(又はイデオローグ)と合致しない観察結果が得られたとき生ずるのは何らかの特定の仮説の撤回ではなく、信念体系内部の各命題に割り当てられていた真理値の再配分であり、そこには多くの選択の余地(つまり無限の可能性が絶えず拓ける状態)がある。中山康雄著『科学哲学』(人文書院)

■啓蒙思想初期に周知!のタナトスはヒトの共有エルゴン、i.e.その悪の情念の天敵はアナログモーダル(健全なヒトの意識)!先行把握の身体知で新しい「社会構成」への展相が急務(1/5)

(健全なヒトの意識)見出し画像
啓蒙思想初期に周知!のタナトスはヒトの共有エルゴン、i.e.その悪の情念の天敵はアナログモーダル!先行把握の身体知で新しい「社会構成」への展相が急務(1/5)

(プロローグ)

意識のプラットフォームはアナログ・デフォルトモードフラッシュ?

印象派を代表する画家の一人であるアルフレッド・シスレーの魅力は、いわばそれが画家(i.e.ヒト)の意識の「アナログ・デフォルトモードフラッシュ」(委細後述:第1章↓)のあまりにも見事な表現であること?】・・・(↓Related image)Alfred Sisley 「サン=マルタン運河の眺め/View of the Canal Saint-Martin」1870 50 x 65 cm Musée d'Orsay, Paris, France /https://www.wikiart.org/en/alfred-sisley/view-of-the-canal-saint-martin-1870 

シスレー 「サン=マルタン運河の眺め」1870  50 x 65 cm   オルセー美術館、パリ
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Alfred Sisley/self-portrait

    
【注記】コンピュータ用語のプラットフォーム(platform)はサービス、システム、ソフトウェアを提供したり、カスタマイズしたりするため必須となる標準環境(Standard Software)なる基盤を意味する。・・・IT‐Web(インターネット)で遠隔の情報処理を行うためのクラウド環境でも、必ずプラットフォームが必要である。更に、様々な工場や製品がネットで繋がる近未来の産業社会でも、どのようなIoTプラットフォームを共通基盤とするかが重要となる。

【注記】Alfred Sisley(↑self-portrait), French Impressionist Landscape Painter[Alfred Sisley was Friendship With Pierre-Auguste Renoir and Claude Monet . He became close friends with Pierre-Auguste Renoir and Claude Monet, two of the most prominent impressionists. The trio often painted and socialized together. ]By Bill Lamb Updated on June 30, 2019https://www.thoughtco.com/alfred-sisley-4691533 ・・・なお、「サン=マルタン運河の眺め↑」の情報源(出典)であるWikiArtの開発者はウクライナを拠点としており、2010年以来、その編集長は同じくウクライナ美術評論家Kseniia Bilashである。https://wikipredia.net/ja/WikiArt

【補足】…全世界の極右軍事派ら i.e.≪脳超硬化≫した「市場原理主義代理人達がプーチン・習・金正恩らを新有能アバターと見るまで重篤認知症>化した証左?むしろ新たな社会構成の創生を目指すアナログモーダルなリアリズム倫理こそが肝要 https://twitter.com/tadanoossan2/status/1536061787313143808

【補足】政府は肝心の啓蒙主義の根本のホネを抜き権威主義との価値観の違いを喧伝中なので其の不誠実さに疑問感じるべき!∴対権力批判と弱者保護の線引きを総メディア巻き込み議論すべき! →「侮辱罪」厳罰化 改正刑法が可決成立 ネット中傷“歯止め”なるか613FNN

https://twitter.com/tadanoossan2/status/1536199886311665664

1 意識の源としての情念、 アナログ・デフォルトモードフラッシュ、そして“時間の矢”の問題

・・・ヒトと「AI‐DLアルゴリズム」、これら二つの“意識”の分岐点となるのがデフォルトモードフラッシュと時間の矢の問題・・・

【注記】デフォルトモードフラッシュとは?・・・このフラッシュ(flash)は、“無心・明鏡止水”化する瞬間(デフォルトモード)への回帰の謂いで使っているので、それはflush(赤面すること)ではない。(苦w)

―意識の源と見える感覚および感情・情念―

生命維持や本能行動に関与する大脳辺縁系による身体の統合“感覚(外・内両受容感覚)”の源が情動作用であるとも考えられる。しかも、情動はかなり強い反応であり、その種類は「げっ歯類(ネズミ目の“ねずみ、りす、やまあらし”ら)」と共通基盤を持つ強い怒り・恐怖・不安などの本源情動から高次の社会的感情(嫉妬・困惑・罪悪感・恥など)まで多岐に渡る(参照情報:情動‐脳科学辞典、https://bit.ly/3t0GS9j)。

ところで、ここで言う[ヒトと「AI‐DLアルゴリズム」、これら二つの“意識”の分岐点]なる表現は、“近未来において、仮にAI‐DLアルゴリズムが“意識もどき”を持てたとしても!?”ということを含意する。

また、Affective computinghttps://bit.ly/3LOoWWe)と呼ぶコンピューター技術の分野があるが、それはAI‐DL( i.e. AI‐DL:ディプラーニング人工知能技術で人間の感覚および感情や感性を取り扱うことである。例えば下のTw情報(↓)は、その先端技術の「ヒト自身のⅩモーダル知覚(=クロスモーダル/五感の相互作用)への応用」だが、これは“AI‐DLアルゴリズムの意識もどき”実現とは全く異なる「ヒトのⅩ(クロス)モーダル知覚」の只の増幅・助長機器である。

―アナログ・デフォルトモードフラッシュ―

生理心理学の用語であるデフォルトモード( or デフォルトモード・ネットワーク /default mode network)には「なんらの思考も関心も、あるいは注意をもほとんど伴わない、無心の安静した状態にある脳(内外の諸環境と全身のオミクス論的な生命活動に包摂された脳内のニューロン・ネットワーク)が示す最小限度の神経活動、言い換えれば漠然とした空想や想像をしてみたり、物事を思い出したりするなどの脳活動」という意味が込めてある。

例えば、プロローグで取り上げた「Alfred Sisley 『サン=マルタン運河の眺め/View of the Canal Saint-Martin』」」の絵画は、そのようなイメージを表現した典型的な事例と言えるのではなかろうか?

シスレー 「サン=マルタン運河の眺め」1870  50 x 65 cm   オルセー美術館、パリ_R

もっとも、おそらく一般的には生命維持の安全のためと思われるが、それは100%のデフォルトではなく、例えば睡眠状態でも左脳(右利きの人の場合)は右脳に比べて覚醒度が高い状態であることが知られている(参照↓◆)。

◆左脳は「夜の見張り番」、“枕が変わると眠れない”わけ/睡眠研究者・三島和夫(秋田大学・医学系研究科教授)、https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/15/403964/120800130/?P=1

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レベッカフィンチャー-キーファー(ゲティスバーグ大学/心理学教授)著・望月正哉ほか訳『知識(メタ認知知識・メタ記憶≒意識)は身体からできている/身体化された認知の心理学』(新曜社によると、心理学者グレンバーグ(Glenberg A.M./米アリゾナ大学、https://bit.ly/3MU4t3u)と同・プロフィット(Proffitt, D.R./米ヴァージニア大学https://bit.ly/3PN278r)は「認知は行為に仕え、行為は身体によって制約され、また情報を与えられる身体化された知覚」という概念を提唱している(厳密に言えばグレンバーグが前段を主張し、プロフィットが“身体化された知覚”(後段)の概念でそれに同意している)。…Rebecca Fincher-Kieferの画像↓は、https://www.researchgate.net/profile/Rebecca-Fincher-Kieferより。

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Prof. Dr. Arthur Glenberg

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両者が主張するのは、「ヒトの視覚の感覚経験は、例えば我われが光学情報である角度の大きさの変化で対象物の大きさ、距離、あるいは光の色調の変化(この場合は可視光の振動数の変化で)を理解したり、又は可視光の入射角の様々な変化で網膜像の大きさの違い、i.e.数学的線形の変化でモノ(見ている対象物)の形の違いを理解できたりしている。」ということである。

プロフィットは、更に「我われの身体は光学情報から一定の意味を導出するための尺度化装置であり、すなわち“身体が知覚的定規”になる」とも述べている。だが、身体の様々な側面の一つだけが全ての場面で適切な定規になるということではない。実際にはアナログモーダル・ブラウジング意識が、時にはソロか、あるいはアンサンブルかオーケストラの様に多様なハーモニーと音色で身体知のメロディーを奏でているのであろう。

また、どの側面かが固定的な定規または楽器として使われるのではなく、それは我々の行為の目的や我われが置かれた内外(オミクス生命論的に厳密に言えば、決して留まることなく絶えず変容しつつ生きている我われ自身の身体の内外)の環境条件によって、その定規も楽器もが生命論的に自在に変化することになる。

しかし、我々の身体が一定の個体(しかも、絶えず生命維持のために一定の健全な安らぎの位置を求め続ける個体)として存在せざるを得ないのと同じことで、それがれっきとした個体生命の一部である以上は、この「身体化された知覚」(身体的な定規)も、一定のデフォルトモード(アナログ・デフォルトモードフラッシュ)へ回帰し、絶えず、そこから日々新たにリフレッシュして、明日を目指しつつ展相(ポテンツ/Potenz)する必要があると考えられる。

【注記】Potenz(ポテンツ/展相)・・・ドイツ語の原義は掛け算された数のことだが、特にシェリング哲学では持続しつつ内在する力が徐々に高まることも意味する。政治・哲学用語では、政治的な意味での健全な共同体の生命力が徐々にパワーを高めつつゼロサム「赤の女王」に抗って持続し発展することを意味する。https://note.com/toxandoria2/n/n71729a662785

そして、興味深いのは、この「ヒトの身体の様々な側面の一つだけが全ての場面で適切な定規になるということではない=身体化された知覚身体的な定規という点こそが、近未来に実現すると予想される「AIアンドロイド」(Cf.↓◆)と「オミクス生命論の下で生きるヒト」の間における「知覚に基づく意識」の根本的な差異ではないか?と考えられることだ(オミクスについては、後述する【注記】生体内オミクス環境(生体オミクス医療研究におけるオミクス)とは?を参照乞う)。

想定上の完全AIアンドロイドはなぜ胡散臭いのか? それは「アナログ/自然計算(“暗黙知”ワールド?)」と「デジタル/AIディープラーニング(“形式知”抽出マシンワールド?)」の溝の深さによる?(仮説)https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2019/09/02/125003 

・・・映画『エクス・マキナ(2016)』の画像↓は、https://deskgram.net/p/1965314503818192166_13432762 より

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―自然計算は情念の海に浮かぶアナログ「暗黙知」ワールドのエルゴンー

・・・アナログ・デフォルトモードフラッシュは、多様性に満ちた自然・社会環境に潜む「暗黙知」のスタート・プラットフォーム・・・

・・・エルゴンは、W.フンボルト(19世紀、プロイセン時代ドイツの言語学者)の用語で、普段は休眠状態にある「±」または「善・悪」など、そもそも両義的な性質をもつ情念or表象のことだが、リアルに活性化するとそれら両者の何れかを表現する言語的な意識活動となる

近年の生命科学、生化学、量子物理学ら先端科学研究フィールドにおける生命エネルギー論では、たとえばATP(アデノシン酸三燐酸)あるいは生体中の微小管(microtubule)などにおける、ヒトの意識プレ生命エネルギー(たるエルゴン)の(おそらく量子論的な?)関係性が注目されつつある(Ex.@R.ペンローズ、Cf.↓★)。

★コンシリエンス的“想像力”に因るリアリズムの復権と自覚が必須!/ バシュラール「形式的想像力・物質環境的想像力」と深く共鳴するマクダウエル「リアリズム倫理学」の核心(第二の自然)https://toxandoria.hatenadiary.jp/entry/2019/09/01/165255

また、そのエルゴン(ergon)の語源(古代ギリシャ語)は、労働、仕事、行為などの意味であるが、ここでは稼働エネルギー(現実態/エネルゲイア、energeia)へ展相(Potenz)するより前の「±の両義的な潜性可能性、i.e. 潜勢態/デュナミス(潜在性)の可動態」を意味することになる。そして、「エルゴン空間」は善悪の評価とは基本的に無関係な生命力そのものに匹敵する自然の摂理と見るべきであろう現代に先駆けて資本主義の根本に係わるこのような懸念に早々と気付き、記念碑的な問題作とも見なされる『蜂の寓話』(1714)で警告を発したのがマンデヴィルである(なお、当マンデヴィルの問題点については第2章で又ふれることになる)。http://park.saitama-u.ac.jp/~yanagisawa/kagawa04/mandeville.html https://toxandoria.hatenablog.com/entry/2019/12/02/063303

◆【ポスト・シンギュラリティの哲学】ユク・ホイ(香港在住で新進気鋭の国際的哲学者)『再帰性と偶然性』(青土社https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784791774463?rec_tp=1&us=dtl&um=rec&uc=ItmRec …kinokuniya-webより部分転載↓

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・・・[出版社内容情報]ポスト・シンギュラリティの哲学/フィードバックシステムをそなえ限りなく有機体に接近した機械に取り込まれて、私たちはいやおうなくシンギュラリティに推し進められていく。果たしてそのような未来は一直線の道路なのか? それとも潜在的な可能性を含んだ豊穣な分岐たり得るのか? ユク・ホイは後者に賭けるために、偶然性を呑み込んで必然性と化す機械の中に飛び込み、そこから再び偶然性を奪還しようとする。それは唯一のシステムという幻想(シンギュラリティ幻想←AI‐DLアルゴリズムが神になると見て、これを煽った?のがユヴァル・ノア・ハラリ/補記、toxandoria)を粉砕し、宇宙と技術の多元性に向かう可能性が秘められているからだ。21世紀の思想史に名を刻むであろう哲学者の思想が凝縮された待望の邦訳。

【注記】対概念である「暗黙知」と「形式知は共にマイケル・ポラニー(1891-1976/ハンガリーの物理化学者・社会科学者・科学哲学者)が提唱した概念。・・・暗黙知」は言葉や数式に置き換えて表せない知であり(∵それは、身体化された認知なる情念の海に浮かぶから!)、形式知」は客観的な言葉や数式に置き換えて表すことが可能な知と定義できる。この両「知」の差異の問題は、特にAI(ディープラーニング/DL)をビジネス・製造・軍事・医療・教育・司法・行政支援等で具体的に利・活用する場面で非常に重要な意味をもつ

(自然計算と南方熊楠の先見性)

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          (↑南方熊楠の画像はウイキより)

自然計算の全体像を論理的に説明するのはなかなか難しいが、日本では南方熊楠の「やりあて」を始めとして、特に医学の世界では経験的(あるいは殆ど無意識)にそれを使ってきている。

【注記】博物学者・南方熊楠の研究手法「やりあて」の実績・・・おそらく、南方熊楠は無意識に自らの脳の働きを一種の特殊な自然計算と見立てた上で、その「やりあて」と命名した手法で、自然計算のハーネス(調教)的な使い方を自らの研究活動の成果に結びつけていたと考えれれる。「やりあて」による熊楠の研究成果は、例えばネイチャー誌に掲載された熊楠の論文数「約50報」がそれであり(日本人最高記録保持者)、この実績は未だに破られていない(出典/https://bit.ly/3lT1pZD)

ところで、鈴木泰博氏(名古屋大学准教授)によると、自然計算の応用事例としては、例えば「幼児性中耳炎(好発は 2 歳)の治療(炎症の原因菌と戦う常在菌を選抜し両菌を混在させた上で後は“武運長久”祈願! として敢えて放置する治療戦略が成功している)」こと、あるいは「最新のがん免疫療法」などが挙げられる(出典:自然計算/201505人工知能30巻3号https://www.ai-gakkai.or.jp/my-bookmark_vol30-no3/ )。

因みに、同じ鈴木泰博氏は自然計算を詳細に論ずるのが難しいのは自然計算ではアルゴリズムを与える主体と計算を実行する主体が同じになって しまうことに因ると説明している。それは、仮に生命現象を含む“森羅万象”(自らが<神>同然であることを自負する?かの安倍晋三氏のことではないが!)に関わる自然計算のアルゴリズムの全指定ができるプログラマーがもしいるとするなら、もはや彼は人間が神と同然化したとも言える存在であるだろうからだ。

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しかも、これは「ヒトの感情とAIの感情もどき」の間に横たわる『不気味の谷』(ロボットを人間に近づけていくと、ある地点で急に違和感や嫌悪感をもつようになる心理/↑画像:https://bit.ly/3mccQvP)とも重なる問題になると思われる。

が、それどころか現実はおそらく「リアル・アナログ世界」と「デジタル世界(コンピューター上の抽象化で実現するAI抽象化デュナミス潜性態の世界」が完全一致する(ハラリが言うところの『AI‐DLアルゴリズムが神になる』)とは思えないので、おそらく人文「知」による何らかのルネサンス的な新たな知恵(クワイン、マクダウエル、ガダマー、あるいはメイヤスーら“意味の全体論”の立場の更なる先にあるetwas?)が創造されなければ、むしろ『リアリズムの危機』とすらなりかねないだろう

また、例えば「電気化学的勾配によるカルシウム・イオン、又はホルモン・酵素等の“内分泌系”情報伝達物質の脳など生体内における移動・伝播の動き、または細胞蛋白質や細胞小器官らの間における情報伝達的かつ物理的な橋渡し役を担う細胞骨格(マイクロフィラメント等(直径で約約5~9nm以下の驚異的なマイクロ・スケール!/1nm=“1/10憶”m=“1/1千万”mm)という超微細組織の働きなど、我われ自身の体内にも実に驚くべきミクロ・リアリズムの世界が存在している。

また、「もしプラトン的な観念が不在であれば数学の概念を我々は理解できないはずだ」との見解や、あるいは「我われの周囲には量子力学を用いて説明できる現象が偏在している」との見解など、これらR.ペンローズ(英国の天才的な数学者・理論物理学者/1931- )の注目すべき主張を裏付ける観測的な事実が明らかとなりつつあること(https://bit.ly/3LSmxJX 、https://bit.ly/3zb3A2J )や、同じくペンローズが強い関心を寄せる重力(量)子(これは未観測!)と生命体(特に脳の働き)との関係性?などの問題もヒトの脳と意識(心)の作用を構成する重要なファクターであると考えられる。それ故、特に脳の全ての働き、i.e.ヒトの意識の問題についてはAI‐DLアルゴリズムだけでシミュレーション的に説明することはできないだろう。

従って、この様なことに加えて「そもそも脳のニューロン・ネットワークを模したAIディープラーニング自動計算には、それが、主に一定の限界があると見るべき“ビッグデータを利用したベイズ推計”によるという現実もある」ため(https://bit.ly/3wW0OfU)、そのトータルが殆ど「暗黙知」的な「自然計算」とAIディープラーニング自動計算との間には大きな落差(断絶)があることが理解できる。

そもそも宇宙の銀河数1,000億個を超えるともされる莫大なニューロンの規模(厳密に言えば中枢神経全体の神経細胞の数、https://bit.ly/3wWXOjG)に加え、そのニューロンが数え切れぬ程のシナプス(イオン系、化学系、混合系から成る規模)などの問題が存在するため、脳内の情報処理ネットワークを、AIディープラーニング自動計算(ビッグデータベイズ推計)で100%再現することは到底不可能と思われる。

仮に、「DNA量子コンピュータ-↓◆やイオントラップ量子コンピュータhttps://bit.ly/3GrTego」らの超巨大な量子記憶デバイスが実現したとしても、今度は、それらによって「デジタル・シミュレーションで創造する抽象世界」と「地球自然環境が包摂する暗黙知に因るリアル日常の生命世界(ヒトを含む)」との間の断絶を解消することは、仮に近未来において実現するとしても、人類が、ユク・ホイの指摘する<生のアナログモーダルな『再帰性と偶然性』>を捨てぬ限り、i.e.< ヒトが地球型の人間であること>を諦めぬ限り、それはまったく無意味なものとなるだけであろう。


◆“成功”は同慶の至りだが相変わらず格差(AI生産性Vsヒト生産性)解消(適正交換)の手法の開発が放置の儘では片手落ちでは?/Cf.↓♨ →世界初、群れで作業をする分子ロボ(駆動系=DNAコンピュータ)を開発、実働に成功=北大など426 MITテクノロジーレビュー、https://www.technologyreview.jp/n/2022/04/26/274442/

なお、このような意味での自然計算はフランス科学認識論の哲学者、G.シモンドン『個体化の哲学』(叢書・ウニベルシタス)の“ミクロから宇宙規模のマクロにおよぶ大自然世界における相転移の問題意識”の連続リアリティの概念にも重なると理解できること)および個体生命内の「ATP/アデノシン酸三燐酸(動植物に共通の個体内における生命エネルギー通貨)」創造の謎の問題とも深く関わると考えられるが、此処でそれらを深堀りする余地はないので、以下に事例◆を列挙するだけに止めておく。

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シモンドン(Gilbert Simondon/1924 - 1989)、個体化の理論を提唱したフランスの哲学者/↑画像は、https://bit.ly/3NyOZ50 より転載)によれば、ミクロ~マクロに至る世界の総体は<存在の特定の相(情報、形相、特異点)>という概念に比肩できる。これは「相転移閾値(特異性)で繋がる一定の系が強度intensitéとしての情報が連続する多層構造(?・・・超ミクロスケール~量子物理学スケール~物理・化学スケール~オミクス生命論スケール~宇宙論スケール~超マクロスケール・・・?)」ということを意味する。今もって重力と磁力の本性が未解明であることを連想すると興味が尽きない!/参考資料:ジルベール・シモンドンとジル・ドゥルーズの「特異性」の概念―「情報」の形而上学的な問い直しのために―堀江郁智日本学術振興会 特別研究員)http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/manage/wp-content/uploads/2018/04/88_6.pdf

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◆【ATP合成酵素分子モーター人間の場合、ATP合成酵素ミトコンドリアの内膜にあり、水素イオンの流れでATPを作っているが、その役割は発電所の仕事に喩えることができる)のメカニズムは解明されつつあるが、なぜ、あらゆる生物が簡単な機構ではなく、複雑なナノモーターを使用しているのか?は未解明である!その回転には何らかの宇宙的な普遍性があるかも!?/京都産業大学、総合生命科学部 生命システム学科 吉田賢右教授https://www.kyoto-su.ac.jp/project/st/st11_06.html 】・・・Cf. 「分子モーター」を人為的に回して「ATP」の合成に成功(基礎研究最前線)伊藤博康(浜松ホトニクス(株)筑波研究所研究員(専任部員))戦略的創造研究推進事業「タンパク質分子モーターを利用したナノメカノケミカルマシンの創製」研究代表者 https://bit.ly/3lS4RUv 

(注目すべき、ローレンスW.バルサルーのアナログモーダル・シンボル理論)

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同じく、レベッカフィンチャー-キーファー(ゲティスバーグ大学/心理学教授)著・望月正哉ほか訳『知識(メタ認知知識・メタ記憶≒意識)は身体からできている/身体化された認知の心理学』(新曜社によると、ローレンスW.バルサルー(‪Lawrence W. Barsalou‬/米国の心理学者・認知科学者、英グラスゴー大学在籍)は、伝統的に「AI知識表象/人工知能」研究の中核と見られてきた「物理的シンボルシステム(非感性的シンボルシステム仮説/ PSSH )」(ある知覚、例えば椅子を見た意識経験は、その椅子の各部分の<特徴>である座面、背もたれ、脚などに分解されたイメージ(アルゴリズム分解のイメージ特徴量)として長期記憶に保存される)を批判し、人間的な「アナログモーダル・シンボル理論/PSS」(ある知覚、例えば椅子を見た意識経験は、その椅子の全体イメージが長期記憶に保存される)を提唱している。

結局、(AI設計等に関わる詳細の議論を省いた、かなり大雑把で直感的な表現となるが)ヒトの意識は、今まで「AI知識表象」研究において「物理的シンボルシステム(非感性的シンボルシステム)仮説」が理解してきたような、言い換えればAIディープラーニングが補足するビッグデータによる<特徴量>の集積の如きものでは決してあり得ず、むしろバルサルーが提唱する「アナログモーダル・シンボル理論」にこそ、より馴染むものではないか、ということになるだろう。

それは、生命のエルゴン空間を漂う存在たる「オミクス生命論」的な意識と情念(感情の海)を持たないAIアドロイドならぬヒトにとっては、絶えず共感し合えるブラウジング意識(情念の海に浮かぶマルチモーダル・ブラウジング効果)を共有しつつ、一回性の日常を生きるのが紛れもなくリアリズム(現実)であるからだ

[補足]当記事における「モダリティ(modality)、モーダル(modal/モダリティの形容詞形)の定義について(インターミッション)

・・・ある程度大分の辞書を調べれば分かるが、modalityの意味は“様式、形式、物理・科学・数学等の法(法則)性”、規則(性)などと書かれている。従って、(具体的に見れば)例えばAI‐DLのモーダルは同アルゴリズムであり、医療分野では医療機器の種類やタイプを表す言葉(厳密に見れば、それらを稼働させるよう特化された個々のソフトやアルゴリズム等の法則性)として「モダリティ」(の用語)が使用されている

・・・だから、生命個体であるヒトやサルなどの霊長類も何らかのモダリティ(モーダルな法則性)によって、意識を含む凡ゆる活動が行われていると考えるべきだろう。例えば、ヒトとサルに共通する一定の意識活動の例として、特に近年において注目されるようになった「ミラー・ニューロン」の問題がある。これは、Rizzolatti( Italian neurophysiologist/
University of Parma)らの研究によってサルの腹側運動前野および下頭頂小葉で見つかった<自分が行為を実行するときにも他者が同様の行為をするのを観察するときにも活動するニューロン>である。単に行為の視覚特性に反応しているのではなく、行為の意図まで処理していることが示唆されており、他者の行為の意味の理解・意図の理解などとの関与が提案されている。ヒトの相同領域でも、ミラー・ニューロンと解釈できる活動が示されている(https://bit.ly/3toW3cS)。

・・・但し、このような<個体生命の意識の問題>など「生のモダリティ」の存在様式の在り方が、医療機器やスマホなど、いわゆるマシン(機械類)のモダリティ(モーダル)とは単純な比較を許さぬ多様性と複雑さ(というか、異相性 or 異端性 or ある種の無限性 or 偶然性の必然性(Q.メイヤスーの用語)というべきか?/その意味では“生命の究極の特異性”とも見える数学的でありつつ、かつ経験に対し開放的な性質)を帯びている現実があることについては論を俟たないと考えられる。

・・・

 

[補足]宗教学者井上順孝氏は「他者の行為を自分の行為の如く脳内で再現するミラーニューロン」(その自閉ループ感染は恰も洗脳?)には「宗教儀礼や諸実践の動きの理解に新しい地平をもたらす、恐らく最も原初的な宗教に関わる何かの発見の可がある」と指摘する(Cf.↓◆/et ガダマー『地平の融合』:後述)。

 

◆1「ミラーニューロンの謎の力」ブログ宗教文化の網の目(宗教学者井上順孝)、https://syukyobunka.hatenablog.com/entry/2021/04/07 

 

◆2/関連記事「フェイクニュースの感染力」ブログ宗教文化の網の目(宗教学者井上順孝https://syukyobunka.hatenablog.com/entry/2020/12/09 

 

◆3/関連記事「カルト問題の根深さと複雑さの背景」ブログ宗教文化の網の目(宗教学者井上順孝)、https://syukyobunka.hatenablog.com/entry/2021/10/13

 

・・・

この点で、いわゆるシンギュラリティ論は、それ自体がマッドサイエンティスト風の“異相性 or 異端性”を帯びているように思われる。(苦w)

・・・それは、ヒトを初めとする個体生命のモダリティが(それは特にオミクス生命論の意味からも明らかだと思われるが)、その生命個体を包摂する地球の自然環境(最広義のinvivo環境)に支持されているからだ(いわゆるマシン(機械類)のモダリティ(モーダル)は、その両者の関係が決定的に断絶している)。

・・・言い換えれば、例えば、特に「ヒトの意識」に代表される生命活動は「自然環境の暗黙知(自然計算)」に深く支持されていると思われるということだ。従って、当記事の「アナログモーダルなヒトの意識」という表現における「アナログモーダル」は、そのような意味を含意することを前提とした言葉として使っている。また、この「自然環境の暗黙知」の問題は、言語学における「選言説(論)」とも関係するが、これについては、別途、当記事の終わり辺りでふれることになる。

・・・

ともかくも、更に敷衍すれば、おそらく「この広大な宇宙の片隅にある、とてもちっぽけな?(果たして、そう言えるのか?/苦w)銀河系、i.e. 太陽系が属すこの「天の川銀河」の中の地球において、よしんば“これがミンコフスキー空間(=同・時空の↓画像は、https://note.com/toxandoria2/n/n4ea0f2eba0e6 から)の中でのファンタジーであるとしても”、我われは「ほぼ同じ時空にいる!」というユクスキュル環世界https://bit.ly/3wWXi3V)の中でほぼ同様に協働・作動し、共感し合えるブラウジング意識マルチモーダル・ブラウジング効果)を共有しつつ、潜性イノヴェーションリアル日常デュナミス生産性・可能性/↓◆)に満ち溢れた「一回性の日常」を生きる我われヒト(および全ての地球型生命)の存在は、それだけでも奇跡的なことだと言うべきかもしれない。

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つまり、それは奇跡の『地球自然環境』(及び内なる“感覚・感情を含む生命環境”)そのものがリアルな『生命倫理』の湧出源!であることを意味する。そして、その『生命倫理』は地球環境の破壊、i.e.“タナトスの闇が導く『戦争のリアリズムの対極!になる

◆【QT/短期間で1/10以下の価値に!】は『市場原理主義』以上に“生命倫理&潜性イノヴェーション/リアル日常のデュナミス生産性”を無視する名バカりステーブル妄想、AI‐DLアルゴリズム万能の狂信が白日化したから? →ステーブルコイン「テラ」暴落 なぜ?529NHK https://twitter.com/tadanoossan2/status/1530642543276609536

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・・・関連/【内向化する闇の情念(負のエルゴンたるタナトス)が激烈に渦巻く非人道の極み!“生命倫理”完全無視プーチンの象徴的な存在】それが「ワグネル 影のロシア傭兵部隊/プーチン影の軍隊… 無論、ワグネル・メンバー自身の人権も端から無視!すっかり目が血走ってしまった日本をはじめとする欧米側“産軍複合体”らもコレ、i.e.自らの内部にも巣食う<両義的「エルゴン空間」の諸共の破壊>なる愚挙・醜行を反面教師とするべき!NHK/BSドキュメンタリー518 (“Wagner, Putin's Shadow Army” by Amandine Chambelland – CAPA – for France 5) https://www.youtube.com/watch?v=ue7HkPE007g /再放予601、

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https://www.nhk.jp/p/wdoc/ts/88Z7X45XZY/episode/te/3KY1ZPV423/

―「ビックバン以降のヒックズ機構」の下における“時間の矢”の問題ー

・・・ビックバン以降のヒックズ機構こそが<“時間の矢”とヒト(情念の海に浮かぶ個体生命)の“一回性”を繋ぐリアリズム>の証人!(当内容は、特に下のブログ記事二つと深く関係する)・・・

・・・
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世界的に著名なフューチャリスト(未来学者)であるF.R.ヨンク(F.Richard Yonck/↑画像は、https://futurist.com/futurist-think-tank/futurist-richard-yonck/ より)は、著書↓『Heart of the Machine : Our Future in a World of Artificial Emotional Intelligence/‐Arcade Pub‐』(未邦訳)で、↓次のように語っている(wired.jp『NOBU SUGATSUKE‐AWAY FROM ANIMALS AND MACHINES2019.02.18 :AIが感情(情念)を理解する日はやってくるか?』より部分転載/一部、+toxandoria補記)。 

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☞  そもそも「地球自然環境(および生体内オミクス環境、et 両者の無限の関係性/補、toxandoria)との関係が深いと見るべき感情や情念と基底で繋がる、というよりほぼ一体化しているヒトの知」「その意味での内外環境との多様な関係性が完全に断絶している(補、toxandoria)AIの知」全く異質なものなので、AIは感情や情念(内・外両受容“感覚”の情動化)に基づいた判断はしない。(因みに、地球自然環境の内外ではエンドレスの偶然(一回)性の連続と散逸構造が自在かつ無限に錯綜している/補、toxandoria)

遠い将来、感情モドキのAIに感情移入するヒト(ヒトもどき/補、toxandoria)の出現はあり得るかも知れぬが又、それでも個人差があるはずなので(補、toxandoria)、結局は個々のヒトビックバン以降のヒッグズ機構の“時間の矢”の下にある、i.e. いま存在している人類(補、toxandoria)が何に幸せを感じるかの問題になる、と思われる![〈AIが感情を理解する日はやってくるか?/連載『動物と機械からはなれて』(部分抽出、転載)] WIRED.jp https://wired.jp/series/away-from-animals-and-machines/chapter4-1/ 

因みに、我われのリアルなアナログモーダル意識は時間の矢の流れから外へ決して脱出することはできないので、近年は『我われが日常で意識するリアルな自然現象の範囲においても「量子力学的な非局所性/非局所実在論的な観測結果」が確認されたという報告も出始めている』ようだが(とはいっても、それは未だナノスケールのことであるようだ!?)、時間の矢の流れのなかで生き続ける我われの日常においては、換言すれば因果に支配される此の「理由の空間」においては、所定の確定した「結果」が古典物理学的(局所実在論的)に根底から覆ることはないし、その意味で時間の矢が破れる(時間が瞬時に逆転し、もう一つの局所実在のリアルが目前に出現することなどはあり得ない(大ウソが大好きなポストトウルース派の安倍晋三プーチン・トランプ氏らに対しては誠にお気の毒なことだが!w)。

注記ヒックズ機構・・・橋本純一郎「空間は実在するか」-インターナショナル新書-によれば、この宇宙に存在する質量を持つ物質は、宇宙の始まりから存在したのではなくビッグバン後の<ヒッグズ機構の作動>という後天的な出来事で生まれた。そして、この「ヒッグズ機構」は、2012年7月4日に“CERNの2つの実験グループ”が「ヒッグス粒子」を発見したことによって確実視されることとなった(https://go.nature.com/3BbHrjL)。また、ヒッグス粒子を発見したアングレールとヒッグスは、2013年度のノーベル物理学賞を受賞している。https://editor.note.com/notes/n4ea0f2eba0e6/edit/

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【注記】生体内オミクス環境(生体オミクス医療研究におけるオミクス)とは?・・・オミクス医療(Omics-based Medicine)研究はオミクスOmics情報を駆使して、疾患の予防、診断、治療、予後の質を向上することを目指す医科学研究の名称。又、オミクス情報とは網羅的な生体分子(ナノメートル(凡よそ1㎜の100万分の1)前後の世界)の情報で、具体的にはゲノムGenomeやトランスクリプトームTranscriptome、プロテオームProteome、メタボロームMetabolome、インタラクトームInteractome、セロームCellomeと呼ばれる、様々な網羅的な分子情報をまとめた情報、知識、集合のことを指す。・・・以下、省略・・・http://omics.jp/about-omics 関連で、下記◆も参照乞う。

◆オミクス(オミックス、オーミックス)について/バイオコラム:オミックスより(一部、転載)、https://note.com/toxandoria2/n/nba47ae28eff6

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<注>画像↑は、クイーン・メアリー・センターのHPより転載/クイーン・メアリー・センター・フォー・ザ・ヒストリー・オブ・ザ・エモーションズは、感情の歴史に特化した英国初の研究センター。https://projects.history.qmul.ac.uk/emotions/ 

・・・人間が「地球自然環境」で包摂されつつ生きるヒトである意識と情念を持つのを諦めぬ限り、相変わらず人間の世界(人間社会)では「ヒトの意識と情念」に役立つプラットフォーム(platform)が必要であり続けるだろう。・・・

・・・以下は[AIに感情(情念)を通わせるのは想像以上に難しく不可能かもしれない/20181207GIGAZINE https://gigazine.net/news/20181207-ai-emotion/より部分転載・・・

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英国(クイーン・メアリー・センター)の感情言語科学の研究者であるリチャード・ファース・ゴッドビーヒー博士(Dr.Richard Firth-Godbehere/Centre for the History of the Emotions(London)/画像↑は、https://cosmicshambles.com/bookshambles/richard-fg より)は、AIが人間の感情(意識)を読み取ることは想像以上に難しいのではないかとの見解を明らかにしている。

ゴッドビーヒー博士によれば感情(情念)とは動的なもの(内外環境と共鳴し続けるオミクス生命論的な概念流動/補、toxandoria)であり、人間の脳はこの動的なもの(マッハ感覚論的素材性でもある/委細、後述/補、toxandoria)を柔軟に捉える能力にたけている

これに関してゴッドビーヒー博士は「コンピューターの記憶(保存データ)事実(デジタル抽象化情報のトークン)を完璧かつ確定的に保持できるものではあるが、柔軟性(情念の海に浮かぶオミクス生命論的な意味での/補、toxandoria)がないゆえに、場合によっては相反する事実に折り合い(例えば、生命倫理的な意味での)をつけつつ結合させるというような作業は苦手である!」とも述べている。・・・ここで転載は終わり・・・

コンピューター上の抽象化情報はデジタル・ナルシス(西垣 通)、あるいは AI抽象化デュナミス潜勢態(情念の海の感性を帯びた生命体であるヒトにとっては、それが《概念の流動性》と断絶した抽象化(例えば、《表象の政治学》上の病理)である限り、それはあくまでも可能性の次元に留まるもの/明治大学大学院教授・大黒岳彦氏(哲学・倫理学))である。その具体例は「(1)AI‐Webの検索」や「(2)AIディープラーニングが抽出する特徴量)」等であるが、 いくら大量のデータを使って鍛えても、ヒトと全く同等の“生”の水準でAIが動的(ヒトの生命活動的)な感情をパーフェクトに正しく判断することは、難しいと言えそうだ。cf.[参照資料]『AIに感情を通わせるのは想像以上に難しく不可能かもしれない』Dr. Rich Firth-Godbehere/Centre for the History of the Emotions(London) ・・・https://projects.history.qmul.ac.uk/emotions/

<注>AIディープラーニング(DL)の特徴量などは「AI抽象化デュナミス潜勢態」(orデジタル・ナルシス)であり、それとヒト(情念の海に浮かぶ)の間には断絶(絶対的な壁)がある!それどころか、既述したとおりのことだが此のデジタル・ナルシス(AI抽象化デュナミス潜勢態)はヒトのアナログモーダルとリアル生命そのものに寄生し易いという厄介な性質を帯びている。つまり、あくまでもAIは“両刃の剣”的な道具(技術・ツール)のジャンルなのである(参照 ☞ http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20180701

例えば、DLの特徴量は、確かに「ある事象の典型パターンの一部」の抽出(ベイズ推計での予測的な)ではあるが、それは一定の想定された巨大空間(≠一般の統計学における母集団)における特定の現象に関わるベイズ推計上の確率の大きさ(抽象的推測値/一定の“形式知”に馴染む範囲内の特徴量であるのに過ぎぬこと)を意味するに止まる。

従って、そのDLの特徴量は、「それ以外の残余」の現実(時間の流れに沿う無限の因果で全方向の空間へ繋がるリアル現象(マッハ感覚論的素材性、i.e.エトノス&感情の海を漂うエネルゲイア)が“大数の法則”の謂いで関わる一定空間/公理的確率により構成される確率空間の全体母集団の意味での全体)、言い換えれば「絶えず地球の自然エトノス&生命環境と同期する“暗黙知”が持続的に創生するアナログなリアル世界の全体」を示すものではない(“暗黙知”と“形式知”に関連する委細は後述)。

なぜなら、ビッグデータの機械(自動)計算処理プロセスでは、アナログ暗黙知が優勢なリアル現象トータルの殆どが“形式知”に馴染む抽象的推測値を集約(推計)する機械(自動)計算の過程で切り捨てられているからだ。

このことを、より厳密に言えば「AIディープラーニング(DL)は、<論理的に説明ができない深層学習プロセスの部分で、その処理に関する暗黙知の部分をソックリ自らの内部に吸収(内部化/厳密に言えば内部に“内生”している(あくまでもリアル暗黙知の宿主であるヒトと徹底的に断絶した儘で、謂わば“全体の意味”から切断された遊離デジタル抽象化して、不条理に(諸矛盾を抱え込んだ状態で)寄生(i.e.恰も“生きたアナログ生命個体であるヒト”に寄生する『デジタル寄生虫』化!)することが出来るので、それに関しては形式知化する必要がない>ということである。

だから、そもそも“長所であったはずの”DLの特徴量=ビッグデータの機械(自動)計算処理プロセスの成果“が根本的な弱点とも見えることがある例えば、「セル生産工場」の現場(作業者一人が受け持つ範囲が広い生産システム)では、その製造工程のDL調教のために、改めてQ&A構造化した自然言語データベース(選言論の外部環境に相当する)と組み合わせるなどの工夫が必要になる。(野村直之『人工知能が変える仕事の未来』‐日本経済新聞社) 

【注記】セル生産方式とは?ライン生産との違いやメリットを解説20190610ロボット導入com.・・・単一の製品を大量に製造できる「ライン生産方式」は、これまで日本の製造業を発達させてきた。しかし、現在の製造業は大量生産ではなく、多品種少量生産の時代。ライン生産方式は生産品目の柔軟な変更に適していないため、この課題を解消できる「セル生産方式」へのシフトが進んでいる。https://www.robot-befriend.com/blog/cellular-manufacturing-system/

(アナログモーダル・シンボル理論とマッハ感覚論的素材性の関係性)

・・・リアリズム倫理が必須となる背景と見るべき、「AI・DL‐Web情報」と「リアル社会情報」の根本的な差異の問題・・・https://toxandoria.hatenablog.com/entry/20180701/p1

 その前提には、先ずa「あくまでもヒトがリアルに生きている文脈的世界の一環であるデータ(一般的な意味での抽象性とは異なるマッハ感覚論的素材性)の暗黙知b「機械言語上の情報知(抽象的体系性)」、の「断絶/アポリアということがある。

a「あくまでも“内外の感情の海、アナログモーダル空間(流動概念的な意識空間)を漂うヒト”がリアルに生きている文脈的世界の一環であるデータ(一般的な意味での抽象性とは異なるマッハ感覚論的素材性)の暗黙知

b「“ヒトの意識と断絶した電脳空間”上の“アルゴリズム or 物理”的データたる機械言語上の情報知(抽象的体系性)」

aとbの両者は、アリストテレスの潜勢態(デュナミス/dynamis)現勢態(エネルゲイア/energeia)に対応する。なお、その潜勢態(可能性でもある!)を完全に実現して、その目的に到った状態のことはエンテレケイア(entelecheia/プラトンイデアに匹敵する)と呼ばれる。

そして、より詳しく見ておけば、今や我われは[(1)リアルアナログ・モード:社会活動的な意味での間主観性が日々に更新され続けるリアル側面に相当する、一定の文脈的世界の一環たるマッハ感覚論的素材性(エトノス&感情の海を漂うエネルゲイア(2)抽象デジタル・モード:巨大AI・DL‐Web情報&データベース型汎“知”が時々刻々と更新し続ける新たなクラウド世界(増殖し続ける抽象的データ・デュナミス)(3)エンテレケイア・モード:ルソー「一般意志」に相当する普遍観念(絶えざる未来志向の理想)]という、日々に我われが生きる環境世界のリアリズムに関する三つのフェーズを明確に意識しつつ生きるべき時代に入ったといえる。

なお、例えば下の記事◆で“反面教師的”教材の意味で取り上げた東 浩紀『一般意志2.0』の如く、その筋の専門家でも「(1)と(2)」を混同するケース(マッドサイエンティストもこのジャンル?)が観察される。ともかくも、一般的には(1)、(2)、(3)が区別されず漫然と混同されているようだ。(以上についてのヒントを与えてくれた主な資料:大黒岳彦『情報社会の哲学』(勁草書房、p316・注記 ほか)・・・https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784326154388

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端的に言えば、a「リアル社会情報=パースの“トークン”(関連参照↓◆)が代表する社会の潜在的な諸活動(潜勢態/エルゴン/ergon)が日々に創造するリアル因果の連鎖=時間の流れに伴い永続更新するマッハ感覚論的素材が紡ぎ出すリアル現象」、および b「Web情報=Webネットワーク内のデータ分布(ビット&抽象情報化した各データは一定のリアル文脈構造から切り離されている)が拡張しつつ創造する無限のヴァーチャル構造/巨大AI・DL‐Web情報&データベース型汎“知”DBが構築し続ける電脳空間」、として<根本的にaとbを対比して見る>ことで、これらの両者が決定的に「断絶」していることの理解が可能となる訳だ(前段の文脈で言えば、(1)と(2)の断絶ということ!)。

◆ボディーブローの逆流となり世界へ拡散する安倍ネオ・ファッショの恥!/高度Web情報化で本格的「出現」が懸念されるネオ“優生学”ファッショの超リスクhttps://toxandoria.hatenablog.com/entry/20180701/p1